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一階層の神殿の前に、ジョバンニはいた。

異次元ドアを抜けた私に気づくと、ジョバンニは一目散に駆け寄ってきた。


「ジョバンニーっ!」


私は思いきり抱きしめ、その首に顔を埋めた。


「ひっく……死んじゃったかと思ったぁ」

「死んだんだよ……一回」

「……ジョバンニにも三回の猶予があったってことね」


私はほっと胸をなで下ろしたが、すぐに疑問が湧く。


「でも、どうしてシールドを使わなかったの? ジョバンニも使えたはずでしょう」


ジョバンニは困ったように耳を伏せた。


「体のまわりには、いつもついてる。でも……じゅうりょくそうさ、してたら……きえちゃった……のかな」



チームのメンバーも異次元ドアを抜けてきた。


「榊原君。話がある。みんなも一緒に私の異空間に入ってくれ」


野崎の異空間へ入り、研究室のテーブルに着くと、佐藤さんが立ち上がって話し始めた。


「今回の事で一つ分かったことがある。闇のシールドも万能ではないということだ」


佐藤さんも、ハルピュイアの攻撃を受けていた。その際、シールドから力が抜けていったという。


「あれ以上攻撃を受けていたら、私のシールドが持たなかっただろう」

「だから、ジョバンニのシールドも消えたのね」


「今後はシールドを過信しないように対策を考える。そしてもう一つ……重要な報告がある」

野崎が、懐から何かを取り出しテーブルに置いた。

丸い金属の塊だ。十センチよりやや大きい、銀色の球だ。


「こ、これってどれくらいの価値があるんですか?」


野崎は検査結果を見つめたまま、しばらく黙っていた。


「……純度99.999%。しかも精製済みか」


私たちは顔を見合わせる。


「それだけでも異常だ。さらに――五キロもある」


「え?」


「相場は変動するが、ロジウムは千万円どころでは済まない可能性がある。レニウムも数百万円は下らない。だが、問題は金額じゃない」

「問題?」


「こんな高純度の塊が、五キロ単位で魔物から手に入ることだ。世界中がひっくり返るぞ」


「こんなに小さな塊が……百万……」


野崎は静かにうなずいた。


「問題は、この事実が知れ渡った時だ。危険なボス部屋も、今は異次元ドアを使えば通らずに済む。だが、ボスのドロップ品がこれほど高価だと分かれば、誰もがボスを狙うようになる」


佐藤さんも考え込んでいる。しばらくしてとんでもないことを言った。


「これが安定して手に入るようになれば、中国の精錬産業は大打撃を受けるだろうね。アメリカも同じだ。そして、我が異次元ドアエンタープライズ社が建設したばかりの精錬施設も……数十億円かけた設備が不要になる可能性がある」


野崎は私たちを見回した。


「経済に影響が大きすぎる。レアメタルの産業自体が大きく影響されてしまうだろう。この件は、暫くは他言無用だ。私たちは、今後も他国より先に階層ボスを倒し、異次元ドアを設置する。それを最優先とする」


私たちは気持ちを引き締め、黙って頷いた。

異次元ドアを設置すれば、危険なボス部屋を通る必要が無くなる。鉱物資源を安全に掘り出せるのだ。


だけど、ボス部屋でドロップするレアメタルのことが知れ渡ればどうなる?


大金欲しさに無謀な挑戦をする者は、きっと後を絶たない。

ボス部屋が一攫千金の場所だと分かれば、採掘者たちは我先にと挑むようになる。


だけど、私が本当に恐れているのはそこじゃない。


採掘者が群がれば、死に戻る者も増える。

二度までという制限を無視して、それでも迷宮へ潜ろうとする者だって、きっと現れる。


四度目の死を迎えれば、待っているのは冥界だ。

その先にあるのは、永い苦しみでしかない。

ハデスの冥界は、ギリシャ神話でも恐ろしい世界として描かれていた。

あそこへだけは、決して行かせてはならない。


ジョバンニの耳を触ると温もりが伝わった。

「クーン?」

――生きていてくれた……。

ジョバンニはここにいると確認し、私の気持ちがやっと落ち着いた。



***


――シールドを使わないわけにはいかない。


魔物から身を守る手段を考えた末に、野崎はそう結論した。

採掘者ギルドの中を見回し、武具店へ目を向ける。

そこには、ヘファイストスにそっくりな親父がふんぞり返っていた。

野崎は迷わず武具店へ向かった。


「親父。魔物の攻撃を防ぐ手立てになる装備はあるか」

「いつぞやの初心者か……ん。もう三階層を越えたのか。よし、こっちへ来い」


NPCの親父は、野崎を奥の部屋へ連れていった。

そこには、武器や防具がずらりと並んでいた。


「この大楯と、こっちの防具だ。これなら先の階層に進んでも保つ。買うか?」

「これは……神器か」


側にあった大楯を持ち上げようとしたが、野崎には到底持ち上げられない。諦めて大楯から手を離した。


「いや、神器の卵だな。おまえらが持っている武器もそうだが、成長する武器だ。育ちきれば神器になる……かもな」


親父はそう言うと、野崎の腰に下がった剣を取り上げ、じっくりと眺めた。

「ん、まだ成長の余地はある。こいつをもっと使いこなせば、そのうち剣から神技が飛び出すようになる。おまえさんには防具だけでいいだろう」


野崎は防具一式を誂えてもらい、あわせて大楯も購入した。

目の玉が飛び出るほどの値段だったが、命には代えられない。


――これで効果があるなら、チームの皆にも誂えよう。


ギルドを出ようとしたところで、佐藤と鉢合わせた。


「野崎さんも来ていたんですか」

「ああ。防具を見に来ていた。佐藤も誂えるか?」

「いえ、私はアンブロシアの入荷を確認しに来ました。先日の戦いでシールドが切れかけた時、小宮山君からアンブロシアを渡されて食べたんです。あれでシールドの効果が持ち直したような気がして……検証してみたくて」


野崎は目を細めた。


「そうだったか。それなら私が買っておこう」


佐藤と二人でギルドへ戻り、食堂へ向かった。

そこにはアンブロシアとネクタルが並んでいた。


「食堂に置いてあったのには理由があったんだな。採掘者なら必ず立ち寄る場所だ。エロスも意地が悪い。最初から教えてくれればいいものを」


「エロスからすれば、ゲームの制作者ですからね。攻略法を最初から明かしたくなかったんでしょう。私たちが試行錯誤する姿を、面白がって見ているんですよ」


野崎は苦い顔をした。


「人の命まで、ゲームの駒か……」


佐藤は達観したような表情で、食堂にたむろする探索者たちを見回した。


「鉱物資源を欲しているのは、私たちです。嫌なら迷宮へ入らなければいい。神は、その選択を眺めて楽しんでいるだけなのでしょう」


***


「榊原君。これを持ち上げられるか」


野崎がマジックバッグから、私の身長ほどもある大楯を取り出した。

足元に置かれたそれは、鈍い光を放つ金属製の盾だった。


「タワーシールドという盾らしい。持ってみてくれ」


――私がタンク役?

そう思いながら、渋々持ち上げる。


「あれ? 思ったより軽い」

盾を軽く持ち上げ、左右に振ってみたけど、問題なく扱えそうだった。


「これなら邪魔にならないかも。いいですねこれ、軽くて持ち運びも問題なさそうです」


「……そうか。それが、軽いのか?」


野崎は引きつった顔のまま、一歩距離を取った。


「では、それは榊原君が使ってくれ。万が一シールドが切れても、身を守れるはずだ」



私たちは翌日から、四階層の探索に出た。

ここから先は、護衛たちからの情報もない。未知の階層だ。


神殿を探しながら、階層内を走り回ることになるだろう。

ジョバンニは先行して魔物の有無を確かめる、索敵係だ。


「ジョバンニ。絶対にシールドを切っちゃだめよ。分かった?」

「ワン。この間みたいなへまは、もうしないよ!」


コロは愛菜を背中に乗せて歩いている。

愛菜はその背にまたがったまま、弓の練習に余念がない。使わなければ上達しないと分かったのだそうだ。


この間、一矢もハルピュイアに当てられなかったのが、よほど悔しかったらしい。


この階層も砂礫の砂漠だった。

遠くにオアシスらしき影が見えるが、蜃気楼かもしれない。


「暑いですね。砂漠を歩くのは初めてかも」

「三階層も同じでしたし、あまり目新しさはありませんね」

アーサーが周囲を警戒しながら呟いた。


ジョバンニがぴたりと足を止めた。近くに魔物が潜んでいるらしい。

私が目を凝らして意識を集中すると、魔物の核が淡く光って見えた。岩の右側、砂の中だ。


「愛菜。あそこの岩の右下を狙ってみて」

「分かったっ!」


愛菜の矢は……見事に外れた……。

その瞬間、砂の中から魔物が飛び出した。

一体、二体、三体――五体もの影が一斉に砂を突き破る。

体長二メートルはあろうかという巨大なサソリだった。


「スコーピオン!」


「隊形を取れ!」


護衛の誰かが叫ぶ。

私たちは練習どおりの陣形を取り、間合いを空けて広がった。

三メートルほどの間隔で、魔物を取り囲む形だ。


佐藤さんは、自分の届く限りシールドを広げた。

私には自前のシールドがある。だから真っ先に飛び出した。

大槌を振りかぶり、手前にいたスコーピオンへ叩きつける。


グシャリ……。


嫌な手応えが腕に伝わった。

サソリは体を丸めて痙攣している。胴は無残に潰れ、中身がのぞいていた。


「うっ、グロい……」


野崎から容赦ない叱責が飛んできた。

「榊原! 何をしている。どんどん潰せぇーっ!」


野崎は私の左側へ駆け寄ると、目の前のサソリを次々と切り刻んでいく。

彼は、いつの間にか、佐藤さんのシールドから外へ出てしまっていた。

――大丈夫なの、野崎さん……


護衛たちは残るサソリへ一斉に襲いかかった。佐藤さんのシールドから決して出ないよう距離を保ち、槍で突き、剣で斬りつけていく。


護衛たちが弱らせた瀕死のサソリへ、小宮山君が近づき、とどめを刺した。


これも事前に決めていた役割だ。


「成長する剣」を育てるための作戦だった。

小宮山君の加護は戦闘向きではない。だから全員が一体ずつ魔物にとどめを刺し、武器を育てることにしたのである。


私たちはこうして砂漠を歩き回り、魔物を見つけては倒すことを繰り返していった。


その日も、探索が終わって、野崎の異空間で休み、武器の成長記録をつける。

愛菜の弓はなかなか育たない。魔物に当てなければ、成長しないらしい。

いちばん武器が育ったのは、野崎の剣だった。


彼の剣は金色に輝き、今日とうとう剣先から稲妻を弾けさせたのだ。


「これって、ゼウスの?」

「ち、違う。そもそも形が違うだろう。別物だ。そうに決まっている」


野崎本人は、なぜか強くなった剣にびびりまくっていた。

だが、一人になると何かをぶつぶつ呟いている。何をしているのかと思って、こっそり覗いてみると、


「天雷刃……雷閃……いや、やっぱり天雷刃でいこう」


どうやら、技の名前を考えているらしかった。


――この年になって、中二病を拗らせてしまうなんて……。



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