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3・平穏な日々

 中津川史美菜なかつがわふみな。彼女は昔から自分の名前に大いなる不満があった。

 苗字も名前も文字が多すぎる。

 漢字で書いても全部で6文字。

 だいたい史美菜だって文菜いいじゃない……

 友達は昔からみんなフミと呼ぶ。

 美加に限っては、高校に入って初めて話しをした時

「なかつがわふみな? 長っ。面倒だからフミでいいよね」

 とイキナリ省略された。

 百夏は中学からの友達で、気付いた時にはフミと呼んでいた。しかも、高校に入ってクラスで自己紹介をした時

「あれ? フミって史美菜?」

 などと、とぼけた事を言った。

 どうやら何時の間にか中津川フミだと、本気で思っていたらしい……

 史美菜たちが通う学校は海沿いの工業地帯と低い山に囲まれた自然の豊かな町だ。

 別名、田舎とも言う。

 電車は単線だが、大通りには大きなショッピングセンターもあるし、都内にも在る安売り電気店もちゃんと存在する。

 特に生活には困らないし、女子高生も元気だ。

 市内とその近郊には女子高が2つ、男子校が2つ、男女共学が5つ存在する。

 数年前まで共学高は3校だったが、少子化対策として合併した高校があるのだ。

 ただ、史美菜の通う南原みなみはら女子高校は、近年制服デザインを見直した周囲の学校に比べ、そのセンスは少し遅れている。

 濃紺のボックスプリーツのスカートは中学生のものと一緒だし、上着はブレザーといっても丈もシルエットもタイトでジャケットのイメージはない。

 他の学校のように、ネクタイやリボンがないのはラクでいい。昔は紺色の細身のリボンを着けていたらしいが、いつの間になくなったそうだ。

 スカートと共に上着の丈を自分で詰めたり、ブレザーにブラウスの衿を重ねるのが南原女子高での流行はやりで、それがせめてもの反抗でもあるが、リボンもネクタイもない地味な制服は、生徒たち以上に他校の男子に不評らしい。



 怪しげな魔法陣遊びから一週間が経っていた。

 史美菜も百夏も何事もなかったように日々を過ごしている。

 彼女たちにしてみたら、カラオケに行ったりショッピングモールをぶらついたりする行為となんら変わりはないので、後にその話題が尾を引きもしない。

 史美菜は少し幼稚な遊びだと思いながらも、幼い頃の甘ったるいママゴト遊びの中で雑草の汁を調合して毒薬と称した事や、電車の線路をひたすら歩いた淡く危険な香りなどを微かに思い出していた。

 史美菜と美加と百夏。確かに仲はいいしけっこう一緒に遊ぶが、何時でも一緒と言うわけではなかった。

 時間と暇が合えば一緒にいるし、そうでなければ学校帰りだって別々だ。一緒に帰ろうにも三人とも帰る方向が微妙にズレている事もある。

 百夏は普段、肩につく黒髪を後ろで結んでいる。少しふっくらして見えるがデブではない。胸とお尻が大きいのだ。

 特に胸は小ぶりなブレザーがはち切れんばかりに張り出している。

 母方の爺さんがブルガリアの血筋のハーフだったらしいが、その為か瞳が僅かに緑がかって、光を受けるとグレーのようなグリーンのような、アヤシイ色に虹彩が光る。

 高校へ入学したばかりの頃、よく教師にカラコンを入れていると間違われて呼び止められたし、ちょっと怖い先輩連中にも屋上へ呼び出されていた。

 先輩が呼び出していたのは瞳の色だけのせいでもなく、彼女は隣に在る男子校から人気があったのだ。

 彼女たちが通う女子高のすぐ隣には、男子校が在る。普通科と商業科があるのだが、何故か百夏は商業科の生徒に人気があった。

 つまり、イマイチ男子受けしない事に納得のいかないケバイ先輩連中のやっかみなのだろう。

 心配しても何も出来ない史美菜はよく

「どうだった? 大丈夫?」

 なんて声をかけたが、本人はいたって平気そうで

「別に」

 と、ちょっと惚けた声をだす。

 別に暴力をふるってくるわけではなく、ただの威嚇いかくらしい。

 マイペースでどこかのんびり屋の彼女には通用しないのだ。

 そもそも、百夏自身にはなんの非もない。

 去年二年に上がってからはそんな事はなくなったが、早朝やあるいは授業中の間に仕切りのフェンスを乗り越えて百夏の靴箱に手紙を置きに来る商業科の無謀な連中は後を絶たない。

 今朝もフェンス越しに二人の生徒が立たされている姿があった。

 フェンスを乗り越える生徒はなにも百夏目当てだけではなく、隣の女子高にアタックする無謀な連中は四六時中存在して、教員に見つかってはああしてフェンス越しに立たされる。

 生徒を立たせる行為は昨今懸念されているようだが、隣に在る興南きょうなん高校にいたっては健在らしい。

 市内やその周辺の男子生徒には制服が不評のはずなのだが、こうして奇妙な交流がある隣の興南高校は少し別格なのかもしれない。

 美加は細身で手足が針金のようだ。腰骨が小さい為、どんなスリムパンツもすんなり履けてしまう。

 白い肌は何処か虚ろで、スカートから覗く美脚が彼女の自慢らしい。

 マロンブラウンに髪を染めたのは二年の3学期だが、白い肌に妙にシックリくる。

 一年の頃はうるさく熱心に指導する教員も、その頃になると何故か規律に対するハードルを落としてくるので、こげ茶色の髪の毛くらいでは何もいわれない。

 もちろん、去年の夏休み明けに目の覚めるような金髪で始業式に臨んだ隣のクラスの良江と真里は、一日中指導室で反省文を書かされたようだが……

 美加は病的に白いが、病気ではない。特に貧血症でもないし、何時でも元気一番だ。

 どちらかと言うと百夏の方が貧血で倒れたり、酷い生理痛で保健室のベッドを占領する事が多いのは史美菜にとって些細な謎でもある。

 美加は行動的というか、無謀だ。

「山なんてつまんないじゃん。新しくなった海浜公園行こうよ」

 去年の遠足の前日に彼女は言った。

 史美菜と百夏は美加にそそのかされるように、彼女に付き合って遠足をサボる。

 それなりに楽しかった。

 春の陽光に煌く波と戯れるのも、砂浜に腰をおろして他愛無い話で盛り上がりながらコンビ二のおにぎりを齧るのも楽しかった。

 やっぱり山より海がイイと思った。

 しかし、翌日職員室へ呼ばれ、三人とも居残りで十枚のレーポートと反省文を書かされた。

 それでも憎めないのは彼女のキャラなのだろう。



 とにかく……一週間の平穏な日々が過ぎる。

 青葉の木々を揺らす風が日に日に暖かくなって、河口から微かな汐の香りを運んできた。





5話まで、毎晩更新いたします。

その後は……

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