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チェンたちの話を聞き、こうしてはいられないと、私たちは一旦ディメンションリンク事業部へ戻る事に決めた。
だが、チェンたちは「戻れない」という。
「どうして? 野崎さんはそんなことでは怒らない……はずよ。会社の仕事で命を落としかけたのよ。労災が効くわ」
「先輩……彼らは生きていますしピンピンしてます。労災はおりませんよ」
「そうかしら。とにかく報告はしないと」
チェンは首を振って、戻りたくても、ドアを通れないと言った。
「異次元ドアの認証が拒否しているようなんです」
「認証拒否ですって。そんなはずはないわ。あるとすれば……」
あるとすれば、彼らは以前と違う人物になったと判定されたということになってしまう。
私はもしやと思い、ジョバンニをちらりと見た。
ジョバンニは一度寿命を終え、アルケディアの素材で作り直されて復活した。
「まさか、そういうことなの……」
「チェンさん。私たちがドアを開ければ一緒に抜けることができます。認証はあまり優秀なシステムじゃないんです。だから、一度戻りましょう。そして検査をします」
「検査?」
「ええ、貴方たちの生体組織をちょっと調べさせて」
チェンたちを伴いディメンションリンク事業部の研究室に戻ると、野崎は、驚き、
「何だ榊原君、もう帰ったのか」
「いえ、ええ。そうですが、大変な事になってます。とにかくチェンさんたちを調べて欲しいんです。人間のままかどうかを」
野崎も佐藤さんも面食らった。「なにを言っているんだ」という顔をして居る。
そこでアーサーが進み出てこれまでのことを話した。
「そんな大変な事態が起きていたのか! 大変だぞ。アメリカのチームが、既に迷宮に入ってしまっている」
「彼らならまだ階層ボスには挑戦していません。この事は何も知らないと思います」
だが、何れは発表しなければならないことだ。もし万が一彼らがジョバンニのようなアルケディア素材で作り直されてしまっていたのなら――人外の力を得たことになりはしないか。
私たちは総出で、彼らを調べた。
だが、どこも『人間』と違うという結果が出ない。
「ではどうして認証されなかったんだ?」
「もう一度試して見て欲しい」
佐藤さんがアーサーに異次元ドアの認証を試せと言った。
諦めた表情でアーサーは異次元ドアのプリセットボタンを押すと、普通に認証された。
「何だ、ちゃんと認証されているぞ。どういうことだ!」
「そういえば、あの神殿って、『プロメテウス』の神殿だったわ。プロメテウスに聞いてきます」
***
プロメテウスの宮殿に設置された異次元ドアを抜けた。
そこに神はいた。
《モナミ。どうした?》
「迷宮の仕組みについて聞きたいの。死んだ人間をどうやって生き返らせたの?」
《ああ、時間の巻き戻しだ。エロスにせがまれてな。人間はすぐに死ぬ。迷宮探索で死んでしまえば、誰もここには来なくなると言っておった》
「でも、少しだけ人間で無くなるということは――ないわよね」
《それはない……もしや、その者たちは、食堂で果物を喰らったのではないか?》
「果物って、アンブロシアのこと? メニューにも書いてあったわ。食べたかも」
《そのせいで、一時的に人間とは少し違う状態になったのじゃな。なに、すぐに元に戻る。アンブロシアの効果はすぐに切れるゆえ。アンブロシアの実は神の食らうもの。口にした者は、しばし神に近い性質を帯びる。異次元ドアが人間と認めぬのも、その間だけだ》
私は神の話を聞き胸をなで下ろした。そして調子に乗って文句を言った。
「あの迷宮は、装備やマジックバッグまですべて取り上げたのよ。これってどういうことかしら」
《其方が言っていたと申しておったがな。宝箱とやらに使うのではないのか?》
ええーっ! 私のせいだったの!?
《ただな、あまり何度も復元はできぬ。三度までじゃ。もし、その後死ぬることがあれば、元へは戻せぬ。この世界の冥界の国へ送られる。ハデスのもとで暮らすことになるぞ》
***
途端にハードルが上がってしまった。
野崎たちは。プロメテウスからの話に頭を抱えてしまった。
資源は欲しいが、人間の命と引き換えになってしまう。この事は以前から何度も議論されて問題になっていた。
だが、ここに来て、現実味を帯びてきたのだった。
しかも冥界の王の元に引き込まれてしまうというのは大問題だろう。人間にはそれぞれ信仰している神がいる。頑なにそれを信じ、戒律を守る人々もいるのだ。
「とにかく、詳しいことを報告しそれぞれの国の判断に任せるしかないな」
そう言った後、野崎はチェンたちの方へ振り返り、
「君たちには大変な経験をさせてしまったな。心に負荷を掛けてしまった。私との契約を切っても構わない。保証はちゃんとするから。許して欲しい」
チェンたちは三人で何やら話し合って、振り返り、毅然とした態度でこう言った。
「なに、あと二回は死ねるんだ。大した事は無いです。この先も仕事をさせて下さい。三回目が来たら、引退します」
「命が一つしかないよりは、ずっとましです。この先も仕事を続けさせてください」
「それは助かるが……いいのか?」
野崎はこの後、迷宮のルールを厳格に定めた。
「二度死に戻った者は、以後迷宮への立ち入りを禁ずる」
三度目の死までは余裕を持って線引きをする。鉱物ほしさに無茶をされては、取り返しがつかない。
だからこそ、その前に必ず引退させる。
このルールに同意した採掘者には、野崎の作ったマジックバッグを貸与する。万一、死に戻りによってバッグが消失した場合でも、保証金は請求しない。
資源やマジックバッグの管理は、今は役に立っていない採掘者ギルドの受付嬢に担当してもらうことになった。
プロメテウスに「もう少し何とかならないか」と、私が愚痴をこぼしたからだ。
《やろうと思えばできるのだ。だが、エロスがこれがいいと言っておったのだ》
どうやら、エロスが夢中になっていたゲームは、かなり古い作品だったらしい。
***
野崎が自分の報告を各国へ上げた。
彼は、この事実を知れば採掘者は来なくなると思っていたが、あに図らんや、迷宮探索を希望する国が殺到したのだ。
「死ぬことがないのなら。保障問題にけりがつく。もし死んでも、それは本人の無謀のせいだ――という理屈が通ることになるからな」
苦虫を潰したような口調だ。
だがこれで、迷宮は一気に賑やかになることだろう。
私たちが再び迷宮に入ったのは、それから一ヶ月後だった。
ILTのメンバーのうち、畑山と馬淵君だけが研究所に残った。彼らには真垣GMの元で、対外的な処理と事務仕事を処理してもらう。
「そのうち、井ノ瀬博士も合流するそうだ。今はまだ、各地を回って木と懇談中らしいからな」
「野崎さん……その言い方」
「ははは。まあ、井ノ瀬博士のライフワークだ。馬鹿にしたつもりはないんだ。だが、彼女も加護持ちだ。迷宮で、どれほど力が出せるか興味はあるらしいぞ」
他は迷宮へ潜って、迷宮のことを詳しく調べることが私たちの新しい目標となった。
私たちには加護の力がある。
だから、他の国が先の階層へ進む前に、階層の危険や注意点を調べ、他の国のチームと共有する。
「そうすれば、なるべく安全に鉱石を採掘できるだろう。危険を事前に知ることができれば、死ぬ確率も減る。君たちには面倒を掛けるが、何とか皆より先んじて、出来るだけ情報を集めよう」
「はい。分かりました」
「あ、あの。」
「何だ小宮山」
「以前、ILTで研究していた封印の魔法陣。試しても良いですか?」
佐藤さんが小宮山君を振り返って「あれは使えないだろう?」と言った。
「いえ、力を込めれば魔法陣が使えるところまで行っていました。魔石で試してみたいんです」
「……魔石か……。よし。私の持っているものを出す。使えるようなら強力な武器になるかもしれん」
野崎が差し出した魔石は、五センチから八センチほどの水晶だ。黒や紫など様々だ。
それをまとめて二十個、小宮山君に手渡した。
「魔石は、魔素を閉じ込めた電池のようなものだと考えられます。小さな魔石ほど魔素はすぐ吸収されますが、魔石球は、それよりはるかに大きな魔素の塊です。今のところ、私の分析ではそう結論づけています」
「多分そうなのだろうが、アルケデアでは、吸収された私たちの力は役に立たない。ただ、魔具は使える……案外、小宮山のアイデアは、的を射ているかもな」
ドアを抜けて採掘者ギルドの受付へ向かうと、以前とは打って変わって活気に満ちていた。
各国の採掘者たちが受付に列を作り、聞き慣れない言葉が飛び交っている。
野崎が、プリセットボタンの確認をして戻ってきた。
「二十二の座標がほとんど埋まってしまった。日本の名前も二カ所増えていた」
「一つの国で複数の地域から来ているようですね」
「資金力がある国は、複数の枠を買い取ったようだな」
受付嬢は、神の特性を持っているようだった。
どの言語でも対応出来ている。
そして受け答えも単調ではなくなっていた。
野崎たちも登録を済ませ、以前無愛想だったヘパイストスそっくりのおじさんと話をしていた。
「ほらよ、初心者採掘セットだ。持っていきな」
やはり、無愛想なのはデフォルトのようだ。野崎はめげずに食い下がっている。
「おやじ、このほかの武器はないのか?」
「あるよ。金はかかるがな。だが、初心者には使いこなせねぇぞ。まずはそれで試してから来るんだな。さあ、俺は忙しいんださっさと行け」
宿では、先行していたチェンたちが出迎えてくれた。
「やっと来ましたね。俺たちは二階層を抜けました。どうしますか? 一緒に三階層へ行きますか?」
「いや、まずはこの一階層を見て回る。明日は二階層だ。地図は出来上がっているか?」
「はい。通った場所は、全部書き込んであります」
私たちが宿の一階フロアで話し込んでいると、日本語で話しかけられた。
見ると確かに日本人のパーティーだ。十人ほどいる。
「初めまして。ディメンションの方々ですよね。私たちは武芸をたしなむということで政府からオファーを受けました。今後何かと教えていただきたく、お声を掛けさせてもらいました……ご迷惑ではないですよね」
「ああ、もちろんだ。私たちも情報を独占するつもりはない。今後判明したことは順次公開していく。互いに情報交換をしていこう」
そう言って野崎は武芸集団のチーフと固い握手をしていた。




