65
ジープを収納し、ここからは徒歩になる。
私たちは、歩きやすい街道へと出た。
道幅は、馬車がすれ違えるほどに広い。ジョバンニは、私たちの歩調に合わせるように、ゆっくりとついてくる。
私たちの服装は目立つため、以前、野崎が用意してくれた耐刃効果つきの黒いローブを羽織っていた。
ローブは、私には少し長い。足首が隠れるくらいある。野崎や佐藤さんには、膝下くらいの丈だ。
「フードがあればよかったな。まさか、金が問題になるとは……」
野崎が、ひとりでぶつぶつとこぼしている。そこで、私が提案してみた。
「野崎さん。お金を稼げばいいんです。何かを売って……あ、そうだ。私たちが付与したものなら、きっと売れます。魔具として」
「……そうだな。あれは疲れるが、そんなことは言っていられない」
住む処も、食事も問題はないが、街の中で活動するとなればそうはいかないだろう。何にしてもお金は必要だった。
街へ入るのは翌日に回すことにして、街道からそれて人の目につかない場所を探す。
そこで今夜は休むことにした。
近くに細い川が流れる綺麗な場所があった。あたりは丈の高い草がぼうぼうに茂っていて、身を隠すには格好の場所だろう。
「ああ、疲れた。結構な距離を歩きましたね」
異空間に入って、馬淵君が足をさすりながら靴を脱ぎ、靴擦れの様子を確かめている。
私たちは研究職だ。
とくに[[馬淵]]君は、体格から見ても運動は苦手そうだ。
私は闇の加護を授かってからというもの、平気になってしまった。
――人外にはなっていないわよね……。
やや不安を抱きながら、野崎の資材置き場にある棚を物色する。
ここにはいろいろなものが納められていた。日用雑貨や消耗品、レトルトの食料品など、種類も豊富だ。まるで巨大スーパーの倉庫のようだった。
その中に、細いナイロンロープがあった。
「これ、使えるかな」
太さ八ミリほどのロープなら、さらに丈夫にすれば、そこそこ売れるのではないだろうか。
ロープは現代社会でも利用価値が高い。
ましてや丈夫なナイロン素材だ。さらに何らかの付与を施せば、「魔具」などと目立つ名称をつけなくても売れるだろう。
そばには、鍋や釜、お玉などの台所用品まである。
「野崎さん、一体何を考えてこんな物まで大量に仕入れたんだろう?」
スーパーの中を散策するような気持ちで、どこまでも続く棚の列を見て回った。
包丁とナイロンロープ、サランラップ、のこぎりを持って居住スペースに戻ってくると、野崎が袋を見つめてじっとしている。
「野崎さん、どうしたんですか?」
「しーっ。榊原さん。いま野崎さん、集中しているんで邪魔してはいけないんだ」
「袋に付与を掛けて、魔法袋にするんだそうだ」
へえ、と感心してしまった。なんでも入る異空間の袋なら高値で売れそうだ。
「でも、この世界にあるのかしら、マジックバッグ」
「ああ、あると聞いた。冒険者が持っているそうだ」
小宮山君に教えられて野崎は作る事にしたのだ。
野崎の付与は、まだ時間がかかりそうだ。
ピクリとも動かない野崎のそばから離れ、今持ってきたものを皆に見せて、どんな付与を掛けるか話し合う。
「でも、ナイロンロープ。このままでも売れそうです」
「そ、そうね」
「サランラップは出さない方が良くないか、モナミ。あまりにも異世界のものって見破られそうだぞ」
佐藤さんに言われて、サランラップをそっと隠す。
「じゃあ、これは? 包丁」
「……剣なら売れると思う。付与付きの剣はラノベの定番だから。でも、包丁に付与を掛けて幾らで売る?」
馬淵君に却下されてしまった。
佐藤さんがロープを持ちながら言った。
「いっそのこと、我々は行商人だと言ってはどうだろう。そうすれば、ここにある物も普通に売れるのでは?」
「そうね! その方が楽だし、疑われないし。そうしましょう」
話が決まって、しばらくすると野崎が、
「やっとできた。どうだ!」
と、一人、声を上げた。
次の日の早朝、私たちは街道に出た。これからダガルンの街へ入っていく。
ドキドキしながら道を歩いていると、私たちを追い越して、次々と馬車や荷馬車がダガルンを目指していった。
徒歩の人もいれば、足も首も短い、ずんぐりとした馬もどきに乗った旅人らしき人もいる。
私たちは、ほとんど手ぶらだ。野崎が作ったマジックバッグに商品を入れているからだ。
なぜか、野崎はぶすっとしていて口数が少なかった。
「さすが港湾都市ね。人の流れが多いわ」
まばらに建っていた家々が、だんだんと密集してきた。
「城壁のある都市ではないんだな。この世界には紛争はないのだろうか?」
野崎が本通りを歩きながら、そう呟く。
そばを歩いていた異世界人が怪訝な顔をする。言葉が日本語だからだろう。
私たちの語学は、まだ半分ほどしか進んでいない。片言なら少しだけ話せるようになったが、早口の言葉などは聞き取れないし、話し方もまだ不自然だ。
しばらくは、馬淵君と小宮山君だけが頼りだ。
これからこの街でお金を手に入れ、次の街を目指す。
オラドン国の首都、ナウシア魔都だ。
そこには「魔」の神殿がある。
弁慶は、そこへ連れて行かれたのだ。
「どれほど金が稼げるかで、この先の旅程が決まる。船賃を賄えるほど稼げれば、ここから船で一気に魔都まで行けるが、だめなら長旅になりそうだ」
野崎がマジックバッグをつかみながら、皆に向かって話している。
車があるといっても、地理に詳しくない私たちでは迷子になってしまいかねない。この内海をぐるりと回って行かなければならないそうだから。
船で数時間の魔都まで行くほうが、一番楽だし安全だろう。
私は潮の香りを嗅ぎ、深呼吸をした。
その隣で小宮山君が、不安そうに野崎に向かって話していた。
「野崎さん」
「ん、なんだ」
「冒険者たちが話してくれたんですけど、魔導師は元は冒険者だったそうです」
「それがどうした」
馬淵君も野崎に向かって話し出した。
「この世界は、ラノベ風でありながら随分違うってことです。冒険者の地位が高くて、上り詰めれば魔導師になるだなんて話、聞いたことがありません」
野崎はきょとんとして切り返した。
「当たり前だ。空想の話と違うのは当然だ。それのどこに不安要素がある?」
小宮山君も馬淵君も、言葉に詰まってしまった。
確かに野崎の言うとおりだ。
ここは現実に存在する世界なのだ。この世界にリンクした若者は、どういう風にイメージしたかは知らないが、私の予想では「ダンジョンが見たい」くらいのイメージだったのではないだろうか。
残念ながらその人は亡くなってしまい、真実を聞くことはできなくなったが、私の予想がそれほど的を外してはいないと思う。
私はそこで、自分が立てた仮説を話すことにした。
「今までの検証で分かっていることは、ダンジョンの魔物を黒い靄にしてしまえば、力がつくということだわ。力をつけることを目指している人たちが、たまたま『冒険者』という名前だった。名前が同じだから混乱するのよ。修行僧とでも思えば、納得いくのでは?」
「……そうですね。確かにそうだ。ややこしいな」
「あら、言葉がややこしいのは私たちの方よ。苦難に向かっていく。まさしく未知の空間に挑むのは、冒険者で合っていると思う」
私たちが倒した大きなナメクジは、銃器を相当数浴びせて、やっと倒せるほどの怪物だった。
生身の人間が剣や槍で挑むのは、まさに死に向かって挑む行為だろう。
いくら魔具を使えたとしても、普通の人では手が出ないほど高価な魔具を、そう何種類もそろえることはできないのではないだろうか。
資金や、強いチームをそろえる力。それらの条件を満たせる者だけが、頂点に上り詰めることができるのだろう。
ナメクジの先には、さらに強い魔物がいるだろう。
では、強い魔物ほど得られる力も多いのだろうか。
もしかすると、同じ「0.01」という結果にもなり得る。
小宮山君に言わせれば「しょぼい経験値」だそうだ。離れた場所から狩れるといっても、弾丸もただではないのだ。
そんなわずかな積み重ねをしていくうちに、少しずつ力となっていくのかもしれない。
魔導師が希少なのもうなずける。
「魔物から得られる経験値……とでも言えば良いのかしら。仮に一体0.01だとすれば、チーム全員が受け取れるけど、手強い魔物を百体仕留めてやっと1.0。そのうちに誰かが力尽きてしまえば、チーム全体に危険が及ぶ。非効率だわ」
佐藤さんが、ぽつりとつぶやいた。
「弁慶が拉致されるわけだな……」
その言葉に、みんなもうなずいた。




