↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

92/94

92

この第四階層の地質を調べていた私たちは、言葉を失った。

ネオジムやジスプロシウムをはじめとする希土類元素が、この砂からすべて検出されたのだ。


含有量は一パーセント前後。しかも、特定の元素だけではない。レアアースのほぼ全体が、この砂の中に広く混じっていた。


野崎は、果てしない砂岩の砂漠を見まわした。

「この砂漠全体が、希土類の鉱床……だというのか……」


「とてつもない量です。問題は重機が使えないことですね。人力で掘って運ぶしかありません」


マジックバッグがあるとはいえ、少人数で大量に掘るのは骨の折れる作業になるだろう。


「だが、一パーセントあるなら十分に狙える。しかも、ここの資源は時間とともに回復する。地球の鉱山とは前提が違う」

野崎はそのままじっと何かを考え込んでしまった。

彼の頭の中で、そろばんが弾かれる音が聞こえてきそうだ。


「一般の作業員を公募するとして、彼らの護衛が必要になりますよ。野崎さん、ここはダンジョンです。魔物がいますから」

「確かにそうだな。マジックバッグは私が何とかするとして、後は拠点が必要だな」


「百人から二百人が休める拠点となると……」

「異次元ドアを使えば日本の拠点に戻れるんじゃないですか」

「榊原君。肉体労働ではこまめに休憩を取る必要がある。その度に異次元ドアを使うのは現実的ではない」


怪我人の救護所も必要だと佐藤さんが提案し、私たちはオアシスを目指すことになった。

遠くに見える小さな緑。蜃気楼でなければ、水の湧く場所に違いなかった。


コロとジョバンニに分乗した私たちは、熱気が押し寄せる砂漠を進んだ。

数時間後、オアシスがすぐ近くに見えてきたとき、ジョバンニとコロが立ち止まり、動かなくなった。


「モナミ。魔物がいるワン」


「どこに。何も見えないわ」


「オアシスの中。変な匂いがする魔物だワン」


野崎は剣の柄を握ったまま、私を指した。


「榊原君は私と偵察に向かう。ほかの者は、ここで砂を採掘してくれ」


佐藤さんがはっとしたように私を見て、すぐに野崎へ向き直った。


「モナミではなく、私が一緒に行きます」


「だめだ。君や小宮山の武器は、まだ成長していない。護衛たちも一度死んでいる。愛菜は……論外だ」


愛菜は唇をきつく噛んでいた。

私は彼女の肩をぽんと叩き、

「ここは任せてね」

と声をかけた。


「気を付けてね、先輩」

「うん。これがあるから大丈夫よ!」


そう言って、私は自分の武器をぶんと軽く振った。


それから振り向き、ジョバンニにここで待っていてと頼んだ。けれど、ジョバンニは嫌そうに鼻を鳴らした。


それでも連れてはいけない。ジョバンニも一度、死に戻っている。これ以上、危険に晒したくなかった。

それに、今の私の武器は百トンハンマーっぽく成長している。

漫画みたいに大きくなった。でも、私には以前と同じ重さだ。

まだ神技は使えないけれど、今回の魔物を倒せば、きっと使えるようになるはずだ。


佐藤さんはいつもシールドで皆を守っていて、前に出る機会が少ない。

小宮山君も魔法陣にばかり興味が向き、武器の実戦経験はまだ浅い。

愛菜は……まだ、魔物に矢を当てられない。


なら、私が行くしかなかった。


***


オアシスへ向かって、野崎と並んで歩き始めた。


「榊原君には、すまないと思っている。君ばかりを危険に晒している」

「いえ、今のチームの状態なら、私が行くのが順当です。それに、このまま異次元ドアエンタープライズ社へ鉱物を持ち帰らなければ、真垣GMも困りますものね」


私たちは迷宮の攻略を第一の目標にしているけれど、資源の確保も同じくらい大切なのだ。


日本から来たほかの採掘者チームは、まだ一階層を探索している。野崎から、まず武器と採掘道具を成長させ、それから二階層へ進むよう助言されていたからだ。


野崎は剣を抜き、私はハンマーを構え、シールドを展開した。


木々の奥から何かが飛び出してこないか、周囲を警戒しながら進む。

オアシスに近づくと、空気に湿り気が感じられた。

ほこりっぽかった空気に、濡れた土と草木の匂いが混じり始めた。


「水の匂いがします」

「そうだな。これだけ緑があるなら、地下水が湧いていてもおかしくない。自噴泉かもしれん。もっとも、迷宮が地上と同じ理屈でできているならだが」

「砂漠の下には水が眠っていると聞いたことがありますけど、迷宮はどうなんでしょうね」


こんもりとした木々を抜けると、泉が真っ先に目に飛び込んできた。

水面は静まりかえり、空と緑を映して、鏡のように澄んでいた。


四百メートルトラックほどの広さを持つ泉の周囲には、南国の果樹が木の実を鈴なりにつけている。

その水辺に、建物が一つ建っていた。真っ白な石で造られた神殿だった。


「ここは、四階層の神殿か!」

「野崎さん。神殿の前にいるのは……」

「スフィンクス!」


神殿前の石段に、それは悠然と座っていた。

長い金色の髪を垂らした女の顔。体は獅子で、その背には大きな翼が折り畳まれている。

まさしく、ギリシャ神話に登場するスフィンクスだった。


「の、野崎さん。なんだか、思っていたのと違いますね」

「……そうだな。やや小ぶりだな」


巨大化したジョバンニよりも、ひと回り小さい。体長は三メートルほどだろうか。

写真で見た、エジプトのピラミッド近くに鎮座するスフィンクスとは、ずいぶん印象が違った。


スフィンクスは金色の目をこちらへ向けると、翼を大きく広げ、ふわりと浮かび上がった。

そう思った次の瞬間には、もう私たちの目の前に降り立っていた。


野崎は剣を構え、私をかばうように前へ出る。

私もシールドを強め、ハンマーを固く握った。


《待ちくたびれたぞ、其方ら。わらわの問いに答えられるのなら、ここを通してやらんでもない。ほほほ》


「野崎さん。例のあれですかね」

「おそらくな。謎かけに答えろということだろう」


《では、第一問。目には見えぬが、抱えれば足取りを重くする。告白すれば軽くなるものは何じゃ》


「ちょ、ちょっと違いましたね。野崎さん、分かりますか?」

「……罪悪感、だろう」


《ほほほ。なかなかやるのう。では、第二問。目を閉じれば現れ、目を開けば消えるものは何じゃ》

「……夢だろうな」


《……では最後じゃ。朝は四本足、昼は二本足、夜は――》

「あ、それって有名なやつ。私にも分かります。答えは人間でしょう。簡単すぎ!」


《……ぐぬぬ》


「じゃあ、今度は私のなぞなぞ。答えられるかしら?」

《わらわに解けぬ問題などない》


「大きくなるほど小さくなるもの、なーんだ?」

《大きくなるほど……小さくなる?》


「小学生レベルよ」


《……木?》


「ぶぶーっ。答えは洋服よ。着る人が大きくなるほど、洋服は小さくなるでしょう」


《そ、そのような屁理屈があるか。わらわは認めんぞ。これは邪道の謎かけじゃ》

「なぞなぞって、そういうものよ」

《いや、優雅さがないわ!》


ああでもないこうでもないと、私とスフィンクスが言い争う。

その隣で、野崎は剣を構えたまま深いため息をついていた。


そういえば、スフィンクスはオイディプスに謎を出し、それを解かれた末に、崖から身を投げたという神話があった。

ふと疑問に思い、私はスフィンクスに聞いてみる。


「ねえ、スフィンクス。謎が解けたんだから、私たちはここを通ってもいいんでしょう?」


スフィンクスは、はっと目を見開いた。

急に不安そうに辺りを見回したかと思うと、泉へ飛び込んでしまった。


「え?」


スフィンクスが飛び込んだ泉は、思ったよりずっと浅かった。

水しぶきが収まると、首だけがひょっこり水面から突き出ていた。スフィンクスは、ばつが悪そうにこちらを見ている。


「いったい何してるのよ、スフィンクス」

《ここには崖がないゆえ……》


「皆を連れてくる。ここは君に任せる」


野崎はそれだけ言い残すと、すっかり気が抜けた様子でオアシスを出ていった。



その日の内に野崎は、ここに拠点を作ることに決めたようだ。

まず神殿に異次元ドアを設置すると、ディメンションリンク事業部へ一旦戻り、手はずを整えるため一人で出ていった。


「佐藤さん。テントを設営しますか」

「そうだな。野崎さんが戻るまで、しばらくはテントで寝泊まりすることになる」


私と愛菜が食事の用意をしている間、護衛たちはテントを張っていた。

ときおり、泉のほうから大きな水しぶきの音が聞こえてくる。

スフィンクスが懲りもせずチームのメンバーに謎をかけ、そのたびに撃沈しているようだ。


「なんでスフィンクスが水浴びしているのよ」


愛菜が不思議そうに、その光景を眺めていた。


「構わないであげて。スフィンクスなりのけじめ、なんでしょう」


びっしょり濡れ鼠になったスフィンクスが、とぼとぼとこちらに寄ってきた。


《わらわの謎かけが、まるで通用せなんだ。なぜ皆、簡単に答えられるのかのう……》

「だって、ワンパターンなんだもの。でもなぜ謎かけに拘るの?」

すると、スフィンクスはギラリと目を輝かせて、


《謎かけに答えられん奴を、喰らうのじゃ!》


とんでもないことを言いだした。

このままにしておけば、いつか誰かが危険にさらされるかもしれない。

やはりスフィンクスは危険な魔物なのだ。

そう思い直したのに、どうにも憎めなかった。


――そうだ。アルケディアの幻獣は、名付けによって性質が変わる。


「スフィンクスって呼びづらいわ。スーちゃんって呼んでもいいかしら」


《スーちゃん……》


スフィンクスはきょとんと目を丸くした。

次の瞬間、その体がふわりと光に包まれる。

たぶん、これでいいはずだ。

迷宮の魔物にも――どうか効果がありますように。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。