サポーター団長の憂鬱
冗談じゃねえ。来シーズンから鳥町イーグルアイは2012年、やっとJ2に上がれるんだぞ?
県南リーグから始まって、県、関東2部、関東1部、JFL、去年はJ3のプレーオフを制してようやくJ2に上がるんだ。俺たちの誇りは、プロのカテゴリーを着実に上っている。
ずっとイーグルアイを応援してきたサポーターからしたら、こんなに嬉しいことはない。親父から継いだ俺の居酒屋は、老若男女問わずサポーターが集まる心愉しきたまり場だ。
そこでずっと、イーグルアイと武藤克幸を応援してきたんだ。
武藤克幸。イーグルアイのエースストライカー。1977年生まれの大型ストライカーで、ユース代表の時にはアジアの大会で得点王にもなっている。カツユキが取り上げられた新聞記事はその頃から額に入れて飾っている。
Jリーグで得点王争いをしたこともある。日本代表の試合にも5試合出て2得点。当時の代表監督がパス回し重視のスペイン人じゃなければ、代表に定着してワールドカップに出ていてもおかしくなかった。
カツユキは母校の遥か後輩で、地元が生んだ自慢のスターだ。なぜかアジアクラブとの大会だと得点を量産し、日本代表での2ゴールも二つとも韓国に1-0で勝った決勝点。
ついたあだ名は「アジアの虎」。俺たちにとって、誇りだ。
誇り、なのに。
「克也、お前宿題済ましておけよ」
俺が部屋に入ると、一人息子は露骨に嫌そうな顔をした。俺としてはサッカー選手になって、イーグルアイでカツユキとツートップを組み、代表に入って、韓国とのライバル対決に決着をつけるような……。
「サッカーの試合なら観に行かないよ」
「デートか」
「うん」
克也は文科系で、何というか……なよっとしている。幼い頃は無理やり一緒にボールを蹴らせたが逆効果だった。
こんな貧弱じゃ女にもモテないだろうと思っていたら、意外にも彼女を切らしていない。嫁に言わせれば、
「私に似て器量と心根がいいから」
だそうだ。ムッと来るが実は尻に敷かれているので何も言えない。サポーター仲間の前では旦那を立ててくれる嫁に密かに感謝している。
「じゃあ……なんだ、彼女さんも連れて来たらどうだ。今年のユニフォーム、可愛いんだよ、なかなか」
はああっ。そう溜息をつかれ、俺は口をつぐむ。
「そうやって自分の趣味を押し付けるのやめてくれない?明日は映画観に行くからさ。もういい?」
「なんだ、例の、アニメオタクみたいなやつか」
ふう。また溜息をつかれた。
「アニメを、いや、オタクを揶揄するなんていつの時代?古いよ、父さん古すぎる。発想がもう昭和」
「昭和生まれなんだから仕方ないだろう」
そう言いつつも、自分が過去の遺物として取り残されつつあることは薄々感じている。ついでに言うと、韓国代表を敵視するように盛り上がるのも違うらしい。俺にとってはライバルであり、もっと露骨に本音を言えば負けられない宿敵だ。
でも、克也はK-POPばかり聴いているし、嫁は韓流ドラマにはまっている。居酒屋でサポーターに、大盛りやただ酒を追加してサービスしても喜ばれないどころか残されてしまう。確かに俺は古いのだろう。
でも、これだけは譲れないものがある。そう、武藤克幸だ。あいつの大柄なガタイ、ネットが破れるようなシュート、バランスの崩れない体幹、何より「点を獲ることしか知らねえ」っていうふてぶてしい目つき。
カツユキの豪快なゴールは俺の生きがいであり、あいつはもう一人の俺だと思っている。あいつが中学生の頃からうちの店でスタミナ満点の定食を食わしてきた。悪い仲間と酒を飲んだ時には、張り倒した。カツユキは、俺の人生そのものだった。




