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野崎は観念したようだった。
異空間の入り口を見られてしまった以上、もう隠しても意味がない。冒険者たちも、これと似た能力を使えるのだから。
それでも、彼らは私たちを見ても、それほど驚いた様子はなかった。
総勢十五人ほどの一行は、どこか弛緩していて、力の抜けた顔つきをしている。
一人の若者が前に進み出て、口を開いた。
「君たちはべんけいの仲間か。彼を迎えに来たのだろう?」
若い冒険者は、野崎の異空間への入り口にチラリと目をやっている。
「……そうです。まずは私の異空間で、ゆっくりしましょう。どうぞ」
野崎の異空間へ足を踏み入れた彼らは、思わず目を見張った。
「ずいぶん広いな。相当質のいい緑の魔石球だったようだな」
「……まあ、中へどうぞ」
冒険者たちは、見覚えのない建物や重機が並ぶ異空間の中を、興味深そうに見て回った。
「野崎さん。いいんですか、見せてしまって」
私が心配になって尋ねると、野崎はふっと肩の力を抜き、息をついた。
「いずれは交渉しなければならなかったことだ。某国はこの異世界と交流したいと望んでいる。言葉を理解し、この世界の鉱物資源に期待を寄せている。正当に取り引きしたいそうだからな」
でも、私たちの役目は、ただ調査するだけだったはずだ。
ここまで踏み込んでしまって、いいのだろうか。
野崎は、自分の住居スペースに冒険者たちを招き入れた。
私も、彼の住居に足を踏み入れるのは初めてだった。
中は、思っていた以上に豪華な造りだった。
異次元ドアエンタープライズ社の元CEOらしい、立派な家。
ただ、一階部分しかなく、ワンフロアだけの造りのようだった。入り口からすぐのところにドアがあり、そこが野崎の寝室なのだろう。
コロとジョバンニをそこに入れるようにと、野崎に言われて、私はドアを開けた。
中はけっこう広いが、ベッドのほかはソファだけで、すっきりしていた。
ジョバンニたちをそこに置いて、私の異空間からシロフクも出してやる。
「ここでちょっと待っててね」
部屋を出て、チームと一緒に寝室のドアの前で野崎を見る。
野崎は身を乗り出し、交渉人の目になって話し出していた。
私たちのチームは、弁慶のほうをちらちら見ては、しきりに「こっちへ来い」と手招きする。
けれど弁慶は、微笑んだまま静かに頷くだけだった。
愛菜が、私に耳打ちしてきた。
「弁慶、どうしちゃったんだろう。なぜこっちに逃げてこないの? 変な術でも掛けられてるのかしら」
「……そうかもしれないわね」
広い応接間は、無駄のない造りだった。
壁に沿っていくつもの椅子が並び、中央には、大きなテーブルと二十人は座れる椅子が据えられている。
そのテーブルを挟んで、若い冒険者と野崎だけが向かい合って座っていた。
その周りを取り囲むように、ほかの冒険者たちが立っている。
私たちのチームは、部屋の隅で固まって立っていた。
弁慶は、その中間あたりに立っている。
野崎は、若い冒険者のベシアに、弁慶のことを聞き出していた。
「弁慶を解放してくれるというのは、本当ですね」
「ああ、約束したのでな。だがそれだけでは、彼の働きへの報いとしては足りないだろう。何か欲しいものがあれば言ってくれ」
「弁慶と、話をしたいのだが」
「どうぞ」
***
野崎は、弁慶をチームのところへ連れて行き、彼の話を聞くことにした。
なぜか弁慶の目が気になっていた。
一体、弁慶はなぜこんなに落ち着いているのだろう。
奴隷のように売られて手伝わされていたはずの彼が、チームのみんなと会っても、駆け寄ろうともしないのはなぜなのか。
あれほど自分の力を怖がっていた弁慶が、別人のように落ち着いて見えるのは、何か訳でもあるのだろうか。
***
野崎の寝室に、チームのみんなが連れてこられた。
野崎の住居スペースは、こうして見ると寝室と大きな応接間しかない。
この家は、客と交渉するためだけの家なのだろうか。
私は、弁慶の顔をじっくりと見つめた。
何かを悟ったような、静かな弁慶の目を見ていると、不安が押し寄せてくる。
「弁慶」
私は弁慶に駆け寄り、その体に抱き付いた。
長年一緒に働いてきた弁慶は、私にとって兄のようであり、そして姉のようでもある存在だった。
いつも優しく、意固地な私の気持ちに寄り添ってくれた弁慶が、今は遠く感じられて、怖かったのだ。
――お願い。戻ってきて。こんな、他人みたいな弁慶の目は見たくない。
「もなっち。元気だったみたいね。それにみんなすごくレベルが上がっている。上級冒険者並みよ」
「弁慶。レベルが見えるの? 青の魔石球を吸収した?」
「いいえ。あたいは魔石球は一つも受け取らなかった。『知』の加護が成長したようだわ。ここであたいも、魔石から魔素を吸収していたからね。レベルだけは上がったの」
愛菜も弁慶に寄り添ってくる。
「弁慶を取り戻すためにみんな一生懸命だったのよ。もう日本へ帰ろう。ね」
弁慶はゆっくりと首を横に振る。
「あたいは、ここに残ることにしたの。ベシアの元に」
「……嘘でしょう! なんでよ、売られて酷い目にあったのに!まだ術がかかったままなの?」
「術? そんな文化はここにはないわ。強いて言えば、ベシアに魅せられてしまったのかしら。友愛……かしらね」
弁慶は、頬を赤らめて俯いた。
「……うそでしょう」
愛菜も私も、弁慶がマイノリティなのは知っていた。
けれど、まさか異世界に来て、本気で恋してしまうなんて。
「勘違いしないでね。恋愛感情というよりは、彼の生き方に感銘を受けたの。たった一人で迷宮を作り上げて、そこで余生を過ごすなんて、あまりにも孤独だわ。
彼に聞いてみたら、必ずしも一人でいる必要はないんですって。ただ、魔導師になるには大変な修行なの。だから、私が彼のそばにいてあげたい。それだけなの」
弁慶は、ベシアという魔導師は、これからさらに修行を続けていかねばならないと言う。
「巨大な迷宮を作れるようになるには、もっと『魔素を受け入れる器』を育てる必要があるそうよ」
野崎が弁慶に尋ねた。
「君はここに残って、何をするつもりだ。ベシアという魔導師の、何を助けるというのだ」
「魔導師はあがめ奉られて、息を抜くこともできないの。私が彼を支えたい。ただそれだけなんです。しばらくは神殿に入ることになるでしょう。ですから、あたいはこの世界と某国との繋ぎ役にもなれます。どうでしょう。いつでも会えますし。異次元ドアさえあれば」
「……それはそうだが」
「弁慶――」
「もなっち。あたいが日本へ帰りたくないのは、知ってるわよね。ここなら、あたいは自由でいられる。時間操作は特別な力だけど、この世界には、もっとすごい力を持つ冒険者がたくさんいるって、もう分かったでしょう?
あたいだけが注目されることもない。ここでは特別じゃないの。この世界なら、安心して生きられる。分かって」
チームのみんなの目が赤い。
馬淵君は、
「私たちは、弁慶さんの時間操作の加護をはずそうと魔法陣を研究しました。でも、力が足りず……申し訳ありません」
と言った。
小宮山君は鼻水を垂らして、ひっくひっくと泣いていた。
シロフクが部屋の隅から、弁慶に向かってひょこひょこと歩いてすり寄っていく。
彼女は、弁慶とは初対面のはずなのに、どうしたことだろう。
「何、この子!」
「あ、ああ。それは魔物だ。魔物なのだが、例によって榊原君のせいで変質したようだ」
苦笑いしながら、野崎が答えた。
「もなっち。この子、日本へは連れていけないわよ。どうするの?」
「あ、そうだった。三階層へ戻してやらなくっちゃ」
「こんなに人に懐く魔物では、もう無理かも。ねえ、あたいが面倒を見るわ。あたい、魔物に懐かれる体質らしいの。だから、あたいに預けてくれない? 冒険者にも、たまにいるのよ。魔物を飼っている人たちが」
小宮山君が、すかさず食いついた。
「それって、テイマーってやつですか!」
野崎は立ち上がり、寝室を出ていった。
これから本当の交渉に入るのだろう。
私たちが、違う世界から来たことも明かされる。
そして、ベシアという若い魔導師に、弁慶のことを託すことになるのだろう。
野崎は「話がついた」と言って、また寝室へ入ってきた。
「冒険者たちはまず神殿へ報告に行くそうだ。弁慶は後からゆっくり来てもいいそうだぞ。だから弁慶、しばらく一緒に過ごそう」
「はい。それなら、明日、この階層の黒の魔石球の取り方を教えてあげるわ」
その日、私たちはしばらくぶりに弁慶を囲んで、夜を明かした。




