何事も割り切ればいいってもんじゃない
前回までのあらすじ
友人を庇って重体となった三上正成は、目を覚ますと戦国時代、後の石田三成である石田佐吉となっていた!
紆余曲折を経て史実通り秀吉に小姓として仕官した佐吉は、ふとしたきっかけで過去の記憶に呑まれ――?
すみません中途半端なところで切れてしまいました。
必ず加筆します。
本当に申し訳ありません。
「ひょっとして……俺のせいか?」
水を含んで重くなった衣を脱ぎ捨て桶に放り込み、四人がかりで水浸しになった部屋を片付けたあと。
放り投げた桶が当たった人のお見舞いと謝罪に市松が紀之介に引き摺られるようにして連れて行かれ。
またもや二人きりになった途端、僅かに声を潜めて虎之助が遠慮がちに問う。
何が、とは言わなかったが、そもそも二人きりになったことがほとんど無かったために思いつくのは先日の一件しかない。
隠したつもりだったが、演技は得意な方ではない。
動揺したことに気づいて……無かったとしてもまぁ人を殺したという告白をしておいて平然と振る舞うやつなどそういない。
まして子供ともなれば。
隠しきれていなかったかと内心肩を落としながら、憂いを否定する。
「いや、そういうわけではないと思う。……多分」
別に虎之助との会話が引き起こした訳では無い。
引き金の一つにはなったかも知れないが、ねね様の劇薬や生首実験の方がきっかけにはなっている気がする。
絶対多分間違いなく。
「多分て」
釈然としない回答に、虎之助が呆れたような顔をした。
トドメの一撃というか、積もり重なって開きかけた扉を開ける最後の一押しに若干なったというか。
とはいえ言えるはずもなく、訝しむような顔に眉を下げて対抗する。
「いや、うーん……ずっと考えていたことについての一つのきっかけになったていうか、見ないふりをしてきた不安を直視するきっかけになったていうか」
頑張って気を遣わせないように言葉を選ぼうとしてみたのだが、何だかかえって責めているというか皮肉みたいになってしまった気がする。
「……あんまり擁護になってないぞ佐吉」
やっぱりできていなかったか。
ごめん虎之助、でも本当にお前の言葉が思い返すきっかけになったわけではないんだと言う前に、虎之助がぽつりと呟いた。
「あれからずっと様子が可怪しいって紀兄も心配してたし……」
そうか。
……そんなにわかりやすかったのか。
こんな事ならもっと真面目に演技を習っておくべきだったかもしれない。
紀之介と虎之助が察しが良くて勘が良いと言う可能性を無意識に排除しながら反省していると、例外について虎之助が呟いた。
「市松は拾い食いでもしたんじゃないかとか言っていたけど」
そんな訳があるかお前じゃないんだからと今頃絞られている男の顔を思い浮かべて心の中で文句を言う。
というか仮にそうだったとしたら拾い食いしてお腹を壊した相手に水かけたことになるけど良いのか市松。
誰もかもがお前と同じ野生児じゃないんだぞ市松。
などと話題が市松の方に言ったからだろうか、部屋の外がにわかに騒がしくなる。
噂の主が帰ってきたのだろう。
叱られたのではないのかと疑うほど明るい市松に、虎之助を贄に差し出して奥に引きこもった。
ごろりと畳の上に寝転がる。
井戸水を被ったからかひんやりとした冷気を背に感じながら、天井の染みを数えながらぼんやりと考える。
ずっと考え無いようにしてきたが。
戦場にいくことになるのだ。
この時代を生きる限り。
人を殺すことになるのだ。
今度こそ、この手で。
或いはまた、私の善意であったはずのものによって。
どうしたものか。
逃げれないことはない。
『石田佐吉』と『三上正成』を分けて、手を下し汚れるのは自分であって自分でないとしてしまえば。
こんな時ばかり都合よく、責任を負わせてしまえば。
……しかし。そんなことは出来ない。
してはならない。
そんなことをしてしまえば、私はあの連中と同じ人でなしに成り下がってしまう。
あの、責任を全て押し付け、呪われた功績を攫っていった愚か者たちに。
何より、そんな器用な生き方などできないと痛いほど知っている。
ならば。
ならば、逃げるべきではない。
今度こそ、正面から受け止めて行くしかない。
人を、殺すということ、その重さを。
ふぅ、と軽く息を吐く。
【人を、殺す】
一人の人間という生物の生命活動を、永久に停止させる行為。
この時代を生きるならば、避ける事のできない行為。
殺したことはある。
それでも、直接手を汚した訳では無い。
その行為が、その事象、現象が、私の日常であった訳では無い。
所詮、遠く離れた、次元すら違う別世界の出来事のようにすら思っていた。
そうだ、だからこそ私は受け入れられなかったのだ。
私の成果が、人の命を救うために世に出されたモノが、数多の人の命を奪った事を。
私が、身近で起きているはずの惨劇から頑なに目を逸らし、逃げていたことを。
恐ろしいほど誰もが無関心で、だから私が特別関心を持つ必要はないのだと、あれほど嫌っていた集団に仲間入りしていたことを。
瞼を閉じれば、再びあの忌々しい景色が現れる気がして、閉ざせない目を泳がして、意味もなく部屋の汚れを探す。
際限無く落ちていく思考の端で、ある奇妙な考えがおもむろに浮かんだ。
――罰ではあるまいか。
私が、私自身の罪から逃げた罰。
目を逸らし、繭に籠ってぬるい平和に身を浸したことへの。
そして、一度逃げ出し、目を逸らした罪と、今一度向き合えという、ナニカの、誰かの意思……
っ馬鹿馬鹿しい。
頭に浮かんだ馬鹿げた考えを一蹴し、軽く上体を起こして首を振る。
くしゅん、と小さくくしゃみが出る。
随分と身体が冷えてしまったようだ。
そう言えば、と濡れた服は脱ぎ捨てたが、頭を乾かしたわけではなかった事を思い出す。
誰も居ないことを良いことに、大きくため息をついて、服を放り込んだ桶を片手で抱えて立ち上がる。
想像より重い桶にふらついて、縁柱に手をついて支える。
やってしまったかなと思いながら、歩き出そうとした、ところで。
随分と久し振りに聞く、穏やかな声で名を呼ばれた。
「佐吉?」




