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沢村は異次元ドアの前で、日本の採掘者たちをぼんやり待っていた。
今日、日本から来る採掘チーム十五人が、この四階層に到着する予定だった。
だが彼の視線は、異次元ドアではなく神殿の奥へ向いている。
ボス部屋のゲート越しに音は届かない。
それでも、奥からは絶え間なく激しい光が漏れていた。
白く。青く。鋭く。
網膜を焼くような明滅だった。
「……野崎さんの雷の神技が炸裂したんだろうな」
沢村たち護衛の武器も、確かに成長していた。
それでも、神技にはまだ届かない。
つい先日、スフィンクスから明かされた初心者用の武器と採掘セットは常識外れの性能を秘めていた。
――武器を持つ者の願いに応える、神器の核。
沢村は右手の長柄を強く握り直す。
そして、ボス部屋のゲートから噴き出す光を見つめた。
あの先にある。
自分の武器が、さらに先へ進む道が。
そう思うだけで、胸が灼けるようだった。
その時が来るのが、たまらなく待ち遠しい。
武器のことを考え込んでいた沢村の正面に、不意に人影が立った。
リチャードだった。
待っていた日本の採掘者ではなかったせいで、沢村は思わず上体を引く。
「お、ミスター沢村。こんなところで何をしているんだ?」
「……日本の採掘者を待っている。そっちこそ、アメリカのチームも四階層に来たのか」
「ああ。ここにはレアアースが大量に見つかったって聞いてな。本国から要請が来た。俺たちは二十人編成だぞ」
リチャードの後ろには、所在なさげに突っ立っているメンバーたちがいた。
彼らは神殿の前に座るスフィンクスを見て、何やら騒いでいる。
沢村はそんな彼らに、スフィンクスになぞをかけられても無視するよう助言した。
「なぞって、例のあれですか?」
「ああ、そうだ。だが最近はバリエーションが増えた。榊原さんの影響だろうな。答えられないと、オアシスに放り込まれるぞ」
彼らは肩をすくめ、
「それくらい、何でもないさ」
と虚勢を張った。
沢村が、諦めてリチャードに向き直ると、リチャードは腰にぶら下げたマジックバッグを、得意げにぱんぱんと叩いてみせた。
しかも一つではない。
腰には五つものバッグが提げられている。
野崎が作ったものではない。
豊富な資金を持つアメリカチームは、オラドン製の魔具を買い集めたらしい。
そのせいか、沢村はついリチャードの腰元に目をやった。
武器はまだ一段階しか成長していない。
「リチャード。君たちは一階層のボスを倒したんだろう。二階層はどうした」
「……死に戻ったんで、諦めたよ。どうせ俺たちは採掘が目的さ。ディメンションリンク事業部が異次元ドアを設置してくれてるんだ。わざわざ危険に足を突っ込むこともないしな」
リチャードはそのあとも、ぺらぺらと話し続けた。
沢村は少しずつ鬱陶しさを覚え、もう一度異次元ドアへ視線を向ける。
だが、まだ日本のチームが現れる気配はなかった。
「しっかし、日本は太っ腹だよな。他国に資源を採らせて平気なんだから。正直、呆れるよ」
「鉱物は人の手でしか採れないんだ。それに、ここの資源は尽きてもまた復活する。採掘量は事業部が管理しているし、各国に必要な分だけ採らせたほうが、結局は効率がいい」
「なるほどな。まあ、こっちとしては稼げるならありがたいさ。じゃあな」
総勢二十人が、ぞろぞろと連れ立って神殿を出ていく。
沢村はその背を見送りながら、わずかな不安を覚えた。
あの武器で、この階層の魔物を相手にできるのか。
ボス部屋に入らなくても、砂漠には魔物があふれている。
しかも、この階層では雑魚を倒しただけでも剣が成長した。
それはつまり、一階層や二階層とは比べものにならない敵が、そこら中をうろついているということだった。
ようやく日本のチームが到着したようだ。
異次元ドアが、仄かに光り始める。
だが次の瞬間、沢村は目を見開いた。
チームの先頭に立っていたのは、井ノ瀬博士だった。
「井ノ瀬博士……それに馬淵君も。こちらに来るとは聞いていませんでした」
「久しぶり、沢村さん。私たちが合流したせいで待たせてしまったわね。採掘者ギルドに寄ったり、書類を書いたりして手間取ったの。ごめんなさいね」
沢村は彼らを拠点へ案内し、今後の注意点をアーサーに説明させた。
当然、その中には装備に対する懸念もある。
アーサーもまた、そこを気にしていたのだ。
日本のチームは採掘セットこそ大きく成長していたが、武器はまるで育っていなかった。
井ノ瀬や馬淵にいたっては、初心者用の装備そのままである。
「……ですから、まずは私たちと行動を共にしてください。装備が成長しないうちは危険です」
「……そうなの。面白いわね。この初心者用装備そのものが、神の手で作られた代物だなんて」
井ノ瀬は青銅の剣に目を落としたまま、珍しい標本でも見るようにじっと見入っていた。
馬淵もまた、そわそわとしながら剣に手をやっている。
若者らしく、まるでゲームのような仕様に心を躍らせているのだろう。
だが沢村には、それが少し危うく見えた。
だからこそ、釘を刺す。
「馬淵君。ここでは命がかかっている。死に戻れば、装備も元に戻るんだ。ゲームのようではあっても、賭けるのは命だということを忘れないでくれ」
「……分かってはいるんだけど……小宮山は、もう先の階層を目指しているんだろう? 早く一緒に行きたい。私も……」
その焦る気持ちは、沢村にも痛いほど分かる。
だが、あまりにも装備が弱すぎた。
当分は難しいだろう。
午後、沢村は井ノ瀬たちを連れて、オアシスを出てすぐの砂漠へ向かった。
当面は、ここで装備を育てることになった。
その途中で、沢村は井ノ瀬の腕の中にあるものへ目を留めた。
鉢植えだった。
こんな場所に持ち込むには、あまりにも場違いに見える。
「井ノ瀬博士。何ですか、その鉢植えは?」
「ふふ。私の相棒よ。木の操作を助けてくれる、頼もしい味方なの」
日本から来た採掘者たちも一緒だった。
彼らはさっそく砂の採掘に取りかかっている。
その周囲では、沢村たち護衛が目を光らせていた。
そのとき、不意に砂が不自然に盛り上がった。
中から現れたのは、三体のスコーピオン。
やや小ぶりとはいえ、到着したばかりの日本の採掘者たちには荷が重い。
沢村がとっさに駆け寄る。
だが、その三体のスコーピオンには、いつの間にか太い蔦が絡みついていた。
蔦をたどって沢村が振り返ると、井ノ瀬の抱えた鉢植えから何本もの枝が伸びている。
「ここでも問題なく使えて、ほっとしたわ」
一方ではチェンが馬淵をけしかけていた。
「馬淵君、今のうちに斬りかかれ。剣を成長させる絶好の機会だぞ」
馬淵は唇を引き結び、拘束されたスコーピオンへ斬りかかった。
だが、青銅の刃は簡単には通らない。
それでも怯まず、外殻の継ぎ目を狙って何度も刃を入れる。
そして最後に、鎧の隙間へ剣を深く突き立てた。
スコーピオンはびくりと痙攣し、そのまま光の粒となって崩れていく。
次の瞬間、馬淵の剣が淡く光った。
青銅色が消え、刃は鈍い銀色へと変わっていく。
「鉄の剣になったな。第一段階の成長だ。次の成長も遠くはない。どんどん倒していけ」
その言葉を遮るように、沢村が口を開く。
「チェン、忘れるな。剣の成長には、持ち主の思いが要る」
「……そうだった。馬淵君は、その剣で何がしたい?」
「……わ、私は佐藤さんみたいに、みんなを守りたい。でも……剣じゃ無理だろうな」
そのやり取りの横で、アーサーは井ノ瀬にも魔物を倒してみるよう勧めていた。
だが、井ノ瀬は静かに首を振る。
「私はこの先へ進まないことに決めたの。採掘者たちのお手伝いに来たんですもの」
この先の階層では、ロンゴンの龍から授かった加護は使えない。
それを知ったうえで、井ノ瀬は前に出るより支える側に回ることを選んだのだ。
「もともとは木の研究がしたかっただけなの。でも、砂漠では難しいでしょう。だからしばらくは、みんなの背中を押すことにするわ」
その後も、現れる魔物を井ノ瀬が次々と拘束し、採掘者たちは代わる代わる仕留めていった。
武器を成長させた者は出たものの、第二段階まで進めた者はごくわずかだった。
それからの数日、彼らは採掘もほどほどに、魔物を求めて砂漠の奥へ分け入っていくようになる。
その様子を眺めながら、井ノ瀬博士は小さく苦笑した。
「これでは、採掘者というより冒険者ね」
日本の採掘者たちの武器が第二段階に達した頃、井ノ瀬は日本へ戻ると宣言した。
「そうですか。今まで本当に助かりました。これで採掘者たちも、自分たちで身を守れるはずです」
「よかったわ。ただ……他の国の方たちは、どうしているのかしら」
その心配はもっともだった。
沢村たちがいくら注意しても、耳を貸さずに採掘を優先する者は多い。
そしてそういう者ほど、砂漠で死に戻っていった。
数が減っていくのも当然だった。
「彼らもようやく、武器は段階的に育てたほうが安全だと理解し始めています。井ノ瀬博士のような支援役は、どの国にもいるわけではありませんからね」
井ノ瀬は深く頷いた。
「それでは、皆さんも気をつけて」
そう言い残し、異次元ドアをくぐっていった。




