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四階層に転移すると、そこは火山帯のような景色だった。
この転移石を使えば、階層ゲートのすぐ近くへ出現するらしい。
私は一旦ゲートをくぐり、三階層をもう一度覗いてみた。
深い谷の底にゲートがある。
これでは、ゲートを見つけるのに時間が掛かったはずだ。転移石を使えて良かった。
ゲートをくぐって四階層に戻り、このことを報告する。
「そうか、三階層には谷もあったんだな。随分広い階層だった。そうなればここ、四階層もかなり広いと考えられるな」
火山帯とはいえ、なだらかな起伏のそこここから、もくもくと煙が上がる場所だ。地面は火山灰に覆われ、脆そうな火山岩がゴロゴロと転がる、そんな階層だった。
「火山灰って肺に入ると厄介なんですよ。防塵マスクが必要ですね」
馬淵君の意見を聞き、野崎はごついマスクを皆に配る。
「本当に、なんでも持っていますね」
私が笑うと、野崎は私の目を見ながら厳しく言う。
「当たり前だ。未知の異世界に出向くんだ。備えをするのは責任者の役目だろう」
この頃、佐藤さんと野崎の私を見る目が変化した。
何かを探るような、そんな目だ。
それほど気になるわけでもなかったが、言葉の端々や、目つきが以前よりも慎重になっている気がする。
だが、細かい事をうじうじ考えるのは私の悪い癖だ。私は、気にしないことに決めた。
私には、シロフクの餌を調達するという役目が新しく加わったのだから。
ジョバンニにも助けてもらって、美味しそうな魔物を連れてきてもらう。
この荒涼とした階層にはどんな魔物が潜んでいるのだろう。
「ジョバンニ、先行するわよ」
そう叫んで私とジョバンニは走り出した。
「モナミ!」
後ろで佐藤さんが呼び止める声がしたけど、シロフクの空耳の鳴き声が気になる。今は、野崎の異空間で休んでいるけど、きっと「ぴーぴー」と鳴いている頃だ。
驚くことに私にも母性があったようだ。今まで三十二年間生きてきて意識しなかったことだ。
結婚なんて考えたこともなかったし、ましてや、私に子どもを育てるだなんてできるとも思えなかった。
ジョバンニの場合は、私には家族だったけど、どちらかというと、私が彼に頼ってばかりだった。
――お腹が空いて寂しがっているだろう。シロフク……。
そんな切羽詰まった思いで走っていると、ジョバンニが私に声を掛けてくる。
「モナミ、佐藤さんが呼んでいたけど、戻らなくていいの?」
「……そうだったけど。私、どうしちゃったのかしら」
そういえば、こんなことは今までなかった。多少空気が読めないきらいはあったけど、ちゃんと人の意見は聞くし、自分から先行しようなど、考えたこともなかった。
私は、赤の魔石球のせいで人格が変わったのだろうか。何にでも気を遣って、おどおどしていた過去の自分は何だったのか。
でも、今の方が気分がいい。自由になった気がする。
そして、頼られている自分が誇らしい。
それに、体の底から熱が湧き上がってくる。闇の力の、ずしんとした重さとはまた違う感覚だった。
気持ちが高揚しているのに、それでいて冷静に周りを見回せる。この感覚は手放せない。
「今なら、何でも出来る気がする」
「モナミ。大きな魔物がいる」
「分かった。ジョバンニはここにいて!」
前方に、八メートルの魔物が見えた。ワニに似ているが、口から煙を出している。
「火を吐く魔物かしら。面白い」
その場に立ち止まり、火の弾丸を撃ち出す。
ボスッという音と共に、火の弾丸が発射され、魔物の頭に命中した。
魔物は、しばらくのたうち回っていたが、だんだんと動きが鈍くなってきた。
今度は闇を使う。魔石を引き寄せてみる。
なかなか引き寄せられない。そこでまた火の弾丸だ。
魔物の革が硬いのか、貫通はしなかったけど弱らせることは出来たようだ。
今度こそ、と思い、魔石を引き寄せ、ようやく手元に魔石が乗った。
赤い魔石球だった。
「ジョバンニ、魔石球ゲットした。すごく簡単にもぎ取れたわ」
魔物の素材も必要だ。ワニもどきは大きい。
「私のマジックバッグに入りきるかしら」
何とか押し込んだ。尻尾が飛び出ているけど、まあいいだろう。
大きくて食いでがありそうだ。シロフク、喜ぶかな。
そこへ佐藤さんが追いついてきて私の腕をぐいと引き、こう言った。
「モナミ。君は赤い魔石に引きずられすぎている。このままでは、自分から危険へ飛び込むようになり、そのうち命を落とすぞ」
「え?」
私が持っている赤い魔石球を、佐藤さんはわざわざ手袋をはめて、私の手からもぎ取った。
「これは、今後誰にも使わせないことにしたんだ。モナミ、いい加減に自覚してくれ。君が君でなくなっているんだぞ」
***
これはどう考えればいいんだ。
佐藤は頭を抱えた。このままではモナミは危険に向かって行き、そのうち死んでしまうかもしれない。
「冒険者達はどうしているんだろう……」
佐藤はじっくりと頭の中で考えを組み立てていく。
「そもそもここは、バランスの取れた魔導師を生み出すための修練場所だったはずだ」
スキルを得ることもその一つだろう。
スキル――技能は、バランスが取れてこそ完成されるとなれば、他の魔石球すべてを吸収する必要がありそうだ。
赤だけでも青だけでもだめなのかもしれない。複数の属性が集まってそれぞれが引き合いバランスを取るのではないだろうか。
佐藤は野崎に相談を持ちかけた。
「……という結論に至ったわけですが、野崎さんはどう考えますか?」
「君の理論には納得できる部分が多い。だが、だからといってどうすればいいというのだ? 手元には、今日君が持ってきたのと合わせても四個の魔石球しかないんだ」
「試しに、野崎さんが預かっている、緑と黄色の魔石球をモナミに吸収させてみませんか?少しは今の状態が落ち着くのでは?」
「うーん。これから私たちも魔石球を吸収することを考えると、確かに試してみる価値はあるな。榊原君を実験台にするようで気が引けるが」
「今の状態が続くよりずっといいです。お願いします」
「分かった。君の言う通りにしよう」
***
私は後ろめたかった。
野崎に手渡された魔石球は貴重なものだ。
小宮山君も馬淵君も魔石球に釘付けになっているというのに、私がこれを使ってしまっていいのだろうか。
「早くしないか。君のためだけではないんだ。今後のこともあるんだから。いわば君はモルモットのようなものだ」
野崎の身も蓋もない言い方に、佐藤さんは顔をこわばらせている。
分かった。実験台なら買って出てやるわ。後で返せと言われても、返せないんだからね。
まずは、以前大鷲からもぎ取った黄色の魔石球を手に取った。
しばらくじっとしていると、魔石球は私の手の中で、すーっと消えた。
次は、緑の魔石球だ。
手に持ってしばらく待った。だけど、いつまで持っていても吸収されなかった。
「無理みたいです……」
「……これはどう考えればいいんだ、佐藤」
「私にも分かりません」
小宮山君が、そーっと手を上げて「もしかすると……」と話し出す。
「レベルが足りないんじゃないですか? たぶん、体の中で許容できる容量というか、空きスロットみたいなものが足りないんだと思うんです」
馬淵君もその意見に納得してさらに付け足す。
「私たちは現在レベル十二ですよね。ここから推測できることは、レベルが五か六で魔石球が一個吸収できる。そして、十二の今は二個までが許容範囲ということになりませんか?」
野崎は「そうか……」といいしばらく考えてからこう述べる。
「ではレベルを上げるしかないということだな。この次榊原君が吸収出来るようになるにはレベルが十五,もしくは十八になった時。そういうことだな」
「はい。そういうことです。ですから私たちにも使えないと思います……その……今は――」
「そうだったな。私と小宮山や馬淵は二個ずつ吸収した。今後レベルを上げていけば吸収出来るようになるだろう。だがその判断は、榊原君の様子を見てから決める。もし大丈夫そうなら、使ってみなさい」
「はい! ありがとうございます」
私はまた心が高揚してきた。考えてみれば、スキルを使うごとにこの気持ちが高ぶってきている気がしてきた。
「一つ言わせてくれる? みんなは魔石球に引きずられていませんよね。私だけなんておかしいわ。佐藤さんの理論が正しければ、魔石球それぞれに特性があることになるはずよ。私はスキルを使うごとに身に馴染んでいくように感じる。どうかしら?」
佐藤さんは「それは、赤が特別に強く精神に作用するからだと考えられる。だから精神耐性が付属されているのではないか?」
と言った。そして、野崎は
「……今までにない積極性だな、榊原君。君は性格が変ったのは馴染みすぎたせいだと思う。だが、君の自己観察は正しいだろう。よし、今後スキルを使うことは禁ずる。榊原、君は絶対に使うなよ。特に火の魔法はな!」
「……はーい」
私は心の中で「使えない力なんて、宝の持ち腐れよね。その時になってしまえば、どうとでもなるでしょう」と、気軽に考えていた。
あとから一人になって「あれ?」と思い直す。
高揚とは違う心の流れが、私の中に芽生えている。
風の向くまま、気の向くまま……。
「これって、黄色の魔石球。風の影響?」
まあいい。
「シロフク。ご飯、狩ってきたよ」
「ぽーーっ!」
「え?」




