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エロスは、得意げに私たちの前に現れて、ふんぞり返っていた。
《どうだ。われが作った迷宮は。なかなか愉快であろう?》
「エロス。今忙しいの。悪いけど後にして」
私が無下にすると、途端にエロスは、ぷうっと膨れてそっぽを向いた。
《何じゃ!つまらんのう》
私は忙しくて、一々エロスの相手などしていられなかった。
レアメタルが迷宮からしか採れなくなって、その確保に追われていたからだ。
ディメンションリンク事業部の研究室に限らず、今はどの部署も慌ただしかった。
レアメタルの供給を求めるメールが山のように届く。
その処理で連日徹夜が続き、さらに各国の採掘者をアルケディアへ受け入れることになり、その調整にも追われていた。
弁慶を通じた緑の魔石球の仕入れに、異次元ドアの納品。果ては、野崎が作るマジックバッグの催促まで舞い込んでくる。私が処理しきれない問題が山積みなのだ。
「こんな時、弁慶がいてくれたら助かったのにっ!」
佐藤さんと真垣GMは今政府との折衝で忙しいし、野崎はオラドンの弁慶のところへ行き戻ってこない。
「私に、どうしろって言うのよ……」
「先輩、この部署じゃ一番の古株ですもん。佐藤さんも『ここは榊原君に任せるしかない』って言ってたじゃないですか」
「愛菜ぁ……」
「はい、はい。お手伝いしますから。あと少しで佐藤さんや真垣GMも戻ります。だから先輩。頑張ろう」
「……うん」
愛菜は以前、この部署の雑用を片付ける役割だったが、小宮山君や馬淵君たち後輩が入社してからは、技術者としての勉強も進めていた。
「本当はすぐ辞めるつもりだった」
愛菜はそう、話してくれたことがあったが、働くうちに楽しくなって上を目指そうと思い始めたのだという。
小宮山君が、以前の愛菜の仕事を引き継ぐ形だった。だけど、相手の気持ちをいち早く察してしまう、愛菜のような細かな気配りまではできない。
そんな愛菜に未だに頼ってしまう自分がいる。九歳も年上なのに……情けない。
《われの迷宮に護衛たちがおるぞ。かの者たちは楽しんでいるのじゃ。モナミも一緒に行けばいい。何故行かぬ?》
「忙しくて、遊んでなんかいられないわ、エロス。暇ならジョバンニやコロと遊んでくれば?」
そこへチェンたちがやってきた。
今回、迷宮で採掘してきた鉱物の納品だ。
「ああ、また仕事が増えてしまった……」
「先輩。こっちは私がやります。チェンさんたちに、野崎さん製のマジックバッグの替えを渡してきてください」
私は自分が預かっていたマジックバッグを愛菜に渡し、
「お願い……」
と、情けない声で言った。
鉱物の仕分けは大変な作業だ。
アルケディアの鉱物資源は、同じ鉱石でも含有率が大きくぶれる。採掘ロットごとに成分を測り直さないといけないのだ。
神が与えてくれた希少鉱物は謎だらけだった。
ごろりとした石の中に、様々な素材が混ざり込んでいる。
地球とは理が異なる世界。
アルケディアには"再生する"という特性があり、いくら採掘しても資源が尽きないらしい。
希少鉱物の含有割合は、平均して五パーセント。中には、それを大きく超えるものまである。
地球のレアメタル鉱床では、まずお目にかかれないほどの高品位鉱石だった。
小宮山君と馬淵君も、愛菜と一緒に作業を手伝ってくれている。
チェンが持ってきた鉱物から任意のサンプルを選び出し、ここで検査しておおよその品質を算出する。そのデータを資源加工部門へ渡す。
資源加工部門では鉱物を仕分けし、それぞれの加工工場へ売りさばく。その流れの中で、一刻も早く採掘者にお金を渡すための窓口役が、ひとまずILTに任されていた。
詳しい精算は後で専門部署が行う。そこで最終的な誤差を調整し、チェンたちに支払われる仕組みになっていた。
彼らは今のところ、日本で唯一の採掘者だった。
少しでも早く迷宮へとんぼ返りして、次の採掘に向かってもらうための処置でもある。
「もう少ししたら三階層の踏破が終りそうだ。異次元ドアがもう一つ必要になりそうだ。誰か技術者を同行したいのだが」
「今は無理。忙しすぎて手が回らないもの」
チェンたちは野崎に言われて、アルケディアの迷宮がどれくらいの規模なのかを調査していた。
というのも、エロスが迷宮の全容を明かしてくれないからだ。
《先が見えない方がワクワクするであろう?》
と、訳の分からない言い訳をしているが、「まだ、全部は出来ていないんじゃないの」と、私は怪しんでいる。
「早く、ほかの採掘者の選別が終わってほしいのだが……。まだ日本政府は答えを出していないのか?」
「もうすぐ答えを持ち帰るはずです。真垣GMが」
愛菜がチェンと話している。その声を聞きながらも、私はメールへの返信を打つ手を止められない。
日本政府が二の足を踏んでいるのは、人材をどこから出すかという問題らしい。自衛隊か、それとも民間企業から募るのか。
どちらを選ぶにしても、とてつもない金額が動く。だからこそ、慎重になっているのだ。
危険な迷宮へ人を送り込む以上、万一の際の補償まで含めて考えなければならない。
愛菜の側にエロスが寄っていきアーサーと話し込んでいた。
《われの迷宮はどうじゃ? 楽しかろう》
「は、は。そうだな。確かに面白い。NPCには驚いた。まるで昔の西洋に迷い込んだようだ」
《ふふん。プロメテウスが目を輝かせて作り上げたんだ。それにヘパイストスやヘルメス、ハデスまで乗り気になってな。迷宮にいる魔物は、ハデスの地にいる幻獣を模倣して作られているのじゃ。ここでゲームをしていたからな。われには知識が豊富にある》
「だが、エロス。なぜ神々が人間のお金でやりとりする? 神々には金は必要ないだろう。金を何に使うんだ?」
《ゲームには金が必要なのじゃ。装備も買うし、宿にも泊まるし……あれ? 神には必要ないな。だが、それが緊張感を生む。人間が楽しむために絶対譲れぬ部分じゃ》
横で聞いていた私の口が滑った。
「だったら宝箱にお金を入れればいいじゃない? 神が使わないのなら、人間のご褒美にすれば良いわ」
《そ、そうであったな。その手があったか。モナミ、他に助言はないか》
私はメールを打つ手がいつの間にか止まり、真剣に考え始めた。
「そうね……鉱石は鉱山で採れている。けど、そこまで行く道には魔物が大量に配置されているわ。
でも、魔物を倒しても旨みがない。そこが、今の迷宮の一番つまらないところね。
魔物からも何かドロップがあれば、もっと面白くなる。例えば……レアメタルのインゴットなんか。
私たちにとっては最高に価値がある物よ。加工しなくてもいい素材なんて、価値が跳ね上がるわ」
エロスは顔を上げ、私をまっすぐ見た。その目が、驚いたように大きく見開かれる。
次の瞬間、彼の姿はすうっとかき消えた。
――エロスは何をするつもりなのかしら。私、また余計な助言をしてしまったかも……。
「エロス!」
「先輩、手が止まってますよ。仕事、片付けてください!」
「は、はい!」
***
チェンたちは、「採掘者ギルド」に設置された異次元ドアをくぐり抜けた。
妙に古風な造りの建物の中で、そこだけ近代的なドアが、人工的な赤い光を放っている。
ドアの横にはプリセットボタンが並んでいるが、いま座標が登録されているのは、ディメンションリンク事業部と、アメリカのどこかを結ぶ二つだけだった。
残り二十個のプリセットボタンは、まだ空白のままだ。
この先、各国がここへやって来るだろう。そのとき人や物資の移動を迷宮内だけで完結させるために、ディメンションリンク事業部が苦肉の策として設置したドアだった。
迷宮には各国から直接入ることができる。迷宮は別空間のような不思議な世界だった。
だが、アルケディア本土には、日本以外の国は直接入ることができないのだ。
ディメンションリンク事業部の島の施設だけが、アルケディアへ直接入ることのできる唯一の入口だった。
日本政府は、その小さな島の周囲を二十四時間体制で警戒し、他国からの侵入を監視していた。
「この迷宮の外へ出るには、このドアしかないしな」
「……あとは神に頼み込む道もあるが。エロスは気まぐれだからな」
アーサーと沢村は、異次元ドアをしばらく眺めていたが、やがてきびすを返し、酒場へ向かった。
ここのギルドは、まるでゲームの冒険者ギルドのようだ。
受付にはNPCがいて、質問に答えてはくれるが、魔物素材の買取窓口など、この迷宮には存在しない。 魔物は素材を落とさずに消えてしまうのだ。
受け答えも淡々としており、必要最低限のことしか答えてくれなかった。
酒場には、各種の酒とつまみがそろっている。
神の世界の酒はうまい。
豊富なメニューには日本の料理名がずらりと並び、食べ物に困ることはなかった。
給仕は、綺麗な女性だ。水の精霊をモチーフにしているらしい。
その日は酒と食事を済ませて宿へ入った。
明日からは、三階層の最終攻略に入る。階層ボスを倒せば、さらに上級の神器に変化するかもしれない。そして、四階層へ続く新たな出口も開かれるはずだ。
エロスの迷宮には、階層を飛ばす転移陣は存在しない。
だからこそ、新しい出口が見つかるたびに、ディメンションリンク事業部が座標を取得し、そこへ異次元ドアを設置していくのだ。




