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野崎の異空間に入って、売れそうな物を選び、今度は別のリサイクルショップに持ち込んでみた。
ハサミやタイマー、フライパン。懐中時計やたわし。大小のバッグ。有りとあらゆる物を持っていったのだ。
そして、何とか船賃をかき集めることができた。
野崎は予定通りひとりで船に乗り込み、私たちは異空間でのんびりしている。
そして数時間後、無事に魔都ナウシアへ降り立ったのだった。
ナウシアの街並みは美しかった。
ダガルンと似ている造りだったが、あの街の二倍はあり、当然、人口はもっと多いだろう。
絶えず人が行き交い、商業も盛んだった。
街の中心には神殿があった。
この国には王制はなく、すべての頂点に立つのは魔導師だという。
神殿には、その魔導師の卵たちや、その魔導師たちの世話をする神官たちがいる。
神官たちは魔導師を補佐するだけでなく、国の政治や細かな行政も担っているのだろう。
神殿を囲むように、冒険者たちの住まいがある。立派な造りの建物が並んでいた。
この世界では「冒険者」は、貴族のような身分なのだ。
魔都から数キロ離れた小高い丘には迷宮がある。
そこはできてから三十年以上は経っているそうだ。
屋台の店主にそれとなく話を聞いて分かったことだ。
「あれは二代前の魔導師様がお作りになった迷宮だ。だが、もうそろそろ閉じてしまうかもしれんな」
小宮山君が串焼きの代金を払いながら、さらに聞き出していた。
「迷宮から、魔物が溢れてくることはないんですか?」
「そんな話は聞いたことがねぇ。たまに少しは迷い出てくるらしいが、虫狩りたちが始末しているからな。心配いらねぇ」
ここも同じような魔物がいる迷宮だった。
隣の国にある迷宮はまた違う魔物が出るという。
魔導師の作り上げる迷宮には、国によってそれぞれ特徴があるのだろう。
迷宮はこの世界にとって、資源を確保する場所だった。
地上ではごく僅かしか取れない希少な素材が、この地中深くにある、「魔素」を変換して生み出されるそうだ。その源が魔導師の力なのだろう。
まるで、化学工場プラントのようだ。
「科学が私たちの文明を支えているように、魔法はこの世界の文明を支えているということなのか」
チームで街を散策しながら、佐藤さんが感慨深げに言った。
「まるで、ダンジョンが産業インフラみたいですね」
「みたいではなく、実際にそうなのだろうな。迷宮は無くてはならない、彼らの生活の一部だろう」
野崎も小宮山君も、ナウシアの街の発展ぶりに感心している。
「力のある魔導師を育てるためにも役に立っている。面白い仕組みだわ」
「確かに、そうですね」
馬淵君が、遠くに聳える神殿を見ながら私に同意する。
街の中には、「魔具の買い取り・魔素補充いたします」と書かれた、小さな看板を掲げた店舗があった。
「この世界は、店舗の屋号がない文化なのか。変わっているな」
私もそれは不思議だった。店はほかの民家とほとんど区別がつかない。
通りに面した戸口の横に、その小さな看板だけがひっそりと掛けられている。
両側に建物が建ち並んでいるが、よく見ないとどこに何の店があるのか私たちには分からない。
でも、この街の人々はよく知っているようで、それぞれが吸い込まれるように店に向かって歩いている。
宿となる建物だけは間口が広く、厩がある中庭へ通じる通路があるため、私にもすぐに分かった。
「今夜は、ここに宿を取ってみよう。明日はいよいよ神殿へ乗り込むぞ」
勇ましく野崎が宣言した。
ここは虫狩りたちも利用する、中クラスの宿だった。
ロビーにはそれらしき人たちがたむろして、今日一日の成果を話し、賑やかだった。
「今日は、カマドウマを三体仕留めた。一人頭一万バール稼げた」
「凄いじゃないか。俺たちは奥の階層門近くで狩りをしたが、大した事は無かったな……」
そんな会話があちこちから聞こえてくる。。
小宮山君がフロントで手続きしている間、野崎は人々の話を理解しようと懸命だ。
佐藤さんも私も既にこの世界の言葉を理解してしまった。
野崎は、自分だけが後れを取っているのが悔しいのだろう。
ぎゅっと目を細め、耳を澄ませていた。
「野崎さん。話しかけてみたらどうですか? 私も佐藤さんも、話しかけたときに一気に理解が進んだ気がします」
「ん? そうか。よし、やってみよう」
野崎はスタスタと虫狩りたちの方へ歩み寄り、積極的に「日本語」で話しかけはじめた。
私のときもそうだった。不思議なことに、日本語で話しているうちに、だんだんと現地の言葉が分かるようになったのだ。
「佐藤さん、言葉って不思議ですね。一言通じただけで、だんだん馴染んできて、あるとき急に理解できる」
「人間の言葉に大きな違いがないからだろう。それに、私たちには加護がある。『知』の加護ではなくとも、少なからず影響があるのかもしれないね」
しばらく経っても、まだ野崎は話し込んでいる。
「通じたみたいですね。でも、打ち解けすぎだわ」
野崎と虫狩りたちは、お互いの持つマグカップを交差させ、すっかり打ち解けた様子で酒を酌み交わし始めていた。
小宮山も手続きが終わって、こちらに戻ってきた。
「何やってんですか……野崎さん」
「言葉が分かるようになって、嬉しくなったんでしょうね。子どもみたい」
「ぷっ。子どもって……野崎さんが?」
馬淵君も「あの、冷静沈着なCEO……が」と笑いを堪えている。
小一時間、ロビーでじりじりしながら待っていると、ようやく野崎は切り上げて戻ってきた。
相当強い酒だったらしい。
ふらつく足取りで、酒臭い息を吐きながら野崎は宣言した。
「ひっく。明日は迷宮へ潜るぞぉ!」
酔っぱらいを介抱しながら、私たちはそそくさと野崎を部屋まで連れていった。
――神殿にいる弁慶のこと、忘れてしまったの?
***
翌朝、二日酔いでぐったりしている野崎は、私たちを集めて、申し訳なさそうに話し出した。
「今日は迷宮へ行く。彼らと約束してしまった……。弁慶のことは、明日に回すしかない」
酔っていても、記憶はあったようだ。
野崎は酔った勢いで、虫狩りのパーティーの荷物持ちを請け負ってしまったらしい。
「荷物持ち? まさか、異空間収納の力をしゃべって仕舞ったんですか!」
「いや、そこまでは酔っていなかった……ただ、マジックバッグのことを話してしまった……つい、調子に乗ってしまったようだ」
野崎が作ったマジックバッグは、刻印がされていない物だ。
だけど、自分が使う分には、よそにはバレないだろう。
チームで話し合って、「大丈夫だろう」という結論が出た。
「虫狩りたちは、弁慶のことも話していた。今、弁慶は迷宮に潜っている。ただ、深い階層へ行っているらしい」
「野崎さん。だったら、明日神殿へ行っても会えないということですね」
「ああ。だが、面会の申し出をしておかなければならないそうだ。弁慶は、そこそこ自由にできているらしい。面会ができれば、彼の真意も聞ける。今日は迷宮へ行って、虫狩りの仕事を見る。そうしよう」
だが、私たちには装備がない。
ILT仕様のボディーアーマーはあるが、あれではここでは浮いてしまうだろう。
ここの宿の近くに、虫狩りの防具を取り扱う店があると聞き、小宮山君と馬淵君が装備を買いに行った。
「資金が底をついたな……また金の工面をしなければならなくなった」
野崎が落ち込んでいる。佐藤さんが「心配いらない」と慰めていた。
「虫狩りをすればきっとお金になります」
「……そうだったな。だが、どれほど稼げるか……」
私たちが合流した虫狩りのパーティーは三人組だった。
虫狩りの中では少人数のパーティーで、分け前は増える代わりに、持ち帰る手段がなく、結局ほかのパーティーと変わらないという。
そこで、調子に乗った野崎が荷物持ちを買って出たのだろう。
彼らは許可証を取ってきてくれ、狩りの手ほどきもしてくれるという取り引き内容だった。
得物の分け前は受け取らない。野崎の気前のいい取引に、彼らは大喜びだった。
「よ!お大尽。今日は厳しく、一から仕込んでやるからな。覚悟しておけ」
「……ああ、よろしく頼む……」
昨夜とは打って変わって慎重になった野崎など気にも留めず、虫狩りたちは背中をバンバンと叩いて笑っている。
リーダーはノサップという名前で、痩せ型で背の低い男だった。
話し好きで、絶えず私や小宮山君に話しかけてくる。
「お、珍しいねぇ。女の虫狩りなんざ初めて見たぜ。なあ、あんちゃん。お前はいくつだ?」
小宮山君が二十三になったと答えると、ノサップは目を剥いた。
「え、おいらと同じ年じゃねぇか。ずいぶん若く見えるな。魔素を吸ったのか?」
「い、いえ。昔から若く見られるたちで……」
「ふーん。本当か?」
迷宮までの道すがら、さまざまな話が聞けた。
ここの迷宮の一階層は虫の魔物がほとんどで、レイドラにできた新しい迷宮と作りは同じだという。
ただ、こちらの迷宮のほうが魔物が大きい。
「大きいのは良いんだ。金になるからな。だが倒すのに手間がかかるんだ。辛子スプレーは効きにくいしな。だから体力勝負だ。女のモナミさんにはきついだろうよ」
「私は力はあります。それにジョバンニもいますし」
と言うと、「その犬っころが? まあ、いい。モナミさんがそれでいいなら何も言わねぇよ」と、ノサップは肩をすくめた。
迷宮に着き、ノサップは私たちの人数分の許可証を出してみせる。
この許可証は短期の物で、三日間の限定だった。
彼ら虫狩りは、長期の許可証を持っているが、私たちのは短期間のため料金が二千バールだそうだ。
「ここに長くいるわけではないからな。これで十分だ」
野崎は気にしていない様子だ。
五千バール出せば一ヶ月有効だ。そちらの方がお得だろうけど、彼らに任せたのだから、文句は言えないだろう。
たぶん、ノサップは、親切心で私たちを同行させたのだろう。
野崎のマジックバッグもそれほど当てにしているようには見えなかった。何も知らなそうな私たちを気に掛けて、狩りの仕方を教えてやると、思ったのだろう。
それに、人手があれば、単純に持ってくる量が増えると考えているのかもしれない。
実は、私は一人で魔物を倒せる。
佐藤さんも、きっとできるはずだ。
魔石を闇の膜で覆い、引き抜けばいいだけだ。この倒し方は、以前アルケディアで発見した。
闇の力の新たな使い方だった。
弁慶のシールドと、同じ原理なのだろう。闇の膜は伸縮が自由自在で、使い勝手の良いものだった。
佐藤さんが私を皆から離して、小さな声で話し出した。
「野崎さんの手持ちの金が底をついた。だから、私たちで魔物を狩る。例のわざを使えば、魔物素材は残るんだよな?」
「はい、残ります。でもマジックバッグがないと持ち帰るのが大変ですよ。野崎さんが持っているマジックバッグは、ノサップたちの獲物を入れるんでしょう?」
「今、野崎さんが急いで作っている」
野崎を見ると、難しい顔をして、手に持った小さなポシェットをにらんでいた。
ノサップたちに私たちの力を知られては大変だ。
後でチームを分けて行動すると、佐藤さんは話してくれた。
「良いか、俺たちのやることをよく見ておけ」
壁から這い出た魔物を、虫狩りたち三人で囲む。ノサップが頭を狙って赤いボールを投げつけた。
赤いボールは辛子の団子だ。ノサップの投げたボールは、狙った場所に正確に当たった。
一メートルを軽く超えるダンゴ虫が触角を縮め、体を丸めて転がる。
それを三つ叉の槍でひっくり返して押さえつけ、残った二人で腹の柔らかい場所に長剣を突き刺す。
中には、きらりと光る魔石があった。
一人が剣の先で器用にくりぬくと、魔物は動かなくなった。
「どうだ、簡単そうに見えるだろう。だがな、こう見えてダンゴ虫の体は硬くて重いんだ。女には難しいぞ」
「……そうかも……」
私はノサップの言葉には逆らわない。その方が何かと都合が良いだろう。
「私、怖くなってきました」
佐藤さんがすかさずそれに乗ってくる。
「そうだな。モナミ、私たちには無理だ。安全な場所で待つことにしよう」
ノサップも安心したように、「そうした方が良い」とうなずいた。
***
ジョバンニと私と佐藤さんは、そこでいったん別行動を取ることにした。
人気のない場所を探して歩き、周囲に誰の気配もないのを確かめてから、私はジョバンニに向き直る。
「ジョバンニ、魔物を探してここまで連れて来てくれる?」
「分かったワン!」
ジョバンニが地面を蹴って走り去っていく。 ほどなくして、少し離れた場所の空気がぐらりと揺れ、そこに魔物が“湧き出す”ように姿を現した。距離は五メートルほどだ。
「湧いてきたな……モナミ、やれるか?」
「はい。やり方は付与と似ています。体から小さなシャボン玉を吐き出すイメージで……魔石の位置は、集中して見ているとだんだん分かってきますから」
「そうか。取りあえず、やって見せてくれ」
魔物は、二メートル弱はあろうかという巨大なゲジゲジだった。
細長い黒い胴体に、無数の足がうねるように蠢いている。畳をなめるように動く足がざわざわと音を立て、長い触角がさわさわと揺れながら床や周囲を探っているようだ。
じっと目を凝らすと、ゲジゲジの頭部、その中心あたりにだけ、ぎゅっと色が濃く集まっている違和感が見えた。
「魔石は、あそこね」
私は息を整え、両手のひらの前に意識を集中させる。 空気の層がきゅっとまとまり、直径十センチほどの透明なシャボン玉がふわりと生まれた。表面には、淡い虹色の光がゆらめいている。
そのシャボン玉を、ゲジゲジの頭めがけて押し出すように放つ。 ぱん、と静かな手応えのあと、何か固いものをつかんで「がちっ」と噛み合った感覚が伝わってきた。
「……今だ」
見えない糸を手繰るように、私はシャボン玉をグイッと引き寄せる。 次の瞬間、ゲジゲジの体から力が抜け、糸が切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちた。
私の掌には、五センチほどの紫色の魔石が乗っていた。尖った結晶の表面が、まだ微かに脈打つように光っている。
そこへ、宙に魔物をずらりと浮かべたジョバンニが、舌を出しながら全力で駆けてきた。
「モナミ! いっぱい捕まえてきたワン!」
「ジョバンニ……」
魔物たちは、空中でもがいていた。
「ジョバンニの重力操作か」
佐藤さんは口の端をひくつかせて魔物を見上げている。
足をジタバタと振り回し、触覚をばたつかせているゲジゲジやカマドウマ、ダンゴ虫が、ざっと見て十体はいたのだ。




