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採掘者ギルドの中には、武器を扱う店があった。
そこの店主は無愛想で、リチャードの問いにもけんもほろろだ。
「おい、商売だろう。金は払うって言ってるんだ。良い武器があるなら見せろよ」
店主はじっとリチャードを見据え、鼻で笑った。
「三階層のボスも越えられねえ半端者に、扱える武器なんざねえよ。おととい来な」
「くそっ!」
リチャードは舌打ちし、踵を返して店を後にした。
「三階層か……。あそこにはハルピュイアとガーゴイルがいやがる。あんなの、どうしろってんだ」
上から攻められれば手も足も出ない。ハルピュイアは刃のような羽を飛ばし、ガーゴイルには剣が通じない。
「いったいチェンたちはどうやって抜けたんだ」
「リチャード。ボス部屋にこだわる必要はない。異次元ドアを使えば、三階層の先へ進めるじゃないか」
その言葉に、リチャードはきっと振り向いた。
「それじゃだめなんだよ! 武器を買うにも資格がいるらしいんだ」
「たぶん、まだ力が足りないんだ。先の階層へ進んで、そこで魔物を地道に倒していけば、そのうち武器を買えるくらいにはなれるさ。焦りすぎだぞ、リチャード」
「……」
そんなことは、リチャードにも分かっていた。
自分がチェンたちを相手に、勝手な対抗心を燃やしているだけだということも。
それでも、気持ちは収まらない。
一度死に戻った彼らには、もう先がない。
二度目の死に戻りを迎えれば、迷宮には入れなくなる。
そのシステムが、たまらなく恨めしかった。
だが次の瞬間、リチャードの胸に別の考えが芽を出す。
「待てよ。本当に二度の死に戻りで終わりなのか。実は、もっと先があるんじゃないのか」
「何を言い出すんだ。危ない真似はよせ、リチャード。お前が一人で死に急ぐのは勝手だ。だが、俺たちを巻き添えにするなよ」
「ディメンションリンク事業部が嘘をついてる可能性だってある。考えてみろ。この迷宮は神が作ったんだろ。神様が、わざわざ二回きりなんて中途半端な制限をつけると思うか」
「……いや。でも、もし本当にまだ余裕があるなら……試してみる価値はあるかもな。なあ、みんな」
今、リチャードのもとには二十人の採掘者がいた。
その大半は、すでに一度死に戻っている。
一度死んでも戻ってこられたという事実が、彼らから死の恐怖を少しずつ奪っていた。
どうせゲームの世界だ。
彼らの胸の内には、そんな甘い認識があった。
ゲームではある。
だが資源が手に入り、金も稼げる。
しかも、現実では味わえない刺激まである。
そう思っている者が、ほとんどだった。
リチャードたちは三階層へ挑んだ。
その結果、十八人が死に戻ることになった。
それでも彼らは、なんとか三階層を突破した。
蘇った彼らは、一階層の神殿前に何事もなかったような顔で立っていた。
あらかじめマジックバッグを外していたため、失ったものは成長していた武器が初期化された程度で済んだ。
その事実は、彼らに妙な確信を与えた。
やはり、まだ余裕があるのではないかと。
リチャードは、もう一度あの無愛想な武器屋へ向かった。
そこでついに、五人分の装備を手に入れる。高価すぎてこれ以上は買えなかった。
「見ただろ。この先もまだいける。どんどん攻略していくぞ。装備も充実した。次は四階層のボス戦だ!」
「そうだな。誰も俺たちの死に戻りの回数なんか気にもとめていなかった。これはただの脅しだったってはっきりしたな」
リチャードは、前もってアンブロシアの実とネクタルを確保していた。
だが、それらは高価なうえに流通量も少ない。
野崎の忠告が出回ったせいか、最近は急に品薄になっていた。
以前は値段が高すぎて誰も手を出さなかったが、今では欲しくても簡単には手に入らない。
手元にあるのは、アンブロシアの実が六個。
それに五合入りのネクタルが二本だけ。
数回使えば尽きる量で、とても全員には回せない。
小冊子には、アンブロシアの実は四階層で使う品だと記されていた。
「スフィアさえ手に入れば、これで武器を一気に成長させられるんだったな」
ネクタルは階層のボス戦で使うためのものだ。
神の力が手に入るという触れ込みで、酒が効いているあいだは魔物の攻撃も通らないらしい。
――俺と、もう一人分だけか。どう考えても全員には回せないな……。
そして実際に、生き残ったのはその二人だけだった。
リチャードと、ネクタルを口にしたもう一人だけ。
その事実は、ほかの仲間にはまだ伏せられていた。
その一団の中に、ボブという二十一歳の若者がいた。
ふだんは下っ端同然の扱いを受けているが、リチャードには盲目的なほど心酔している。
傭兵としての経験は浅い。
人のいい性格をしているせいか、物事を疑ってかかるのも苦手な男だった。
だからこそ、目の前で起きた異様さにも、うまく疑問を向けられなかった。
ハルピュイアの羽根が首元を裂いたはずなのに、リチャードの肌には傷一つ残らなかった。
その直後にボブも死に戻ったため、リチャードたちがどうやって魔物を倒したのかは知らない。
それでも、彼の胸に残ったのは疑念ではなかった。
「リチャードさんは、やっぱりすごい人なんだな」
ボブはますます、リチャードを信じるようになっていた。
***
再びリチャードたちは、オアシスのある四階層へ足を踏み入れた。
そこは以前来たときとは、まるで別の場所のように様変わりしていた。
以前は工事にあたる日本人作業員たちで賑わっていたが、今そこにいるのは数十人の採掘者だけだ。
昔の日本家屋を模した建物には、不思議な温かみと懐かしさがあった。
「ここは自由に使っていいそうです」
「ふん。採掘者向けの施設か……。ディメンションリンク事業部は、ずいぶん儲けてるらしいな」
そう言いながらも、リチャードは建物に入ろうとしなかった。
代わりに、自分たちで持ち込んだテントを張らせる。
「いいか。明日は二手に分かれる。片方は階層ボスの偵察、もう片方は採掘だ。少しでも多く掘ってこい。いいな」
「はい」
採掘班には、決してオアシスから離れないよう念を押しておいた。
前回は勢いのまま砂漠の奥へ踏み込み、その結果、危険な魔物に襲われて死に戻る者が続出したのだ。
「ボス戦を目指す班は、今回は様子見だ。相手は威圧を放ってくるグリフォンらしい。危険だと分かったら、すぐに引くぞ」
翌日、リチャードは仲間を連れて神殿の奥へ進んだ。
入口には相変わらずスフィンクスが陣取り、何か謎をかけてきたが、誰も相手にしない。
ボス部屋のゲートは、いつも通り口を開けていた。
その向こうでは、魔物がじっとこちらをにらんでいる。
「いいか、行くぞ。耳栓は忘れるなよ」
ボス部屋のゲートをくぐった瞬間、グリフォンは空高く一気に飛び上がった。
**ギャオルァアアッ!**
「ぐあぁっ!」
耳栓をしていたはずなのに、意味がない。
鼓膜ではなく、叫びそのものが体の芯を揺さぶってくる。
凄まじい威圧に押さえつけられ、手足がぴくりとも動かなかった。
「撤退!」
リチャードは半ば悲鳴のように叫ぶと、真っ先にボス部屋から転がり出た。
隊員たちも我に返ったように次々と逃げ出してくる。
だが、二人だけ戻らない。
あの一瞬で、グリフォンにやられたのだ。
リチャードは急いで異次元ドアをくぐり、一階層の神殿へ戻った。
そこには、死んだはずのメンバーが呆然と立ち尽くしていた。
「戻ってきたか……」
胸をなで下ろしたのも束の間、リチャードの顔には別の色が差す。
「おい、しばらく休んでいろ。部屋でも取って頭を冷やせ」
「……はい。すみません。逃げ遅れました。本当に、一瞬だったんです」
「だが戻れただろう。お前たちはこれで三度も死に戻った。やっぱりディメンションリンク事業部は嘘をついていたんだ。分かったら休め。次に備えるぞ」
「はい!」
誰よりも強く返事をしたのは、ボブだった。
リチャードは一階層へ戻るなり、その足で採掘者ギルドへ向かった。
食堂の一角に並べられたネクタルを見つけた瞬間、目の色が変わる。
彼はほとんど駆け込むようにして店へ寄り、残っていた分をすべて買い占めた。
その代償に、資金は底をつきかける。
「まずは採掘班が持ち帰ったレアメタルを売る。それが先だ。ボス戦はそのあとでいい」
数日間、採掘に明け暮れて、ようやく資金の目途が立ってきた。
この金で全員分のネクタルをそろえる。そうすれば次こそ、あの魔物にも勝てるはずだ。
考えてみれば、チェンたちが攻略できたのも当然だった。
最初から、こんな都合のいいアイテムを使っていたのなら。
自分たちが苦戦したのは、実力差なんかじゃない。
ただ情報を隠されていただけだ。
リチャードの中では、いつの間にかそういう話になっていた。
「もっと早く秘密を明かすべきだったんだ。野崎のやろうめ!」
ギルドには、十分な量のネクタルが並んでいた。
ちょうど入荷したばかりなのだろう。そう判断したリチャードは、迷わずそれをすべて買い占めた。
これで攻略は万全だ。
少なくとも、彼の中ではそういうことになっていた。
四階層のボス戦には、十八人を連れていく。
残る者たちには、マジックバッグの管理を任せた。
もしここで全員が死に戻れば、それだけで財産が吹き飛ぶ。
リチャードにとって、それは避けなければならない損失だった。
「いいか、みんな。今度こそ魔物を倒すぞ。ネクタルは今のうちに飲んでおけ」
「……はい。これは神の酒なんですよね。かなり高価だと聞きましたが」
「高い安いの話じゃない。お前たちの命のほうが大事だろう。さあ、腹をくくれ。飲んで、今度こそ仕留めるぞ!」
グリフォンとの戦いは、まさに死闘だった。
だが、死闘が長引くにつれて、仲間たちのネクタルの効果が次々と切れていった。
リチャードだけは、密かに残しておいたネクタルを戦いの途中で何度もあおっていた。
何度も押し潰されかけ、鋭い嘴に突き上げられながらも、リチャードは一歩も引かない。
ついにはグリフォンの背にしがみつき、渾身の力で剣を何度も突き刺した。
しぶとく暴れていた巨体も、その一撃が深く食い込んだ直後、光の粒となって崩れ去る。
残されたのは、緑色のスフィアと一つの宝箱だけだった。
その場に立っていたのは、リチャードただ一人。
だが彼の目は、仲間の不在ではなく戦利品に向いていた。
「みんなは死に戻ったか……。まあいい。迎えには行ってやる。だが、その前に宝箱だ」
中にはマジックバッグが五個。
しかもその中には、ディメンションリンク事業部から貸与されていた特別製の品まで入っていた。
リチャードの口元がつり上がる。
「これで元は取ったぞ」
彼は懐からアンブロシアの実を取り出し、ためらいなく口に放り込んだ。
狙うのは、自らの武器へのスフィア吸収。
その手にあるのは、血を煮詰めたようなドス黒い褐色の、禍々しい大剣だった。
リチャードが一階層の神殿へ戻ると、メンバーたちが揃って呆然と立ち尽くしていた。
「死に戻ったか。よし、四階層へ戻るぞ」
だが、誰も動かない。
「……リチャード。ボブとジミーは戻ってないのか?」
「何だと?」
リチャードの顔色が変わる。
「俺以外、ボス部屋には誰も残っていなかったぞ。あいつら、まだこっちに来ていないのか?」
「……限界だったんじゃないのか。三度まではいい。だが、あいつらはこれで四度目だ」
「そんなはずがあるか! あの話は日本のでまかせだったはずだ!」
「いや……日本が勝手に制限していたって考えたほうが筋が通る。安全策として二度までにしていたんだ。俺はそう思う」
この一件のあと、リチャードの採掘班は解散を余儀なくされた。
死に戻りの回数制限を軽んじ、繰り返し仲間を死なせた末に、ついには戻らぬ者まで出した。
その事実が広まったことで、リチャードもまた、二度と迷宮への立ち入りを許されなくなったのだった。
本国へ送還されたリチャードを待っているのは、裁判だった。
規則を自分に都合よくねじ曲げ、犠牲者を出した代償として、彼はこれから長い時間をかけて罪を償うことになる。
だが、それすら彼にとっては後の話だ。
迷宮で育て上げたあの大剣は、外へ持ち出すことすらできなかった。
手に入れたと思ったものは、何一つ残らない。 マジックバッグでさえ、亡くなったメンバーの補償に充てられるだろう。
リチャードの手元にあったのは、空虚な現実だけだった。




