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一階層は”始まりの村”がある階層だ。
村は塀に囲まれてはいないのに、魔物は入ってこないようだった。
簡素な木のアーチを抜けると、草原に出た。よく、ゲームで見るような広々とした草原だ。
しばらく行くと、モグラやウサギといった五十センチほどの魔物が出てきた。
アーサーたちが先行して簡単に倒していた。
私はジョバンニと一緒に歩き、佐藤さんはいつものように、チーム全体をシールドで覆っていた。
コロは、護衛たちの周りを護衛する役割だ。
「護衛の護衛?」
「フフ、そういえばそうね」
愛菜と二人、のんびりと草原を見まわす。
「この先に鉱山地域がありますが、今は混み合っていて大変な事になっています」
「一応確認だけしておこう。それがすめば、二階層へいく」
行く先々で魔物が光の粒になって消えていく。
先行するアーサーたちが魔物を倒すたび、光の粒となって消えていくのだ。
「さすが神が作った魔物だ。ナウシア迷宮の魔物とは性質が異なるようだな」
「元は神の力で作ったものですから、そうなるんでしょうね。魔素とは違う力なのでしょう」
私も一人、思考の海に沈んでいく。
”魔”とは、あの迷宮の異世界を支える力だった。魔導師達は地中深くに眠る魔素をくみ上げ、魔素を変換して人々の生活を支える役目をしている。
でも、ここは神々が住む世界だ。
この世界全体が神の性質を帯びているのだ。
アルケディアの迷宮は、完全に閉じた空間だった。
ここから一般の人間が自力で出ることはない。
出入り口は、異次元ドアただ一つなのだ。
「よく考えられて作られているわ。エロスが自慢したくなる気持ちも、今ならよく分かる」
採掘地域は、確かに混み合っていた。
およそ二十チームの採掘者が、十名ずつの編成でここに来ているとすれば、二百人はいる計算になる。
あちこちに散らばっているため、正確な人数は分からないが。
「チームによっては、二十人編成で送り込んでいる国もあるようです」
沢村がそう付け加える。
国によっては、異次元ドアの枠を買うだけで精一杯なところもある。
そういう国ほど、一度にできるだけ大人数を送り込んでくるのだ。
「人数制限は特に設けていなかったからな。 今後、百人、二百人と送り込まれるかもしれない。 制限を設けた方がいいな」
「そうですね、”始まりの村”は小さい。それに宿屋だって満杯になってしまいそうです」
そう言った、私の目の前にエロスが突然現れた。
《そうか! そんなに来てくれるなら、もっと大きくしよう。どんどん来ても構わぬゾ!》
そう言うが早いか、エロスはすうっと消えてしまう。
「榊原君! 宿へ戻るぞ。エロスの奴、今度は何をするつもりか……」
二時間ほど歩いて村へ戻ると、そこはすでに別物になっていた。
「まるで街だな……」
「ええ、こんなにすぐに変えられるなんて。神様ってすごい」
「そこじゃない! 榊原君、今後は神の前で軽々しく思ったことを口にするな。何が実現されるか分からん」
――そんなことを言ったって。別にエロスを呼んだ覚えなんてないのに。
いつものように、野崎は私に言いがかりをつけてくるけれど、今回ばかりは私のせいじゃないと思う。
私たちは、二階層を目指すことになった。
本来なら、異次元ドアを使えばすぐに二階層へ行くことができる。
けれど野崎が、階層ボスの姿をこの目で見ておきたいと言い出したため、私たちはプロメテウスの神殿の奥へと足を向けた。
「どの階層にも……多分そうだと思うのですが。少なくとも三階層までは、この神殿に階層ボスがいました」
「階層のどこに神殿があるか、それを探すのが大変ですが」
三階層までは、すべてフィールド型の構造だったらしい。
その先は、どういうふうに作ってあるのだろう。
エロスのことだから、きっと石造りの迷宮も用意しているに違いない。
「しかし、よく考えられていますね。神殿という形にしたのは、異次元ドアの置き場所としても最適です」
佐藤さんの言うことも、もっともだ。
エロスは、最初から私たちが異次元ドアを使うことまで見越して、この迷宮を設計したのかもしれない。
……単に、転位陣をいちいち設置するのが面倒くさかっただけ、という可能性もあるけれど。
神殿の奥まった場所に、ボス部屋があった。
入り口はアーチ型の門になっており、中の様子がよく見える。
そこには、三メートルほどもあるミノタウロスが立っていた。
「三メートルくらいありますね」
小宮山君が、そわそわしながらチェンを振り返る。
「意外と簡単に倒せますよ。一階層のボスを倒すと、初心者用の青銅の剣が鉄の剣に変わるんです」
護衛たちは二度ここを攻略しているため、その辺りの事情にも詳しかった。
「何だ。この初心者用の剣そのものが、神器のようなものなのか?」
野崎は手にした剣をまじまじと見つめる。
「……そうかもしれません」
私たちがアーチをくぐり抜けると、ミノタウロスの目が金色に光り、動き出した。
「まるで、今、スイッチが入ったみたいだな」
私たちは二手に分かれた。私のシールドに入ったのは野崎と小宮山君、そしてジョバンニだった。
護衛たちと愛菜は佐藤さんのシールドに入った。
挟み撃ちにして攻撃を仕掛ける作戦は見事に決まり、あっと言う間にミノタウロスは倒されてしまった。
左右から青銅の剣で突き刺されると、呆気なくその巨体は光となって消えたのだ。
「ここはお試しのボスか?」
「チュートリアルっぽいですね」
小宮山君は、さっきまでびくついていたのに、すっかりベテラン気取りだ。
しばらく経つと、それぞれが持つ青銅の剣に変化が現れ始めた。
護衛たちの剣に変化はない。以前ここを攻略したときに、すでに進化してしまっているのだ。
だが、佐藤さんや野崎の剣は鉄の剣へと変わり、刃渡りもわずかに長くなった。
愛菜の剣は逆に短くなり、小宮山君の剣は槍へと姿を変える。
そして私の剣は――ハンマーになってしまった。
柄は一メートルほどで、その先には大きな鉄の塊が取り付けられている。
野崎が興味深そうに持ち上げてみたが、「お、重い……」と顔をしかめ、すぐに私へ返してよこす。
私には不思議と軽く感じられた。
闇の加護のおかげなのか、それとも神器の性質なのかは分からない。
「次の階層ボスからは、変化したりしなかったりと、よく分からない法則があるようです」
護衛たちの経験をもとに予測を立ててみるが、まだ傾向をつかむのは難しい。
私たちの目の前には、二階層へ通じるアーチ状の門が開いていた。
だが、それを使えば次の神殿まで長い距離を歩かなければならない。
野崎は、異次元ドアで二階層の神殿へじかに行った方が、時間を取られずに済むと判断した。
異次元ドアを抜けると、私たちはそのまま神殿の奥へ行き二階層のボス部屋を目指した。
ここも同じくミノタウロスがいた。だが、今度は三体立っていた。
「難易度が上がりましたね。ここからが本番、ということですか」
小宮山君がやる気を見せ、まっ先にアーチをくぐった。
佐藤さんは慌ててシールドを展開してその後を追った。
「愛菜、コロから離れないで。貴方の武器は近接戦向きだわ。なんでこうなのかしら」
「……そうですね。どうせなら弓矢が良かったですぅ」
私もシールドを展開し、残りのメンバーをまとめて守る。
野崎は剣を片手にミノタウロスを見上げ、ジョバンニに指示を飛ばした。
「私の体を、上に浮かせてくれ」
「分かったワン」
野崎が上空へ向かう一方、護衛たちはミノタウロスの足元へ駆け出した。
ミノタウロスの足に攻撃を仕掛け、上から接近した野崎の援護をしているようだ。
「おとり役……?」
「そうかも。戦闘経験があるって、すごいわね。怖くないのかしら」
「先輩だって、もう十分経験を積んでいるじゃないですか」
真ん中にいたミノタウロスがコロをにらみ、こちらへと向かってきた。
残りの二体のうち一体は小宮山君と佐藤さんが、もう一体は野崎たちとジョバンニが相手をしている。
ここは、私と愛菜で何とかしなければならないだろう。
でも、私には闇の力がある。
以前試した、”ものの核を引き寄せる術”を使ってみたい。
この術はアルケディアでも、ナウシアの迷宮でも有効だった。
――この迷宮でも使えるかも知れない。
「愛菜、一旦シールドが切れるかも。コロに背中に乗って端に逃げていて!」
「……はい」
体を覆うシールドから、大きなシャボン玉を作り出す。
その分、私の周囲を守るシールドは狭まっていった。
闇の球を、ミノタウロスの体の中心に見える核めがけて放つ。
シャボン玉は核へ吸い付くように張り付き、すっぽりと包み込んだ。
「……っ!」
思い切り引っ張る。だが、びくともしない。
「……くっ……力負けしそう……」
後ろで愛菜が叫んでいるがなにを言っているか分からない。
「……先輩を……いけぇっ!」
愛菜の短剣が、ミノタウロスの目へ深々と突き刺さった。
その瞬間、スポッと核が抜けた感触があった。
目の前のミノタウロスが音を立てて崩れ落ちた。
巨体は原形を留めないほど砕け散り、そのまま光となって消えていく。
私の手元に残っていた核も、しばらくすると光となって消えてしまった。
周りを見まわすと、ミノタウロスは一体も残っていなかった。
小宮山君は佐藤さんとハイタッチをしているし、護衛たちも汗を拭っていた。
野崎が「変化したぞッ!」と叫んだ。愛菜も、
「見て下さい、武器が弓矢に変りました」
私の武器はそのままだ。
「佐藤さんは?」
「私はハルバードに変わった。だが、小宮山の武器は変化していないようだ」
小宮山君は魔法陣を使って足止めしたようだ。
「封印陣が使えるようです」
と本人は喜んでいたが、武器そのものに変化はなかった。
野崎さんの剣は銀色になっている。意匠も複雑に変化して、高そうな見た目だ。
護衛たちもそれぞれ変化していた。
「これって、武器を使って倒したかどうか。もしくは戦闘に参加したかどうか……ですかね」
「武器を使って倒せば、武器の格が上がる。そう言って良さそうだな」




