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愛菜が拠点に戻ってきた。会議をしていた私たちを見つけると、まっすぐ駆け寄ってくる。
「やあ、戻ったね。言葉の問題は片づいたか?」
野崎が声をかけた。
「はい。小宮山君と弁慶さんが……もうペラペラですよ。ただ、ちょっと問題があって……」
愛菜は、弁慶が異世界で注目の的になってしまったことを報告した。
「それは、弁慶にとって辛かっただろうな。だが、彼は日本へは戻らない覚悟をしていた。今後どうするか、だな」
私たちはすぐに異世界へ向かう準備を始めたが、野崎は愛菜にだけは残るよう言い含めた。
愛菜には戦う力がない。これから何が起こるかも分からない。だから、彼女は渋々うなずいた。
私は愛菜にこう助言した。
「護衛の人たちとコロと一緒にダンジョンへ潜るといいわ。魔物を倒せば、愛菜にも力がつく。そうすれば、また一緒に異世界へ行けるはずよ」
これまで研究してきた魔石についての仮説は、すでに野崎たちにも話してある。二日ほどダンジョンに潜り、確証を得たのだ。
私の闇の力で魔物の核を見つけて潰せば、驚くほどあっさり倒せた。
コロにも教えれば、同じようなことができるだろうと、プロメテウスも太鼓判を押してくれている。
そこにはエロスも来ていて、私たちの話に耳を傾けていた。
《われも、ダンジョンへ行ってみたいな。どうかな?》
エロスは、心配そうな目でこちらの顔色をうかがう。
私は野崎に視線を向け、判断を仰いだ。
「神がいれば、手助けにはなるかもしれないな……それに、エロスは新たな武器も持っているそうだし」
エロスの腰には、金と銀に輝く二丁の拳銃がぶら下がっている。
ヘパイストスが、私たちの銃器をまねて作り上げたものだ。
――エロスは、本来なら弓を持っているはずなのに。
でも、これが新しいアルケディアの形なのかもしれない。
《われの銃は、バフ……デバフ、だったかな。それができる……らしい》
たぶん、馬淵の受け売りだろう。
本来のエロスは、金の矢で愛を芽生えさせ、銀の矢で呪いのような力を振るう神だと、神話では語られている。
その「矢」の銃バージョンなのだろう。
「みんな、まずは検証をしよう。集まってくれ」
検証といっても、大したことではない。野崎の異空間に入り、異次元ドアをくぐるだけだ。
私たちは異空間の中で、ぶつぶつと文句を言っていた。野崎だけが異次元ドアを抜けて、ひとり異世界側へ行っているのだ。
「検証するほどでもないんじゃないですか。できるに決まってますって」
「そんなことを言うものではないぞ、馬淵。何でも、やってみないことには分からないのだから」
私は、内心では馬淵君の意見に賛成だった。
佐藤さんはああ言うけれど、野崎はただ、自分の力を誇示してみたかっただけなのではないだろうか。
「なんせ、ピーターパン・シンドロームだし……」
「モナミ、何だ、それは」
「いえ、何でもありません。それより、ここ、すごいことになってますね」
野崎の異空間は広い。
各種重機が整然と並び、資材が山のように積まれている。
そして、立派な建物が数棟も建っていた。
大きな貯水タンクも二つあり、そこからジョバンニが水を補給する。
汚水は浄化されて循環する仕組みで、宇宙船の技術が応用されているらしい。
いまごろは、野崎は異世界側に抜けているだろうか。
私が建物を見て回ったり、食料庫の中身をこっそりのぞいたりしていると、野崎が異空間に戻ってきた。
「問題が起きた……」
「え? 異世界側へ出られなかったんですか?」
「いや。私はいま、牢に監禁されている。監視の目をぬって、ここに入った」
「小宮山と接触しようと、愛菜に聞いた宿へ向かう道すがら、屋台があった。そこで、うまそうな串焼きを買ってな。さて金を払う段になって、日本円が使えないことに気がついた……」
「CEO……」
「その呼称はやめてくれ。私の至らなさで、君たちを危険な目に遭わせることになってしまった……」
「串焼きって……言葉が通じたんですか?」
馬淵君がそう尋ねると、野崎は身振り手振りで通じたと、笑顔で答えた。
佐藤さんが、おっとりとした口調で提案する。
「弁慶、の名前を出してみてはどうですか?」
「そうだった。分かった。少し待っていてくれ」
それから、三時間ほど経ったころ――。
野崎さんが再び異空間に入ってきたとき、小宮山君も一緒だった。
「問題が起きた……」
また問題が起きたの?
今度は、一体どんな問題だというのか。
「野崎さん、弁慶は?」
「彼は『魔の神殿』という場所へ連れて行かれたそうだ」
「何ですか? 魔王の館でもあるんですか、この世界は」
小宮山君が調べて回ったところ、この国は――いや、この世界のほとんどの国は、「魔」を信奉しているという。
その「魔」とは、すなわち魔法のことだ。
ダンジョンは、魔導師が生み出す究極の魔法なのだそうだ。
魔導師が寿命を迎えるころ、残った力を注ぎ込んで迷宮を造り出す。
そして、自らがその迷宮の主となり、さらに数十年、あるいはそれ以上も生き延びるのだという。
「あのダンジョンは、そうやって出来上がった……そうなのね」
小宮山君は、力なくうなずいた。
「この話は、ここでは常識みたいだった。私がもっと早く、話を聞いて回ればよかったんだ。弁慶さんは外へ出られなかったんだから……」
馬淵君が、小宮山君の肩を軽くたたいて慰める。
「私がいたって同じことだし、どうにもできなかったはずだ。それより、言葉を教えてくれ。まずは、この世界の言葉を覚えないと」
それからは、小宮山君が「知」の加護持ちである馬淵君に教え、佐藤さんがそれを体系づけていった。
私と野崎は、そのやり取りを見ながら、内容を頭にたたき込んでいく作業になる。
「すぐには無理だわ。馬淵君は?」
「私は大丈夫なようです。もう、話せるようにもなっています」
「知」は、一番役に立つ加護なのかもしれない。
***
私たちは、小宮山君の泊まる宿にいる。
とはいえ、夜中に異空間から出て、こっそり見て回ることしかできない。
野崎は小宮山君の知り合いということで、ここにいても自然だ。けれど、見たこともない人間が突然ぞろぞろ歩き回れば、不審に思われるに決まっている。
私は、真っ暗な窓の外をながめた。ぼんやりと、人影のようなものが動くだけだ。
「せっかくの異世界なのにね」
「モナミ。しばらくしたら、野崎さんはこの街を離れると言っていた。他の街へ行けば、もう大丈夫になるはずだ」
ジョバンニも、窮屈な思いをしている。
異空間は広いけれど、風の匂いも、時間の気配も変わらない。
早く、どこか別の場所へ移動したい。
一晩、異空間で休み、時計を見ると八時になっていた。
「起きなきゃ……」
いまごろ愛菜は、もうダンジョンに入っているだろうか。そんなことを考えながら、身支度を整える。
ジョバンニと一緒に、女性用に整えられた建物を出ると、隣の建物から佐藤さんと馬淵君も出てきた。
「野崎さんも、そろそろ顔を出すころだな」
野崎は、あの豪華な宿で小宮山君と過ごしている。
そう思っていたところへ、噂をすればというように、異空間の金色の出入り口から野崎が入ってきた。
「今日は、この街を出る。小宮山と二人で。君たちは、もう少しここで待機だ」
佐藤さんが、野崎の持ち込んだジープを指さした。
「これが使えそうですか? もし使えそうなら、ガソリンを入れておきますが」
「そうだな。この街を離れて、しばらくしてからなら使ってもよさそうだ。準備しておいてくれ」
私が、「これでは目立ちすぎます。異世界には馬とか馬車があるはずだし、それで移動してはどうか」と提案すると、野崎は端的に答えた。
「金がない。馬車も、馬もどきも手に入れることは無理だ」
「……CEO……お金がないって。初めての経験では?」
「……そんなところだ」
私たちは、遠くに街を望む場所まで出てきた。
小宮山君と野崎は、なんだかへとへとになって座り込んでいる。
「何かあったんですか?」
小宮山君が、代わりに答えてくれた。
「ここの役人に、どこへ行くのかとしつこく聞かれてさ。面倒になって走って逃げてきたんだ。追いかけては来ないだろうけど、念のため、ずっと走り通しだった」
野崎が「ジープだ、ジープで行くぞ」と叫んでいる。
佐藤さんは噴き出しそうになりながら、異空間からジープを出してくる。
「私が運転します。あ、免許証……ここでは関係なかったな……」
五人が乗り込み、シートベルトを締める。
ジョバンニが、窓の外をうれしそうに見ながら言った。
「僕、走って行きたい」
彼は、車と並走しても問題なくついてこられる。今まで窮屈だったぶん、外の空気が気持ちいいのだろう。
でこぼこの大地が広がっているが、ジープは問題なく走り抜けていく。時速三十キロほどしか出せないが、景色を眺めるにはちょうどいい。
道はあるものの、あえて外して進んでいた。いつ馬車や旅人と遭遇するか分からないからだ。
「ここから歩いて五日のところに、次の街があるそうです。何キロくらいだ?」
「だいたい百キロか、もしかすると百五十キロはあるか?」
「車なら、今日中に着きそうですね」
それぞれ他愛ない話をしながら、ときどきこの世界の言葉で話す練習もして、ドライブは楽しく進んでいった。
ジョバンニは、車のずっと先まで走っては戻るのを、何度も繰り返している。
本当に、すごい持久力とパワーだ。
異次元ドアは、とっくに外してある。いまは野崎の異空間にしまい込んでいる。
野崎は、「これでは、この世界に拠点は作れそうにないな……」と、ぽつりとこぼしていた。
ここは、人間が多く住み、独自の「魔」を信奉している世界だ。
もう少し様子を見てみないことにははっきりしないが、某国への報告は、かなり厳しい内容になるだろう。
あの国は、資源が欲しくて異世界を探していたらしい。だが、ここにもし資源が見つかったとしても、魔導師などがいる世界と、まともに取り引きができるかどうかは怪しい。




