スクラップされた少年のヒーロー
vivid
1 はつらつとした,躍動的な,きびきびした.
2 〈色・映像など〉明るい,鮮明な,強烈な,目の覚めるような.
3 〈描写・印象・記憶など〉鮮やかな,目に見るような,真に迫った.
【語源】
ラテン語「生き生きとした」の意
(『weblio英和和英辞書』より抜粋して引用)
1983年、スウェーデンの片田舎に住む少年がいた。
少年の鞄にいつもあるスクラップ・ブックには、ヴィヴィの写真と記事だけでギッシリと埋まっていた。
少年が憧れているサッカー選手の「ヴィヴィ」という名前は本名ではない。
ブラジルのフットボーラーの大半は、愛称を背中に着けて世に名乗り、ボールを蹴るのだ。
ヴィヴィという名の由来は、vividから来ていると言われる。
躍動的な身のこなし、鮮やかなテクニックから繰り出す目の覚めるようなドリブル、パス、シュートから来ている。
vividだから、dを略してviviと呼ばれたわけだ。
12歳のイングマル少年は周囲が呆れるほどのヴィヴィ崇拝者だった。
新聞や雑誌にサッカーの記事があれば目の色を変えてハサミを持ち出し、あっという間に切り抜いた。
スクラップ帳にはヴィヴィの躍動感漲る写真と、彼を評するタイプ記事で溢れていた。
「褐色の真珠、パンサー、天才……21歳の新星、ヴィヴィの異名は多くあるが、彼の魅力を十数行の文章で表すことに無力感を感じる」
「ヴィヴィは、無類のゴールマシーンでもあり、流麗なオーケストラの指揮者でもあり、鉄壁の砦でもある。彼にポジションは無いにも等しい」
「彼は複数の人格で幾多のポジションをこなし、理性と野生の表情を半分ずつ宿している」
「試合開始すぐにヴィヴィはフィールドの中央に陣取る。そして、黒豹が獲物を狩るごとくボールを奪い、タクトを振るようにパスを組み立てる」
「エウレカ!彼は叫んだ。アルキメデスのように疾走し、猟銃師のようにゴールを仕留めるのはヴィヴィにとっては朝一番に目覚めて髭を剃るように当たり前のことなのだ」
「その出立ちはまさに王であり、往年のキング・ペレに勝るとも劣らない後継者とも言われる……」
「しかし奇妙なのは、ヴィヴィは地元の片田舎のチームから動こうとしない。国内のアウェーゲームにすら行かない。その理由を聞くと『シャイだから』としか言わない。しかしこの新たなスターの限られた映像を観て、ブラジル代表の監督は来年の招集を打診しているという」
「今の段階では、ヴィヴィの魅力を活字でしか表現できないことに筆者はもどかしさを感じて仕方ないのだ……」
イングマル少年はこうしてかき集めた記事をうっとりと眺めて、こう言うのだ。
「いつか、ブラジルに行ってヴィヴィの試合を観に行くんだ!そして、彼のゴールを目に焼き付けるよ」
時は移ろい、スターにはマラドーナが台頭していたが、イングマルは周囲が呆れるほどヴィヴィの話をした。
「いつか、ヴィヴィはワールドカップ優勝を手にするよ!その時はジュール・リメ杯じゃなく、新しいトロフィーを母国に持ち帰るんだ」
ジュール・リメ杯とはワールドカップの旧優勝トロフィーのことである。1970年にペレ率いるブラジル代表が3度目の優勝をしたことでジュール・リメ杯はサッカー王国が永久保持することととなった。
1974年から新調されたトロフィーをブラジルで最初に手にするのは我が憧れの星のチームだと少年は何度もはしゃいで、母国の友人から顰蹙を買った。
イングマル少年の夢はもちろん、ヴィヴィがゴールを決めた姿を見ること。そしてそのボールにサインをしてもらい宝物にすることだった。
北欧の地でヴィヴィへの愛を語る12歳は、自分のヒーローが滅多に母国から、辺鄙な地元からすら出ないと知るや、早くもブラジル行きのチケット代を貯金箱に貯め始めていた。




