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「これで最終段階だな」


ベシアというこの男は、青の派閥の頭領だ。

冒険者全体のトップに君臨する三つの派閥のうちの一つ、青の派閥。

弁慶を勝ち取った派閥の頭領、それがベシアだった。


弁慶は今、ナウシアの迷宮・九階層にいる。

最終目的地である十階層へは、あと一歩というところまで来ていた。


弁慶は、彼らの補助のためにここにいる。

冒険者は全部で二十人。十人編成の二つのパーティーによる攻略作戦に加わっている。


この迷宮は、あと数年もしないうちに消えるという。

迷宮が最後の力を振り絞って膨大な魔素を噴き出す、この終わりの時期には、冒険者にも多大な恩恵がもたらされるのだそうだ。

弁慶は、彼らと行動を共にして、彼らの話をずっと聞いて過ごしていた。

そして、彼らの社会の成り立ちから、その社会を支える考え方まで、少しずつ学びつつあった。


「べんけい。すまぬが、またやってくれ」

「ええ、いいわよ」


仲間のうちに、けが人が出たようだ。

彼の時間を巻き戻してやることが、弁慶の役目だった。


弁慶が見るところ、ベシアはまるで修行僧のようだった。

ひたすら魔導師を目指し、その後、国のために迷宮を作り上げ、社会のために死んでいく。

その姿は、修行の果てに自ら墓穴に潜り、命を賭して人々の糧となる――

即身仏そのものの生き方だった。


売られてしまったと知ったとき、弁慶は世を悲観し、深く落ち込んだ。

だが、彼らと共に過ごすうちに、次第にその生き方に心酔するようになっていった。


彼らは、国の中でも大きな力を持つ冒険者だ。

資金力も、国民からの崇敬も集めている。

だがそれは、彼らの生き方がそうさせているのだと、今では弁慶にも分かっていた。


冒険者たちはベシアのために、魔石や魔石球を集めてくる。

ただ一人のために命を懸けて魔物を狩り、魔導師を生み出そうとしているのだ。


魔石を潰すと、冒険者たちにも恩恵がある。

“レベル”が上がるのだという。


その数字は、今では弁慶にも見えるようになっていた。

彼は竜から三つの加護をもらっていた。

灰龍から授かったのは「時間操作」。

紫竜からは「知」。

そして黒龍からは「闇」だったが、こちらはほとんど使うことはなかった。


時間操作だけは知られてしまっていたため、弁慶も隠すことなく使っている。

冒険者たちの頭の上に浮かぶ数値が、刻々と変化していくのが見えるのだ。


ここの世界の技能とは仕組みが違うようで、「レベル」というものが何なのか、弁慶にはよく分からなかった。

たぶん、頭上に浮かぶその数値が、それなのだろう。


ほかに、闇のシールドも使える。

しかし弁慶は、今は使わない。


――これ以上、特別扱いはされたくないわ。


ベシアの頭上には、「三十六」という数値が見えた。

彼の目の前には五個の魔石球が置かれている。すべて、濃い色をした最高品質の球だった。


ほかの冒険者たちは、それぞれすでに魔石球を吸収している。

だがベシアだけは、今まで何ひとつ自分の体に入れてこなかった。

今、この時のために、“レベル”を上げ続けてきたのだ。


この魔石球を体に馴染ませ、そして十階層にあるという、金と銀の混じる魔石球を取り込む。

そうすれば、魔導師になれるのだという。


「ベシアさん」

「なんだ、べんけい」

「魔導師になったら、あなたはその先どうなるのかしら」

「まずは神殿へ入ることになるだろう。寿命が尽きるまでは、悠々自適に暮らせる。――なんだ、べんけい。私のことを心配しているのか?」


「……まあ、それなら、別にいいかな。ベシアさんがその生き方を選んだのなら……」


まだ二十にもなっていなさそうな紅顔の美少年を見ながら、弁慶は目を伏せた。

ベシアは、魔導師となるために育てられたという。

青の派閥の中で、周りの冒険者たちが力を付けているあいだ、彼はただひたすら勉学にいそしみ、このナウシアの迷宮が終わりを告げる時を待っていた。

冒険者のトップでありながら、何一つ力を蓄えることを許されない存在。

それが、ベシアという青年の生き方だった。


――まるで生け贄にも、人柱にも見えてしまう。

でも、これがこの世界のありようなのだろう。

弁慶は、ベシアの静かに運命を受け入れる姿に、どうしようもなく惹かれ、そして哀れみを覚えた。

『あたいは、臆病で、逃げてばかりだった。ベシアのような強さはないわ』


「べんけいのおかげで、我が青の派閥が、いまだ到達したことのない階層へ来ることができた。礼を言うぞ。この先、私が魔導師となった暁には、べんけいの望みは叶えよう。何が良いか?」

「では、仲間のところへ戻りたいので――自由を。あたいを自由にして下さい」

「……自由か……私には望めぬものだな。分かった。べんけいを自由にする」


次の日、冒険者たちは十階層へ入る。

以前この階層を目指した冒険者たちは、ほとんどが戻ってこなかったという。

このような大がかりな討伐隊ではなかったようだが、それほど危険だということだ。

先代の魔導師は、緑の派閥の冒険者で、これより前に存在した別の迷宮で魔導師となり、レイドラの迷宮を造った。その魔導師は五十歳の時だったそうだ。

その後、魔導師は迷宮の中で生きながらえているとはいうものの、それは「生きている」と言えるのだろうか。


そこは、まるで無間地獄だった。

これまで四階層、五階層も火山帯だったが、そんな生やさしいものではなかった。

狭いと思う。これまでの階層に比べればの話だが。

弁慶の目の先には、円形の蟻地獄にも似たくぼみがあった。その周りを、轟々と燃えさかる火が取り囲んでいた。

一歩も踏み出せない。あまりにも熱い。

体から汗が噴き出しても、すぐに熱気で蒸発してしまう。

そんな中を、ベシアを異空間に入れた冒険者が進んでいく。

その周りを八人が囲み、水を撒きながら進んでいく。蟻地獄を目指して。

弁慶と残った十人は、それを階層ゲートの側で見守るだけだ。

ベシアが無事に魔石球を手に入れた後、生き残った者を助け出すためだそうだ。ベシアは、魔石球を手に入れた暁には無敵となって戻るのだという。

「こんなところから生きて戻れるかしら。あの冒険者たち……」


一体どれほどの時が経ったか、弁慶には分からない。

ただただ熱く、息が苦しかった。

中央から、丸い光がふわりと浮かび上がり、こちらへ向かって飛んでくる。

その中に、五人が浮かんでいるのが見えた。


「戻られたぞ!」

「魔導師様の誕生だ!」


***


私たちは八階層を抜け、九階層を目指すことになった。

「弁慶、いなかった。もう街へ戻ったんだわ」

「とにかく行けるところまでは行こう」


七階層は湿原だった。そこで青の魔石球を大量に手に入れた。

八階層は砂浜のある海だったが、ここはすぐに移動することになった。

どこまでも続く大海原に、漕ぎ出す手立てが見つからなかったからだ。


「魔石球は、あとは黒だけだ。この階層にあるとは思えん」


残っているのは、黒だけ。

私は心の中で、海中にあるのでは、と考えたが、黙っていた。

この広い海の中から探し出すのは至難の業だ。


私にはシールドがある。海に入ること自体はできそうだったが、時間がないだろう。

私たちの目標は、弁慶を見つけ出して救い出すことなのだ。


もし、この先の階層で見つけられなければ、その先を目指すのだろうか。

それとも、一旦、街へ引き返すのか。

野崎の決断にかかっている。


異次元ドアを抜け、九階層に出た。

真っ暗で、何も見えない。

「なによ、ここ。何にも見えないじゃないの!」

愛菜の声が反響している。

「洞窟の中?」


誰かがライトをつけた。まぶしくて目に刺さる。

ライトをつけたのは佐藤さんだ。みんなに工事用のヘルメットを手渡し始めた。おでこにライトがついている、あれだ。


「これなら両手が使えるだろう?」


周りは、まるで二階層とそっくりだ。石の迷宮型。

ただ、二階層との違いは、明かりがまったくないことだった。


コロとジョバンニは前衛に陣取り、あたりを警戒している。

シロフクもいるが、ここの通路は狭い。彼女は飛ぶことはできないだろう。

「シロフク、私の異空間に入っていて」


そうなのだ。私も異空間が使えるようになった。

緑の魔石球を取り込んで、かなり広い空間を作れるようになったのだ。

チームのメンバーそれぞれが、自前の異空間を持っている。

大きさは野崎の異空間には及ばないが、それでも十分な広さだ。


レベルは三十に届きそうになっている。

この先、黒の魔石を手に入れたら、完璧だろう。


「私たち、魔導師になっちゃったりして」

愛菜がおどけて言った言葉に、小宮山君たちが茶々を入れた。

「魔導師って、なにができるんだ?」

「迷宮を作れるようになるらしいが、そこにずっといなければならないんだぞ。やめておいた方がいい」

「冗談を真に受けないでよね!」


異次元ドアは階層ゲートからすぐのところに設置してある。

私たちはその前で、これからどうするかと話し合っていた。

コロとジョバンニも、こちらに戻ってきた。


「こんなところで話し合ってないで、異空間にしましょうよ。何となく気味悪いわ」

愛菜に言われ、野崎が異空間の入り口を出したときだった。

大勢の気配が、突然私たちのすぐ近くで感じられた。

チームに緊張が走る。


――他の冒険者に遭遇した!


声を出せば気付かれそうだ。一歩も動けなかった。

息を殺してそのまま立ちすくんでいると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「これで、あたいは自由ですね」

「ああ、ありがとう。べんけい」

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