第49話「格の違い」
「──私の教え子に、随分と好き勝手してくれたようだな。」
その言葉と同時に、学園長が一歩前へ出る。
ただ、それだけだった。
それなのに、周囲の空気が変わった。
黒環結社の団員たちは誰一人として動かない。
リリアも剣を構えたまま、学園長をじっと見つめている。
クロードでさえ、いつもの余裕のある笑みを浮かべていなかった。
「……学園長。」
俺は思わず呟いた。
学園長は俺の方へ歩いてくる。
「怪我は?」
「……大したことないです。」
「嘘をつくな。」
即答だった。
俺の体は限界を迎えている。
立っていることすら、今は辛い。
学園長は俺の腕を掴み、ゆっくりと立ち上がらせる。
その瞬間――
パキン。
俺を拘束していた縄が、音を立てて砕け散った。
「……え?」
何をしたのか、全く分からない。
魔法を使った様子すらない。
「帰るぞ。」
「でも、シヴァが……!」
「分かっている。」
学園長は静かに答える。
「だが、今のお前にできることはない。」
「……。」
悔しかった。
その言葉を否定できないことが、何よりも悔しい。
俺は拳を握る。
「……はい。」
学園長に支えられながら、森の出口へ向かう。
その時だった。
「待て。」
背後から声が飛んできた。
振り返る。
リリアが剣を構えている。
「このまま帰すとでも?」
学園長は足を止める。
そして、ゆっくりと振り返った。
「……まだやるのかね?」
穏やかな声。
だが、その瞬間。
リリアの瞳がわずかに細くなった。
「……。」
しばらくの沈黙。
やがて、リリアは剣を下ろした。
「今は、な。」
「賢明じゃ。」
学園長はそう言って、再び歩き始める。
その時だった。
――ドクン。
心臓が跳ねた。
「……?」
何だ……?
今の感覚。
森全体が、震えている。
風が止まった。
木々の葉が一枚も揺れていない。
炎の音すら聞こえなくなった。
静かすぎる。
まるで、この森そのものが何かを恐れているようだった。
学園長が足を止める。
「……。」
初めてだった。
学園長の表情から、余裕が消えた。
クロードが懐中時計を取り出す。
だが、いつものように時間を確認することはない。
ただ、蓋を開いたまま固まっている。
リリアも同じだった。
その視線は、森の奥へ向けられている。
「……何が来るんだ?」
俺が呟いた、その瞬間。
森の奥から、声が聞こえた。
「おやおや。」
男の声。
「随分と楽しそうなことをしているじゃないか。」
ザッ。
一歩。
暗闇の中から、誰かが姿を現す。
黒い衣服。
ゆっくりと歩く姿には、一切の焦りがない。
黒環結社の団員たちが、一斉に道を開ける。
その光景を見て、俺は息を呑んだ。
さっきまで俺たちを取り囲んでいた連中が――
まるで、その人物を恐れているかのように。
リリアが剣を収める。
そして、頭を下げた。
「……第1席。」
クロードも懐中時計を閉じる。
「お待ちしておりました。」
第1席。
黒環結社の頂点。
俺がさっきまで会おうとしていた、あの男。
「……ついに来たか。」
思わず呟く。
その瞬間。
学園長が俺の前に立った。
「……?」
今まで俺を守るように隣にいた学園長が――
俺を、自分の背後へ下げた。
「学園長……?」
返事はない。
ただ、目の前に立つ学園長の背中から、これまで感じたことのない緊張が俺には伝わっていた。




