第51話「戦いの爪痕」
「《終焉領域》」
その瞬間。
地面に広がっていた黒い魔法陣が、音もなく回転を始めた。
――ドクン。
大地が脈打つ。
魔法陣の中心から黒い光が噴き上がり、森の木々を呑み込んでいく。
「……なんだ、これ。」
さっきまでの魔法とは明らかに違う。
炎でもない。
雷でもない。
ただ、触れたものの存在そのものを消していくような――そんな不気味な力だった。
背後では、白い光と黒い光がぶつかり合っていた。
「《零界》!」
学園長の声。
その直後。
――ゴォォォォォン‼‼
世界が震えた。
凄まじい衝撃波が背中を襲う。
「うわぁぁぁぁぁ‼」
身体が宙へ投げ出される。
地面を何度も転がり、木の幹に背中を叩きつけられた。
息ができない。
視界が霞む。
それでも、最後に一度だけ振り返る。
森の中心。
白と黒。
二つの巨大な力がぶつかり合っている。
その中心に――学園長と第一席が立っていた。
そして。
二人の姿が、同時に見えなくなった。
「……。」
その瞬間、意識が途切れた。
「……ん。」
白い天井。
鼻をくすぐる薬品の匂い。
「……ここは?」
身体を起こそうとした瞬間、全身に痛みが走る。
「痛っ……!」
「起きた?」
聞き覚えのある声。
顔を横へ向ける。
「……シリウス?」
ベッドの横に、シリウスが座っていた。
「おはよう、アレン。」
「なんでお前がここに……。」
「君の怪我を治しに来たんだよ。」
そう言って、シリウスは俺の右腕を見る。
「かなり無茶したみたいだね。」
「……まあな。」
右腕に手をかざす。
「生命の灯よ。砕けし命脈を再び繋げ――《修復》」
淡い光が身体を包む。
先ほどまで身体中を走っていた痛みが、少しずつ引いていく。
「……楽になった。」
「よかった。」
俺は周囲を見渡した。
「アイリスは?」
「もう別の病室で休んでる。命に別状はないよ。」
「そうか……。」
胸を撫で下ろす。
なら、次は――
「シヴァは?」
シリウスが黙った。
それだけで、答えは分かった。
「……まだ見つかっていない。」
「……そうか。」
拳を握る。
結局、あいつだけは取り戻せなかった。
「それと、ルカも別の病室で休んでるよ。」
「……ルカが?」
「うん。昨日、街でクロード=ヴェルナーと戦っていたところを保護されたみたいだ。」
その言葉を聞いた瞬間、この前見た光景が脳裏に蘇った。
街を飲み込む爆発。
煙の中で続いていた、異常な戦い。
そして――飛んできた、クロードの懐中時計。
「……あれが、ルカだったのか。」
「かなり激しい戦いだったみたいだね。」
あの規模の戦闘を、ルカが一人で……。
技能測定1位。
改めて、アイツの実力がどれだけ高いのかを思い知らされる。
「僕も聞きたいことがあるんだけど。」
シリウスが聞いてくる。
「聞きたいこと?」
「ああ。」
シリウスは少し迷ったあと、口を開いた。
「入試の時から気になっていたんだ。」
「何を?」
「黒いローブの人たち。」
……やっぱり見ていたのか。
「君たちが戦っていた相手だよね?」
俺は頷いた。
「黒環結社っていう組織だ。」
「……黒環結社。」
シリウスがその名前を繰り返す。
「僕が知っていたのは名前くらいだ。実際に何をしている組織なのかは知らない。」
「なら、俺たちが知っている範囲で話すよ。」
俺はこれまでの出来事を説明した。
アイリスが教会で捕らえられたこと。
入試でベヒモスを利用されたこと。
ノクス。
クロード。
リリア。
そして、今回の学園襲撃。
話し終える頃には、シリウスの表情も険しくなっていた。
「……そんなことが。」
「ああ。」
「じゃあ、君たちはずっとこの組織と戦っていたんだね。」
「戦っていたというより……巻き込まれ続けてるって感じだけどな。」
シリウスが苦笑する。
そして少し黙った。
やがて、静かに立ち上がる。
「僕も協力するよ。」
「……え?」
「君たちだけに任せるわけにはいかない。」
シリウスは自分の胸元へ手を当てる。
「僕は賢者だ。戦う力もある。治療もできる。君たちより知識がある部分もある。」
そして、まっすぐ俺を見る。
「それに――」
少し笑った。
「友達が一人攫われて、それを見ているだけなんて嫌だからね。」
その言葉に、俺は一瞬黙った。
「……助かる。」
「こちらこそ。よろしく。」
こうして俺たちに、新しい仲間が加わった。
その時だった。
病室の扉が開く。
「話は終わったかの?」
「……学園長!」
入ってきた学園長を見て、俺は思わず身体を起こした。
「無理をするな。」
「それより、第一席は――」
「生きておる。」
「……!」
やはり。
「奴も無傷ではない。じゃが、私も同じじゃ。」
そう言った学園長が、わずかに咳き込む。
「学園長、大丈夫ですか?」
「なに。少々張り切りすぎただけじゃ。」
笑っている。
でも――
その顔色は明らかに悪い。
俺には、それを誤魔化しているようにしか見えなかった。
「……しばらく、大きな戦いは無理じゃな。」
「……。」
あの人ですら、第一席と戦えば、こうなる。
俺は自分の拳を見る。
今の俺では、何もできなかった。
まただ。
また、守られていただけだ。
「……もっと強くならないと。」
その瞬間。
視界にステータス画面が浮かび上がった。
「……?」
見慣れた画面。
だが――
いつもと違う。
俺は息を止めた。
〈返済状況〉
そこに表示されていた文字。
それを理解するまで、数秒かかった。
「……え?」
もう一度見る。
見間違いじゃない。
「……嘘だろ。」
その文字を見た瞬間。
胸の奥から、何かが込み上げてきた。
〈返済完了〉
「…………。」
言葉が出ない。
30日。
朝から走った。
学校を休んだ。
腕が壊れそうでも腕立て伏せを続けた。
眠くても起きた。
魔力を練った。
術式を書いた。
何度も限界になった。
倒れて。
起きて。
また走った。
「……終わった。」
口から、自然に言葉が漏れる。
「終わった……。」
もう一度。
今度は、はっきりと。
「――終わったぁぁぁぁぁぁ‼」
病室に声が響く。
「うわぁぁぁぁぁぁ‼」
「ちょ、アレン君⁉」
シリウスが驚く。
学園長まで目を丸くしている。
俺は笑っていた。
嬉しい。
嬉しくて仕方がない。
この一ヶ月。
何度も「もう嫌だ」と思った。
何度も逃げたくなった。
それでも、やり切った。
そして今。
それが終わった。
〈返済完了〉
その文字が、何よりも嬉しかった。
そして、下にもう一つ文字が浮かび上がる。
〈返済完了報酬を獲得しました〉
「……報酬?」
画面を開く。
そこに表示された内容を見て――
俺は固まった。
「…………は?」
一ヶ月間。
俺が死ぬ気で積み重ねた先に待っていたもの。
それは――
まだ、俺の知らない力だった。




