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グリフォンが倒れると、五階層へ通じるゲートが静かに開いた。
「少しだけ確認した方が良さそうだ」
野崎の後について、私たちはぞろぞろと五階層のゲートをくぐった。
その先に出た瞬間、私は思わず息をのんだ。
足元は高い崖の上で、眼下には巨大な円形迷路が広がっていた。
幾重もの壁が渦を巻くように連なり、全体はまるで巨大な円盤を上から覗き込んでいるようにも見える。
「これって……まるでラビリンスボール?」
小宮山君ははっとしたようにノートを取り出し、慌てた手つきで何かを書き留めていく。
いったいどれほどの大きさがあるのか。
見下ろしただけでは、とても把握できなかった。
「ああ。奥の方が霧でけぶって見えない。こんな時、ドローンが使えたらよかったのに……」
小宮山君が書き出した迷路は、複雑極まりなかった。
中心までの道筋がこの迷路の終着点らしいことは分かったが、霧に隠れた部分がはっきりしない以上、うかつに進むのは危険だ。
「野崎さん。この部分に魔物の巣窟があります。あそこです。何かが蠢いています」
「ん。そのようだな。この黒い部分は、たぶん落とし穴だろうな」
上からなら、はっきり確認できる場所もある。だが実際に迷路へ入れば、視界は高い壁に遮られてしまうだろう。
霧に閉ざされた先まで含めれば、全容の把握はとても十分とは言えなかった。
「五階層を見て、はっきりした。やはり四階層のボスを周回しよう。そして、それぞれの武器を進化させる。もしかすると、空を飛ぶ力が備わるかもしれないからな」
野崎はそう言ったが、私は懐疑的だった。
ここは、エロスが面白半分に作らせた迷宮だ。攻略のための縛りも厳しい。
空を飛べるようになれば、迷路など無視して、あっという間に中心へたどり着けてしまう。あの悪戯好きの神が、そんな簡単な抜け道を許すとは思えなかった。
「僕なら、体を浮かせることができるワン」
そう言うなり、ジョバンニは迷路へ続く坂道を駆け下りていった。
私は慌てて、そのあとを追う。
「ジョバンニ。勝手に行かないって約束したでしょう。待って」
しばらく走って下りていくと、迷路の壁が目の前に迫り上がってきた。二十メートル以上はありそうな高い壁だ。
壁際は薄暗い影になっていて、日の光もわずかしか差し込んでいない。
ジョバンニは、その壁のすぐそばで不思議そうに首をかしげていた。
「どうしたの?」
「おかしいワン。重力操作ができなくなった……」
私たちを追って、野崎たちもすぐに坂道を下りてきた。
「どうした、榊原君」
「ジョバンニの重力操作が封じられたようです。ほかの力も、ここでは制限されるのかもしれません」
「何だと」
野崎は即座に異空間を開こうとした。
しかし、何も起こらない。
その瞬間、野崎の顔からさっと血の気が引いた。
何もない空間を見つめたまま、彼はその場に膝をついた。
***
四階層のオアシスに戻ると、野崎はすぐにもう一度異空間を開いた。
今度は問題なく開き、彼は目に見えて安堵の息をついた。
とはいえ、五階層で力が封じられた事実は消えない。
護衛たちも異空間に入れ、私たちは今後の対策を話し合うことになった。
そこには、ちゃっかりスーちゃんも混じっていた。
皆の話し合いを、興味深そうに聞いている。
「スーちゃんは、このことを知っていたの?」
《わらわはこの階層に封じられておるゆえ、知らなんだ。じゃが、わらわには別の役目がある》
「役目って?」
《この先へ進む者を見定め、試練を越えた者に助言を授けることじゃ》
その言葉に、場の空気がわずかに変わった。
スーちゃんは、ただ謎かけをするためだけに置かれていたのではなかったらしい。
《わらわの謎に答えられず、喰われて死に戻れば、たいていの者は先へ進むことを諦めるであろう?》
「じゃあ、それでも諦めなかった人には?」
《この先へ進むための知識を授ける。ネクタルとアンブロシアの実の使い方。そして、この階層に置かれた幻獣の力を取り込む方法じゃ》
アンブロシアを口にした者がスフィアを武器へ触れさせると、幻獣の力を武器に吸収させることができる。武器が成長するだけでなく、使い手の体も次第に武器へ馴染んでいくという。
一方、ネクタルには受ける攻撃を弱める力があり、酒の効き目が残っている間は、その恩恵が続くらしい。
「そうだったのか。私たちは、神の食べ物の力を半分も生かせていなかったんだな……」
野崎は、ようやく合点がいったようにうなずいた。
「なぜ、初めから教えてくれなかったの?」
私は、意地の悪い神の采配に不満を漏らした。
《試練を越えてもおらぬ者に、誰彼かまわず教えるわけにはいくまい。それに、誰にでも行き渡るほどの数は、ここにはない。じゃが、この先の階層には、たんと用意されておるようじゃぞ。探してみるがよい》
「でも、もともと持っている力まで封じる必要があったのかしら」
私に詰め寄られてスーちゃんは困ったような顔で、ぶつぶつとこぼした。
《エロスは悪戯好きじゃからのう。そなたらが困り果て、知恵を絞る様でも眺めて楽しんでおるのじゃろう》
スーちゃんは、武器の進化についても話してくれた。
《使い手にこれといった望みがなければ、武器はもともと備わっている特性に沿って成長する。じゃが、「こういう武器が必要だ」と強く願えば、その思いに応じて進化していくのじゃ》
だから、愛菜の短剣は弓へ変わったのだろうか。
あのとき愛菜は、たしかに「弓矢がいい」と口にしていた。
その願いが、武器に反映されたのかもしれない。
小宮山君が、期待に目を輝かせた。
「じゃあ、僕の武器も、魔法を使えるものに変化する?」
《魔法なるものがどういうものか、わらわは知らぬ。じゃが、そなたが心から望めば、武器はその願いに応じて変化するはずじゃ》
この世界に、魔法という概念はないらしい。
けれど神技ならある。
野崎が実際にそれを使えている以上、小宮山君の願いも決して絵空事ではないのだろう。
私は佐藤さんに目を向けた。
彼はどんな神技を望むのだろうか。
そう尋ねると、佐藤さんは少し考え込み、やがて納得したようにうなずいた。
「私の役目は、どうやら治癒師なのだろう。ハルバードを与えられた時は正直困ったが、これからはあの武器に、きちんと願いを込めてみるよ」
護衛たちにも、それぞれ願いがあるようだった。
「銃器が使えないのは困る。だいいち、エロスは二丁拳銃を使っているではないか。俺はどうしてもアサルトライフルが欲しい。それも、弾切れの心配がない神器だ」
「ああ、俺もそれが欲しい!」
アーサーの言葉に、沢村が勢いよく同意した。護衛たちの声には、半ば本気で、半ば夢を見るような熱がこもっていた。
だが、盛り上がる護衛たちに、野崎は新たな任務を告げた。
「数日後、ここへ日本の採掘者たちが来る。まずは君たちが、この階層での行動を指導してくれ。それが済んだら、彼らとともに攻略へ加わってもらう」
たちまち、護衛たちの肩が落ちた。
「俺たちは、まだ足手まといということですか……」
「いや、違う。そういう意味ではない」
野崎は即座に否定した。
「今後は、ここへ送り込まれる探索者も増えていくだろう。異次元ドアを通れば、四階層まで簡単に来られるからな。だが、事情を知らない者を不用意にボス部屋へ入らせるわけにはいかない。だから、経験のある君たちに指導を任せたい」
野崎は三人を順に見渡した。
「大丈夫だ。君たちを置いていくつもりはない。私たちのチームも、全員の武器を育てるには一か月以上かかると見ている」
その頃には、ここの拠点も形になっているだろう。
話合いが一段落つき異空間を出ると、オアシスに建設中の巨大な日本家屋を見上げた。
棟上げはすでに終わり、職人たちは休む間もなく屋根や壁の工事を進めている。
「まるで、昔の豪商か豪農の屋敷みたいですね」
「ああ。一棟に五十人ほど泊まれるそうだ。雑魚寝にはなるだろうが、休むだけなら十分だろう」
「そうですね。ゆっくり休みたければ、始まりの村へ戻ればいいんですものね」
そのとき、背後で愛菜が情けない声を漏らした。
「せっかく武器が成長したのに……矢が二本に減った。なんでよう……」
振り返ると、愛菜の手には二本の矢があった。
金の矢と、鉛の矢だ。
「これって、エロスが持っているはずの矢じゃない?」
「何、それ?」
ギリシャ神話では、エロスは人の心に正反対の作用をもたらす、二種類の矢を使うことで知られている。
ただし、このアルケディアのエロスは、なぜか弓ではなく拳銃派だ。ヘパイストスに作らせた金銀の二丁拳銃を腰に下げ、いかにも満足そうにしている。
愛菜が首をかしげると、その横で小宮山君が勢いよく声を上げた。
「キターッ! それ、バフとデバフの効果を持つ矢じゃないですか? たぶん、エロスが使う力の下位版ですよ!」




