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このオアシスは、まるで迷宮における安全地帯のようだった。
魔物はスフィンクスのスーちゃんしかおらず、水は豊富で、果物もふんだんに実っていた。
午前中は砂漠へ出て、魔物を倒しながら砂を採掘して回った。
午後は泉で汗を流し、その後は皆それぞれに休んで過ごす。
ただ、佐藤さんだけは護衛たちを連れて、毎日ボス部屋の偵察に向かっていた。
私も一緒について行ったが、ここのボス部屋には大きなグリフォンがいる。
入口の奥で身を伏せたそいつは、こちらの気配に気づくと、金色の目でじっと睨み返してきた。
「鷲と獅子のハイブリッドですね。スフィンクスの上位互換かしら」
思わずそんなことを呟くと、隣の佐藤さんが低く唸る。
「私のハルバードはまだ神技が発現していないが……野崎さんの剣なら、何とかなるかもな」
佐藤さんはグリフォンから目を離さないまま、攻略法を探るようにその巨体を観察していた。
そうやって三日ほどキャンプ生活を送っていた頃、野崎が戻ってきた。
百人ほどの人々を連れて。
彼らは採掘者ではなく、この地を拠点として整備するための作業員だった。
「系列会社から紹介された建築家と大工たちだ」
年齢層は四十代が中心で、六十代が一人に二十代の男も五人ほどいる。
いずれも経験豊富な人材だった。
この迷宮では重機や電気が使えないため、昔ながらの技術を持つ者たちを選んで連れてきたようだ。
野崎の異空間から資材を運び出しはじめた彼らに、私も声をかけた。
私は、力だけはあるのだ。
だが、返ってきたのはそっけない拒絶だった。
「ねえちゃんには無理だ。女の手伝いは要らねえ。邪魔になるから、あっちに行ってな」
そう言ったのは、六十代くらいに見える男だった。
この職人集団を率いる責任者で、いわゆる棟梁らしい。
電動工具の使えないこの世界では、のこぎりを引く音と金槌を打つ音がひっきりなしに響いている。
私は愛菜と一緒に少し離れた場所へ下がり、その活気ある作業風景を眺めていた。
棟梁は腰の道具から墨壺を取り出し、材木に墨を打ち始める。
黒い筋がすっと走るたび、木が急に使い道を与えられていくように見えた。
「へえ、ああやって木材に印をつけるんだ」
「私も初めて見たわ」
ほかの者たちも手を止めない。
手際よく地面をならし、漬物石のような大きな石を一定の間隔で置いている者たちもいる。
礎石と呼ばれる、昔ながらの日本家屋を支える土台だそうだ。
愛菜が若い作業員に尋ねたところ、拠点には平屋の建物を三棟造るという。
「野崎さんが、集まってほしいって言ってますよ」
小宮山君にそう声をかけられ、私たちは野崎の異空間へ入った。
私の後ろには、ジョバンニとコロが続き、そのまた後ろをスーちゃんがついてくる。
いつの間にかスーちゃんも、私たちの三匹目のペットのような顔をしていた。
全員が席に着いたのを確認すると、野崎は立ち上がって室内を見まわした。
そしてスフィンクスに目をとめ、怪訝そうに首をかしげる。
「榊原君。なぜ魔物がここにいるんだ」
「スーちゃんがついてきてしまって。だめとも言えず……」
「スーちゃん? また名前を付けたのか!」
私は、このスフィンクスを放っておけば、いつか人を襲うかもしれないと思ったことを打ち明けた。
「そうだったのか。だが、なぜ君につきまとってるんだ?」
「ジョバンニとコロを見て、自分もあの仲間だと思いこんでしまったみたいで」
野崎は「いつものことだな」とつぶやき、気を取り直したように居住まいを正した。
「我々はこれから、この四階層のボス攻略を進める。ただ、それと並行してレアアースの採掘も進めたい。需要が急増している以上、見過ごすわけにはいかない」
そういうわけで、チームは攻略組と採掘班に分かれることになった。
「採掘はチェン、アーサー、沢村。君たちがやってくれ。他のメンバーは階層ボスに挑む」
「俺たち護衛は、先を目指せないんですか?」
低く押し殺した声だった。
アーサーは唇を噛みしめたまま、野崎の前へ一歩進み出る。
けれど、無茶をした先に何があるのかは、彼らも痛いほど分かっているはずだった。
一度、ボス戦で死に戻っているのだから。
「目的を忘れてもらっては困るな。鉱物資源を集めることが私たちに課せられた仕事だ。強くなるための修行ではないんだ。分かったか」
「……はい……」
護衛たちの気持ちを察したのか、野崎は声音を少しだけ和らげた。
「君たちの採掘道具は、私たちのものより成長している。資源を集めるなら、君たちのほうが効率がいい。 私たちが階層ボスを倒したあとで、君たちにも挑戦してもらって構わない。だが今回は、ここでオアシスの管理も兼ねて残ってもらいたい」
「承知しました。我が儘を言って申し訳ありませんでした」
チェンが、うつむいたアーサーの肩をそっと叩いた。
***
ボス戦に挑む前の晩、愛菜が私にそっと打ち明けてきた。
「私……ここに残った方がいいかも。コロは力になるけど、私は全然だめだもの。足手まといになるのは目に見えているわ」
コロは、そんな愛菜を慰めるように体をすり寄せた。
「愛菜。最初に短剣を投げたときは、刃がちゃんと的に当たっていたでしょう? どうして弓矢だとうまく当たらないのか、考えてみた?」
「うーん……あの時は先輩が窮地に陥っていたから、必死だったの。自分でも、どうしてできたのか覚えていない」
「私、思うんだけど。愛菜はあの時、きっと『念』がこもっていたんじゃないかしら。魔物の一点を見つめて、そこへ向かって射る。それだけでいいんじゃないの?」
「……」
愛菜の武器は、離れた場所から攻撃できる。
魔物に近づかなくていいぶん、私たちにとっては貴重な戦力だ。
銃器の使えないこの状況では、なおさらその価値は大きい。
どうにか武器が成長できれば、私たちにとって最高の切り札になるはずだった。
「愛菜の武器は、まだ成長の途中よ。これが今後、神器にまで育ったら、すごいことになると思わない?」
「箙には三本しか矢が入っていないの。こんなの、すぐ撃ち尽くしちゃうわ……。練習したくてもできないし、一日待たないと復活しないなんて、罰ゲームみたい」
「成長したら、矢ももっと増えるかもしれないわ。愛菜は、とにかく離れた場所から射ればいいの。一点だけを見るの。そこに念を込めることだけ考えましょう」
まだ納得いかないような顔をする愛菜に、私は思いきって言った。
「愛菜。あなたにはコロがついている。だから、私は愛菜にシールドを掛けないことにする。離れた場所から矢を射てばいい。矢が尽きたあとは、コロと一緒に後方から周囲を警戒して。難しく考えることはないわ」
「分かった。邪魔にならないように、後ろで待機していればいいのね」
「邪魔だなんて思っていないわ。愛菜は『念』を込めて射ることだけを考えて。落ち着いて……ね」
***
その頃、野崎と小宮山、佐藤の三人は、別室で攻略法を話し合っていた。
小宮山は魔法陣を二枚取り出すと、身を乗り出すようにして口を開く。
「私が魔物の足元にこれを設置します。そこまで引きつけておいてもらえれば、動きを封じられます」
勢い込む小宮山に、野崎が苦言を挟んだ。
「小宮山。君は、せっかくの武器を鍛えないのか?」
「……私は魔法陣の方が興味があります。武器の扱いは、あまり得意ではなくて」
佐藤はそんな小宮山を微笑ましそうに見ていたが、不意に思い当たったように顔を上げた。
「アンブロシアの実の効果ですが、おおよそ分かってきました。どうやら疲労を抑えるだけでなく、魔物の攻撃を一定時間、無効化する力があるようです」
野崎が身を乗り出した。
「どれくらいの時間だ?」
「砂漠で検証した結果、摂取してから約三分でした。疲労を抑える効果は、その後も続いています。しかし、攻撃を無効化できるのは最初の三分だけです」
野崎は腕を組み、考え込んだ。
たった三分しか持続しないのなら、前もって全員に摂取させても無駄になってしまう。
アンブロシアの実は高価だが、チームの命には代えられない。
とはいえ、使いどころを見極めるのは難しかった。
野崎の手元には、アンブロシアの実が七個ある。
彼はそのうち二個を佐藤に、さらに二個を小宮山に渡した。
「佐藤。君はシールドの維持に専念してもらう。万一、守りを破られたときの予備だ。小宮山。君は魔法陣を設置するためにグリフォンへ接近しなければならない。そのときに使え。残りの三個は、ほかのメンバーに回す」




