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「しばらく二階層を見て回る」


その日は宿へ戻らないと決めた野崎は、自分の異空間へ皆を入れた。


「しばらくぶりですね、野崎さんの異空間。ああ、私の異空間も使えたらなぁ」


愛菜や他のメンバーも、オラドンではそれぞれ異空間を持つことができたが、あの力はオラドン以外では使えない。

野崎の力は龍の加護で、オラドンの”魔”とは性質が異なる。

私や佐藤さんの「闇」の加護。小宮山君や馬淵君の「知」の加護。畑山の「火」もそうだ。

いずれ合流するという井ノ瀬博士は「木の操作」という加護だった。

ジョバンニも水の操作と闇の加護を持っている。


加護がない護衛たちと愛菜は、ここでは不利なのだ。

だけど、愛菜にはコロがいるし、護衛たちには、豊富な戦闘経験があった。

護衛の沢村は、「俺の神器が成長すれば力となる」と期待を寄せていた。


私と愛菜は、以前と同じ住居に寝泊まりしている。

コロもジョバンニも一緒だが、私はどこか物足りなさを感じた。


「あ、シロフクがいないんだ……」

「ああ、そうでしたね。弁慶と仲良くやっているみたいですよ。野崎さんが教えてくれました」

私が育てた雛が、あっという間に巣立ってしまった。

どのみち日本へ連れて来ることはできなかった。それなのに、この部屋へ戻ると、ついシロフクを探してしまう。


そこへ小宮山君が訪ねて来た。

「ちょっと話を聞いてほしくて。榊原さん」

「ええ、どうぞ。入って」


愛菜が、いつものように台所へお茶を入れに行く。

私たちはテーブルで向かい合って腰を下ろし、彼の話に耳を傾けた。


「私の仮説ではあるのですが……魔法陣は使えるようになりました。魔石から魔素を流せたんです」

「ええ、聞いた。すごいわよね」

「それでですね。私たちがナウシアの迷宮で得た力も、もしかすると使えるかもしれないと、私は考えたんです」

「……そうなれれば、すごいことになるとは思うけど……試してみたの?」

「はい。それが使えたことは使えたんですが、持続できませんでした。三十秒がいいとこです」


「使えたっ!?」


それは、とんでもない発見だ。

だけど、すぐに現実が頭をよぎる。

魔法陣を動かす魔石は残り少ない。野崎さんが保管していた在庫も、決して潤沢ではなかった。


「小宮山君の発見はすごいわ。でも、今は魔石を取りに行くのは難しいかもしれない」

「そうでしょうか。異次元ドアを、レイドラの座標に設定すれば、すぐにでも取って来られます!」

「ベシア魔導師の許可が必要だとは、思わない?」

「……それはそうでしょうけど……」


今は、この迷宮をどんどん攻略していかねばならない。

野崎が外交に割ける時間は、ほとんどないだろう。

それよりも、私はプロメテウスの言っていたことが気になっていた。


「アンブロシアの実と、ネクタル。試してみない? 何でも、神の力が少し使えるようになるらしいわ」

「ええーっ! 聞いてないよぅ」

「言ってなかった……わね。ちょっと割高だけど、試してみましょう。特に愛菜や護衛たちにとっては、力になりそう」

小宮山君は「私にとってもですよ! さっそく野崎さんに頼んでみます」と言い、あわてて部屋を飛び出していった。


次の日、野崎から話があると、愛菜と護衛が呼ばれていった。

戻ってきた愛菜は、丸い桃に似たアンブロシアの実を二個、両手に抱えていた。

「三階層のボス戦で、この実を食べろって言われた。昨日、小宮山君と野崎さんが村……始まりの街へ行って、買ってきたそうよ。一個二十万円だったって。高くない?」


護衛たちは、実ではなくネクタルを渡されたらしい。

小宮山君が、アンブロシアの実とネクタルの瓶をマジックバッグから出して見せた。

「採掘者ギルドの食堂の在庫、全部買ってきました! 高くて売れないからって、喜ばれましたよ」

「NPCが……喜んだの?」

「ええ、この頃はまるで人間みたいですよね」


ネクタルはお酒だ。アンブロシアの実とネクタルで、効果がどう違うのかも確かめたいのだろう。


まずは二階層の探索だ。

この階層にも鉱山があるとアーサーが言うので、私たちはそこを目指すことにした。

三時間ほど歩かなければならないと聞き、野崎が「ジープで行くか」と提案する。

「それが、地球の技術はまったく使えないようです。銃もだめ、車もだめでした」

「それでは、ドローンもだめか……」


エロスは、徹底して文明の利器を使えない仕様にしたようだ。


「一昔前の勇者ものっぽいですね」

「ゲームに凝りすぎよ」


そこでジョバンニが大きくなった。

「僕の背中に乗っていく?」

するとコロも本来の大きさに戻り、「グオン!」と鳴く。


「そうだな、乗せてもらうか」


護衛たちと愛菜はコロの背に乗り、小宮山君と佐藤さん、それに野崎と私はジョバンニにまたがった。


「ぎゅうぎゅうだな……」


野崎は文句を言ったが、ジョバンニたちは風のように駆け、三十分ほどで鉱山に着いてしまった。


鉱山には先客がいた。アメリカのチームだ。

護衛のチェンが声をかける。


「リチャード。とうとう君たちも階層を抜けたか」

「ああ、死に戻れるって聞いてな。やってみたら拍子抜けだったぜ。何だよ、あのミノタウルス。見かけ倒しもいいとこだったぜ。俺たちはここを掘ったら、次を目指すぜ!」


そこで野崎が忠告した。


「君たちはたった三人だろう。やめておけ。もっと人を集めろ。二階層ではミノタウロスが三体出た。危険だ」

「あ? 何だぁ、おまえは」

「ディメンションリンク事業部の元CEOだ。私たちは階層の危険を調べて回っている」


「……分かってるさ。ボス部屋の中は入り口のアーチから丸見えだったしな。今、ほかのメンバーを待っているところさ。忠告ありがとうな」


私たちはこの階層の鉱物のサンプルを集め、護衛たちは鉱物を採掘していった。

初心者セットのシャベルとつるはしは、驚くほど性能が良かった。

一回ゴツンと当てれば、ざくざくと鉱物が取れる。

不思議な感覚だった。


「これも、何らかの神器なのかしら」

「先輩、採掘セットも使い続ければ性能が上がるみたいですよ。見てください」


愛菜が護衛たちやアメリカチームのほうへ顎をしゃくる。

彼らの周りには鉱物が小山のように積み上がっており、シャベルでごっそりとすくい取ってマジックバッグへ入れていた。

しかも、その一回の量は物理的にあり得ないほどだった。


二時間ほどすると、護衛たちのマジックバッグはいっぱいになった。

「では、三階層のボス戦へ向かおう」


野崎の言葉を聞いた護衛たちの表情は硬い。

彼らは、三階層のボス戦で一度命を落としている。

魔物はハルピュイアとガーゴイルだったという。剣が通らず、苦戦したそうだ。

「階層ボスの部屋の出口は開いたままです。いつでも撤退できた。だから逃げようとしたんですが……」

三人はきびすを返し出口へ向かったところに、ハルピュイアの羽根が飛んできたらしい。


「あれは、まるでカミソリみたいな切れ味だった。風の勢いに乗ったのか、それとも魔法なのか。いまだに分からない」


***


三階層にある神殿へは、異次元ドアで行ける。

これまで護衛たちが時間を掛けて探索してきたおかげだった。


「三階層は砂岩と砂漠地帯です。鉱山はなかったが、砂岩中に鉱物の徴候が見つかっています」

「そうか。だが三階層までのレアメタルは偏りがあるな。ゲルマニウムやガリウム、インジウムは出るが、コバルトやニッケル系の鉱床は乏しい」


以前は、神が無償で持ってきてくれていたレアメタルやレアアースは、迷宮ではまだ見つかっていない。


「なるほど。階層が上がるほど、より希少で価値の高い鉱物が現れる傾向にあるのかもしれませんね」


異次元ドアをくぐり抜け、三階層の神殿に着いた。

奥にある階層ボス部屋の入口はアーチ状になっていて、やはり中の様子が見える。


ガーゴイルとハルピュイアが一体ずつ、宙に浮かんでいた。



「佐藤。まずはシールドだ。皆を包んでおいてくれ」

「はい」


「榊原君は私をシールドで包んでほしい」

「はい。えーと、私たちでガーゴイルを倒すんですか?」

「まずは様子を見て、それから対策を練る。だめなら撤退だ。よし、行こう」


宙を飛ぶ魔物との戦いは、大鷲で一度経験している。だが、今回は銃が使えない。どう戦うべきか、まだ手探りだった。


「野崎さん、私の弓。試して見たいんですけど」

「愛菜の武器か……有効かもしれないな」


ボス部屋へ入ると、石の翼を広げたガーゴイルがこちらへ滑るように飛んできた。

すかさず野崎が切りつける。だが、硬い石を打ったような音が響いただけで、刃はまるで通らなかった。


ガツン、キーン。

剣がぶつかるたび、鈍い衝撃音と耳を刺す金属音が神殿に響いた。

ガーゴイルはコウモリじみた石の翼を打ち鳴らし、私と野崎の周囲を縦横無尽に飛び回る。

迫ってくるたび野崎が斬り払うが、まるで岩塊を打っているような手応えしかない。まったく効いていなかった。


「だめだ。これでは……撤退するぞ」


佐藤さんたちへ向かって叫ぶ。

だが、そちらもハルピュイアに押さえ込まれていた。

無数の羽根が礫のようにシールドへ撃ち込まれ、佐藤さんはその場から動けない。


「これでどうよ!」


愛菜の矢が走る。

しかしハルピュイアは、戯れるようにひらりひらりと身をかわした。

そして鳥めいた顔を醜く歪め、嘲るように笑う。


女の体に、腕の代わりの羽。足は鳥の脚。

継ぎ合わせたようなちぐはぐな姿なのに、その顔だけは妙に人間臭く、薄気味悪かった。


「ジョバンニ。浮かんでいるものを重くできる?」

「クーン……じゅうりょくそうさ、で、重くするの?」

「そうよ、今までやったことはなかったわね――でも、試してみて。地面に吸い付かせる感じよ」


「分かった。やってみるワン!」


ジョバンニはシールドから飛び出していった。

魔物たちの視線が、一斉にジョバンニへ向く。

ハルピュイアが両翼を広げ、ジョバンニ目がけて鋭い羽根を撃ち放ち始めた。


ジョバンニの体の周りが、ゆらゆらとかすむ。

私たちは息を詰め、その場で見守ることしかできなかった。


ジョバンニはたちまち傷だらけになった。

無数の羽根が体に突き刺さる。それでも踏ん張り、力を出し続ける。


すると、宙を飛んでいた魔物たちの動きが乱れた。

空中でもがくように、じたばたと暴れ始める。


そして――ドスン! ガン!


魔物たちは落ちた途端、地面にぺたんと張り付いてしまって身動きが取れない。


「今だ!総攻撃を仕掛けるぞ」


全員が一斉に駆けだした。


私も大きな金槌を振り上げ、ガーゴイルへ力いっぱい振り下ろす。

何度も何度も叩きつけるうちに、ガーゴイルは粉々に砕け散り、やがて光の粒となって消えた。


私は荒い息を吐きながら、魔物が消えた場所を睨み付けていた。

そこには丸い金属の塊が落ちていた。しゃがみ込んで手に取った。

「重い。こんなに小さな固まりなのに……魔石とも違う……」

そのままマジックバッグに入れて、ふと思い出す。


――ジョバンニ!


振り返ってジョバンニを見ると、ジョバンニは、血だらけで倒れていた。


慌てて駆け寄る。

けれど、その体はふっと光に包まれ、そのまま消えてしまった。


「ジョ……ジョバンニが……」


チームのみんなが駆け寄ってきた。


「先輩……」

「榊原君。ジョバンニは、死んでしまったのか」


野崎の言葉に、佐藤さんがはっと顔を上げた。


「死に戻ったのかもしれません! 一階層へ戻って確認しましょう!」

「……そうだったな。プロメテウスの時間の巻き戻しがあったのだった」


私は目を見開くと、誰よりも早くアーチを駆け抜け、異次元ドアへ向かって走った。

その背後で、小宮山君の叫び声が響く。


「四階層の入り口が開いています!」

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