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翌日私たちは弁慶と一緒に九階層を回っていた。
弁慶は、ここで沢山の経験を積んだようだ。
佐藤さんが鑑定眼で見たところ、レベルが三十六もあった。
「ベシアと一緒に魔石から魔素を受け取っていたからね。パーティー十人までは同じ経験値が入るの……もう知っているわよね」
「ええ、不思議な仕組みね。戦わなくても同じだけもらえるなんて」
「ここは冒険者を鍛えるための迷宮でもあるから。魔導師がそのように作ったものだもの。迷宮は国を支え、魔具の素材を生み出し、冒険者の修練場所でもあるのよ」
ベシアが弁慶に魔石球を与えようとしたが、彼は受け取らなかったという。
「あたい、力はこれ以上欲しくなかった。でも、この先はどうなるか分からないわ。ベシアが迷宮に籠もることになったら、あたい、ついていこうと思うの。それには魔石球が必要になるでしょうね」
「弁慶! そうなったら、会えなくなるじゃない!」
「これは内緒の話なんだけど、魔導師は結構迷宮内を回っているらしいの。転移盤で。これはどういう意味か分かる?」
「異次元ドアなら、出てこれる?」
「そうなの。でも、魔導師がいなければ迷宮は魔素を変換できない。あたいとベシア、二人で交代に外へ出ることができる。どう? いいアイデアでしょう?」
ベシアのために、弁慶は自分も魔導師を目指すのだという。
でも「誰にも内緒よ」と彼は言った。
一つの迷宮に魔導師が二人もいるのは、国にとっては無駄だと考えられているらしい。
どうやら、魔導師の人権や自由は、かなり軽く扱われているようだ。
魔導師になるためには五つの魔石球を集めなければならない。それが問題だと弁慶は言う。
「買うとなったらお金がね……それにあたいが魔導師を目指すと周りに知られても困るし」
「弁慶。私たち持ってる。黒と紫はないけど、他の魔石球は余っているの。でも、色が少し薄いの。それでも良いかしら」
「本当?! 大丈夫。魔素を受ける器が大きくなれば魔石球も成長するもの。じゃあ、すぐに魔導師になれそう。誰にも知られることなく」
この九階層には少ないながら、ほかの魔石球があるという。ここで紫と黒をそろえれば、弁慶の望みが叶うと聞き、チームは勢いづいた。
「私たちで弁慶を魔導師にしてみせるぞ。そして、いつでも彼が行き来出来るように、異次元ドアも設置する」
野崎の号令で、九階層を攻略していくことが決まった。
私たちにはシールドがある。この世界には見たことがない力だ。
弁慶は言った。
「十階層へ最後に行きたい。あたい一人で大丈夫。あそこはとっても危険な場所よ」
「いや、みんなで行く。ここまで来たら最後まで見届けるぞ」
野崎の鼻息は荒かった。中二心が爆発したようだ。
――ピーターパンだものね。野崎さんは。
コロとジョバンニは、ものすごい勢いで魔物を追い立ててくる。
私は惜しみなく力を使った。
闇のシールドで魔物の動きを止め、一体ずつチームで攻撃できるように調整した。
ここの魔物は強い。コロの唾液でも死なないのだ。
ジョバンニの重力操作は、すごく役に立った。
野崎や愛菜、護衛たちも火の弾丸で撃ちまくる。魔素が尽きれば、異空間へ逃げ込む。
そうして紫や黒、そして赤の魔石を手に入れた。
魔石球の色は濃いようだ。
弁慶が、すべての魔石球を吸収していく。
「明日はいよいよ十階層ね。どんなところなの?」
「地獄よ。焦熱地獄。周りは真っ赤な火が渦巻いていて、中央に蟻地獄がある。そこに魔導師がいるらしいわ」
「……そんなところに魔導師がいるの?」
「ええ、魔導師を目指す者を待っている。そして、彼から金銀の魔石球を作ってもらうらしいの」
ベシアは、その話を弁慶に聞かせたらしい。
『先々代の魔導師様は、もうすぐ命が尽きると仰せだった』
では、この迷宮も、もうなくなってしまうのだ。
時間が尽きようとしている。
十階層のゲートをくぐった途端、熱気が押し寄せてきた。
ぶわっと吹き荒れる熱風に髪が煽られる。
佐藤さんが、急いで全員をシールドで覆う。
「コロとシロフクはここにいて。私とジョバンニが弁慶についていく」
「もなっち。あたい、一人で……」
「いや、モナミが一緒に行くと言っているんだ。彼女がいれば百人力だ」
「私たちはここで待つが、何かあったらすぐに助けに行く」
「ありがとう野崎さん」
弁慶はシールドを展開した。
ジョバンニがシールドの中から、重力操作でシールドごと浮かす。
シールドの中は常温だ。ほっとして足元を見ると、下は火の海だった。
私たちは立ったままじっと蟻地獄を見ていた。私たちを包んだシールドは、ゆっくりと中心へ向かって、その中へ吸い込まれるように降りて行った。
かなり深いようだ。漏斗状の蟻地獄の中心が、細い管のように地下へと伸びている。
だが、シールドが引っかかり、穴をふさぐように止まってしまった。あわてて弁慶はシールドを縮める。
すると、するりと急降下し始めた。
「ジョバンニ」
「おかしいワン。浮かせているんだけど……」
万が一のために、私もシールドを展開した。
「二重に防御していれば、きっと大丈夫よ。ジョバンニはシールドの中に重力操作、掛けられる?」
「分かったワン!」
下に、ぽつんと立っている老人がいた。
老人の立つ地面が、ゆっくりと落ち込んでいくのが分かる。
私たちに気付いた老人は、驚いたように目を見開き、その後、地面に手を置いた。
すると、地面が落ち込むのが止まった。
私たちは途端に浮力を感じ、ふわりと宙に浮かぶ。落下が止まったのだ。
老人は魔導師だ。彼が私たちの元へ歩み寄り、こう言った。
「其方らも魔導師候補か。やや、犬もか? 近頃は獣まで進化したのか……」
「いえ、あの、魔導師候補はあたいだけです」
「ほほう。じゃが、つい先頃にもいたな。まあ良い。儂はもう魔素に沈む。其方らに最後の力を使って進ぜる。球を受け取ったら、速やかに立ち去るのだぞ。ここはもうすぐ魔素に沈む」
魔導師は眉間にしわを寄せ、掌を私たちにかざした。
老人の掌から金と銀の光球が現れ、そのまま私たちの体へ吸い込まれた。
体の中に、大量の光が流れ込んでくる。
「ちょ、私まで!?」
「何か、入ってきたワン!!」
「さあ、終わった。早く行け。もう儂はゆっくり眠る。邪魔するなよ」
仕方がないので、またシールドを展開し、上を目指す。ジョバンニの重力操作は、今度はうまくいったようだ。
いや、うまくいきすぎたようだ。
私たちは、まるでロケットが噴射するように、勢いよく穴の外へ飛び出した。
蟻地獄の外に飛び出した私たちが目にしたのは、黒くすすだらけの地面だった。
野崎たちは、いつの間にか異次元ドアを設置している。
「弁慶、モナミ。早く戻れ。ダンジョンの様子がおかしい!」
十階層の炎が消えてしまった。
私たちは転げるように異次元ドアをくぐり抜けた。
***
飛び出た先は、アルケディアの拠点だった。
佐藤さんが異次元ドアを外し、最後にドアから出てきた。
「弁慶、なんだか体が光ってるぞ。いつまでそうなんだ? 魔導師になったってバレバレだぞ」
「ベシアもこうだった。そのうち、すべての光が体に吸収されるはずよ」
野崎が、私とジョバンニを交互に見て、頭を抱えている。
「またか。榊原君……」
私には見えないけど、どうやら体が光っているようだ。
これは不可抗力だ。魔導師のおじいさんが早合点しただけなのだ。
――あのおじいさん、面倒くさそうにしてたものな。
弁慶が、ナウシアへ戻ると言ったが、私たちは、あの街のどこにも異次元ドアを設置していなかった。
「ナウシアのダンジョンは、たぶん消えた。街の中の座標は分からない。弁慶、レイドラへ行くしかないぞ。レイドラの街の座標なら分かる」
「それで良いわ、野崎さん。あたいに異次元ドアを預けて欲しい。ナウシアの神殿に設置するから」
「ああ、いいが。弁慶の異空間は、もう使えるのか? ドアを持って歩くわけには行くまい?」
「いえ、魔導師の力ってすごいのよ。ベシアの異空間はすごく広かった。だから、あた――」
そこで、佐藤さんが残念そうな顔で言う。
「アルケディアでは、魔の力は使えないはずだ。レイドラへ行ってから試すしかないぞ」
馬淵君が、そろりと手を上げて佐藤さんにこう言った。
「佐藤さん。野崎さんが作ったマジックバッグなら使えます。しかも緑の魔石を入れたら空間が広がった。ここでもそのままの大きさを保っています」
それを聞いた野崎が「本当か!」と声を上げて、目をギラギラさせ始めた。
「これは商機だ! 日本に持ち帰ることができるぞ。弁慶。緑の魔石だ。あれを大量に欲しい。どうにかならないか」
「……ベシアに聞いてみますけど、買うとなったらかなり高額です。日本に交換できるものってありますか?」
「なにを言っている。私たちには異次元ドアがある。あの国は移動手段がまったくできていない。転移できるのはダンジョン内だけだ。どうだ。この技術をベシア魔導師に売れば、緑の魔石球と交換できそうじゃないか?」
「そうね。でも、冒険者の派閥が何て言うかしら。一応聞いてはみますよ」
弁慶に護衛たちが付いていくことになった。
異次元ドアを再びレイドラに設置し、そこから弁慶たちは馬車でダガルンを目指すという。ダガルンからナウシアヘは船旅だ。
「野崎さんからもらった魔石。これがあれば旅費に変えられるから。ありがとうございます」
「いや、大したことではない。弁慶、何とか契約を取ってくれ」
「はい、やってみますね」




