第52話「新たな力」
「…………は?」
思わず声が漏れた。
〈返済完了報酬を獲得しました〉
その下に、見慣れない項目が表示されている。
〈サブスキル《最適化》を獲得〉
「……サブスキル?」
俺は表示された文字を何度も読み返した。
《積層》とは別に、もう一つの能力を持てるのか?
恐る恐る詳細を開く。
《最適化》――――――――――
自身が行う行動・魔法・術式・身体操作を解析し、現在の状況における最適な運用方法を提示します。
〈注意〉
・能力そのものを強化するものではありません。
・現在得られている情報をもとに判断します。
・解析対象が複雑になるほど、処理負荷が増加します。
―――――――――――――――
「……なんだ、それ。」
強くなる能力じゃない。
新しい魔法をくれるわけでもない。
ただ、今持っているものを効率よく使えるようにする。
“地味”……だな。
そう感じた時だった。
『解析を開始します。』
「……え?」
頭の中に声が響いた。
思わず周囲を見渡す。
シリウスが不思議そうに俺を見ている。
『現在の身体能力を解析しています。』
「……誰?」
『回答。《最適化》です。』
「うわっ!」
驚きのあまり床に手をつく。
「な、なんだ今の!」
シリウスが驚いた顔をする。
「どうしたの?」
「いや、頭の中で誰かが……。」
『発声ではありません。使用者の脳内へ直接情報を伝達しています。』
「それだよ!」
シリウスがきょとんとしている。
「……大丈夫?」
「…多分。」
頭の中に直接声が響くなんて、どう考えても普通じゃない。
だが、今はそんなことより気になることがある。
「なあ、《最適化》。今の俺の状態ってどうなってる?」
『解析します。』
数秒の沈黙。
『現在の身体能力は、過剰な疲労により本来の性能を発揮できていません。』
「やっぱりか。」
『右腕の骨折は治療済みですが、完全な回復には時間を要します。』
「……なるほど。」
『また、現在の魔力操作には複数の無駄があります。』
「……え?」
『魔力流量の偏り、圧縮工程の過剰損失、術式展開時の魔力回路への負荷。』
次々と指摘される。
『総合魔力効率――現在68%。』
「68%……。」
つまり、俺は今まで100の魔力を使って、そのうち68しか有効に使えていなかったということか。
「じゃあ、どうすればいい?」
『質問を認識。現在の最適解を提示します。』
頭の中に、まるで設計図のようなイメージが浮かんだ。
『魔力流量を右回路から3%減少。左回路へ4%移行。圧縮開始を0.2秒遅延。』
「……。」
『上記修正により、推定魔力効率――82%。』
「18%も上がるのか……。」
今まで俺は、とにかく魔力を増やそうとしていた。
だが、同じ魔力でも使い方次第で結果が変わる。
「これが……《最適化》。」
なんとなく分かった。
この能力は、俺を強くするわけじゃない。
俺が持っている力を――
無駄なく使えるようにする。
「……面白いな。」
その時、病室の扉が開いた。
「アレン。」
入ってきたのはアイリスだった。
「起きていたのね。」
「ああ。」
アイリスは俺を見ると、少し安心したように息を吐いた。
「よかった。」
「そっちはもう大丈夫なのか?」
「ええ。シリウスのおかげでね。」
アイリスはシリウスを見る。
「本当にありがとう。」
「どういたしまして。」
シリウスが笑う。
その様子を見ながら、俺はふと思った。
「……これからどうなるんだろうな。」
黒環結社。
シヴァ。
学園長。
第一席。
問題は山積みだ。
しかも、今まで俺たちを鍛えてくれた学園長は、もう以前のようには戦えない。
それでも。
「とりあえず――」
俺は拳を握る。
「強くなるしかないか。」
『推奨します。』
「……。」
思わず吹き出す。
「お前、タイミング良すぎだろ。」
『最適な発言と判断しました。』
「そこは自信満々なのかよ。」
アイリスが首を傾げる。
「……何を笑っているの?」
「いや、なんでもない。」
俺は窓の外を見る。
まだ戦いの爪痕が残っている。
けれど、俺はもう知っている。
ただがむしゃらに努力するだけじゃない。
どうすれば、今より効率よく強くなれるのか。
それを考えることも――
きっと、これから必要になる。
「……よし。」
俺は拳を握った。
「明日から、また始めよう。」
『現在の身体状態では、明日からの高負荷訓練は推奨しません。』
「……。」
「お前、ほんと容赦ないな。」
『事実を述べています。』
「分かったよ。」
少しだけ笑う。
こうして。
俺の新しい力との付き合いが始まった。
数日後。
ようやく身体を動かせるようになった俺は、教室へ向かっていた。
まだ右腕には包帯が巻かれている。
廊下を歩いていると、掲示板の前に人だかりができているのが見えた。
「なんだ?」
人の隙間から掲示板を見る。
そこには、見慣れない一覧表が貼られていた。
〈一年生ランク一覧〉
Sランク。
その欄には、見覚えのある名前が並んでいる。
ルカ=グレース。
シリウス=レイン。
アイリス=フレイヤ。
カイル=アルディス。
ピアス=ケインボルト。
そして、その下。
A、B、C――。
俺の目が止まった。
「……。」
Dランク。
さらにその下。
Eランク。
アレン=ベオウルフ
と書かれていた。
「……俺、Eランクなのか。」
確かに、入試では基礎運動能力0点、魔法0点。
技能測定でも上位5名に入ることはできなかった。
学園側から見れば、当然の評価なのだろう。
だが――
「Eランク……。」
何となく、悔しかった。
その時。
掲示板の横に貼られた別の紙が目に入った。
〈昇格戦申請一覧〉
……昇格戦。
入学する前、ヴァルドから説明を受けた制度だ。
自分より一つ上のランクにいる生徒へ昇位願を出し、相手が承諾すれば戦うことができる。
勝てば――ランクが上がる。
「……これか。」
俺は紙に手を伸ばす。
その瞬間だった。
『推奨します。』
「……。」
《最適化》の声。
「まだ何もしてないんだけど。」
『現在の状況を分析した結果、昇格戦への参加は有効な選択肢です。』
「そうか。」
なら――
Eランクから、上へ。
俺は昇位願の用紙を手に取った。
名前を書く。
アレン=ベオウルフ。
挑戦先:Dランク。
そして、対戦相手を一人選ぶ。
その時だった。
「おい。」
背後から声がした。
振り返る。
そこに立っていたのは、見覚えのない少年だった。
同じ一年生。
制服の胸元にはDランクの徽章。
「それ、お前が書いたのか?」
「そうだけど。」
少年は用紙を見て、小さく笑った。
「だったら、俺を選べよ。」
「……誰?」
少年は一歩前へ出る。
「Dランク、ヴァルター=リーヴ。」
そう名乗ると、挑発するように笑った。
「Eランクから上がりたいんだろ?」
俺は無言で少年を見る。
「だったら――」
ヴァルターが指を差す。
「俺を倒してみろよ。」
……昇格戦。
Eランクの俺が、最初に越える壁。
『解析対象を認識しました。』
《最適化》の声が、頭の中に響く。
そして――
『戦闘分析を開始します。』
俺は、静かに拳を握った。




