68
魔物は、一体およそ二万バールだった。
ジョバンニが次々と魔物を浮かべて連れてくるため、私と佐藤さんが仕留めた魔物は、ものすごい数だ。
野崎が作ってくれたポシェットには、もう入らない。
「どれくらい狩った?」
「二十七体……小さいのも含めて」
「全部は換金できないな。明日に回したほうが良さそうだ」
だから、ノサップに聞いていた換金所に出したのは、五体だけにした。
だけど、受け取ったお金は十万バールとはならない。税金を引かれ、九万バールほどだ。
「野崎さん。一ヶ月有効な証明書があったほうが良くないですか? あれがないと換金所で引き取ってくれませんよ」
佐藤さんの意見に従い、私たちは正式な証明書を発行してもらった。
これで、しばらくお金の心配はなくなった。毎日少しずつ売っていけばいいだろう。
ノサップたちのほうも、狩りははかどったそうだ。いつもは持てるだけ魔物を狩って帰ってくるが、マジックバッグがあるおかげで持ち帰る量が増えたのだ。そのため、時間いっぱい狩ることができた。
ノサップたちはこの街を離れて、レイドラへ行くという。
「魔都は物価が高いからな。それに、ここの迷宮もそろそろ閉じる。新しい迷宮で、俺らは冒険者を目指すんだ」
ノサップからはたくさんの情報を仕入れることができた。
彼らは魔物素材だけを換金して、魔石は売らなかった。
「なぜ? 魔石は高額で引き取ってもらえるでしょうに」
「これは力の源だ。俺たちはその魔素を吸って、力をつける。そうしなければ冒険者にはなれねぇんだ。金持ちの冒険者は、この魔石を買い取って力をつけてから、深い階層に潜るんだ。俺たちには難しいかもしれねぇが、ものは試しだからな。挑戦してみる」
これは目から鱗だった。
私たちは早速ためしてみることにした。
野崎と、馬淵君。そして小宮山君に売らないでおいた魔石を与えて、さらに数値を図ってみる。
魔物の魔石だけでも、〇・〇一の能力上昇が得られるかを検証してみる。
まずは野崎が、魔石を硬い石に叩きつけて砕いてみる。すると、魔石から黒い靄が立ち上がった。
馬淵君が「知」の鑑定もどきで数値を見て、驚きの声を上げた。
「ここにいる全員に、数値の上昇があります! ダンジョンでナメクジを倒したときと同じ効果がありました」
だが、上昇値は〇・〇〇二だという。
「どうやら、一階層の魔物から得られる能力上昇値は低いようね。では、階層深く潜るほど得られる値は高くなる。この仮説は正しいかしら」
「一概には言えんだろう。魔物の種類によるかもしれん。もしくは、一階層だけ特別低いということもあり得る」
私は魔石を見て、がっかりしてしまった。ここにある魔石をすべて吸収したとしても、〇・〇四四しか上昇しないのだから。
ノサップたちが冒険者になるまでに、どれほどの魔物を倒さなければならないのかと思うと、気が遠くなった。彼らが冒険者になるには、そのほかにも魔具が必要だろう。
「お金がいくらあっても足りないわね」
「そうだな。だから、しばらくすると虫狩りたちは、冒険者を目指すのを諦めて、生活のために「虫狩り」に落ち着くんだろうな」
「野崎さん、弁慶には会えそうですか?」
「どうだろうな。一応、面会の申請は出してきたんだが、まだ迷宮に潜っていると言われた。いつ戻るか分からないそうだ」
佐藤さんが、
「こちらから会いに行ってみましょう。私とモナミの闇のシールドがあれば、ナメクジのモンスターハウスを通り抜けられると思います」
「本当か? 弁慶はあそこを時間の巻き戻しでやっと通れたと言っていたぞ」
「ジョバンニもいます。もしだめなら、宙に浮かせてしまえば良いかなって」
「階層の出口が開く条件が分からなければ危険だ。ナメクジを確実に倒せる方法を考えてからでないと」
階層の出入り口に巣くっているのは、おびただしい数の三〇センチほどのナメクジだそうだ。小宮山君がそのときのことを思い出しながらぶるりと震え、そのときの状況を語って聞かせた。
「護衛たちの銃器は使えなかった。あまりにも数が多く、ドーム型の空間では銃器の弾が反射して危険だって。それで、弁慶さんがシールドで私たちを包んで時間の巻き戻しをしたら、出口が元に戻って現れたんだ」
野崎は、「ナメクジと訳されて聞こえたのなら、地球にいるナメクジと同じ特性を持っているかもな。あれは雑食だ。“ラドゥラ”という、ざらざらしたおろし金のような”歯舌”を持っていたはずだ。体はほとんどが水分。塩や重曹が効く」
だが、「数が多すぎるうえ、天井にへばり付いたナメクジに重曹を掛けるのは現実的ではないな」と言った。
「じゃあ、火炎放射器で焼き殺すというのは?」
馬淵君の提案に、一瞬、みんなが同意しかけたが、
「あの空間の空気はどうなる?」
と佐藤さんに言われて「使えませんね」とがっくりと項垂れた。
私はといえば、闇のシールドを空間いっぱいに広げてみればどうだろうと、ぼんやり考えていた。
「あの……」
「なんだ、榊原君。何か閃いたのか?」
「闇のシールドは佐藤さんと私が使えます。一人がみんなを囲って、もう一人は天井にシールドをかぶせる。天井にナメクジがいるんですよね」
「うん、びっしりと張り付いていた。千匹はいた」
「だったらできそうです。あとから湧いてくるのとは違うから。天井に張ったシールドを狭めていけば、近寄ることなく潰せるかも。もしくは、中に塩なり重曹なり入れて駆除できるかもしれません」
「榊原君。それで行ける。やってみよう」
次の日、私たちは迷宮へ入り、駆け足で一キロを走り抜けた。
私と佐藤さんはまったく平気だったが、途中で野崎さんと馬淵君がへたばった。
「ジョバンニ」
「分かったワン」
大きくなったジョバンニに、小宮山君も含めた三人を乗せ、私たちは間もなく一階層の階層ゲート……階層門に到着した。
朝一番に迷宮に入った私たちは、誰にも見られる心配がなかった。
「さあ、私の周りに集まってくれ」
佐藤さんのシールドに、私とジョバンニ以外全員が入った。
私は私で、自分の闇のシールドを体の周りに張っている。
黒く渦巻くゲートをくぐると、向こう側にも同じような黒いゲートが見えた。
三〇メートルも離れていない距離だ。
一瞬、走り抜けられるのではと思ったが、ゲートはあえなく閉じてしまった。
天井にはびっしりとナメクジが張り付いている。
私は自分の体を覆っているシールドを膨らませていく。シールドはびよーんと縦に伸び、天井に張り付いた。
体からシールドが消えたと思った瞬間、何となく力が抜けたような気がする。
――シールド自体が闇の加護……なのかしら。
それでも、シールドから目を離さず、意識を集中していった。
私の隣にはジョバンニがいて、じっと私を見ていた。
ジョバンニにも闇の加護はある。彼は重力操作を使えるが、シールドも使えるのでは?
水の中では使っていたはずだ。私のように自在にシールドを操れるかもしれない。
今度確認してみる必要がありそうだ。
そんなことを考えながら、他のみんなの様子を覗う。
佐藤さんはみんなを包んだまま、向こう側へゆっくりと進んでいくところだった。
私は、気持ちを入れ換え、天井に目を戻した。
集中して、天井に張り付いたシールドを、じわじわと小さくしていった。
五メートルほどに縮んだシールドの中では、肌色をしたナメクジが、行き場を求めてぬらぬらと蠢いている。
やがて、ナメクジはシールドごと地面へどたんと落ちた。
私はマジックバッグのポシェットに入れていた大量の重曹を出し、シールドに開けた穴から、どんどんと流し込んでいった。
シールドは、中で暴れるナメクジのせいで、ぼこぼこと波打っている。
しばらくすると、向こうのゲートが現れた。振り返ると、後ろにもゲートが出現している。
「ナメクジは退治できた……ということね」
シールドは一メートルほどに小さくなっていて、中には小さくきらめく魔石が無数に残っていた。
意識を目の前のシールドに向けて「消えて」と念じると、私の体にまた力がみなぎってきた。
足元には、砂金のような小さな魔石が散らばった。
「野崎さん。この小さな魔石、どうします?」
小宮山君が試しに一粒踏み潰してから、「+〇・〇〇一です!」と叫ぶ。
「よし、みんなで踏み潰してみるか。力が強くなりそうだ」
野崎の号令で、皆が嬉々として魔石を踏み潰したのだった。
皆の数値が一・〇一五上がった。
ナメクジは一千十五匹いた、ということになる。
***
ゲートを抜けると、以前も見たことがある石の迷路だ。
「本当に、レイドラのダンジョンと似ている」
「代々の魔導師が伝えてきたものだろう。同じになるのは当然だ」
野崎が、身も蓋もないことを言う。
小宮山君も引き下がらない。
「でも、よその国のダンジョンは、魔物が違うそうですよ。造りも違うのかなぁ」
「行ってみたいか? 弁慶の問題に片がつけば、他の国へも行ってみるのもいいかもな」
小宮山君や野崎は、すっかり緊張が解けて観光気分になってはいないだろうか。
ここは危険な迷宮だというのに。
「ここには、あの巨大なナメクジが出ます。銃器は使いますか?」
馬淵君が野崎たちの浮かれた気分を断ち切ってくれた。
「あ、ああそうだったな。榊原君と佐藤は、使わなくても倒せるそうだ。私たちは非力だから、銃器は持ったほうがいいな」
私たちはいったん、野崎の異空間へ入り、銃器を含めたILTの装備に着替えることにした。
異空間では、着替えを終えた馬淵君と小宮山君が、なぜか腕相撲をし始めた。
「なにやっているんだろう、馬淵君たち……」
「数値が上がった。力を試しているんだろう」
佐藤さんが、微笑ましそうに見ている。だけど、私は首をかしげて素朴な疑問を口にする。
「みんなが同じだけ上がっているんだから、腕相撲の結果は変わらないと思うんだけど」
「……」
小宮山君の鑑定もどきによると、体力値が上がっていたという。
「ナメクジは、体力値が上がる魔物と考えても良いかもしれない」
「違う魔物は、もっと他の力がつくかもしれない、そういうことですか?」
「分からないが、今のところ虫とナメクジしか見ていないからな」
野崎と小宮山君が、他の力があるとしたら何があるかと盛り上がっている。
「以前、私は一瞬だけ、熊に似た魔物を見ました。次の階層ゲートをくぐってみたときです」
そういえば、護衛たちが以前こぼしていた。
「小宮山は命令に従わなくて、困った」と。
迷路を進んで行くと、やはり巨大なナメクジが湧き出した。
前方十メートルの壁から、ぬるりと出てきたのだ。
三メートル超えの大きさだ。まだらの斑点がある。小さな頭部には忙しなく動く角があった。
人が来ると反応して湧き出すようだ。
野崎がアサルトライフルを構え、位置につく。その背後では佐藤さんがナメクジをじっと見つめて、野崎に指示を出した。
「ナメクジの首の下あたり。そこを狙ってみてください」
「……分かった」
野崎は真剣にスコープを覗き、一点に向けて銃弾を数発続けて発射した。
すると、ナメクジは黒い靄となって消えた。
「佐藤。凄いな。あそこが魔石の在処だと見えるのか」
「はい。この間モナミに教わって、分かるようになりました」
私たちは、ときおり現れるナメクジを倒しながら順調に迷路の中を進んで行く。
奥へ進むに従い、分かれ道が多くなった。
「右へ、右へと進んで、行き止まりになったら戻る。それが良いかと」
小宮山君の意見に従い、進んで行くと三叉路に行き当たる。
「この場合は?」
野崎に聞かれて、小宮山君は「勘で……」と、情けない声で言った。
「私とジョバンニで行ってきましょうか」
「ドローンを使うか。ここには冒険者はいないようだ。ドローンの方が安全だ」
確かに他の冒険者には一度も出くわしていない。彼らは、どこにいるのだろう。
そして彼らが使う魔具とはどんなものなのか。
あのナメクジが大量にいた場所をどうやって抜けることができたのだろう。
私の中では魔具と、冒険者が持つという力に興味がむくむくと膨らんだ。
ドローンを駆使して数時間経った。
「今日はここで休む。明日は階層ゲートが見つかると良いな」
通路の行き止まりに来て野崎が、この日の探索に終わりを告げた。
私たちには野崎の異空間があるため、ダンジョンでも安全に過ごすことができる。
――弁慶はどうやってダンジョンで休んでいるのだろう。
次の日の探索で、やっと階層ゲートに行き当たった。
ここから先には、きっと弁慶がいるはず。そして他の冒険者たちも……。




