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5・神頼み

 史美菜の家は新興住宅街の中にあった。

 小さいけれど、芝生が生え揃う庭と小さなレンガの敷かれたガレージ。

 父親はインターネットの広告業を営み、市の中心部に在るビルにオフィスを構えている。従業員が五人ほどの小さなオフィスだが、それなりの収入は確保できた。

 母親は専業主婦だが、外出が好きでよく出かけている。

 町内会の何かとか、ひまわり会という婦人会とか、いくらでも理由が出てくる。

 三つ年上の兄は東京の大学へ行き、一年以上帰郷はしていない。

 バイトに忙しいと本人は言っているが、向こうで出来た彼女と過ごす方が楽しいらしい事を、史美菜は知っている。

 史美菜は美加ほど細い手足をしていないし、百夏ほど胸にボリュームもない。

 背丈は三人ともバラバラで、並ぶと凸凹だ。

 美加が一番背は高く165センチくらいある。

 百夏は160センチくらいで、史美菜はそれより少しだけ低い。

 ごくありふれた体型と言えばそれまでだが、確かに史美菜にはコレと言った特徴もなかった。

 少しだけ自慢の肩を超える黒髪は、前髪を作らないワンレングスだ。

 普段はその前髪を七三に分けてヘアピンで留めている。

 体型や背丈に不満はない。しかし、彼女のオデコとヘソから三センチ下のお腹にはごく薄い痣の名残がある。

 生まれつき在った黒々とした痣は、小学校三年生の時にレーザー治療で除去した。

 しかし、微かに残るその名残は、普段はほとんど見えないのだが、体温が上がって身体が火照ると紅く浮き上がる。

 左のおでこには二センチほどの半月状の痣があった。おなかの方は三センチ四方の北海道のような形の跡だったが、どちらも綺麗に除去できた。

 しかし、身体が火照ると僅かに紅く浮き上がる。

 史美菜が初体験を済ませたのは、高一の夏の終わりだった。

 淫靡いんび弛緩しかんそして恥じらい……身体が火照ると、下腹部の傷跡はその形状を露にした。

 オデコはファンデで目立たないが、お腹は無防備だった。

 相手は少し離れた高校に通う同い年の男の子だ。

 彼は気付いていたか解らないが、史美菜自身は非情に恥ずかしかった。

 身体の全てを見られるよりも、お腹の小さな痣の跡が何よりも恥ずかしかった。

 彼とは数回身体を重ねたが、年が開ける前に別れてしまった。

 どうして別れたのかイマイチ思い出せないが、何故付き合っていたかも思い出せない。

 嫌いではなかったが、好きでもなかったのだ。

「俺と付き合わない?」

 誠実でも軽薄でもなかった彼と、史美菜は嫌いではないと言う理由で付き合い始めた。

 一番好きな人に、一番大切なものをアゲルなどと言うこだわりはなかった。

 そう言う娘は実際多い。

 ただ、切実に守り続ける連中も確かに存在して、そんな娘たちを遅れているとか、今時? とか嘲る気持ちも特にない。

 それぞれに自分の価値観で行えばいいことだ。

 史美菜は何時もそう思っていたし、今もそうだ。

 ただ、快楽はほとんど体感出来なかった。ほんの入り口に佇む程度の快楽しか味わえない。

 その先に行く為には、本当の愛が必要なのかもしれないと、彼女は僅かに悟った。

 結局、高一以来セックスはしていない。

 美加は年中ヤッているが、そういう彼女を軽蔑したりもしない。

 それが、美加自身の行動理念なのだ。

 百夏は何時誰と済ませたのか史美菜にも判らないが、処女でない事は確かだ。

 それは女同士の付き合いで何となく解るのだ。





 ティファレント・ベイバーロン・アイオンロゴス・ハディート・ドゥドゥ・ヌル・アン・ヌテル


 土曜日の午後。

 史美菜と百夏は再び美加の家の蔵の中にいた。

 昨日降った雨が畑の脇に水溜りを作り、蒼い空が浮かんでいた。東風こちかぜが傍らの雑木林を心地よく吹き抜ける。

 百夏の願掛け? が終わると、再び美加が魔法陣の上端に立った。

 今回は何を叶えて貰うのだろうか……

「フミもやってみなよ」

「いい、あたしはいいよ」

 史美菜は顔の前で手のひらをブンブンと振った。

「ていうか、その事典何処で手に入れたの?」

 遊びが終わって一息つくと、史美菜が言った。

「ここに在った」

 史美菜と百夏が顔を見合わせる。

 美加は古びた本棚を指差した。

「ここって、この本棚?」

「そう」

「なんで、農家の蔵に魔法事典が在るの?」

「そんなの、あたしが知るわけ無いじゃん」

 美加は意味不明な自信に満ちた瞳を躍らせる。

 史美菜と百夏は再び顔を見合わせた。

 なんだか気味が悪い。

 誰が何の為に何処から手に入れたか判らない、奇妙な古びた事典。

 日本語で書かれてはいるが、どう見ても仮名遣いは古いし、カタカナもへんてこだ。

 頻繁に書き記された原語は英語ではないし、フランス語やイタリア語とも違う感じだ。

 本当に、魔法語なのだろうか……

「美加の先祖って、もしかして魔法使い?」

 驚いた。

 史美菜は百夏の質問に、驚くしかなかった。

 魔法使いのわけがないだろう。どう考えても美加は混血無しの日本人だ。もし混血だとしたら、アジア人だ。

 混血といったら、百夏の方がよっぽど先祖に魔女がいそうだ。

 史美菜は大きく瞬きをして百夏を見た。

 美加は思わず吹き出す。

「そんなわけないじゃん。なんで、あたしの先祖が魔法使いなのよ。ていうか、日本に魔法使いなんていたの?」

 お前が言うな……

 だいたいこちら側の二人は真っ向からその事典の効力を信じているわけじゃないよ。モモちゃんだって、藁にも縋りたい思いでこうしてあんたの戯言に付き合っているだけなんだよ。

「じゃあ、何であんたの家にそんな事典があんのさ?」

「だから、知らないよ」

 美加はそういいながら、胸の前で腕を組んだ。

「お父さんかお母さんに訊いてみたら?」

 百夏が顎を突き出す。

「やだよ、そんなの。高三にもなって、この魔法の本ってさ……なんていったら、ヤバくない?」

 今でも充分ヤバイって……

 史美菜は溜息をつく。

 百夏は、今さっき願いを込めたせいか、この前よりは笑いが少ない。

 呪文を唱えるときも、真剣そのものだった。

 無理もないだろう。

 もう現実的な力、一個人の力ではどうにも出来ない状況にいるのだ。何時家庭が崩壊して、家を失い、学校にも来られなくなるか判らない。

 まさに、藁にも縋る気持ちに違いないだろう。

「城之内先輩からの電話って、何時来たの?」

「日曜の夜には来たよ。即効性にビックリしたよ」

「それで? 直ぐに会ったの?」

「うん。何度か会って、気も合って……で、その次の日曜には身体も合って」

 百夏と美加はほぼ真面目に魔法効果について話している。

 史美菜は話しに加わろうとしたが、どうしても上げ足的な否定の言葉が出てしまいそうで、躊躇い、結局二人の会話を黙って聞いていた。

 魔法事典なんて信じられない。

 でも、モモちゃんの家は救ってあげたい。

 魔法がだめだったら、神様……どうかお願いします。

 史美菜は心の中で呟くと、二人の会話に相づちをうって笑顔を作った。





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