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六階層は、深い森のエリアだった。
木と木の間隔は七メートル以上は空き、地面は湿った木の葉に覆われている。
ただ、その一本一本が極端に大きい。
直径五メートルはあろうかという幹が、どこまでも高く伸び、枝を天井のように広げて太陽の光を遮っていた。
そのせいで、森の中は常に薄暗い。
夜になれば一帯は漆黒の闇に沈み、鼻先まで近づいた魔物でさえ、気配を感じるまで気づけないほどだ。
「夜は危険だな。日中でさえ薄暗い」
「そうですね。昨日の霧はやばかったです」
昨日、森の中で魔物に遭遇した。日中の出来事で、姿は確認できた。外見は一般的な獣に近い。
この森の魔物は、鹿や、ネコ科、突然噛みついてくる齧歯類。木々の間を飛ぶ鳥もいる。
鳥は鋭いくちばしで突き刺してくる。大きいキツツキのような見た目だった。
以前の私たちなら、一撃で命取りになりかねない攻撃だった。それをキツツキもどきは集団で仕掛けてくる。
しかし、今、私たちには身体強化がある。突き刺さりはしないが、当たれば普通に痛い。
それに、目を狙われればどうにもならないだろう。目には、他の部位ほど強化がかかっていないようだった。
そんな魔物と戦っている最中、突然、霧が湧き出した。
視界が一気に白に覆われ、何も見えなくなった。
野崎がいち早くみんなを異空間に避難させてくれたおかげで、私たちは何とか無事でいられたのだ。
深い森。高い木々のせいでこの階層の全容が掴めない。
ドローンを飛ばしてはみたが、枝が邪魔でどうにもならなかった。
シロフクに頼んでも無理だという。
天井のようにみっしりと覆い重なった枝の先へは、さすがのシロフクにも通り抜けられなかった。
「広いはずの階層なのに、閉塞感がある」
「なんだかジメジメしてますもんね。気分まで落ち込みそうです」
馬淵君は、この階層は苦手なようだ。ふと私は、井ノ瀬博士を思い出した。
「井ノ瀬博士なら食いつきそうな場所ですね」
私がそう言うとチームのメンバーは軽く笑って、再び先を目指した。
異空間へ戻って、野崎はチームに決を採った。
「この森には、強い魔物はいなそうだ。このまま暗中模索していてもきりがない。七階層へ行こうと思う。どうだろう」
メンバーは真剣に悩んだ。自分たちの力が、そこまで強くなっているのかどうか、まだ分からないからだ。
一気に七階層へ行って、手強い魔物に遭遇しても、本当に無事でいられるのか。
皆、同じことを考えているだろう。
私も同じだった。だからこそ、少しだけ思い切った提案を口にする。
「森を焼き払いましょう」
「過激だな、榊原君。その案はどうかと思うぞ」
「そうでしょうか。ここはダンジョンです。そのことを忘れていませんか。環境破壊にはならないと思います」
「私、思うんです。このダンジョンが私たちの力を試すために魔導師が作り出したものなら、力を見せるべきだと。
三階層までは最低限の力をつけさせ、四階層は風、五階層は赤と紫。そうなると、この階層は青か緑の階層だと考えるのが自然です。
魔石球を手に入れろと、魔導師が意図して作り上げた迷宮なのではありませんか」
「……そう言われればそうかもしれんな。みんなはどう思う?」
「やってみる価値はあると思います。私たちには、野崎さんの異空間がある。そこへ入れば大丈夫でしょう。ただ、冒険者たちは一体どうしているのかが気になるところではありますがね」
佐藤さんの意見を聞き、愛菜が口を挟んだ
「馬淵君が持っている空間魔法。それを冒険者も持っていると思う。空間魔法のレベルを上げてからここに来るんじゃないの? 野崎さんみたいになれば、先輩の案が使えるもの」
「そうか……ものは試しだ。榊原君の方法をやってみよう。森の火が収まるまで、この空間でしばらくは待機になるがな」
森へ出て、円形に陣を取り、それぞれが火魔法を外側に向けて放つ。
まるで火炎放射器のようだ。
湿った木々にはなかなか火がつかない。ついても、すぐに消えてしまう。
それでも、力が続く限り火を出し続けた。
メンバー九人が持っている火の魔法だが、そこには明確な力の差があった。
護衛たちや愛菜は、間もなく疲れ切って膝をつき、野崎は彼らを異空間に匿う。
その後も「魔素」が尽きるまで、私たちは木々を焼き払った。
やがて、私たちも力尽きた。異空間にこもり、十日の間、様子を見ることになったのだった。
***
「そろそろいい頃だろう」
野崎の異空間に入って、ちょうど十日目。私たちは森の様子を見るために異空間からそろそろと出た。
目の前には、黒く焼かれ、炭化した木々が立っていた。
まだ完全には鎮火していない。所々でブスブスとくすぶる木の下には、無数の魔石が落ちている。
三センチから七センチほどもある、様々な色をした魔石。
地面はまだ熱そうだ。
熱気がぶわりとこちらに押し寄せ、空気も煙い。思わず咳き込んだ私を、心配げにジョバンニは見上げた。
「空が見える!」
小宮山君が歓声を上げたすぐ後、シロフクが上空へ向けて飛び立った。
野崎は、焼け跡から目を戻し、「魔石を回収しよう」と言った。
半径五百メートルほどの焼け跡を歩き回り、私たちは方々から魔石を回収していく。
「すごい量ね。これは一体どんな魔物だったのかしら」
「この間見た、リスや猫型の魔物かもね。蛇もいるかも」
佐藤さんと馬淵君が、数台のドローンを飛ばし始めた。
「これで六階層の全容が分かるな」
ここの階層も広大だった。
ドローンの映像で見ると、私たちが焼いた部分は、濃い緑の中にぽっかりと浮かぶ百円玉のようだった。
野崎がくすぶっている木を足でグイッと押すと、木は半分くらいからミシリと音を立てて折れ、十メートルほどの燃え残りが地面にずずーんと倒れる。あたりに灰が舞い上がった。
「ごほっ、ごほっ。野崎さん、なんて事するんですかぁ!」
愛菜が、野崎を非難の目でにらんだ。だが、彼は気にせず、幹の裂けた部分に手を突っ込んだ。
「折れた幹の断面の中心がまだ白っぽいな……」
「熱くないんですか?」
野崎の無防備な行動を見ながら、私はやや引き気味になってたずねた。
野崎は木の中から丸いものをつかみ取って私に見せた。
「どうだ、榊原君」
「これって、魔石球ですね。しかも、緑色の」
まさか、あの巨木そのものが魔物だったなんて、思いも寄らなかった。
その後、護衛たちや、他の男性陣も加わり、焼け残った木を次々と倒していく。
紫の魔石球を吸収してから、私たちの身体は明らかにおかしくなっていた。
五メートルは優に超える太い幹だ。
いくら焼け残った木とはいえ、足で踏んだくらいで折れるはずがない。
それなのに、私たちはそれを、何でもないことのようにへし折ることができている。
百本ほども折っただろうか。
すべてが魔物だったわけでもなさそうだ。
私たちが手に入れた魔石球は二十三個だった。
色の濃さはさまざまだった。
黒に近いほど濃い緑色が三個。あとは黄緑や、透き通るような緑などだ。
大きさは、どれも十センチほど。他の魔石球と変わりはないようだ。
焼けた空間の中を見て回っているうちに、私は違和感を覚えた。
「なんだか、さっきより空間が狭まってませんか?」
私の声がけに、佐藤さんがサッと周りを見まわす。
「野崎さん。森が元に戻りつつあります。一刻も早くここから抜け出した方がいい」
私はシロフクを呼び戻した。このままでは彼女は置いて行かれそうだ。
大声で呼ばわるとシロフクが不満げに戻ってきた。食事の最中だったようだ。
「階層を上がるわよ。次の階層で獲物を探して」
「今回は佐藤に先に行ってもらおう。私の異空間で、ほかのメンバーは待機だ」
五階層でやらかしたことを思い出したのか、ジョバンニは気まずそうにしている。
でも、あれのおかげでみんなのレベルが上がったのだから、そんなにしょげないでと、私はジョバンニたちの首を撫でてやる。
愛菜も半笑いになりながら、コロの頭を撫でていた。
シロフクは、いつものように私の足元に獲物を吐き出した。
「いいのよ、これはシロフクの獲物でしょう。しまっておけば、いつでも食べられるでしょう? それに、こんなに大量の獲物、私のマジックバッグには入りきれないわ」
それでも彼女は、私に獲物を持てと言わんばかりに、くちばしでぐいぐいと押して寄こす。
仕方がないので、入るだけ入れてみようと、獲物をバッグに詰めていった。
ところが、いくら入れても底が見えない。
――どういうこと?
佐藤さんと愛菜、コロが転移盤で七階層へ向かった。彼らが七階層に異次元ドアを設置して戻ってくるまで、残った私たちは、野崎の異空間で待つことになった。
研究室に入って、さっきの不思議な現象をもう一度確かめてみることにした。
「小宮山君」
「何ですか、榊原さん」
私のマジックバッグのことを話してみると、小宮山君も首をかしげた。
「そんなこと、あるのかな。何か普段と違うことしませんでしたか?」
そういえば、緑の魔石球を、吸収しないでバッグの中に入れていた。
「っ! 小宮山君。緑の魔石球って、空間操作よね」
「そうですが、それがなにか?」
私が小宮山君に見せようと、マジックバッグから魔石球を取り出した途端、魔物の死骸が会議室いっぱいに散乱してしまった。
野崎が目を剥いて怒鳴った。
「一体君はなにをした!」
このポシェット型のマジックバッグは、野崎が急いで作ったものだった。
「虫狩りたちにばれないように、とりあえず作ったものだったからな。容量は小さかった」
野崎は、私が隠し持っていた緑の魔石球をつかみ、ぎろりと私をにらんだ。
「吸収しないで持っていたのか。だが、これは面白い発見かもしれない」
野崎の倉庫からいろんなバッグを持ち込み、私たちは検証を始めた。
「だめですね。普通のバッグでは」
「やはり野崎さんが作った異空間バッグでないと、効果がないようです」
小宮山君と馬淵君が、野崎を期待の目で見つめる。
「では、以前作ったでき損ないのマジックバッグで試すか?」
野崎が一番最初に作った、少ししか入らないマジックバッグを取り出し、今日手に入れた緑の魔石球を入れてみる。
「容量が格段に増えました!」
「そうか。では七階層に移動してから、みんなにマジックバッグを作ってやるか」
野崎は、得意そうに口の端を上げた。
そこへ、佐藤さんたちが戻ってきた。
私たちは、異次元ドアをくぐり、七階層へ抜けた。




