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野崎はまだまだ手が離せないというので、ILTのメンバーはそれぞれ自由時間ができた。

日本へ戻る小宮山君と馬淵君。護衛の三人は、四階層のボスを倒して武器のさらなる成長にいそしむという。愛菜もそれに加わったようだ。

私と佐藤さんは、プロメテウスに会いに行くことに決めた。


「佐藤さん。いいんですか? 久し振りのご家族との再会は」

「ははは。私には気に掛ける家族はいないよ。両親は早くに他界した。兄弟はいないし、親戚とは随分前から疎遠だ」


初めて知った、佐藤さんの境遇だった。

十年も一緒にいてもお互いのプライバシーにはほとんど触れたこともなかったのだ。

私も佐藤さんと似たようなものだった。

母一人子一人で育った私は、母が亡くなってからは天涯孤独の身の上だ。

母の保険金で大学を卒業した。三流大学を何とか卒業して、その当時は誰にも見向きもされなかった異次元ドアエンタープライズ社に辛うじて就職できたのだった。

その後、私の提案した異次元ドアの座標設定が会社を成長させたと野崎が言う。

彼は新しく立ち上げたディメンションリンク事業部のCEOに収まり、さらなる事業の発展に寄与していった。


こうしてみれば、島を買うことが出来たのも、異世界を探検できたことも、すべてディメンションリンク事業部のお陰だと言えるだろう。

そして弁慶や真垣課長や、佐藤さんと出会えたことこそ対人恐怖症を少しずつ克服して行けたのだと思うし、愛菜にも助けられてきたのだった。


そしてジョバンニとの出会いも私にとってはかけがえのないものだった。

ただ、他のペットたちには申し訳なく思うことがある。

こうして異世界を飛び回っている私には面倒が見られなくなってしまったのだ。

今はプロメテウスが彼らを可愛がってくれている。久し振りに私がペットたちと会って、彼らは私の事を覚えているだろうか。


「……不安だわ」


一旦、島のディメンションリンク事業部の異次元ドアを通り、今度はアルケディアの拠点のプリセットボタンを押す。

通り抜ければ、迷宮とは違うアルケディアだ。

拠点には管理をする少人数の警備と責任者が常駐するだけになっている。

ここで、希少金属を神から受け取ることがなくなったためだ。

それでも、ときおりニンフや、誠一が顔を見せているそうだ。

今も、警備員と和やかに歓談している誠一が見えた。


「誠一!」

《苔の精霊モナミ。しばらくぶりだ》


サテュロスの誠一は、名を与えられてから穏やかになった。

本来は山を騒がせる暴れん坊であるはずの存在を、私は変えてしまったのだ。


そして、それは誠一ひとりのことではない。

このアルケディアという世界そのものもまた、名付けによって在り方を変えられてしまったのだと思う。

永遠に巡るだけだった円環はほどけ、この世界はゆっくりと姿を変えはじめた。


エロスは《退屈な世界が変わって面白くなった》と言う。

だが、私がそこへ手を加えたことが、本当に正しいことだったのかは、今もわからない。

エロスが作った迷宮は、アルケディアを変えていくだろうか。

神々も巻き込んで、本来あるはずもない異空間がこの世界に生じてしまったのだ。



「モナミ? 深刻な顔で何を考えている?」

佐藤さんが私の顔をのぞき込んだ。心配そうな顔で……。

「ううん。何にも……ここは静かになったなぁって、そう思っただけ」

《そうだよ、ここに以前みたいに人間がいっぱい来たら、また楽しくなるのになァ。どうして人間が少なくなった?》


私は誠一の問いに答えられず、曖昧な笑みを浮かべてやり過ごした。


***


プロメテウスの宮殿にも異次元ドアがある。

拠点に設置したプリセットボタンを押し、通り抜けるとジョバンニが一目散に走り出した。

すると、ジョバンニの周りを、見知らぬ人たちが取り囲んだ。


「……モナミ。あれはどこの異世界の人間だ? 今まで見たこともない種族だぞ!」

「ま、まるで獣人だわ」


側にはプロメテウスもいた。三メートル程に小さくなって獣人たちを見守っている。


「プロメテウス。どこの人間なの? まさか……異次元ドアを改造して新しい異世界にリンクした……の?」


私が問うと、ぶんぶんと首を振って、プロメテウスは申し訳なさそうに告白した。


《彼らはわれが力を授けた者たちだ。元は、其方の飼い猫や飼い犬だ》


「……何ですってェえーっ!」




私は目の前にいる猫獣人をじっと見つめた。耳の先がほんの少し欠けている。その特徴に思い当たり、そっと呼ぶ。


「チャンタ?」


「モナミ! 分かってくれた!」


大柄な素っ裸の獣人に抱きつかれ、一瞬、体がこわばった。

けれど次の瞬間、ふわりと漂った懐かしい匂いに、ああ、チャンタだと胸が熱くなる。


チャンタ越しに見ると、そわそわと落ち着かない様子のあの子は、きっとミミだ。

黒白のはちわれだった面影は薄れたけれど、耳だけが黒い愛らしい女性に変わっていた。


その隣にいるのはシロちゃんだ。

真っ白な耳と、白い尻尾が目を引く。


ジョバンニにすり寄っているのはコタロウとぺぺだった。

ふたりは以前の特徴を色濃く残していたから、すぐにわかった。


ぺぺはミニチュアダックスとマルチーズのミックス犬だった。小型犬の彼はやはり人型になっても小柄だ。

コタロウは柴犬だ。黄土色の耳とくるんと巻いた尻尾は健在だ。

百六十センチほどの青年に変わってしまったけど、人なつこい笑顔はそのままだ。


――いや、感動している場合ではない。みんな素っ裸じゃない!

私の頭の中は、服の調達をどうするかで一杯になった。

それにしても、猫獣人たちはずいぶん大きくなっていた。

キジトラのチャンタは、もともと猫としても大きいほうだったが、人型になった今では百八十センチほどに見える。

ミミもシロちゃんも、百六十センチ以上はありそうだった。


「プロメテウス。猫たちがこんなに大きくなったのは、なぜ?」


《それは本人たちの願いだろう。われはただ、力を授けただけだ》


シロちゃんが走り寄ってきた。

以前のあの子なら、こんなふうに自分から来ることはなかったはずだ。

とりわけ気難しい猫だったからなおさらだ。


「モナミの力になりたいって、いつも話していたの。だから大きくなりたいって思ったの。みんなで……」


たどたどしい言葉が、たまらなく愛らしかった。

でも、それ以上に胸に届いた。

私を心配する気持ちが、まっすぐに伝わってきたからだ。


異世界へ飛び出していくたびに置いていかれるのは、きっとあの子たちにとっても寂しいことだったのだろう。

思わず涙がこみ上げてきた。

思いっきり抱きしめてやりたかったけど、彼らは以前とは変わってしまった。伸ばした手が宙を彷徨い、力なく降ろした。

だけど、コタロウやみんなが私の傍に駆け寄ってきて抱き付いてくれた。

私の腕では、大きくなったみんなを抱き留めることは敵わなくなったけれど、それでも精一杯腕を伸ばした。



***


《冥界へ行った人間の現状を、確かめたいと申すか》

「はい。そのために私たちはここへやってきました。プロメテウスなら、力を貸してくださると思いまして」


佐藤さんは、泣き崩れる私たちを横で見守りつつも、ためらわず本題に踏み込んだ。

プロメテウスはすぐには答えず、しばらく思案したのち、静かに告げた。


《冥界は、そうたやすく赴ける場所ではない。まして神ならぬ其方たちには難しかろう。じゃが、ハデスの治める世界は、其方が考えるほど苛烈な場所ではないぞ》


「本当ですか? 人間に伝わる神話では、恐ろしい場所として語られています」


《しばらく待て。われが冥界よりすくい取ってこよう》


すくい取る。

その言葉の意味がすぐにはわからず、私は黙ってプロメテウスを見つめた。


《ハデスのもとより離れたいと望む者がいるなら、その者たちはアルケディアの住人として再び生を受けるやもしれぬ。されど、人間として生き直すことはかなわぬ。あくまでこの世界の生き物として、生まれ変わることになるであろう》



冥界へ行った彼らの行く末は、彼ら自身の望みに委ねられるという。

望むなら、アルケディアの生き物として新たな生を受ける。

望まぬなら、ハデスの冥界で永遠を過ごすことになるのだ。


私は、それ以上考えるのをやめた。

「私の力では、どうにもならないことだった」


そのとき、ミミやコタロウたちが、私と一緒に迷宮へ行くと言い出した。

「危険なところなのよ。このままここにいて」

「いや。ジョバンニだけついていくなんて、ずるい」


返答に窮する私の耳元で、プロメテウスが静かに囁いた。


《連れて行ってやるがよい。あの者たちには、すでにジョバンニと同質の力が宿っておる。精霊に近い存在へと変じたのじゃ。迷宮でも、其方の助けになるであろう》


ジョバンニと同質の力。

私は首をかしげた。


「ジョバンニが使えるのは、ロンゴンで得た闇の加護と水操作です。精霊になった時点では、そこまで特別な力はなかったはずです」


《精霊には皆、アルケディアの性質が宿る。傷を復し、身を強く保つ力じゃ。我ら神の力の一端と思えばよい》


「でも、迷宮でジョバンニは一度死に戻りましたよね。あれはどうなんです?」


《どれほど精霊に近くとも、強い衝撃を受ければ死ぬ。無敵ではない。もっとも、迷宮ではエロスの力が色濃く働いておる。あの不可思議な空間のルールまでは、覆せぬだろうな》


ようやく意味がわかった。

つまり、傷の治りが早く、体も頑丈になるということらしい。

ジョバンニたちは、私たち人間よりもはるかに打たれ強い体になったのだ。


《そういうことじゃ。ジョバンニはすでにできておるが、この獣人らも体を変えられる。これもアルケディアの性質のひとつよ》


プロメテウスがミミたちに目配せすると、彼らは得意げに目を輝かせ、次の瞬間、その体を変化させた。


「も、戻れたの?!」


どうやら、私のペットたちは元の姿に戻れるらしい。

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