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ダガルンの本通りを港に向かって歩いて行くと徐々に建物が立派になっていく。

街並みは馴染みのある西洋風だ。

程よく配置された街路樹は木陰を作っていて、街の所々には小さな広場が設けられていた。広場の一角に噴水があり、人々が水を汲みにやってくる。


「生活のための小広場なのね」

「そうだな、憩いの場とは少し違うようだ」


石畳が敷き詰められた本通りは、街道と同じように馬車がすれ違っても余裕の広さがある。

このまま真っすぐ進めば、港に突き当たる。


生臭い香りが強くなって目を向ければ、魚の小売店があった。

しきりに声を張り上げて客を呼び込んでいるようだ。


「魚屋さんって、どこの国でも似たような感じですね」

小宮山君が、感想を漏らす。

腐ってしまう前に捌きたいのはどこの世界でも同じだろう。

「ここには、魔具の冷蔵庫はないのか?」

野崎さんの疑問はもっともだが、たとえあったとしても魔具は一般庶民には高嶺の花だろう。


野崎が何かを見つけたようだ。

本通りから一つ道を外れた通りに進んで行く。私たちもその後をついていった。


そこは出店が立ち並ぶ屋台通りだった。

一坪から二坪ほどの屋台が、通りの両側にずらりと並び、港の方まで続いていた。

人が通れる道幅が極端に狭くなり、三人並んで歩くことができない。

私とジョバンニが並んで歩き、前には野崎、後ろには小宮山君と馬淵君、そのさらに後ろに佐藤さんがつき、自然と隊列ができあがった。


野崎が不意に立ち止まり、よそ見をしていた私はその背中にぶつかってしまった。

「あ、ごめんなさい!」

「いやいい。ここは魔具の出店か?」

小宮山君がいそいそとやってきて店主のもとへ向かい、そして戻ってきた。

「中古の魔具だそうですが、怪しいですね。こんな場所に高価な魔具を持ち込んで。まがい物かもしれません」


「そうか。魔具を買うわけではないんだ。ここに店を出すにはどうすれば良いかな。組合のようなものがありそうなのだが」

「そうですね。もう一度聞いてきます」


小宮山君が聞いてきた話はこうだ。

ここでは露天商の元締めに五万バール払えば出店できる。

だが、その他にも売り上げの十パーセントをみかじめ料として払う必要がある。


「小宮山君。みかじめ料って翻訳して良いの? 反社の匂いがするんだけど」

「……私の頭にはそう刻まれたんだ……だから、ここはそういう場所なんだと思う」


野崎は肩を落として諦めたように「ここから出よう」と言い、本通りへ戻った。


野崎は、私の横に並んで歩きながら「どちらにしても、先立つものがない」とこぼした。

せっかく準備してきた品物も、売る場所が見つからなければどうしようもない。

何か良い方法がないものか。

馬淵君と小宮山君が後ろでごそごそと話している。そして野崎に向かって恐る恐る提案した。


「あのー……ラノベでは、商業ギルドが定番で、そこへ行ってみるというのは、どうかなって私たち話し合ったんですけど、どうでしょう?」

「ラノベ? そうだな、異世界あるあるだと言うんだろう。分かった、看板の文字も読めない私ではどうしようもない。小宮山と佐藤。港の方を探してきてくれ。私と馬淵はここを探す」

私の名前が出なかった。私とジョバンニはどうすれば良い?

「野崎さん。私は?」

「……ああ、榊原君は……この噴水の場所にいてくれ。ここを合流地点にする」


待機って……役に立たないからかしら?

噴水の縁に腰掛け、ぼんやりと周りを眺めて暇を潰す。

ときおり七歳くらいの子どもが桶を抱えて水を汲みにやってきたり、洗濯物を抱えた女性が幼い女の子を連れてやってきて、洗い物をする。

それとなく見ていると、女性の連れていた女の子がジョバンニに触りたそうにしていた。


ふっと微笑んで「良いわよ触っても」と私が言うと、その幼女が、とととっと走り寄り、ジョバンニに抱き付いた。

「ᛟᚱᚨワンコ!」

「……ジョバンニっていう名前なのよ。私はモナミ。貴方の名前は?」

「……とᚲᚨᚱ」

「ん?」

「トリー」

「へえ、トリーちゃんっていうのね。いくつかな」

トリーはちっちゃな指を三本立ててみせる。

「三歳か、可愛いね、あ、これ食べるかな」

ポケットに入れていたチョコレートを差し出すと、トリーはそれを口に入れ、とろんとした顔をした。

「美味しいよね、チョコレート」

「とこれーと。おいちいねー」


――ん? 今私、普通に会話できていた?


しばらくこの世界の勉強を続けてきたが、やっと言葉が頭の中で繋がったのだろうか。


私は立ち上がって、噴水の周りに立ち並ぶ家々をぐるりと見まわす。

戸口には小さな看板があった。

じーっと見つめると単語と単語が組み合わさり、頭の中で繋がった。


「縫製賜ります。生活雑貨の直し屋……」


普通の家の表札だったと思っていたものが、今はそれぞれに意味のある言葉だと分かった。

その中の一つに、「中古品買い取り」という文字があった。

何かないかと、ポケットを漁ると、小銭入れが見つかった。

日本のお金など、ここではまったく意味がない代物だけど、革の財布は売れるかもしれない。


私はさっそく、その家の中へ入っていった。

外から見ると普通の家の玄関だが、中に入るとちゃんとした店構えで、日本でいうところのリサイクルショップなのだろう。


綺麗に掃除が行き届いた店内は、中流の気配があった。決して高級品を扱う店ではないけれど、ちゃんとした取り引きができそうだ。


カウンターの前まで行き、そこの女店員に小銭入れを差し出す。

「これの買い取り、できますか?」

「はい、少々お待ち頂けますか。査定いたします」


女性店員は小さなモノクルを出して小銭入れを調べ始めた。

そして少し眉をひそめ、再びじっくりと見始めた。

薄茶色のわら半紙のような紙に、さらさらとペンでなにやら書き込み、それを私に差し出した。

「こちらの金額でよろしければ買い取らせて貰います。いかがでしょう?」

紙には七万バールと書かれている。

高いのか安いのか分からないけれども、この世界に来て初めて手に入れたお金だった。


お金を、腰につけていた小さなバッグに入れようとファスナーを開けると、女店員は目の色を変えた。

「その小物入れは売ってくれないのですか?」


これを売ってしまえば、入れ物はポケットしかなくなってしまう。私は首を振ってその店を出た。

広場の噴水でしばらく待つと野崎たちが戻ってきた。


「どうでした? ギルドは見つかった?」

「ああ、見つかったが、会員になるためには……金がかかる。またしても、だ」


私は今手に入れたお金を出して見せた。

「これで足りますか?七万バールと言っていましたけど」

「っ!榊原君、まさか君……ぬ、盗んで来たのか……」

「酷いです!ちゃんとリサイクルショップに行って品物を売ったお金です!」


ちょうどそのとき佐藤さんたちも戻ってきたので、先ほどの品物のやりとりのことを話すと、彼らは「その手があったか」と驚いた。


野崎は、商業ギルドの会員になるためには二十万バールかかると言った。

「だから、この際榊原君が見つけたリサイクルショップで何点か売ってみようと思う」


小宮山君が初めに行くことになり、マジックバッグから、革の財布を数点取り出して持っていく。


彼が戻るとその手には三十万バールが握られていた。


「革の財布についているファスナー。これが高値の原因でした」

「そうか。ファスナーは、確かに画期的な発明だった。では、マジックテープも高値がつくか? あれは原価が低いから、儲け……」

「野崎さん。今後のこともありますし、慎重に行動しないと」

佐藤さんに言われてはっとした野崎は「そうだな」と気持ちを静めたようだ。


私たちの目標は弁慶を取り戻すことと、この世界のことを出来るだけ調べ、某国へ報告をすることだ。

その後野崎は船賃を調べ、一人頭三十万バールかかると頭を抱えたのだった。

この世界の物の価値は、私たちから見ると偏りがあった。

一食が百八十バール、宿は一泊二千バールほど。日用品はおおむねその程度の値段だ。

ところが、たった三時間の船賃は三十万バールもする。洋服も高く、金属加工品は贅沢品だった。魔具に至っては百万バール以上の値段がついている。


野崎は、この際マジックバッグを売ってしまおうと言い出し、皆が大反対する。

「確かにこれを売れば船賃になるでしょう。ですが、野崎さんまで疑われてしまいます。魔具には制作者の刻印があるそうです。もし刻印がなければ、不審に思われて調べられるでしょう。誰が作った魔具なのかを。」


「ではどうする。ここで商売をして稼ぐことはできるだろう。だが、船賃を稼ぐとなると一ヶ月では済まなくなるぞ」

野崎が声を荒げるが、佐藤さんは「地図を手に入れましょう」と斜め上の提案をする。


「船で行くのを諦める。佐藤はそう言うんだな」

「はい。地図さえあれば迷うことがなくなります。目立つことなく魔都へ入れます」


このダガルンの海を隔てたすぐ向こうに魔都ナウシアがあると言うのに、お金の問題でどうにもならない。

船を使わないとなれば、内海を海岸沿いにぐるりと大回りすることになる。

そこに道があれば良いが、途中で崖に出くわせば内陸を走らなければならない。ジープがあるから、歩くことはほとんどないだろうが、地図は絶対に必要だ。


馬淵君が商業ギルドへ行って地図を買ってきた。十万バールもしたそうだ。

皆で地図を囲みじっくりと眺める。

「魔都までは直線距離で三十キロ程か。海岸線を回って行くと大きな川に差し掛かってしまう。川を遡っていけば、川幅は狭くなりそうだ。二百キロ以上の道程になりそうだな」

などと話し合っているとジョバンニが突然話し始めた。


「僕ならみんなを浮かせるよ!」

「「「!!!」」」


その後、野崎は自分の頭をぽかぽかと叩きだした。

「私はなんって馬鹿だったんだ!」


みんなは再びギョッとする。今までこんな野崎を見たことがなかった。

「ど、どうしたんですか野崎さん」


「私の異空間に皆を入れれば、船賃は一人分で済むんだ。それを……全員分の船賃のことを心配していたなんて……」

「そうだった。お金はある……いや、もう半分しかなくなってしまったか」


地図を買ったのが痛かった。

その他にも、ここで一般的に着られている洋服を買い求めていたし、物価を調べるために細々と買い込んだ。


「また、リサイクルショップですね」








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