第37話「積み重ねたもの」
〈努力の前借りを開始します。〉
ノクスが冷たく言う。
「残念だがこれで終わりだ。」
ノクスの右腕の魔力回路が浮き出る。
空気が俺の体を押しつぶす。
その瞬間。
今までの苦しさが嘘だったかのように体が軽くなる。
「・・・これなら!」
俺は思い切って、うつ伏せだった体を起こす。
「なぜだ⁉」
俺は壊れかけの左腕に《アストレア》を構えて、ノクスの方向に走り始める。
速い。
視界の景色があり得ない速さで流れていく。
気づいた時には、既にノクスの目の前だった。
驚きを隠せないノクスに《アストレア》を突き出す。
ノクスの瞳がわずかに揺れた。
初めて見せた動揺。
それほどまでに、今の俺の速度は想定外だったのだろう。
・・・いける。
そう確信したとき、《アストレア》は何もない空間を切り裂いた。
あれ?
そのまま、ノクスの後ろを突進し続け、最後は盛大に転んだ。
そうか。
身体能力は上がってもそれを制御する感覚は以前と変わらない。
だから、自分の力をコントロールしきれないんだ。
ノクスが初めて笑う。
「起死回生の一手かと思ったら、走って転んだだけじゃねえか。」
どうする。
シヴァの冷却装置もなければ、アイリスの《イグニス》もない。
ステータス画面を見る。
〈前借り/残り時間:74秒〉
・・・万事休すか。
いや、考えろ。
頭を回せ。
・・・どうする。
アイリスなら、ルカなら、・・・ヴァルドなら。
そうだ。
ヴァルドから教わったことを思い出せ。
俺は再び、立ち上がる。
「・・・命がけの戦いにルールなんてない。」
俺はそう言って、ノクスめがけて再び駆け出す。
ノクスが空気を自分の正面に集める。
俺は、走りながら《風刃》を1発、ノクスに撃ち込む。
・・・が、ノクスによる空気の盾によって防がれる。
だが、わかる。
「・・・上限魔力量が増えてる。」
これなら。
俺はすかさず《風刃》を撃つ。
20発ほど撃ったところで、俺はノクスの目の前にたどり着いた。
それと同時に、ノクスが後ろに姿勢を崩したのが見えた。
空気によって守られていると言っても、慣性自体はノクスまで到達する。
防御を破る必要はない。
壊せないなら、崩せばいい。
《風刃》によって、空気の盾に隙間を作り、かつ慣性によって姿勢を崩させる。
〈前借り/残り時間:55秒〉
最後まで油断するな。
俺は、空気の盾に空いた隙間に手を伸ばし、ノクスの胸ぐらをつかむ。
それと同時に、ノクスが俺との間に空気を圧縮させて、後方へ飛ばす。
飛ばされた俺は少し後ろの地面から《岩壁》で壁を作り、勢いを殺す。
「《脚力強化》」
強化された足で壁を蹴り、一瞬にしてノクスのもとへ戻ってくる。
すると、ノクスと俺の周囲の空気を外へ送り、真空状態を作った。
(詠唱ができない?
そんなの関係ないね。)
無詠唱魔法についても調べ上げた俺に、詠唱ができないことは大した問題じゃなかった。
もう一度、俺はノクスの胸ぐらをつかむ。
(これで終わりだ。)
俺の殺気を感じたのかノクスが懸命に首を横に振る。
(サヨナラだ、ノクス。)
(《万象崩壊》(ディスインテグレート)。)




