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佐藤さんを、もっと詳しく調べたい。
佐藤さんの検査は、小宮山君と馬淵君に任せることになった。
森の探索は、私とジョバンニと野崎が担当する。
「私も調べたかったですぅ」
「なにを言うか。君まで研究室に籠もったら、探索が滞る。弁慶のことは心配ではないのか」
そう言われてしまえば、反論できない。
私は野崎さんをシールドに入れ、ジョバンニは索敵係だ。
ジョバンニの索敵能力は優れている。鼻の利く彼には、うってつけの役割だろう。
野崎は、この頃体力がついてきたと喜んでいた。
もともと行動的な人だったが、その傾向にさらに拍車がかかったようだ。
「ジャンプ力も、十代の頃に戻ったように感じる。体力の魔石をたくさん取り込めば、超人ハルクみたいになるかもな」
「……ピーターパン……」
「ん? 何か言ったか?」
もちろんドローンも飛ばしている。
だけど、ドローンが記録した映像は、後で解析するしかない。今は、その人手が足りないのだ。
第三階層は広大だ。
どれだけ歩き回っても、先が見えない。
一体どれほどの広さがあるのだろう。
東京都くらいあるのではないかと思った。いや、それ以上かもしれない。
東京都の面積は約二千二百平方キロメートル。琵琶湖が約六百七十平方キロメートルだから、東京都は琵琶湖のおよそ三倍だ。
こんな広大な階層を、少人数で探索すること自体が、そもそも間違っているのではないだろうか。
野崎は、第三階層の地平を眺めながら、また少年のような夢を語り出した。
「このダンジョンの知識を日本に持ち込めば、食糧問題から土地の問題まで、一気に片がつくのになぁ」
「それは実現しそうにありませんね。地球には魔素がありません」
「榊原君。君にはがっかりだ。夢を語る相手としては失格だな」
そんな会話を交わしながら歩いているうちに、私たちはいつしか森を抜け、岩が壁のように立ち並ぶ区域にたどり着いていた。
「岩肌に、ところどころ穴が開いていますね。魔物の巣穴でしょうか?」
野崎は、岩壁と穴までの距離を目測して「上れそうだな」とつぶやくと、そのまま岩に張りついて登り始めた。
苦労して、野崎はやっと一番下にあった穴までたどり着き、中をのぞき込んでいた。
ジョバンニが私を見上げた。
「モナミも行く?」
「行きたくない。岩に上れそうにないもの……」
「僕に任せて」
ジョバンニの重力操作で、私たちはあっという間に、野崎のいる場所まで浮かび上がった。
「……その手があったな……」
野崎は、納得いかないように口をねじ曲げてから、穴の中へと入っていった。
穴の中に入ると、鼻を刺すような変な匂いが充満していた。
「なんか、臭いです」
入口から差し込む光が、足元をぼんやりと照らし出す。白っぽい何かが、地面一面に敷き詰められていた。
ふと見上げると、頭上の岩から、黒っぽいものがいくつもぶら下がっている。
「……榊原君。ゆっくりと後ろへ下がっていけ。ここから出た方がいい」
「コウモリの巣……」
出口にさしかかったとき、何かにつまずいて、私は尻もちをついた。
ドンという音が洞窟内に響きわたると、天井にぶら下がっていたコウモリが、一斉に飛び立った。
数十匹のコウモリが、私めがけて襲いかかってくる。
ジョバンニが、とっさに口から大量の水を噴き出した。
逆流する川のような水の勢いに押されて、私たちはそのまま洞窟の外へと流し出されてしまった。
「うわーっ!」
十メートルほどの高さから地面に激突したはずなのに、私はまったく痛みを感じなかった。
その代わり、野崎が片足を押さえてうずくまっている。
「野崎さん!」
「心配いらない。たぶん捻挫だ」
ジョバンニを見ると、申し訳なさそうに耳をぺたんと寝かせて、しょんぼりとうなだれていた。
彼の頭の上には、たくさんのコウモリがふわふわと浮かんでいる。
光に当たって目がくらんでいるのか、コウモリたちは大人しい。
「榊原君。コウモリの魔石、欲しいな。やってくれ」
「は、はい」
私はコウモリから一匹ずつ魔石を抜いていった。
掌に転がったのは、三センチほどの水晶型をした、つやのない黒い魔石だった。
野崎の捻挫を治療しなければならない。
その日の探索は打ち切って、私たちは異空間の家へ戻った。
小宮山たちが、すぐに駆け寄ってくる。
「野崎さん、すごいことが分かったんです。佐藤さんはどうやら『鑑定眼』というスキルを持ったみたいです」
「小宮山の鑑定もどきと、どう違うんだ」
野崎の口調には、わずかに落胆がにじんでいた。
「ぜっ、ぜんっ、レベルが違います! 細かいことまで分かるみたいなんです」
「……本当か? ではまずは私の足を鑑定してみろ」
「? 野崎さんの足ですか……」
佐藤さんが手を伸ばして、野崎の足首にそっと触れ、目をつぶる。
しばらくして、何かを読み上げるように口を開いた。
「右足の中足骨に、細いひびが入っています。足首は単純な捻挫。冷やして固定して、痛み止めを飲んで、しばらく安静ですね」
「そうか……レントゲンいらずだな」
私は、先ほど手に入れたコウモリの魔石を取り出し、佐藤さんに鑑定を頼んだ。
佐藤さんが、さっきと同じように魔石に手を添える。
しばらくして、ぱっと目を見開き、興奮した声で一気にまくし立てた。
「こ、これは『転移』の魔石です。これ一つあれば、十人までダンジョン内を移動できます。階層の前後の階層へ!」
「何だって!」
野崎が食いつく。佐藤さんは、少し息を整えてから言葉をつけ足した。
「ただ、『転移盤』という魔具が必要です。その魔具に設置して使うもののようです」
野崎は不満顔だ。
「あまり役に立ちそうにないな。異次元ドアを設置する方が効率が良いではないか。他の特性はないのか?」
「……この魔石を砕いて体に取り込めば、闇の力がわずかに吸収できるみたいです」
「闇の力……榊原君のような力か!」
佐藤は、ゆっくりと首を振った。
「私たちの闇の力は、龍からの加護です。ロンゴンの世界とは、理が違うはずです。この異世界は」
野崎は、じっくりと考え込んでいる。
ときおり考えが口からこぼれてくるので、何をしようとしているのか、だいたい予想はついた。
「ここには三十数個の黒い魔石がある。だが、『転移盤』がなければ使えない。このまま持っていてもどうしようもない。この力を吸収して、どんな力が備わったかを佐藤に鑑定してもらう。どうだ、異論はないか?」
佐藤さんが、「私は必要ありません」と言って辞退し、それから私を見た。
「わ、私も必要ないかな」
私と佐藤さんとジョバンニは異空間から出て、ほかのメンバーが魔石の力を吸収するあいだ、外で待機することになった。
「佐藤さん。この世界の闇の力って、どういうものだと思う?」
「隠蔽とか、影に隠れるとか、そういうものかもしれないな。コウモリが暗闇を好むから、もしかすると光に弱くなるかもしれない」
そうなったら大変ではないか、と私は思った。
けれど佐藤さんは、静かに首を振る。
「野崎さんが話した。納得の上で、彼らは選んだ」
さらに、佐藤さんは小宮山君と馬淵君が予想していることも、私に教えてくれた。
「彼らが言うには、魔導師になるために、冒険者はこれらの力を蓄えて、いずれは全属性を目指しているのではないかということだ。
全部の力を最大限にすれば、魔導師となる。それが、彼らの目指しているものではないかと、そう言うんだ。
小宮山たちは、試してみたいんだろうな」
「力なんか持ったって、日本へ戻っても使えないわ。魔素がないんだもの」
「ふふ、そうなるな。弁慶のことを考えても、力とはそんなに良いものではないんだがな」
小宮山君たちは、すっかりゲーム感覚で浮かれてしまっているようだ。
佐藤さんの鑑定も、野崎さんの体力アップも、魔素があってこそなのではないだろうか。
だとしたら、この世界にいるあいだだけの遊び感覚でいるのも、一概にだめだとは言えない。
ただ、元の世界へ戻ったとき、彼らはがっかりするかもしれないけど。
「佐藤さん、体から何かが抜けるような感覚はある?」
「? 何のことだ」
「ほら、よく言うでしょう。『力を使うと魔素が抜けて、しばらくは使えない』みたいなこと」
「鑑定を使っても、そんなことはなかった。この力が特別なのか?」
佐藤さんがしばらく考え込んでいるうちに、野崎たちが外に出てきた。
なぜか、野崎は普通に歩けている。
「足、痛くないんですか?」
「すごいぞ、闇の効果だ。痛みが消えた」
「野崎さん、それは少し違います。魔素の効果です。きっと」
佐藤さんは、ぼんやりと野崎を見つめていたが、何かに気がついたようだ。
「馬淵。以前やったゲームのことを、もう一度私に話してくれ」
「え、ええ。『レベルが上がれば、全回復』っていうやつですか?」
「それだ。野崎さん。あなたはレベルアップの効果で回復したようです。数値がリセットされています」
「り、リセットだと。また一からやり直しということか!?」
私たちの数値は、この世界には当てはまらない。
新たに細かく分けて、この世界に合わせる必要があることに気付かされた。
格好のモデルが目の前にいる。
野崎の数値を「一」として基準を設け、もう一度、最初から計り直していけばいいだろう。




