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アメリカのチームの一つが迷宮から閉め出されたと聞き、野崎は焦っていた。
こちらは、これから二度目の五階層攻略に挑もうとしていたからだ。
一度目の挑戦では、持ち込んだマジックバッグが使えないと判明し、私たちは早々に撤退するしかなかった。
そこで次は食糧をどう運ぶかを考え、各自が大きなリュックに詰め込めるだけ詰めて、行けるところまで進もうという結論になった。
そんな矢先に飛び込んできたのが、その情報だった。
「なんでまた三回も死に戻ったんだ。二回までと制限していたはずなのに。しかも、本当にハデスの冥界へ送られてしまう者まで出たとは」
「野崎さん。人間って、試してみたくなる生き物でしょう。監視も行き届いていなかったんですもの」
「監視か……たしかに手落ちだった。まさか自分の命まで懸けるとは思わなかった」
ディメンションリンク事業部にとって、これは見過ごせない問題だった。
野崎は五階層の攻略どころか、しばらく後始末に追われることになるかもしれない。
そこへ小宮山君が駆け込んできた。
「野崎さん! 大発見です」
「何だ騒々しい。一体、何を発見したというんだ」
「この間、四階層のボス戦で出た宝箱、覚えていますか?」
ああ、もちろん覚えていた。
私たちの関心はスフィアだったが、必ず宝箱もひとつ付いてきた。
入っているのは、各国の紙幣や硬貨が詰まったものや、鉄製の出来の悪い剣ばかりで、私たちにはほとんどうまみのない品ばかりだった。
野崎には現金のほうがありがたいのだろうけど。
私たち――とくに小宮山君たちは、宝箱からまだ見ぬ神器が出ることを期待していた。
それなのに、その時現れたのは大量のマジックバッグだった。
落胆したのは野崎である。
自分でいくらでも作れるものなど、欲しいはずがない。
売り飛ばすしかない。そう判断していた品ですらあった。
「このマジックバッグ。五階層に対応しているかもしれません」
「何だって!」
「ここを見てください。ヘパイストス謹製って書いています」
私もバッグの隅に小さく刻まれた文字を見て、思わず噴き出した。
拙い、くせ字の日本語で書かれていたからだ。
「誰かの悪戯?」
「そ、そんなぁ。大発見だと思ったのに……。これで問題のほとんどが片付くと、早合点しました……」
佐藤さんが目をくりくりさせながら、悪戯っぽく肩をすくめた。
「分からないぞ。まずは確かめる。それが我々開発部の方針だ」
「開発部ですって? いつの話よ。ILTなんて部署自体、今じゃもう形骸化しているのよ。今の私たちなんて、完全に冒険者チームでしょう」
愛菜がすかさず混ぜっ返した。
けれど、佐藤さんの言葉は正しかった。憶測で片づけず、まずは確かめるべきだ。
私とジョバンニで行くと言うと、佐藤さんと小宮山君も同行を申し出た。
「じゃあ、今から行く?」
「ああ。四階層のボスなら、もう敵じゃない」
五階層へは、まだボス部屋経由でしか入れない。
異次元ドアを置いていないからだ。
置こうと思えば置ける。
五階層の迷路の入り口に設置すれば済む話だ。
だが、それでは実力の足りない者まで入れてしまう。
その危険を嫌って、野崎は今も五階層へ向かうたび、ボス戦を通過条件として残していた。
四階層のボスは、相変わらずこちらを睨みつけていた。
私は手にした百トンハンマーを投げる構えを取る。
以前、小宮山君が気づいたのだ。
ゲートをくぐらず、安全なこちら側から魔物を倒せばいいのだと。
そんな簡単なことに今まで気づかなかったのかと、あのときは愕然としたものだった。
今回も私はゲートをくぐらず、グリフォンを叩き落とした。
翼はひしゃげ、片脚は不自然に曲がり、もう立ち上がることもできない。
それでも喉をぐるるるっと鳴らし、威圧を放とうとする。
そこへ、小宮山君の賢者の杖に魔法陣が浮かび上がった。
次の瞬間、火の槍が飛び出し、魔物の首を焼き切る。
それで終わりだった。
「なんて簡単だろう。これは他の国の採掘者にも共有すべきだな」
「野崎さんが今、その手配をしています。五階層の攻略ばかりに気を取られていて、そこまで思い至らなかったと困っていましたよ」
「そうだな。ここまでが大変だった。まさかアメリカのチームが最初の犠牲者を出すとは。信じがたい話だ」
アメリカから来た採掘者は、ほかにもいた。
彼らは皆、慎重に階層を進んでいたはずだ。
それなのに、なぜよりにもよって、リチャードさんたちのようなベテランが犠牲を出したのか。
どうしても、ただの不運とは思えなかった。
冥界送りになったのは二人だという。
一度、プロメテウスの宮殿を訪れ、事情を聞いてみたいと思った。
あの神なら、何か知っているかもしれない。
けれど、今はそれより先にやるべきことがある。
まずはマジックバッグの検証だ。
それが片づけば、ようやく時間も作れるだろう。
何より野崎は、まだ各所を回って対応に追われている最中なのだから。
私たちは、グリフォンが落としたスフィアと宝箱を確かめた。
宝箱の中には、腕輪がひとつだけ入っていた。
珍しいこともあるものだ。
こんなのは初めてだった。
いつもなら、採掘者の持ち物と思しき鉄の剣や、金が入っているだけだったのに。
「こ、これって、アイテムが付与された腕輪かもしれません」
小宮山君は、目に見えて興奮していた。
ここでは彼の「知」の力がまだ働く。とはいえ、以前に佐藤さんが使っていたような本格的な鑑定には届かないらしい。
「神の力が……あるかもしれない」
分かるのは、せいぜいその程度だ。
それでも、ただの腕輪ではなさそうだった。
私は腕輪を小宮山君に預け、スフィアをどう使うか佐藤さんに尋ねた。
「うーん。持ち帰れないのが惜しいな。スフィアはすぐ使わないと消えてしまうからな。モナミ、もう一度タワーシールドを強化してみるか?」
「佐藤さんこそ、治癒の力だけでは不安です。ハルバードを成長させてください」
「そうか?」
すると小宮山君が、にやにやしながら横から口を出した。
「怪力僧侶を目指してください。向かうところ敵なしですよ、佐藤さん!」
佐藤さんは眉を下げ、露骨に困った顔をした。
「それはゲームの話だろう? そんなキャラ、私に向いているかな……」
そう言って細身の自分の体を見下ろす佐藤さんは、ひどく自信なさげだった。
小宮山君も私も、まるで似合わない怪力僧侶の佐藤さんを思い浮かべて、笑い転げた。
だが、最終的に佐藤さんはハルバードにスフィアを吸収させた。
この先は、治癒の力だけでは立ち行かない。
力は多いに越したことはない。そう判断したからだ。
佐藤さんのハルバードからは、光が出せるようになった。
「これって、暗闇でも平気になるってやつですか?」
「……そうかもな。大した神技には思えん」
「佐藤さん。光の使い道は、ほかにもありそうです。あとで検証してみましょう」
手に入れたスフィアは使ってしまったが、いずれまた手に入る。
五階層へ挑む以上、私たちは何度もここを通ることになるのだから。
五階層に入ると、私たちは迷路のゲートをくぐり、さっそくマジックバッグを試した。
「使えます! これ、本当にヘパイストスの力が宿っていますよ!」
「良かったわね。ところで小宮山君、腕輪のほうはどう?」
「これ、もしかしたら鑑定の腕輪かもしれません。周りの壁が透けて見えるんです」
「それは鑑定ではなく、透視ではないのか?」
「そうか! なら、迷路の先が見えるってことですね。攻略にはかなり使えそうです」
オアシスの拠点へ戻ると、野崎が疲れ切った顔で待っていた。
公表したばかりのボス部屋の攻略法に、各方面から抗議が寄せられているらしい。
「なぜ今まで伏せていたのかと責められてね。仕方のないことではあるが、私の手落ちだ」
「そんな……。私たちだって、つい最近わかったことじゃないですか。教えたことで責められるなんて、ひどすぎます」
「榊原君。人間とはそういうものだろう。こちらにそのつもりがなくても、隠していたと思う者は出てくる。
だが、それより問題なのは、あそこからのドロップだ」
そうだった。
あの階層では、純度の高い希少鉱物が手に入る。
しかも、それは大きな利益を生む希少金属として、精製済みの状態でドロップするのだ。
「もう三階層は、順番待ちで大混乱だ。何しろ、リポップは一日に一度しかないからな」
「でも変ですね。アメリカチーム……リチャードさんたちは、もう攻略していたはずでしょう。ドロップ品も持ち帰っていたはずでは?」
その疑問に答えたのはチェンだった。
「気づいていなかったのかもしれないな。リチャードは、とにかく先へ進むことばかり考えていた」
「なぜ?」
私がそう聞くと、アーサーが静かに頷いた。
「焦っていたんだと思う。昔は下だった俺たちに先を越されて、相当こたえていたんだろう。表には出していなかったが、見ていれば分かる」
自分でも、目つきがきつくなっていたのは分かった。
けれど、それはアーサーに向けたものではない。
自分の見栄のために、仲間を危険へ引きずり込む。
そんな考え方を、私は到底許せなかった。
「なんて勝手な人かしら。くだらない功名心で仲間を危険にさらすなんて。リチャードさんが生き残って裁かれたのは当然だわ!」
チェンもアーサーも、さすがにたじろいだ。
「そ、そういうのは男にはありがちなんだ。特に傭兵なんかやってるとな。俺らだって、たまにはそういう気分になることがある……な、あるよな。沢村」
「うーん、俺にはそういう覚えはないな……」
「こ、この裏切り者め……」




