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石の迷路が複雑に入り組んだ階は二階層。その前の一階層は、広い一本の通路だけだった。
では、今日これから入ろうとしている三階層は――。
ILTのメンバーは階層ゲートを抜けた瞬間、その光景に呆然と立ち尽くした。
「フィールドタイプですね!」
最初に声を上げたのは小宮山君だ。
「これがダンジョンの中なのか? まるで地上と変わらないじゃないか」
野崎のつぶやきも、私の気持ちをそのまま代弁していた。
ジョバンニは草原の中に何かを見つけたのか、尻尾を振りながらまっしぐらに駆けていく。
佐藤さんはすぐにしゃがみ込み、足元の草をむしっては何かを確かめ始めた。
馬淵君が、そっと私に問いかけてくる。
「榊原さん。ゲームとは違うとは思いますが、ここからは魔物の種類が変わると思うんです。そう思いませんか」
「たぶんね。これからは、検証していく素材が格段に増えそうね」
ジョバンニが、何かをくわえて戻ってきた。
私の足もとに、ぽとんと置かれたのは、五十センチほどのウサギだった。
ヒクヒクと足が動いているので、まだ生きているようだ。
佐藤さんが興味を示し、身をかがめてつかもうとした瞬間、ウサギはぱっと跳ね起き、佐藤さんの手に噛みついた。
それでも佐藤さんは気にしたふうもなく、手にぶら下がったウサギを、じっくりと観察している。
馬淵は真っ青になり、「佐藤さん……手が」とかすれた声で呼びかけた。
私はその時、やっと認識した。
私も佐藤さんも、闇の加護のおかげで、外からの攻撃に対する耐性が異常なほど高くなっていることを。
以前、ジョバンニに噛みついてもらったときも、痛みも傷跡もまったく残らなかった。
佐藤さんも同じだ。
もしかすると私たちは、魔物の力を受けて、さらに強くなっているのかもしれない。
「モナミ。これの素材が欲しい。私は、ここの部分に魔石があると感じるが、どう思う?」
「ええ、間違いないと思う」
佐藤さんは、私が教えた「魔石を引き抜く」方法を試したのだろう。
足もとには、力なく横たわるウサギがいる。
そのそばで、佐藤さんは取り出した魔石を掌に乗せ、じっと見つめていた。
野崎が作ってくれたマジックバッグのポシェットにウサギをしまい、私は立ち上がってフィールドを見まわす。遠く先の方には木が生い茂る場所が見つかった。
あそこには熊や鹿、猿などの魔物がいるかもしれない。
この草原にはウサギの他に、狼に似た魔物が潜んでいるかもしれない。
銃の発射音が数発響き渡った。
野崎と小宮山君は、アサルトライフルで、魔物を狩っているようだ。
佐藤さんは「素材が欲しいんだが……」とつぶやき、そばにいたジョバンニに視線を向けた。
「ここのサンプルを、できるだけ集めて持ち帰ろう。ジョバンニ。生け捕りにして、以前のように浮かばせて連れてこられるか?」
「分かったワン!」
ジョバンニは、尻尾を振りながら、ふたたび草原へと駆けていった。
やがて、野崎たちが戻ってくる。
小宮山君が、勢い込んで報告を始めた。
「大きな猫……豹かな。とにかく、それを仕留めたんです。経験値は〇・〇二でした」
私たちの値を見ているのだろう、彼は首をかしげる。
「おかしいな。榊原さんも佐藤さんも、数値に変化がない」
「では、ここで一つ分かったわね。一定の距離が離れると、経験値の共有はできない。そういうことね」
「あと一つ分かったことがあります。豹を倒したら、素早さ――俊敏性が〇・〇二上がりました。魔物によって、得られる能力に違いがあるようです」
「小宮山君たちは、私たちから百メートル以上離れていた。少しずつ距離を離しながら魔物を倒していけば、経験値が共有される限界距離を測れるわ」
「はい! では行ってきます」
「モナミ。この草にも、面白い特性があったよ」
佐藤さんが草をむしり取ってから、数分ほどたったころだった。
草が消えた地面が、もやもやとかすみ始める。
やがて、何事もなかったかのように、同じ草が生えそろっていった。
「ダンジョンの特性ね。魔物もすぐに復活するのは、こういう特性のせいでしょうね」
***
本日の探索を切り上げ、私たちは異空間へ戻った。
今はそれぞれの研究成果を語り合いながら、食事をしている。
今日の食事は、佐藤さんの手料理だ。
素材は、先ほど仕留めたウサギの肉を使ったシチューだった。
馬淵君は、ドローンで周辺を調べた結果を報告し、
佐藤さんは「魔物の肉の効能を調べている」とさらりと言って、皆をぎょっとさせた。
「こ、これって……食べていいものなんっすか?」
「大丈夫だろう。たぶん」
「……」
野崎は、豹の魔物がどれほど素早かったかを語っている。
「明日は、さらに三階層の奥まで行く。森を抜けた先に、階層ゲートが見つかるかもしれん」
「あ。それから、私からも報告があります」
小宮山君が、経験値についての簡単な報告と、
経験値が共有される距離について、興奮した口調で話し始めた。
「対象から三十メートル離れると、共有はできなくなります。ですから例えば、遠距離攻撃を仕掛けた場合、三十メートル離れた位置では、まったく何も受け取れなくなると考えられます。あとは、魔物の種類によって経験値がばらばらなことと、受け取る力の種類は、まだはっきりしていません」
私は、小宮山君の話に補足をした。
「六種類の魔物で検証しましたが、確認できた能力のほとんどは『体力』と『俊敏』でした。他の能力については、まだ確認が取れていません。以上です」
ジョバンニが捕まえてきた魔物は、全部で二十一体。
そのうち十体はウサギ。五体は、ウォンバットに似た小型の哺乳類だった。
他は犬科の魔物もいた。リカオンとハイエナを混ぜたような見た目をしている。
さらに、羊か山羊に似た魔物や、数種類の鳥類も混じっていた。
それらはすべて、〇・〇〇三の経験値だった。
野崎が仕留めた豹は、かなり強い魔物だったと言えそうだ。
馬淵君はドローンで、この階層に冒険者がいるかどうかを調べていた。
今のところ、それらしき姿は見つからないという。
これなら、明日も安心して探索を続けられそうだった。
最後に野崎から、この先の探索について話があった。
「明日は、なるべく魔石を残して魔物を倒すことにしよう。魔石は異空間で潰して、皆で経験値を共有すれば、不公平感はある程度、解消される。では、休んでくれ」
今日は、それとは知らずに強い魔物を倒してしまった野崎は、どこか後ろめたそうだった。
***
マジックバッグの中身は野崎に渡し、今は空の状態にしてある。
このポシェット型のマジックバッグは、容量がそれほど大きくないからだ。
「今日は、みんなで一緒に行動するんですよね、野崎さん」
「ああ。なるべく離れないほうがいいだろう。森の中には、どんな魔物がいるか分からないからな」
「このダンジョンの魔物は哺乳類が多いみたいですし、地球の生き物にも酷似しています。猿や熊、イノシシなんかがいそうですね」
小宮山君がそう言った直後、ジョバンニが、何かの匂いを嗅ぎ取ったようだ。
「なんだか力が強そうだワン」
ジョバンニの一言で、皆に緊張が走った。
佐藤さんは素早くシールドを展開し、皆を囲む。
「佐藤さん、私とジョバンニは別行動します。ここから出してもらえますか?」
「……そうだな。モナミにはジョバンニもいるし……」
私とジョバンニは、シールドの外に出て行動することを許可された。
私の力は、この頃、チームの中でも一目置かれるようになっていた。
特に、ジョバンニに対するみんなの期待は大きい。
私もジョバンニも、体を守る闇が備わっているから平気だ。
――どんな魔物だって、傷一つつけられやしないわ。
「ひっ!」
私の目の前の大木から、巨大な蛇が、するすると降りてきた。
口を開ければ、私など丸飲みにされそうな大きさだ。
体が硬直してしまう。
まさに、蛇ににらまれたカエル状態だ。
……おかしい。
しばらく膠着状態が続いているのに、蛇は地面に降りてこない。宙に浮いたままだ。
しかも、ゆっくりと上へ持ち上がっているように見えた。目の錯覚だろうか。
やがて、私の頭上より高くまで上がった大蛇は、空中でじたばたし始める。
巨大な体をくねらせ、足がかりを探しているように見えた。
「モナミ。早く魔石を引き寄せて。ちょっと重い……ワン」
「そ、そうね」
体からシャボン玉を送り出すような感覚で、蛇の魔石があるあたりに意識を集中し、そこへシャボン玉を打ち込む。
シャボン玉は蛇の体に入り込み、魔石をすっぽりと包み込んだ。
私は、思いきり引っ張った。
だが、力負けして、逆に引き込まれそうになる。
必死にこらえて、さらに強く引く。
やっとのことで、引き戻すことができた。
肩で息をし、額には脂汗がにじむ。
「危なかった。力が強い魔物には、使えないかも……この力は」
蛇は、ドスンと大きな地響きを立てて地面に落ちた。
私の手のひらには、丸い魔石が乗っている。
薄青く透き通った、直径十センチほどの”魔石球”だった。
***
その日の探索の成果は大きかった。
巨大な蛇はあの後は遭遇しなかったが、猿の集団やカメレオンに似た魔物など、合わせて二十体ほど仕留めた。
その中に”魔石球”は見つからず、チームのメンバーは首をかしげる。
「この球は、特別な魔石と言えますね」
佐藤さんが魔石球を手に取り、じっくりと観察する。
小宮山君が目を輝かせて言った。
「壊してみますか?」
「まて。何か、他の効能があるかもしれん。先に、他の魔石を潰してみた方が良い」
野崎が、テーブルの上に並べた大小さまざまな魔石をつまみ上げる。
どれも僅かに色合いの異なる魔石だ。
「色によって力の種類が違うのではないかという仮説の検証ができそうだ」
検証結果はこうだ。
紫:体力系
赤:精神系
青:知力系
黄色:未定
予測:黒、緑、金、銀(今後見つかるとして)
猿の魔物からは、青い魔石が多く採れた。
まずはそれから試してみたところ、チーム全員、それぞれの知力が、わずか〇・〇五ポイントの上昇にとどまった。
十個の魔石を潰してこの結果だ。魔石一つあたり、〇・〇〇五の経験値となる。
数字上は伸びている。
だが、実感はほとんどない。
体力系の魔石のときのように、急に体が軽くなったり、長く走れたりという分かりやすい変化がないからだ。
不思議なのは黄色の魔石だ。事前の個々の測定、能力項目にはない系統のようだった。
「何かが伸びているようです。総合値は僅かに上がっていますから」
小宮山君が、目を細めてメンバー全員の値を見ていた。
「考えられるのは「感応力」 「魔力」 「運」なんかですかね」
野崎は半ば呆れたような視線を小宮山君へ向けた。
「またラノベの知識からか」
私たちが話している横で、佐藤さんが慌てている。何かを探しているように、椅子の下を探していた。
「佐藤さん、どうしたの?」
「モナミ……魔石球が消えてしまった……」
「ええーっ!」
それからはチーム全員で異空間の中の家を調べまくったけど、どこにもなかった。
「暫く放って置くと消えてしまうのか?」
野崎が眉間にしわを寄せて考え込んだ。
小宮山君が佐藤さんを見て目を見張る。
「佐藤さんの知力が凄いことになっています!」
「どういうことだ、佐藤」
野崎さんが詰め寄る。
佐藤さんは、申し訳なさそうに口を開いた。
「魔石球を調べているうちに、掌から……吸収された……らしい」
他のメンバーの知力は上がっていない。ということは、魔石球は使った本人にだけ、何らかの効果があると見てよさそうだ。
小宮山君が、嬉々として予想を口にした。
「もしかして、スキル玉……なんじゃないですか!」




