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鶏ほどの大きさの雛は、白くふっくらとしていた。
白いふわふわの羽毛に、ところどころ黒い斑。目は黄色い。
小首をかしげる姿は、フクロウにも見える。
これが大鷲の雛? 威圧感など微塵も感じられなかった。
「モナミ。この子、モナミの後をついてきたんだって。モナミのこと、お母さんだって言っているワン」
「……嘘でしょう」
餌を置いてきたことを思い出し、私はその場にしゃがみ込んで頭を抱えた。
――また、やってしまった。きっと野崎さんに叱られてしまう。
雛は私にすり寄り、「ぴーぴー」と鳴いて口をかぱっと開ける。
お腹が空いているようだ。ポシェットの中身は空だった。
ふと見るとジョバンニがまた山へ駆け上がり、すぐに戻ってきた。口には雷鳥をくわえている。
ジョバンニから雷鳥を受け取り、どうやって雛に与えようかと戸惑う。ところが雛は、雷鳥に飛びつくと、自分よりも大きな雷鳥を一飲みにしてしまった。
「ど、どういう構造なの!」
餌を取り込むときの姿は、少し不気味だった。小さな口ばしが突然裂けるように大きく開き、物理的にどう見ても納得いかないものを飲み込む。
クリオネの捕食シーンを思わせる不気味さだ。
とは言え、私から離れようとしない雛に、どうしたものかと佐藤さんを見ると、
「名前をつけてやれば良いじゃないか。以前、神に名前をつけて性質が変わったことがあるだろう。もしかすると、この雛も変わるかもしれないよ」
そう言われて、私は真面目に名前を考えた。
「シロフクちゃんにしようか。白いフクロウみたいだし。大きく育たないでもらいたいし……」
「ぶほっ! シロフク……ま、まあ、良いんじゃないか。モナミらしい」
こっそりと異空間に戻り、その日は自分の居住空間にシロフクを匿った。
しばらくすると、また「ぴーぴー」とシロフクが餌を催促する。
「さっき食べたばかりなのに……どんだけ消費するの?」
燃費が悪い魔物だとぶつぶつ文句を言いながら、レトルトの袋を片っ端から開けて与える。
シロフクは何でも食べた。
「カレーも平気なの? 辛くないの?」
シロフクはきょとんとして羽を繕い、その後、私のベッドでこてんと横になり、寝てしまった。
ジョバンニもベッドに上がり、私はシロフクとジョバンニに挟まって眠りについた。
朝目覚めると、ジョバンニほどの大きさに成長したシロフクが、私の傍で寝ていた。
「これって完全にアウトだわ」
***
「君って奴は……」
野崎に、案の定お叱りを受けた。
彼の拳はぷるぷると震え、目からは雷がほとばしりそうなほど見開かれている。
私は、ただ縮こまっているしかない。
私がしでかしたことには、弁解のしようもないのだから。
私の横では、大きな“フクロウ”が「ぴーぴー」とさえずっている。お腹が空いているサインだ。
「まあ、まあ。野崎さん。モナミだって悪気はなかったんだ。小さな雛になつかれれば、つい手を差し伸べてしまう。誰でもしてしまう行為でしょう。一日でこんなに成長してしまうとは、彼女だって予測できなかったはずだし」
「だが、これから……これをどうするつもりだ。大鷲の雛なら、あの大きさまで成長する。ここには置いておけないからな!」
私はすかさずシロフクを見て、懇願した。
「シロフクちゃん。これ以上成長しちゃだめよ。もし大きくなったら、餌はあげない。分かった……かな?」
「ぴー?!」
「そう、そうよ。大きくなってはだめなの。ここにいる叔父さんが困っているからね」
「榊原! 誰が叔父さんだっ!」
小宮山君たちは、腹を抱えて笑い転げている。
「お、叔父さんって」
「シロフク……ぐふっ!」
野崎に散々叱られて、それでも今後の経過を見ると言われ、何とかその場が収まった。
そのあと、私とシロフクは項垂れて部屋へ戻った。ジョバンニも、心配そうに後を追ってくる。
「モナミ。シロフク。大きくなってはだめなの?」
ジョバンニに聞かれて、私は頷く。
「そうよ。ここは大きい異空間だけど、シロフクが大鷲になったらどこに置いておける?」
建物が四棟。大きな重機も数台置かれ、右側には巨大スーパー並みの棚が並ぶ。
どう考えても窮屈だろう。
「ぴー。ぴぃーー!」
「またお腹が空いたのね……」
私は深いため息をついた。
「ジョバンニ、一緒に狩りに行きましょう。この分では野崎さんが仕入れた食料が食い尽くされてしまうわ」
野崎にシロフクのための餌を狩りに行くと伝えると、「よし、みんなで狩りに行く」と言われた。
案外、野崎もシロフクのことが気に入っているのかもと、私はほんの少し彼を見直した。
だけど、野崎は転移盤を取り出し、そこに黒い魔石を設置している。
「四階層へいく。弁慶が見つかるまで、これから毎日階層をあげて移動する」
狩りは、シロフクのためというわけではなかった。
狩りをしながら、自分たちが手に入れた力を試すためのようだ。
佐藤さんが、転移石が二個しかないと言い、そこで、先にコウモリを仕留めることになった。
また山越えをしなければならない。黒い魔石は、山の向こうのコウモリの巣にあるのだから。
「時間が取られるな」
野崎が渋い顔をするので、私は言った。
「私とジョバンニで行ってきます。すぐです。頑張ります!」
この際、私が頑張るところを見てもらわなければならない。
これ以上、野崎に叱られるのは遠慮したい。
ジョバンニに大きくなってもらい、私は彼の背に飛び乗った。後ろではシロフクが「ぴぎーーっ!」と鳴いて騒ぎ立てているが、振り向くことなく山を駆け上がっていく。
ジョバンニはものすごいスピードで山を駆け上がり、そのまま反対側へ駆け下りる。
「すごいね、ジョバンニ」
「へへ。モナミ、もうすぐあの岩につくよ」
岩の壁には、結構な数の穴が開いている。
「これ全部が、コウモリの巣なのかしら」
「僕が行って持ってくるね」
ジョバンニは、ふわっと浮かんで一番大きな穴めがけて飛んでいく。
「重力操作って優れものね」
口を開けて見ていると、ジョバンニが戻ってきた。彼の頭上には、無数の黒い影が浮かんでいた。
「どれだけいるの……コウモリ……」
重力に絡め取られたコウモリたちは、ばたばたしている。日の光に目がくらみ、力なく浮かぶ個体もいた。
「一個ずつ魔石を取り出していたら、日が暮れちゃう」
――一気に魔石を獲るためには……。
私はコウモリの集団に意識を集中する。ぼんやり目に浮かぶのは、数百のチカチカした光だ。それを闇のシャボン玉で大きくくるむ。ナメクジを倒した時と同じやり方だ。
「ナメクジ作戦!」
私から力が一瞬抜けて、シールドがコウモリを包み込む。さらにシールドを縮めていく。
ぎゅーっと絞ると――シールドの中のコウモリたちは圧死した。
少しグロイ……けど、なぜか平気だ。
「精神耐性のお陰?」
ぐちゃりと潰れたコウモリの死骸を、火の魔法で焼く。
死骸を焼く異臭が立ちこめ、じゅうじゅうと音を立てている。たけど、私の気持ちは平静だった。
心の深いところで、じわじわと不安が湧き出してきた。
それも、ある一点を超えるとしゅーっと萎んでいった。
数え切れないほどの黒い魔石を、マジックバッグのポシェットにざーっと無造作に入れ、またジョバンニに飛び乗った。
帰りがけに大きな熊の魔物に出会ったが、火の魔法を弾丸のように撃ち出す。
小さな火に凝縮された火の弾丸は、熊の頭部を焼き飛ばした。
私は熊の死骸に近づき、マジックバッグに淡々と収納する。
「シロフクの餌が手に入った。さあ、戻ろう」
***
野崎は、じりじりしながら榊原を待っていた。
――本当に世話の焼ける奴だ。榊原君は。おまけにシロフクまで世話が焼ける。
「ぴぎーーっ!」
と騒ぎ立てて、メンバー全員で押さえつけなければならなかった。
今は鳴き疲れて寝てしまった雛だが、雛とは呼べないほど力が強い。
「いくらジョバンニでも、丸一日はかかるはずだ。異空間で休んで待つか」
そう野崎が皆に伝えたところへ、榊原が戻ってきた。
「戻りました。あれ、シロフク寝ちゃった?」
「ああ、しばらくは大変だった。ところで獲ってきたか? 黒い魔石」
「はい。どうぞ」
そう言って、マジックバッグから大量の転移石を出してみせる。
「一体これは……どう、やった?」
榊原は、淡々とその時の様子を語る。
これが、あの臆病だった榊原なのか。あまりにも平然と狩りの様子を語る彼女を見て、野崎の背筋が凍る。
佐藤が眉をひそめ、野崎に目配せした。
榊原からだいぶ離れた場所へ行き、
「赤い魔石球の影響ではないかと。精神耐性の……」
「精神耐性とは、そういうものなのか?」
火の魔法は強力な武器だ。それを使うにも制御するにも、それ相応の集中力がいるだろう。
「その結果、彼女は変化してしまった。そういうことか。まさか、このまま元に戻らないということはないだろうな」
「魔素がなければ火の魔法も使えませんし、影響はなくなるとは思いますが……確実には言えません」
佐藤とこそこそ話していると、小宮山たちの歓声が聞こえてくる。
振り返ると、榊原の足元に四メートルほどの首のない魔物が横たわっていた。
「すごいです、榊原さん。一発で仕留めたんですか」
「そうよ。火の弾丸って名前つけようかな。正しくそんな感じの威力だった」
「私も、火魔法が良かった。こんなに威力があるんですね」
その話を聞きながら、野崎は「今後、火の魔石球は封印だ」と心に誓った。




