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アルケディアに残されたILTのメンバー愛菜と護衛たち三人。
モナミたちが異世界のオラドン国にある新興都市レイドラへ行って既に一ヶ月近くが経っていた。
ここに残ったのは加護のないメンバーばかり。
護衛たちは特殊な戦闘訓練を積んだエキスパートだったけど、戦いに赴くわけではないので、今はダンジョンで力をつけている。
この異世界は、私たちと同じような人間がいて、独自の営みのある世界だ。
そして、本物のダンジョンがある世界だった。
でも、魔物はダンジョンの外には滅多に出ないという。
異世界を調べるだけの仕事だから、愛菜たちにはここに残っていて欲しいと言われたけど、愛菜はその言葉を違う意味で受け取った。
「加護がないと役に立たないから」
そう思って落ち込んだのだ。
「言葉も分からないし、コロは力にはなるけど目立ちすぎるし……結局、私は何にも役に立たないんだ」
留守番組の彼らは、毎日ダンジョンに入っていた。
異次元ドアの場所へ戻れば、いつでもアルケディアに戻れるから、便利だ。
護衛たち三人とコロ、そしてエロスも一緒にここへ来ている。
コロもエロスも、さすがだ。
伊達に、神様と名乗っているわけでは無いのだと分かった。
コロが、熊の魔物をひと噛みすれば、熊は痺れて動けなくなる。
コロの唾液は猛毒だ。
体長五メートルはある熊の魔物には、六本の足がある。
二本の足で立ち上がり、残った四本には鋭い爪があるというのに――コロはそれを掻い潜っていく。そして、三つの首がそれぞれ噛みつくのだから、熊にとっては堪らないだろう。
私たち人間組は、ただ見ているだけだった。
エロスは、私たちが危険になると、二丁の拳銃で、かっこよく仕留めてくれる。
いや、銀の拳銃でだ。
銀の拳銃からは、銀色に輝く鋭い矢が飛び出してくる。
護衛たちの頭は、それを見て混乱する。
「拳銃にした意味はあったのか?」
細かい事は気にしないのが、アルケディアの神様と仲良く付き合うコツなのだ。
動きが鈍くなった魔物を、コロがまた始末する。その連係プレーだった。
ここはフィールド型のダンジョンだ。
森があり草原もある。
空を見上げれば、極彩色の鳥が飛び交い、太陽がさんさんと降り注いでいる。
「まるで地上にいるようだな」
草原にはウサギやねずみなどがガサゴソと這い回っているけど、結構凶暴な奴らだ。
小さいくせに鋭い爪と牙を持ち、人を見れば襲いかかってくるのだから。
そんな時もコロがいれば安心だった。簡単にやっつけてくれるのだから。
私たち人間は一体も魔物を倒すことなく、フィールドの中を回る。
この頃は、相当の距離を歩いても疲れなくなったし、走るスピードも速くなった気がする。
「俺たちにも力がついた証拠だ」
チェンは凄く喜んでいる。何もしないでいても「経験値」が自然と入ってくるのだから。
小宮山君が言っていた、魔物一体につき、〇・〇一の数値は、ここでは意味がないのかもしれない。
だって、小さい魔物と熊のような大きな魔物が同じ数値のはずがないのだから。
でも、愛菜にはそれを調べる手立てはなかった。
「何となく強くなった気がする」それしか分からないのだ。
「先輩、今頃弁慶さんと再会している頃かな」
「ああ、多分な。それにしても戻るのが遅くないか?」
「異世界の言語を学んでいるんでしょう。某国への報告に「言語の詳細を調べる」という項目があったし」
愛菜は、モナミたちが自分の成長を見たら、きっと驚くだろうと今からワクワクしていた。
一番の戦力外だと思われていた自分が、ちゃんと強くなっているからだ。
その日が来るのを、愛菜は心待ちにしていた。
異次元ドアは、二階層の階層ゲート前に設置したままだった。
愛菜たちには異次元ドアの設置の仕方が分からない。
だから毎日ここで魔物を倒して(コロと、エロスが)探索を切り上げる。
それから三階層から二階層へ戻り、異次元ドアをくぐってアルケディアへ帰る。その繰り返しだった。
「先の階層へも行ってみたいがな、異次元ドアから離れすぎるのは危険だ」
アーサーがそう言うので、私たちはこの階に留まっている。
次の階層へのゲートは見つけてあるけど、行く勇気はなかった。
野崎CEOが検証のために設置していった、以前のタイプの異次元ドア。
アルケディア産の素材を使っていないそのドアは、もう跡形もなく消えていた。
「やっぱり、ダンジョンが吸収しちゃったかぁ」
一方で、アルケディアの素材を使った異次元ドアは、まったく問題なくそこに残っている。
しばらく観察してみると、魔物たちはそのドアの周りを、大きく弧を描くように避けていくようだった。
一日が終りアルケディアへ戻ろうとしたとき、愛菜はこの階層の空気に違和感を覚えた。
「なんか、今空間がブレなかった?」
「俺は何も感じなかった」
チェンはそう言ったが、エロスは何か感じ取ったようだ。
《われが見てくる》
目の前にいたエロスが、不意に消えた。
アルケディアの神様が使う不思議な力だ。コロも、近頃使えるようになったという。
三階層の階層ゲートの前でしばらく待っていると、エロスが戻ってきた。
《変な人間がいる。ここに連れてきてもいいか?》
私たちは慌てた。
「だめに決まっているだろう。たぶんレイドラの住民だろう。俺たちがダンジョンにいることがバレたら大騒ぎになる」
「そうだ、一階層には虫狩りしかいなかったはずだ。ここまで来れるということは、冒険者に違いない」
この世界の「冒険者」はラノベで知っている冒険者とはどうも違うらしい。
力が有り、資金力がなければ、冒険者にはなれないと、虫狩りのボースが教えてくれたのを、愛菜は思い出していた。
《怪我をしている。意識はないようだ……助けなくても良いのか?》
怪我人と聞き、護衛たちは逡巡したが、愛菜は一も二もなく決断した。
「連れてきて! アルケディアで治療しましょう。プロメテウスなら何とかしてくれるかもしれない」
エロスが連れてきたのは三人の異世界人だった。三人とも酷い怪我をして意識がなかった。
彼らをコロに乗せて、異次元ドアをくぐりアルケディアに戻る。
「プロメテウス!助けて!」
《怪我人か……われには無理だな。少し待っておれ》
しばらく待っていると、プロメテウスはアポロンを連れて戻った。
愛菜はあんぐりと口を開けて、その神を見つめた。あまりにも美しく、あまりにも神々しかったからだ。
髭のない若い顔立ち。金色の髪。均整の取れたしなやかな体つき。
光をまとい、目は金色で、絶えずピカピカと光り輝いている。
「目、目がぁ……眩しい」
月桂樹の冠を頭に戴き、手には竪琴と弓矢を持っていた。
そして真っ裸……以前、エロスもプロメテウスもそうだった。
愛菜は、モナミがしていたように、荷物から白い布を持ってきて、アポロンに差し出した。
《これが、噂の友好の証か。しかと受け取ったぞ》
そう言ってアポロンは、恭しく布を身に纏った……が。
――肩にかけてしまった! 全然隠れていないじゃないの! 前が、丸出し……。
「そうじゃなくて! 巻いて! ぐるっと巻いて!」
アポロンは《……そうか?》と言い、今度は、首にぐるりと布を巻き出す。
「……ま、いいか。好きなようにして……」
アポロンは、もともと太陽神だと言われている。
ギリシャ神話で怪我や病気を治すというイメージが強いのは、治癒の半神アスクレピオスや、その娘ヒュギエイアやパナケイアたちだ。
だが、ここアルケディアは人の子のいない世界だった。
プロメテウスが人を作ったという逸話も、ここでは存在しない。
だからアポロンと人間とのあいだの子ども、アスクレピオスもいない。
アポロンに、治せるのだろうか。
不安そうにしている私を見て、アポロンが言った。
《われは光を司り、予言と音楽、弓と癒やしをも統べる神なり。 そなたらの傷ひとつ、案ずるには及ばぬ》
アポロンの目から強い光がほとばしり、辺り一面に降り注いだ。
眩しくて目が開けられない。
気付くと、そこには傷が癒え、ぽかんと口を開け上半身を起こした三人がいた。
アポロンが豪語したとおり、異世界の冒険者は、瞬く間に傷が癒えたようだった。
「ᚨᚱᚨᚱᚨᚱ!?」
ああ、やっぱり言葉が分からない。何があったか愛菜には知るよしもなかった。
彼ら異世界人――オラドンの人たちは怯えていた。
側にはケルベロスのコロ、拳銃を腰に下げたエロス。大きなプロメテウスに、神々しいアポロンが立っているのだ。
恐ろしいと感じても、無理はないだろう。
アポロンが静かに頷き、異世界人と会話をしている。
神は、思念で会話できたことを、愛菜は今さらのように思い出した。
考えてみれば、これまで出会った他の神々とも、愛菜たちは当たり前のように言葉を交わしていたのだから。
《ふむ。それは大変であったな。 ここは、そなたらの世界とは次元が異なる場よ。
……ああ、心配はいらぬぞ。
そこな人の子よ、そなたらの摩訶不思議な扉であれば、元の世界へ戻してやれるであろう?》
ぼんやり聞いていた愛菜は、自分にアポロンが問いかけていると気が付き、慌てて首を縦に振った。
だが、「これって、簡単にOKしてはダメなやつなのでは……?」とチェンに肘でつつかれ、ハッとして固まった。
他の護衛たちも、愛菜をじとっと見ている。
「まずいですよ。安請け合いをしては。俺たちのことが知られたら、野崎CEOたちにも疑いがかけられてしまいますよ」
「そうですよ。どう見たって人種が違います。他の国から来たのならともかく、異世界から来たと知られたらどうしますか」
そこで愛菜は、鼻をかきながら、アポロンに向かって訳を話した。
「アポロン。少しだけ、ここに彼らを置いておきたいの。私たちのボスが戻るまで。
だから、レイドラに戻るには時間がかかるって、彼らに伝えてくれない?」
《よし。そう伝えよう》
***
エロスは、今通訳の役だ。
愛菜たちと、迷宮で拾ってきた人の子は言葉が通じないからだ。
人の子は世界が違えば言葉で理解し合うことができない。
以前エロスは、モナミの世界でしばらく過ごし、その事を知った。
アルケディアに住む神たちには、思いも寄らないことだろう。
《この者は、冒険者で、[[トルスト]]と言う名だ。赤の派閥に属している》
「赤の派閥? 冒険者には派閥があるってこと?」
エロスはトルストに、愛菜の言葉を伝える。
『赤と、青と、緑がある。冒険者はすべからく、いずれかの派閥に属さねばならない。我らは、魔導師という頂点いただきそれの補助をする。その役に預かることを最上の栄誉と考える。その高見を目指して切磋琢磨する、修行僧のような存在なのだ』
トルストの話はさらに続く。
『魔導師は、寿命が近づくと迷宮を造り、その中に御隠れあそばす。迷宮の主となって命を長らえ、次の魔導師となるべき冒険者に力を授けるのだ。
幸い、我が国には、先々代が造ったナウシア迷宮と、先代が造ったレイドラ迷宮の二つがある。そこへ潜って行き、冒険者は力と知識を得る。
だが、昨今、不可思議な力を持つ者が現れた。
レイドラの領主が伝えてきたのだ。どこから来た魔導師か不明だという。
神殿は急ぎ接触し、その力を測ってみた。だが、魔素の含有量はまるで足りぬ。
このような魔素量では、魔導師とは言えぬ。
それでも、かの者は不可思議な力を有しておった。
この者の力を利用すれば、我らの願いは達成されよう。
迷宮の最奥へ赴くことができる。そして、魔導師となれるやも知れぬ』
愛菜に通訳すると、彼女はきょとんとしている。
「何言っているか全然分からない。このトルストさんって、武士なの?」
「……」
エロスは頭を抱えた。
《われの伝え方が足りぬのか……いや、修行僧と言うたのが悪かったか。そもそも、愛菜に僧のイメージがあるのか?》
うーんと唸って腕を組み、エロスは考える。
《要するに、迷宮を攻略するために、不可思議な力を持った人の子を取り合った。そういうことであろう?》
「へぇ。何となく分かってきた。で? どうなったの、そのヘンテコな力を持った人」
エロスはトルストに聞いて、また通訳する。
《赤の派閥が負けて、青の派閥が勝った。資金力の差だったそうだ。青の派閥は今、その者と一緒にナウシアの迷宮へ行った。トルストたちは、レイドラに現れた新しい迷宮の攻略に向かうことになった》
「そうか。それであそこのダンジョンにいたのね。でも攻略に失敗してしまった。そういうこと?」
《そういうことらしい。五階層まで行けなかったと申しておる。「ベンケイ」さえおればいけたものをと、悔しがっておる》
「……っ! 今、なんて言った? 弁慶って聞こえたけど」
《不可思議な力を持つ者の名前が……べんけい……弁慶とは!》
「大変! 弁慶、拉致されてんじゃない!」




