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この第四階層の地質を調べていた私たちは、言葉を失った。
ネオジムやジスプロシウムをはじめとする希土類元素が、この砂からすべて検出されたのだ。
含有量は一パーセント前後。しかも、特定の元素だけではない。レアアースのほぼ全体が、この砂の中に広く混じっていた。
野崎は、果てしない砂岩の砂漠を見まわした。
「この砂漠全体が、希土類の鉱床……だというのか……」
「とてつもない量です。問題は重機が使えないことですね。人力で掘って運ぶしかありません」
マジックバッグがあるとはいえ、少人数で大量に掘るのは骨の折れる作業になるだろう。
「だが、一パーセントあるなら十分に狙える。しかも、ここの資源は時間とともに回復する。地球の鉱山とは前提が違う」
野崎はそのままじっと何かを考え込んでしまった。
彼の頭の中で、そろばんが弾かれる音が聞こえてきそうだ。
「一般の作業員を公募するとして、彼らの護衛が必要になりますよ。野崎さん、ここはダンジョンです。魔物がいますから」
「確かにそうだな。マジックバッグは私が何とかするとして、後は拠点が必要だな」
「百人から二百人が休める拠点となると……」
「異次元ドアを使えば日本の拠点に戻れるんじゃないですか」
「榊原君。肉体労働ではこまめに休憩を取る必要がある。その度に異次元ドアを使うのは現実的ではない」
怪我人の救護所も必要だと佐藤さんが提案し、私たちはオアシスを目指すことになった。
遠くに見える小さな緑。蜃気楼でなければ、水の湧く場所に違いなかった。
コロとジョバンニに分乗した私たちは、熱気が押し寄せる砂漠を進んだ。
数時間後、オアシスがすぐ近くに見えてきたとき、ジョバンニとコロが立ち止まり、動かなくなった。
「モナミ。魔物がいるワン」
「どこに。何も見えないわ」
「オアシスの中。変な匂いがする魔物だワン」
野崎は剣の柄を握ったまま、私を指した。
「榊原君は私と偵察に向かう。ほかの者は、ここで砂を採掘してくれ」
佐藤さんがはっとしたように私を見て、すぐに野崎へ向き直った。
「モナミではなく、私が一緒に行きます」
「だめだ。君や小宮山の武器は、まだ成長していない。護衛たちも一度死んでいる。愛菜は……論外だ」
愛菜は唇をきつく噛んでいた。
私は彼女の肩をぽんと叩き、
「ここは任せてね」
と声をかけた。
「気を付けてね、先輩」
「うん。これがあるから大丈夫よ!」
そう言って、私は自分の武器をぶんと軽く振った。
それから振り向き、ジョバンニにここで待っていてと頼んだ。けれど、ジョバンニは嫌そうに鼻を鳴らした。
それでも連れてはいけない。ジョバンニも一度、死に戻っている。これ以上、危険に晒したくなかった。
それに、今の私の武器は百トンハンマーっぽく成長している。
漫画みたいに大きくなった。でも、私には以前と同じ重さだ。
まだ神技は使えないけれど、今回の魔物を倒せば、きっと使えるようになるはずだ。
佐藤さんはいつもシールドで皆を守っていて、前に出る機会が少ない。
小宮山君も魔法陣にばかり興味が向き、武器の実戦経験はまだ浅い。
愛菜は……まだ、魔物に矢を当てられない。
なら、私が行くしかなかった。
***
オアシスへ向かって、野崎と並んで歩き始めた。
「榊原君には、すまないと思っている。君ばかりを危険に晒している」
「いえ、今のチームの状態なら、私が行くのが順当です。それに、このまま異次元ドアエンタープライズ社へ鉱物を持ち帰らなければ、真垣GMも困りますものね」
私たちは迷宮の攻略を第一の目標にしているけれど、資源の確保も同じくらい大切なのだ。
日本から来たほかの採掘者チームは、まだ一階層を探索している。野崎から、まず武器と採掘道具を成長させ、それから二階層へ進むよう助言されていたからだ。
野崎は剣を抜き、私はハンマーを構え、シールドを展開した。
木々の奥から何かが飛び出してこないか、周囲を警戒しながら進む。
オアシスに近づくと、空気に湿り気が感じられた。
ほこりっぽかった空気に、濡れた土と草木の匂いが混じり始めた。
「水の匂いがします」
「そうだな。これだけ緑があるなら、地下水が湧いていてもおかしくない。自噴泉かもしれん。もっとも、迷宮が地上と同じ理屈でできているならだが」
「砂漠の下には水が眠っていると聞いたことがありますけど、迷宮はどうなんでしょうね」
こんもりとした木々を抜けると、泉が真っ先に目に飛び込んできた。
水面は静まりかえり、空と緑を映して、鏡のように澄んでいた。
四百メートルトラックほどの広さを持つ泉の周囲には、南国の果樹が木の実を鈴なりにつけている。
その水辺に、建物が一つ建っていた。真っ白な石で造られた神殿だった。
「ここは、四階層の神殿か!」
「野崎さん。神殿の前にいるのは……」
「スフィンクス!」
神殿前の石段に、それは悠然と座っていた。
長い金色の髪を垂らした女の顔。体は獅子で、その背には大きな翼が折り畳まれている。
まさしく、ギリシャ神話に登場するスフィンクスだった。
「の、野崎さん。なんだか、思っていたのと違いますね」
「……そうだな。やや小ぶりだな」
巨大化したジョバンニよりも、ひと回り小さい。体長は三メートルほどだろうか。
写真で見た、エジプトのピラミッド近くに鎮座するスフィンクスとは、ずいぶん印象が違った。
スフィンクスは金色の目をこちらへ向けると、翼を大きく広げ、ふわりと浮かび上がった。
そう思った次の瞬間には、もう私たちの目の前に降り立っていた。
野崎は剣を構え、私をかばうように前へ出る。
私もシールドを強め、ハンマーを固く握った。
《待ちくたびれたぞ、其方ら。わらわの問いに答えられるのなら、ここを通してやらんでもない。ほほほ》
「野崎さん。例のあれですかね」
「おそらくな。謎かけに答えろということだろう」
《では、第一問。目には見えぬが、抱えれば足取りを重くする。告白すれば軽くなるものは何じゃ》
「ちょ、ちょっと違いましたね。野崎さん、分かりますか?」
「……罪悪感、だろう」
《ほほほ。なかなかやるのう。では、第二問。目を閉じれば現れ、目を開けば消えるものは何じゃ》
「……夢だろうな」
《……では最後じゃ。朝は四本足、昼は二本足、夜は――》
「あ、それって有名なやつ。私にも分かります。答えは人間でしょう。簡単すぎ!」
《……ぐぬぬ》
「じゃあ、今度は私のなぞなぞ。答えられるかしら?」
《わらわに解けぬ問題などない》
「大きくなるほど小さくなるもの、なーんだ?」
《大きくなるほど……小さくなる?》
「小学生レベルよ」
《……木?》
「ぶぶーっ。答えは洋服よ。着る人が大きくなるほど、洋服は小さくなるでしょう」
《そ、そのような屁理屈があるか。わらわは認めんぞ。これは邪道の謎かけじゃ》
「なぞなぞって、そういうものよ」
《いや、優雅さがないわ!》
ああでもないこうでもないと、私とスフィンクスが言い争う。
その隣で、野崎は剣を構えたまま深いため息をついていた。
そういえば、スフィンクスはオイディプスに謎を出し、それを解かれた末に、崖から身を投げたという神話があった。
ふと疑問に思い、私はスフィンクスに聞いてみる。
「ねえ、スフィンクス。謎が解けたんだから、私たちはここを通ってもいいんでしょう?」
スフィンクスは、はっと目を見開いた。
急に不安そうに辺りを見回したかと思うと、泉へ飛び込んでしまった。
「え?」
スフィンクスが飛び込んだ泉は、思ったよりずっと浅かった。
水しぶきが収まると、首だけがひょっこり水面から突き出ていた。スフィンクスは、ばつが悪そうにこちらを見ている。
「いったい何してるのよ、スフィンクス」
《ここには崖がないゆえ……》
「皆を連れてくる。ここは君に任せる」
野崎はそれだけ言い残すと、すっかり気が抜けた様子でオアシスを出ていった。
その日の内に野崎は、ここに拠点を作ることに決めたようだ。
まず神殿に異次元ドアを設置すると、ディメンションリンク事業部へ一旦戻り、手はずを整えるため一人で出ていった。
「佐藤さん。テントを設営しますか」
「そうだな。野崎さんが戻るまで、しばらくはテントで寝泊まりすることになる」
私と愛菜が食事の用意をしている間、護衛たちはテントを張っていた。
ときおり、泉のほうから大きな水しぶきの音が聞こえてくる。
スフィンクスが懲りもせずチームのメンバーに謎をかけ、そのたびに撃沈しているようだ。
「なんでスフィンクスが水浴びしているのよ」
愛菜が不思議そうに、その光景を眺めていた。
「構わないであげて。スフィンクスなりのけじめ、なんでしょう」
びっしょり濡れ鼠になったスフィンクスが、とぼとぼとこちらに寄ってきた。
《わらわの謎かけが、まるで通用せなんだ。なぜ皆、簡単に答えられるのかのう……》
「だって、ワンパターンなんだもの。でもなぜ謎かけに拘るの?」
すると、スフィンクスはギラリと目を輝かせて、
《謎かけに答えられん奴を、喰らうのじゃ!》
とんでもないことを言いだした。
このままにしておけば、いつか誰かが危険にさらされるかもしれない。
やはりスフィンクスは危険な魔物なのだ。
そう思い直したのに、どうにも憎めなかった。
――そうだ。アルケディアの幻獣は、名付けによって性質が変わる。
「スフィンクスって呼びづらいわ。スーちゃんって呼んでもいいかしら」
《スーちゃん……》
スフィンクスはきょとんと目を丸くした。
次の瞬間、その体がふわりと光に包まれる。
たぶん、これでいいはずだ。
迷宮の魔物にも――どうか効果がありますように。




