↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/90

64

愛菜が拠点に戻ってきた。会議をしていた私たちを見つけると、まっすぐ駆け寄ってくる。


「やあ、戻ったね。言葉の問題は片づいたか?」

野崎が声をかけた。

「はい。小宮山君と弁慶さんが……もうペラペラですよ。ただ、ちょっと問題があって……」


愛菜は、弁慶が異世界で注目の的になってしまったことを報告した。


「それは、弁慶にとって辛かっただろうな。だが、彼は日本へは戻らない覚悟をしていた。今後どうするか、だな」


私たちはすぐに異世界へ向かう準備を始めたが、野崎は愛菜にだけは残るよう言い含めた。

愛菜には戦う力がない。これから何が起こるかも分からない。だから、彼女は渋々うなずいた。

私は愛菜にこう助言した。

「護衛の人たちとコロと一緒にダンジョンへ潜るといいわ。魔物を倒せば、愛菜にも力がつく。そうすれば、また一緒に異世界へ行けるはずよ」


これまで研究してきた魔石についての仮説は、すでに野崎たちにも話してある。二日ほどダンジョンに潜り、確証を得たのだ。

私の闇の力で魔物の核を見つけて潰せば、驚くほどあっさり倒せた。

コロにも教えれば、同じようなことができるだろうと、プロメテウスも太鼓判を押してくれている。

そこにはエロスも来ていて、私たちの話に耳を傾けていた。

《われも、ダンジョンへ行ってみたいな。どうかな?》

エロスは、心配そうな目でこちらの顔色をうかがう。


私は野崎に視線を向け、判断を仰いだ。

「神がいれば、手助けにはなるかもしれないな……それに、エロスは新たな武器も持っているそうだし」


エロスの腰には、金と銀に輝く二丁の拳銃がぶら下がっている。

ヘパイストスが、私たちの銃器をまねて作り上げたものだ。


――エロスは、本来なら弓を持っているはずなのに。

でも、これが新しいアルケディアの形なのかもしれない。


《われの銃は、バフ……デバフ、だったかな。それができる……らしい》

たぶん、馬淵の受け売りだろう。

本来のエロスは、金の矢で愛を芽生えさせ、銀の矢で呪いのような力を振るう神だと、神話では語られている。

その「矢」の銃バージョンなのだろう。


「みんな、まずは検証をしよう。集まってくれ」


検証といっても、大したことではない。野崎の異空間に入り、異次元ドアをくぐるだけだ。

私たちは異空間の中で、ぶつぶつと文句を言っていた。野崎だけが異次元ドアを抜けて、ひとり異世界側へ行っているのだ。


「検証するほどでもないんじゃないですか。できるに決まってますって」

「そんなことを言うものではないぞ、馬淵。何でも、やってみないことには分からないのだから」


私は、内心では馬淵君の意見に賛成だった。

佐藤さんはああ言うけれど、野崎はただ、自分の力を誇示してみたかっただけなのではないだろうか。


「なんせ、ピーターパン・シンドロームだし……」

「モナミ、何だ、それは」

「いえ、何でもありません。それより、ここ、すごいことになってますね」


野崎の異空間は広い。

各種重機が整然と並び、資材が山のように積まれている。

そして、立派な建物が数棟も建っていた。

大きな貯水タンクも二つあり、そこからジョバンニが水を補給する。

汚水は浄化されて循環する仕組みで、宇宙船の技術が応用されているらしい。


いまごろは、野崎は異世界側に抜けているだろうか。

私が建物を見て回ったり、食料庫の中身をこっそりのぞいたりしていると、野崎が異空間に戻ってきた。

「問題が起きた……」

「え? 異世界側へ出られなかったんですか?」

「いや。私はいま、牢に監禁されている。監視の目をぬって、ここに入った」



「小宮山と接触しようと、愛菜に聞いた宿へ向かう道すがら、屋台があった。そこで、うまそうな串焼きを買ってな。さて金を払う段になって、日本円が使えないことに気がついた……」

「CEO……」

「その呼称はやめてくれ。私の至らなさで、君たちを危険な目に遭わせることになってしまった……」

「串焼きって……言葉が通じたんですか?」

馬淵君がそう尋ねると、野崎は身振り手振りで通じたと、笑顔で答えた。


佐藤さんが、おっとりとした口調で提案する。

「弁慶、の名前を出してみてはどうですか?」

「そうだった。分かった。少し待っていてくれ」



それから、三時間ほど経ったころ――。

野崎さんが再び異空間に入ってきたとき、小宮山君も一緒だった。


「問題が起きた……」


また問題が起きたの?

今度は、一体どんな問題だというのか。


「野崎さん、弁慶は?」

「彼は『魔の神殿』という場所へ連れて行かれたそうだ」

「何ですか? 魔王の館でもあるんですか、この世界は」


小宮山君が調べて回ったところ、この国は――いや、この世界のほとんどの国は、「魔」を信奉しているという。

その「魔」とは、すなわち魔法のことだ。

ダンジョンは、魔導師が生み出す究極の魔法なのだそうだ。

魔導師が寿命を迎えるころ、残った力を注ぎ込んで迷宮を造り出す。

そして、自らがその迷宮の主となり、さらに数十年、あるいはそれ以上も生き延びるのだという。


「あのダンジョンは、そうやって出来上がった……そうなのね」

小宮山君は、力なくうなずいた。


「この話は、ここでは常識みたいだった。私がもっと早く、話を聞いて回ればよかったんだ。弁慶さんは外へ出られなかったんだから……」


馬淵君が、小宮山君の肩を軽くたたいて慰める。

「私がいたって同じことだし、どうにもできなかったはずだ。それより、言葉を教えてくれ。まずは、この世界の言葉を覚えないと」


それからは、小宮山君が「知」の加護持ちである馬淵君に教え、佐藤さんがそれを体系づけていった。

私と野崎は、そのやり取りを見ながら、内容を頭にたたき込んでいく作業になる。


「すぐには無理だわ。馬淵君は?」


「私は大丈夫なようです。もう、話せるようにもなっています」


「知」は、一番役に立つ加護なのかもしれない。


***


私たちは、小宮山君の泊まる宿にいる。

とはいえ、夜中に異空間から出て、こっそり見て回ることしかできない。

野崎は小宮山君の知り合いということで、ここにいても自然だ。けれど、見たこともない人間が突然ぞろぞろ歩き回れば、不審に思われるに決まっている。

私は、真っ暗な窓の外をながめた。ぼんやりと、人影のようなものが動くだけだ。


「せっかくの異世界なのにね」

「モナミ。しばらくしたら、野崎さんはこの街を離れると言っていた。他の街へ行けば、もう大丈夫になるはずだ」


ジョバンニも、窮屈な思いをしている。

異空間は広いけれど、風の匂いも、時間の気配も変わらない。

早く、どこか別の場所へ移動したい。


一晩、異空間で休み、時計を見ると八時になっていた。

「起きなきゃ……」


いまごろ愛菜は、もうダンジョンに入っているだろうか。そんなことを考えながら、身支度を整える。

ジョバンニと一緒に、女性用に整えられた建物を出ると、隣の建物から佐藤さんと馬淵君も出てきた。

「野崎さんも、そろそろ顔を出すころだな」


野崎は、あの豪華な宿で小宮山君と過ごしている。

そう思っていたところへ、噂をすればというように、異空間の金色の出入り口から野崎が入ってきた。


「今日は、この街を出る。小宮山と二人で。君たちは、もう少しここで待機だ」


佐藤さんが、野崎の持ち込んだジープを指さした。

「これが使えそうですか? もし使えそうなら、ガソリンを入れておきますが」


「そうだな。この街を離れて、しばらくしてからなら使ってもよさそうだ。準備しておいてくれ」


私が、「これでは目立ちすぎます。異世界には馬とか馬車があるはずだし、それで移動してはどうか」と提案すると、野崎は端的に答えた。


「金がない。馬車も、馬もどきも手に入れることは無理だ」

「……CEO……お金がないって。初めての経験では?」

「……そんなところだ」



私たちは、遠くに街を望む場所まで出てきた。

小宮山君と野崎は、なんだかへとへとになって座り込んでいる。


「何かあったんですか?」


小宮山君が、代わりに答えてくれた。

「ここの役人に、どこへ行くのかとしつこく聞かれてさ。面倒になって走って逃げてきたんだ。追いかけては来ないだろうけど、念のため、ずっと走り通しだった」

野崎が「ジープだ、ジープで行くぞ」と叫んでいる。


佐藤さんは噴き出しそうになりながら、異空間からジープを出してくる。

「私が運転します。あ、免許証……ここでは関係なかったな……」


五人が乗り込み、シートベルトを締める。

ジョバンニが、窓の外をうれしそうに見ながら言った。

「僕、走って行きたい」

彼は、車と並走しても問題なくついてこられる。今まで窮屈だったぶん、外の空気が気持ちいいのだろう。


でこぼこの大地が広がっているが、ジープは問題なく走り抜けていく。時速三十キロほどしか出せないが、景色を眺めるにはちょうどいい。

道はあるものの、あえて外して進んでいた。いつ馬車や旅人と遭遇するか分からないからだ。


「ここから歩いて五日のところに、次の街があるそうです。何キロくらいだ?」

「だいたい百キロか、もしかすると百五十キロはあるか?」

「車なら、今日中に着きそうですね」


それぞれ他愛ない話をしながら、ときどきこの世界の言葉で話す練習もして、ドライブは楽しく進んでいった。

ジョバンニは、車のずっと先まで走っては戻るのを、何度も繰り返している。

本当に、すごい持久力とパワーだ。


異次元ドアは、とっくに外してある。いまは野崎の異空間にしまい込んでいる。

野崎は、「これでは、この世界に拠点は作れそうにないな……」と、ぽつりとこぼしていた。


ここは、人間が多く住み、独自の「魔」を信奉している世界だ。

もう少し様子を見てみないことにははっきりしないが、某国への報告は、かなり厳しい内容になるだろう。

あの国は、資源が欲しくて異世界を探していたらしい。だが、ここにもし資源が見つかったとしても、魔導師などがいる世界と、まともに取り引きができるかどうかは怪しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。