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《**ギュルラアアッ**》
グリフォンの凄まじい咆哮が、ボス部屋に響き渡った。
鼓膜を突き破られそうな音に、私たちはうずくまって耳を塞ぐ。
「何だ、これは!」
野崎は剣を取り落とし、その場に膝をついた。
音が頭の奥まで突き刺さり、立っていることさえできない。
このボス部屋は、これまでとは違って天井がなかった。体育館よりも広い空間の頭上には、青空が広がっている。
空へ舞い上がったグリフォンは、私たちを睥睨しながら悠々と旋回していた。
小宮山君が震えながら、私の耳元で叫んだ。
「デバフ効果があります!」
だが、耳が塞がったような、くぐもった声にしか聞こえない。小宮山君自身も、自分の声がどれほど大きいのか分かっていないようだった。
佐藤さんは、それでも必死にシールドを維持している。眉間に深いしわを刻み、ひどく苦しそうだった。
ボス部屋に入った途端、先手を打たれた。
本来なら二手に分かれるはずだったのに、まだ誰も配置についていない。
愛菜も私の後ろで、コロにしがみついていた。ジョバンニとコロは頭を低くし、耳を伏せている。人間よりはるかに聴覚が鋭い二匹には、この咆哮は耐え難いものなのだろう。
スーちゃんはここにはいない。
《わらわには助けになることはできぬ。其方らの力でこの先へ進まねばならぬ》
そう言って、オアシスに残ってしまった。
――スフィンクスって、なぞなぞを出すことしかできないのかしら。一体何の為にここに配置されていたの?
ぼんやりそんなことを考えた、その直後だった。
私のすぐ上に、グリフォンが覆いかぶさるように降下してきた。
だが、佐藤さんのシールドに阻まれ、再び空へ舞い上がる。
それでも諦めず、何度も嘴でシールドをつつき、大きな獅子の後ろ足で踏みつけてきた。
そのたびに、シールドの表面から不穏な音が響く。
**ミシッ。**
「くっ。このままでは持ちそうにない。アンブロシアの実を食べます!」
佐藤さんは実を口に放り込み、愛菜もそれにならって食べ始めた。
その実は、ボス部屋に入る前に野崎から愛菜と私に一個ずつ手渡されていたものだ。
『体力が回復する効能がある。食べてすぐなら、三分だけ攻撃も無効になるらしい。食べるタイミングは各自で判断してほしい』
そう言われていた。
けれど、ジョバンニやコロの分はない。
私は、これ以上ジョバンニを危険にさらしたくなかった。
「ジョバンニ。これを食べて」
「クーン。それはモナミの分だよ」
「いいの。ジョバンニはシールドが不得意だから。これを食べて。私のシールドは強いから大丈夫よ」
私は当初の予定どおり、大きくなったジョバンニの背に乗って、佐藤さんのシールドの外へ飛び出した。
収納から、野崎に渡されたタワーシールドを引き抜き、左手に構える。
右手には百トンハンマー。
そのままボス部屋の反対側へ回り込んだ。
これで、グリフォンの攻撃は分散するはずだ。
当初の予定では、まず小宮山君が魔法陣を設置する。
その合図で、ジョバンニが重力操作を使い、魔物を地面に縫いつける。
飛ばせないまま一気に畳みかける。そういう作戦だった。
「ジョバンニ。小宮山君の合図があったら、お願いね。私はシールドを維持するから」
「分かったワン!」
私はジョバンニの背から飛び降りると、シールドに意識を集中し、より強固になるよう念じた。
そしてグリフォンの注意を引きつけるため、ハンマーを地面へ打ち下ろす。
**ゴォォーン!**
銅鑼を打ち鳴らしたような轟音が響き、固い地面が揺れ、ボス部屋全体が小刻みに震えた。
グリフォンの金色の目が、鋭く私を射抜く。
巨体が空中で向きを変え、一直線に突っ込んできた。
翼が風を切る、**ブオォーン**という唸りが迫ってくる。
その音を聞いただけで、膝が勝手に震えた。
巨体が、私のシールドの上に**ずしん**とのしかかった。
「お、重い……っ」
鋭い爪が、**キーキー**と悲鳴のような音を立てながら、シールドを削っていく。
腕が軋み、膝が沈む。
それでも、耐えるしかない。
視界の端に、小宮山君が魔法陣を敷いているのが見えた。
――お願い。 早くして!
小宮山君の笛が、甲高く鳴り響いた。
魔法陣の設置が終わったという合図だ。
視線を向けると、ボス部屋の中央に魔法陣が敷かれている。
「ジョバンニ。このまま魔法陣まで走るわよ!」
私は、魔法陣の端までやっとの思いでたどり着いた。
だが、シールドの上にはまだグリフォンが乗ったままだ。
「なんて、しつこいのよ。飛べるんなら、ちょっと離れてよ!」
思わずそう叫んでから、いや、むしろこのほうが都合がいいのかもしれないと考え直す。
「ジョバンニ、やって!」
「分かったワン!」
ジョバンニがグリフォンへ向けて重力操作を使い始める。
そこで私は、今さらのように気づいた。
グリフォンは、まだ私のシールドの上にいる。
ということは――
「困った……私まで縛りつけられちゃう」
「モナミ……どうしたらいい?」
おろおろしていると、野崎が走り込んできた。
「榊原君、そのまま持ちこたえろ!」
なんという無茶ぶりだろう。
「ぐっ……!」
という声しか出てこない。
野崎は懸命にグリフォンへ斬りかかっていた。
魔物は身動きが取れないはずなのに、それでも驚異的な身体能力で野崎の攻撃をかわしていく。
そのとき、グリフォンの目がかっと見開かれ、喉がぶるぶると震え始めた。
「野崎さん、離れて! また咆哮が来ます!」
はっとして野崎がグリフォンを見上げた、その瞬間だった。
**ビュン!**
空気を裂く鋭い音が走り、次の瞬間には矢がグリフォンの喉へ深々と突き立っていた。
私はどうにか顔を動かし、矢が飛んできた方へ目を向けた。
コロの背には、左腕を伸ばしたまま、弓を構える愛菜がいた。目を細め、矢を放った姿勢を崩していない。
「残心……ってやつかしら」
グリフォンはたまらずシールドの上から転げ落ち、私にかかっていた荷重がすっと消えた。
巨体が落ちた先は、狙いどおり魔法陣の上だった。
今度は、小宮山君が動きを封じる番だ。
小宮山君が魔法陣へ魔石を投げ入れると、描かれた紋様が光を放つ。グリフォンは魔法陣の外へ出られなくなった。
飛び立つこともできず、狭い陣の中からこちらを威嚇し、鋭い前脚をめちゃくちゃに振り回している。
私と野崎、そして佐藤さんは武器を構えた。振り回される爪をかいくぐりながら、少しずつグリフォンの力を削っていく。
最後の一太刀は、佐藤さんのハルバードだった。
胸を貫かれたグリフォンはびくりと大きくのけぞり、次の瞬間、その巨体を金の粒へと変えて消滅した。
光が消えたあとに残っていたのは、緑色のスフィアと、ゴテゴテに装飾された宝箱だった。
「野崎さん。これって、宝箱ですよね。初めて見ました」
小宮山君が駆け寄り、そっと蓋を開ける。
中には、地球の紙幣がぎっしり詰まっていた。
「アメリカドルに日本円……。ほかにも、各国の紙幣が少しずつ入っているようだ。おそらく、始まりの村で採掘者たちが使った金だろうな」
「お金か……。それより武器とかのほうが、ちょっとワクワクしたんだけど」
こうして見れば、ただの紙切れだ。
神々にとっては、きっと何の価値もないものなのだろう。
「この緑のスフィアは、希少金属ではなさそうです。いったい何でしょう」
私も手元をのぞき込んだ。
透き通った緑の奥で、金色の光が脈打つように瞬いている。
「まるで魔石球みたいですね」
「っ……先輩。これ、アルケディアの魔法の球……神の力が凝縮されたものかもしれませんよ」
神の力が凝縮されたものですって。そんなものがあるなんて、聞いたこともない。
私は佐藤さんから球を受け取り、手のひらで転がしてみた。
以前、プロメテウスの宮殿で、岩の核というものを引き抜いたことがある。岩を形作る元だと神は教えてくれた。あれとは少し違うが、この手触りはどこか似ていた。
ほのかな温かみがある。固いはずなのに、その奥から柔らかな息づかいが感じられた。
「グリフォンの核かも……」
小宮山君も興奮したように、スフィアをのぞき込んだ。
「魔物の核だなんて、まるでゲームみたいだ。これの使い方さえ分かれば、すごい力が手に入るぞ」
ここは、エロスが作り出した迷宮だ。
だったら、本当にそうなのかもしれない。
愛菜もそれを手に取り、まじまじと見つめていた。
だが、まだ手にしていた弓を取り落としそうになり、慌ててスフィアごと抱え込む。
すると、スフィアはマナの弓へ溶け込むように吸い込まれ、そのまま消えてしまった。
「あ、ああーっ! ご、ごめんなさい。消えちゃった……!」
だが次の瞬間、弓がたちまち銀色の光を帯びる。
精巧な装飾をまといながら、その姿は一回り大きく変わっていった。
「そうか。これは武器を成長させるアイテムか!」
野崎が目を爛々と輝かせる。
嫌な予感しかしない。
「よし。ここを周回するぞ!」




