85 第四部 プロローグ
チェン・ジウは”始まりの村”の宿から外へ出てきた。
入り口には『ヘルメスの寄り道』と書かれた看板が掲げられていた。
ここは、アルケディアにできた迷宮の中だ。
チェンたち、野崎CEOの元護衛は、今は『採掘者』と呼ばれている。
ディメンションリンク事業部を辞め、彼らは採掘者に職種替えしたのだ。
なかでもチェンたちは、S球採掘者という名誉ある称号を受け、この迷宮内で活躍している。
チェンたちは、ナウシアのダンジョンで魔石球を吸収し力を得た。だが、ここではその力は役に立たない。
ここアルケディアには、オラドンの世界にあるような魔素がないためだ。
それでも野崎たちとダンジョンを探索した経験は大いに役立った。
この迷宮の特徴――ここで得られる力の特徴は、『神器』を手に入れられるという一点に尽きる。
神器さえ手に入れば、探索は格段に進む。
魔物を倒して経験を積み、階層ボスを倒せば、運が良ければそれを得ることができる。
それは、まるでゲームそのものだった。
「エロスの奴。日本で相当ゲームに嵌まっていたな……」
チェンは村を見まわし、どこか現実感のないこの世界に、浮かれた神々の”遣り切った感”で、悦に入る顔を思い浮かべた。
「チェン。随分早起きだな」
宿の戸口に、寝ぼけた顔を覗かせたのは沢村だ。
すぐに後ろからアーサー・川村も出てきた。
今日は、これから3人でこの村を出て三階層を目指す予定だった。
「ここの宿の主人はいっつも同じ受け答えしかしない。何となく拍子抜けだ」
「仕方がないだろう。この村の住人は泥人形だそうだ。プロメテウスが作った人造人間さ」
「まるでゲームの中のNPCだな」
この迷宮に出る魔物には、銃器が効かない。
チェンたちは運良く、一階層のボスから、神器を手に入れた。
長剣と盾、それに槍だ。
時代が一気に飛んで、三百年前に戻ったような気がする。
元々戦いに特化した訓練を受けていたチェンたちにとっては、むしろ生きやすい世界だった。
彼らの後から、元の傭兵仲間だったリチャードたちが出てきた。
彼らはアメリカの支援を受けてここに来ていた。
日本政府は迷宮への立ち入りを各国にも認めた。
希少鉱物が、以前のような数量を採ることができなくなったためだろう。入場料と税金で稼ぐことにシフトチェンジしたのだろう。
『欲しければ自分たちで、採ってこい』ということだ。
「全く日本はぼったくりだ。この容量のマジックバッグが七万ドルだぞ。しかも魔素を補給するにも金を取るんだからな」
リチャードがこぼすのも、無理はないだろう。
チェンたちのマジックバッグは野崎が作ったものだ。だから魔素の補給はいらなかった。
魔素は、地球にもアルケデアにも無い、オラドン国の世界特有のエネルギーのようなものだ。
ここにはオラドン国から仕入れた『魔素補充店』があり、その運営にも日本の商会が関わっている。
それを、弁慶が中継ぎをしている。ディメンションリンク事業部は大儲けしているに違いない。
「だったら上物を手に入れろよ。あれなら補充はいらないだろう」
アーサーがむきになってリチャードに食ってかかっているが、それは無理な話だ。
あれは一億円もするバッグだ。しかも滅多に市場に出回らない、野崎が作り出したマジックバッグなのだから。
この迷宮では、マジックバッグがなければ仕事にならない。
希少鉱物が大量に眠る採掘場へ向かうには、まず食料や道具を運び込まなければならない。
そして帰り道には、掘り出した鉱物を山ほど持ち帰らなければならない。
採掘者にとって、マジックバッグは欠かせない道具だった。
「ダンプカーを買うのに比べれば安いもんだろう?」
「……それはそうだが」
リチャードたちの愚痴には、もういい加減聞き飽きた。付き合いきれない。
「さあ、今日の探索へ出かけるぞ」
アーサーが、さっさと異次元ドアのある神殿へ足を向けた。
チェンたちもそれに続く。リチャードたちは、いまだこの一階層の探索組だった。
彼らはチェンたちとは逆の道をたどり、荒野へと出て行った。
彼らは、本来なら次の階層を目指すべきだ。そうすれば神器が手に入る。
この階層にも鉱石はある。しかし種類は限られている。
だが、まだ迷宮に慣れない彼らは、怖じ気づいているようだった。
ヘパイストスを祀った神殿。この奥には階層ボスがいるが、チェンたちは攻略済みだった。
神殿の入り口の横に設置された、異次元ドアの前にチェンたちは立った。
アーサーが、目指す階層の座標を入力する。ドアを開ければ、そこはすでに三階層の砂漠地帯だ。
階層を攻略すれば、次の階層の座標が手に入る。
チェンたちは、鉱石の採掘はもちろんだが、先の階層を目指して座標を手に入れることも仕事のうちだった。
新たな階層に異次元ドアを設置すること。
それが、野崎から与えられた彼らの役目だ。
そのためにチェンたちは、ディメンションリンク事業部から特別に優遇されている。
「さあ、新しい階層だ。行くぞ!」
「おおっ!」
「おおーっ!」




