81
「これで最終段階だな」
ベシアというこの男は、青の派閥の頭領だ。
冒険者全体のトップに君臨する三つの派閥のうちの一つ、青の派閥。
弁慶を勝ち取った派閥の頭領、それがベシアだった。
弁慶は今、ナウシアの迷宮・九階層にいる。
最終目的地である十階層へは、あと一歩というところまで来ていた。
弁慶は、彼らの補助のためにここにいる。
冒険者は全部で二十人。十人編成の二つのパーティーによる攻略作戦に加わっている。
この迷宮は、あと数年もしないうちに消えるという。
迷宮が最後の力を振り絞って膨大な魔素を噴き出す、この終わりの時期には、冒険者にも多大な恩恵がもたらされるのだそうだ。
弁慶は、彼らと行動を共にして、彼らの話をずっと聞いて過ごしていた。
そして、彼らの社会の成り立ちから、その社会を支える考え方まで、少しずつ学びつつあった。
「べんけい。すまぬが、またやってくれ」
「ええ、いいわよ」
仲間のうちに、けが人が出たようだ。
彼の時間を巻き戻してやることが、弁慶の役目だった。
弁慶が見るところ、ベシアはまるで修行僧のようだった。
ひたすら魔導師を目指し、その後、国のために迷宮を作り上げ、社会のために死んでいく。
その姿は、修行の果てに自ら墓穴に潜り、命を賭して人々の糧となる――
即身仏そのものの生き方だった。
売られてしまったと知ったとき、弁慶は世を悲観し、深く落ち込んだ。
だが、彼らと共に過ごすうちに、次第にその生き方に心酔するようになっていった。
彼らは、国の中でも大きな力を持つ冒険者だ。
資金力も、国民からの崇敬も集めている。
だがそれは、彼らの生き方がそうさせているのだと、今では弁慶にも分かっていた。
冒険者たちはベシアのために、魔石や魔石球を集めてくる。
ただ一人のために命を懸けて魔物を狩り、魔導師を生み出そうとしているのだ。
魔石を潰すと、冒険者たちにも恩恵がある。
“レベル”が上がるのだという。
その数字は、今では弁慶にも見えるようになっていた。
彼は竜から三つの加護をもらっていた。
灰龍から授かったのは「時間操作」。
紫竜からは「知」。
そして黒龍からは「闇」だったが、こちらはほとんど使うことはなかった。
時間操作だけは知られてしまっていたため、弁慶も隠すことなく使っている。
冒険者たちの頭の上に浮かぶ数値が、刻々と変化していくのが見えるのだ。
ここの世界の技能とは仕組みが違うようで、「レベル」というものが何なのか、弁慶にはよく分からなかった。
たぶん、頭上に浮かぶその数値が、それなのだろう。
ほかに、闇のシールドも使える。
しかし弁慶は、今は使わない。
――これ以上、特別扱いはされたくないわ。
ベシアの頭上には、「三十六」という数値が見えた。
彼の目の前には五個の魔石球が置かれている。すべて、濃い色をした最高品質の球だった。
ほかの冒険者たちは、それぞれすでに魔石球を吸収している。
だがベシアだけは、今まで何ひとつ自分の体に入れてこなかった。
今、この時のために、“レベル”を上げ続けてきたのだ。
この魔石球を体に馴染ませ、そして十階層にあるという、金と銀の混じる魔石球を取り込む。
そうすれば、魔導師になれるのだという。
「ベシアさん」
「なんだ、べんけい」
「魔導師になったら、あなたはその先どうなるのかしら」
「まずは神殿へ入ることになるだろう。寿命が尽きるまでは、悠々自適に暮らせる。――なんだ、べんけい。私のことを心配しているのか?」
「……まあ、それなら、別にいいかな。ベシアさんがその生き方を選んだのなら……」
まだ二十にもなっていなさそうな紅顔の美少年を見ながら、弁慶は目を伏せた。
ベシアは、魔導師となるために育てられたという。
青の派閥の中で、周りの冒険者たちが力を付けているあいだ、彼はただひたすら勉学にいそしみ、このナウシアの迷宮が終わりを告げる時を待っていた。
冒険者のトップでありながら、何一つ力を蓄えることを許されない存在。
それが、ベシアという青年の生き方だった。
――まるで生け贄にも、人柱にも見えてしまう。
でも、これがこの世界のありようなのだろう。
弁慶は、ベシアの静かに運命を受け入れる姿に、どうしようもなく惹かれ、そして哀れみを覚えた。
『あたいは、臆病で、逃げてばかりだった。ベシアのような強さはないわ』
「べんけいのおかげで、我が青の派閥が、いまだ到達したことのない階層へ来ることができた。礼を言うぞ。この先、私が魔導師となった暁には、べんけいの望みは叶えよう。何が良いか?」
「では、仲間のところへ戻りたいので――自由を。あたいを自由にして下さい」
「……自由か……私には望めぬものだな。分かった。べんけいを自由にする」
次の日、冒険者たちは十階層へ入る。
以前この階層を目指した冒険者たちは、ほとんどが戻ってこなかったという。
このような大がかりな討伐隊ではなかったようだが、それほど危険だということだ。
先代の魔導師は、緑の派閥の冒険者で、これより前に存在した別の迷宮で魔導師となり、レイドラの迷宮を造った。その魔導師は五十歳の時だったそうだ。
その後、魔導師は迷宮の中で生きながらえているとはいうものの、それは「生きている」と言えるのだろうか。
そこは、まるで無間地獄だった。
これまで四階層、五階層も火山帯だったが、そんな生やさしいものではなかった。
狭いと思う。これまでの階層に比べればの話だが。
弁慶の目の先には、円形の蟻地獄にも似たくぼみがあった。その周りを、轟々と燃えさかる火が取り囲んでいた。
一歩も踏み出せない。あまりにも熱い。
体から汗が噴き出しても、すぐに熱気で蒸発してしまう。
そんな中を、ベシアを異空間に入れた冒険者が進んでいく。
その周りを八人が囲み、水を撒きながら進んでいく。蟻地獄を目指して。
弁慶と残った十人は、それを階層ゲートの側で見守るだけだ。
ベシアが無事に魔石球を手に入れた後、生き残った者を助け出すためだそうだ。ベシアは、魔石球を手に入れた暁には無敵となって戻るのだという。
「こんなところから生きて戻れるかしら。あの冒険者たち……」
一体どれほどの時が経ったか、弁慶には分からない。
ただただ熱く、息が苦しかった。
中央から、丸い光がふわりと浮かび上がり、こちらへ向かって飛んでくる。
その中に、五人が浮かんでいるのが見えた。
「戻られたぞ!」
「魔導師様の誕生だ!」
***
私たちは八階層を抜け、九階層を目指すことになった。
「弁慶、いなかった。もう街へ戻ったんだわ」
「とにかく行けるところまでは行こう」
七階層は湿原だった。そこで青の魔石球を大量に手に入れた。
八階層は砂浜のある海だったが、ここはすぐに移動することになった。
どこまでも続く大海原に、漕ぎ出す手立てが見つからなかったからだ。
「魔石球は、あとは黒だけだ。この階層にあるとは思えん」
残っているのは、黒だけ。
私は心の中で、海中にあるのでは、と考えたが、黙っていた。
この広い海の中から探し出すのは至難の業だ。
私にはシールドがある。海に入ること自体はできそうだったが、時間がないだろう。
私たちの目標は、弁慶を見つけ出して救い出すことなのだ。
もし、この先の階層で見つけられなければ、その先を目指すのだろうか。
それとも、一旦、街へ引き返すのか。
野崎の決断にかかっている。
異次元ドアを抜け、九階層に出た。
真っ暗で、何も見えない。
「なによ、ここ。何にも見えないじゃないの!」
愛菜の声が反響している。
「洞窟の中?」
誰かがライトをつけた。まぶしくて目に刺さる。
ライトをつけたのは佐藤さんだ。みんなに工事用のヘルメットを手渡し始めた。おでこにライトがついている、あれだ。
「これなら両手が使えるだろう?」
周りは、まるで二階層とそっくりだ。石の迷宮型。
ただ、二階層との違いは、明かりがまったくないことだった。
コロとジョバンニは前衛に陣取り、あたりを警戒している。
シロフクもいるが、ここの通路は狭い。彼女は飛ぶことはできないだろう。
「シロフク、私の異空間に入っていて」
そうなのだ。私も異空間が使えるようになった。
緑の魔石球を取り込んで、かなり広い空間を作れるようになったのだ。
チームのメンバーそれぞれが、自前の異空間を持っている。
大きさは野崎の異空間には及ばないが、それでも十分な広さだ。
レベルは三十に届きそうになっている。
この先、黒の魔石を手に入れたら、完璧だろう。
「私たち、魔導師になっちゃったりして」
愛菜がおどけて言った言葉に、小宮山君たちが茶々を入れた。
「魔導師って、なにができるんだ?」
「迷宮を作れるようになるらしいが、そこにずっといなければならないんだぞ。やめておいた方がいい」
「冗談を真に受けないでよね!」
異次元ドアは階層ゲートからすぐのところに設置してある。
私たちはその前で、これからどうするかと話し合っていた。
コロとジョバンニも、こちらに戻ってきた。
「こんなところで話し合ってないで、異空間にしましょうよ。何となく気味悪いわ」
愛菜に言われ、野崎が異空間の入り口を出したときだった。
大勢の気配が、突然私たちのすぐ近くで感じられた。
チームに緊張が走る。
――他の冒険者に遭遇した!
声を出せば気付かれそうだ。一歩も動けなかった。
息を殺してそのまま立ちすくんでいると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「これで、あたいは自由ですね」
「ああ、ありがとう。べんけい」




