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野崎が、ようやく戻ってきた。
私はあまりにもほっとして、涙が出そうになる。思わず駆け寄り、そのまま縋り付いてしまいそうだった。
いつもの私とは違い、自分から駆け寄る姿を見て、野崎は思わず一歩、引いた。
「お、お帰りなさい、野崎さん。ずっと待っていました」
「あ、ああ。分かったから、もう少し離れろ。榊原君、ちょっと怖いぞ」
そこへ佐藤さんと真垣GMまで戻ってきたのだ。私はその場にへたり込んだ。
「モナミ、一体どうした」
「すっごく忙しかったんです。先輩。 いっぱいいっぱいになってしまって……」
「そうだったのか。よく頑張ったな。モナミ」
佐藤さんのねぎらいの言葉に涙が溢れてくる。
「そうなんですぅ。今まで佐藤さんや野崎さん、弁慶がどれだけ大変だったか、ようやく分かりました!」
野崎の後ろから、畑山がひょっこりと顔を覗かせた。
やや気まずそうに目を伏せるその仕草が、整ってはいるがややきつい印象の顔立ちをしおらしく見せている。
「開発部の管理は彼女に任せていたが、あそこは解体だ。メンバーはそれぞれ別の部署に配置換えにした。成果がほとんど出ていなかったからな。
ただ、彼女がILTに入りたいと言ってきてね。受け入れることにした。即戦力になるだろう?」
畑山は、しずしずと進み出て、私にぺこりとお辞儀をした。
「以前、辛く当たって申し訳なかったわ、榊原さん。今後は同僚として、よろしくお願いします」
私は辛く当たられていたの? 全く自覚がなかった。
けれど、彼女が優秀なのはよく知っている。さっきのような場面にまた出くわしたら、きっと真っ先に動いてくれるだろう。
感極まった私は、畑山の手を思わずつかみ、ブンブンと振り回した。
「よ、よろしくお願いします。助かります!」
と、ほとんど叫ぶように言う。
「え、ええ。コチラコソ……」
私の勢いに押されて畑山はのけぞり、何とか笑顔を作ってみせた。
そのまま、ILTのメンバーがテーブルに着き、野崎の今後の方針に耳を傾ける。
「アーサーから連絡が入って、四階層に通じる階層ボスと接触したが、どうやら手に負えなかったらしい。そこでだ、榊原君。君、行ってくれないか?」
「はい。行きます。行かせて下さい! ジョバンニがいれば何とかなりそうです」
私の食い気味の返事に、チームが笑いに包まれる。
「先輩。事務仕事がそんなにいやですか?」
「まるで冒険に出る方が気楽、みたいに聞こえますよ」
「……事務仕事は、向かないって分かったわ。特に電話の対応がきつくて……」
「まあな、対人恐怖症気味の君には酷だったか。こちらの方が片がついたら私と小宮山も行く。異次元ドアの設置は任せた」
「はい。大丈夫です。それはできますから。愛菜もそろそろできそうですよ」
「そうか。では愛菜、君も一緒に行くか。コロがいれば力強いだろう」
「え! 行っていいんですか」
野崎の話には、まだ続きがあった。
政府との折衝の結果、自衛隊は派遣しないことになったようだ。
「銃弾が効かない魔物だ。それよりも剣術の心得がある者を探す方針になった。彼らにはチームを組んで迷宮へ潜ってもらうことになるだろう。ただ、人選にはしばらく時間がかかるということだ」
あと、ダンジョンがある異世界への依頼を出した某国への報告のことも話題に上がった。
「ベシア魔導師から、『某国とは取引したくない』と言われてしまってな。だが、ほかの国なら交渉に応じる余地はあるそうだ。だから、オラドン国は我が日本の専属ということになった」
某国が望んでいたのは資源だった。石油や鉱物資源は探せばあるかもしれないけど、そうなれば、国土を荒らされてしまうとベシア魔導師は考えたようだ。
――弁慶からの助言もあったかもね。
「他の国の座標は?」
「それは弁慶がやっている。隣国まで行って交渉してくれている」
「あそこに弁慶が残ってくれたのは、助かりますね」
「ああ、その通りだよ」
あの世界は、魔導師を信奉している国ばかりではないそうだ。中には独自の神を信仰の対象に据え、その信仰で国民をまとめている国もある。それらの国では、魔法文化はそれほど発達していないという。
「時間ができたら、私たちももう一度行ってみませんか? 魔法が発達していない国はどんな発展をしているか、気になりませんか、先輩」
オラドンで身につけた力は地球でも、アルケディアでも使えなかった。
だけど龍神の世界ロンゴンで得た加護は、どこでも使えるという特徴がある。
今その加護があるのはILTのメンバーだけだ。
畑山も紅龍から小さな加護を授かっていた。
愛菜には加護がないけれど、彼女にはコロがいる。
研究一筋だった私たちは、いつの間にか戦う側の人間になっていた。
「私たち、冒険者になったみたいですね、先輩」
「それを言うなら、採掘者よ。アルケディアでは、ね」
***
愛菜と私、そしてコロとジョバンニは、異次元ドアを抜けアルケディアの迷宮にやって来た。
異次元ドアは「採掘者ギルド」の屋内に設置されていた。
奥まった場所から、食堂のあるエリアに出ると、まるで銀行の受付のようなカウンターがあった。
カウンターの奥には、綺麗な女性が数人、じっと座って一点を見ていた。
私たちが声を掛けると、突然スイッチが入ったように話し出した。
「いらっしゃいませ。初めてご利用の採掘者様とお見受けいたします。まずは受付のお手続きをお願いいたします。こちらの用紙にご記入ください」
「あの、ペットもいるのですけど、彼らはどういった扱いになりますか?」
受付嬢は一瞬、視線を宙に泳がせると、また、さっきと同じ言葉を繰り返した。
まるで、一昔前のRPGに出てくる村人のようだった。いわゆるNPCなのだろうか。
「このまま書いちゃいましょう。たぶん彼女たちはプロメテウスが作ったという泥人形よ。すごくよく出来ているけど、人間味に欠けるわ。今度会ったら、改善するように言ってあげなきゃ」
「先輩、別にこのままで良いじゃないですか。先輩にはこの方が話しやすそうですよ」
確かにそうかもしれない。初対面の人には特に話しかけるのが苦手な私だ。こっちの方が気兼ねがないだろう。
記入が終わり、用紙を提出すると、また受付嬢は和やかに話し始めた。
「初心者の採掘者には、採掘セットと初心者用武器が配られます。この引換券を持って左側、『魔素補充店』の区画へどうぞ。ご利用ありがとうございました」
言われたとおり左側にある店を覗いてみると、ヘパイストスを小さくしたようなおじさんがいた。
藪睨みで、ずんぐりした体つきの、百五十センチほどしかないひげ面のおじさんだった。
足は不自由そうではない。ヘパイストスではないようだ。だけど、驚くほどよく似ている。
「すみません。引換券――」
「あいよ。これ持っていきな。じゃあな」
「……」
随分不親切なNPCだ。
仕方なく、渡された荷物を抱えて食堂の区画へ入った。
綺麗な女性の給仕に案内されたテーブルに着き、メニューを開く。
「ラーメンがある!カツ丼も」
「本当ね。日本の大衆食堂みたい」
五十種類ほどのメニューがずらりと並んだ中から、私たちはコーヒーとケーキのセットを頼んだ。
ケーキを食べ終えると、おじさんに渡された袋の中身を確認した。
「スコップ、つるはし、ランタン?」
「青銅の剣って……今どき?」
他には木製の丸い盾。剣の手入れ用の砥石と布と油が入った小袋。それで全部だった。
「でもでも、これって本当にゲームっぽくないですか。なんだかワクワクしてきました」
「エロスったら。ちょっとやり過ぎよ」
初心者セットなら、この先アイテムを集めてレベルを上げていくという流れなのだろうが、この迷宮にはレベルという概念がないと聞いた。その代わり、「神器」を集めていくのだそうだ。
階層が上がるたびに格上の神器を手に入れて、魔物と戦う。そういう仕組みのようだった。
私たちは宿を取るためにギルドを出て、「ヘルメスの寄り道亭」と書かれた看板を探した。
小さな村の中央にはプロメテウスの神殿があり、そのすぐそばに宿屋が見つかった。
中へ入ると、やはりNPCがいて、宿帳に名前を記入するよう言われた。
日本円でも支払えるようだ。私たちは宿代として一万円を支払った。
人間二人にペット二匹で一万円なら、それほど高くはない。
まあ、こんなものだろう。
部屋を探していると、チェンたちに出くわした。
彼らは、探索から戻っていたようだ。
「チェンさん。このあいだぶりです。四階層、撃沈したって聞きました」
愛菜が気安く声を掛けているが、彼らの様子がどうもすっきりしない。
いつもなら受け答えも軽くしてくれるはずなのに。
「何かあったの? アーサーさん。沢村さん」
「まあな。野崎さんに話そうかどうしようか迷っていてね。聞いてくれ」
彼らの話はこうだった。
三階層のボスを攻略しようとして、失敗した。そこまでは私も野崎に聞いていたので不思議はなかったが、その後が問題だった。
「俺たちは、あのボスにみんなやられてしまった……はずだったんだ。首が飛ばされたんだから」
「ええー! でも、ちゃんとついてますよ。首」
沢村は自分の首をさすりながら話を続けた。
「俺たち、気が付いたら、このプロメテウスの神殿の前に立っていたんだ」
「……そんなことが……」
「しかも、せっかく手に入れた神器はなくなっていた。初心者の装備に変っていたんだ」
「それって死に戻ったってことですか! 本当にゲームみたい。ペナルティーが、神器の消失ってことですか?」
「それが……それだけじゃないんだ。野崎さんから預かったマジックバッグごと鉱石も食料も備品もすべて消えてしまった。それで……言い出せなかったんだ」




