ブラコンの嗅覚は凄い
前回までのあらすじ
友人を庇って重体となった三上正成は、目を覚ますと戦国時代、後の石田三成である石田佐吉になっていた!
何やかんやあって史実通り秀吉に仕官した佐吉は、改めて戦国時代に生きる事を思うが――
短いです。
申し訳ありません。
「兄上?」
一年も経っていないというのに、少し前までは毎日同じ家で過ごしていたことを思えば、随分と懐かしく思えてしまう声。
その声がした方向に目を向ければ、少し呆れた顔の兄が立っていた。
「どうしたんだ?頭から水をかぶって」
年齢を考えればとうに成長期など終わっているだろうに、なぜだか大きく見える兄が、未だ乾いていない頭を見て、口を開いた。
別に自分の意思で水を被った訳ではないのだが、ありのままを口にしようものなら、主に市松が地獄を見ることになる。
その次に私が。
微妙に重い頭を何とか回し、当たり障りの無い言葉を繋ぎ合わせる。
「えぇと、あのその……ちょっと頭冷やそうと思って」
阿呆か。
我ながら何て無理のあるワードセレクト。
どこの世界に『頭を冷やす』を物理で捉えるアホがいるのだ。
いやいるわ。
いたからこうなってるんだわ。
口にしてから思わず心の中で自分に突っ込んでしまった。
おのれ市松。
遠因どころか間違いなく原因ではある、ここにはいない少年に悪態をつく。
「……物理的に冷やすということではないと思うが」
ついたところで、それはそれは呆れた顔の兄上に冷静に指摘された。
そうですよね知ってますよ!と言いたい気持ちを堪えて、疲れていたんです多分、と言いかけたところで。
「……ぅわっ」
何処から持って来たのか、いつの間にか手にしていた手拭いで、兄上にわしゃわしゃと髪を撫ぜられる。
「全く。お前ときたら少し目を離しただけで、すぐこれだ」
つくづく思うのだが、元の少年は一体全体どんな事をしでかしてきたというのだ。
正直私はそこまで迷惑をかけていない、と思い当たる節を棚に上げながらなされるがまま、頭を拭かれる。
何処か手慣れた、優しい手つきに溢れそうになる昏い澱を心の奥底に叩き込みながら、一度だけ会った本人の姿を思い出す。
……冷静に考えてまともな理由がないな。
何せ初手が訂正だった男だぞ?
三条河原だ、とか言ってきた奴だぞ?
というか今思えば何が惜しかったんだ。
さぞ苦労してきたのだろうな、父上も兄上も、昔の――元の『私』に。
良くも悪くも型破りな、一度会えば二度と忘れられ無いような、強烈な男。
今頃どこで何をしているのだろうと、本人が聞けばまた細川某の――と言い出しそうな思考に勤しむ。
と、髪をかき混ぜていた兄上の手が止まる。
「佐吉」
手拭いを丁寧に畳んだ兄上が声色低く、名を呼んだ。
何です、と問い返そうとした口を噤む。
いつぶりかに見た、真剣な表情が目の前に広がった。
「何があったんだ?」
「何、とは……」
鋭い視線から、不自然に見えない程度に僅かに逃げる。
というかどれだ。
どれの事だ、思い当たる節が多すぎる。
この城で過ごすようになってからの出来事の一つ一つを思い浮かべて首を傾げる。
思えば一年も経ってないとは思えないほど、色々なことがあった。
初日から元祖ヤンキーに絡まれるわ、劇物を善意の連鎖で口にして倒れるわ生首見せられるわ。
ありのまま、出来事を並べて伝えれば物騒な雨が一帯に振りそうだと思うと固く口を閉ざすしかなく。
黙り込んだ私を見て、軽く息を吐いた兄上が手拭いを縁側に放って両の手をゆっくりと伸ばした。
「酷い顔だ。まるで昔、悪夢を見たと夜中に押しかけてきたときと同じくらい」
両の頬に手を当てられ、挟むように顔を持ち上げられる。
慈愛、という言葉以外何を当てはめれば良いのか分からないほど真っ直ぐな、暖かい目を向けられる。
すいませんそれはちょっと知らない子ですね。
という口にできるはずもない台詞がするすると食道を滑り落ち、胃に落ちる感覚がする。
「覚えては……いないようだが」
胃がきりきりと痛む。
知るはずも無い。
私ではない私のことなど。
仮に覚えていたとしても恥ずかしがって認めないような気がするという場違いで野暮なツッコミは台詞と共に消化を始めて。
真っ直ぐに向けられている視線から逃げるように地面に目を向けて、重い口を開く。




