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愛菜たちは街の中を見て回っていた。
「冗談のつもりだったけど、本当に弁慶さん、重要人物扱いだったね」
歩きながら、小宮山は宿を出るときのことを話していた。
愛菜たちが朝から街へ出ると聞き、弁慶も「途中までなら良いでしょう」と言って宿から出ようとした。
その時、街の皆の目が一斉に弁慶に注がれたのだった。
だんだん人垣ができてきて、そのうちに、病気の老人を連れた女性が懇願し始めてしまった。
「魔導師様! どうかお力を!」
それを皮切りに、人々が押し寄せてくる。
弁慶はガタガタと震え、部屋へ取って返したのだ。
「まさかあれほどとはね。小さな街だから、噂があっという間に広まった。そういうことね」
「早く野崎さんに知らせないとね。彼なら何とかしてくれそうだ」
「榊原さんは……闇の加護を持っていらっしゃる。弁慶さんも。でも、だからといって万能ではない。そういうことですね。今、初めて身に沁みました」
一番の若手、護衛の沢村がそう言って考え込んでいる。
「ああ、俺も初めは羨ましかったんだが、それほどいいもんでもなさそうだな」
「自由がないっていうのもなぁ。可哀想だ」
護衛たちのしんみりした口調を聞きながら、愛菜も「そうね」と呟く。
弁慶は、日本には戻れないと言っていた。
それが、ここに来て現実に力を知られてしまい、恐れていたことが本当に起きてしまったのだ。
弁慶に掛ける言葉が見つからず、愛菜は黙り込んだ。
そろそろダンジョンがある区域に近づいてきた。
周りを見回せば、屈強な男たちが数人ずつのグループになって、一か所を目がけて歩いている。
目的地は同じ、ダンジョンだろう。
数えてみると、十ほどのグループが歩いているようだった。
肩から斜めに大きな袋を提げている者や、手押し車を押している者など様々だ。
「魔物の素材は、かさばりそうね」
「野崎さんの空間収納があれば助かるでしょうね」
そんなことを話していると、向こうからビジューが駆け寄ってきた。
「魔導師様のお連れの方々。今日からダンジョンへ入られますか」
「えっと、私たちは許可証が……」
「大丈夫です。ここに持ってきました。どうぞ!」
小宮山は断るわけにもいかず、許可証を受け取った。
それを満足そうに見たビジューは、そのまま後をついてくる。
コロと連絡を取るためにここへ来たのだが、これではどうにもならない。
結局、人の波に乗って、そのままダンジョンへ入っていくしかなかった。
大きな石造りの門。ダンジョンの入り口を抜け、五人はゆっくりと歩く。
ときおり後ろを振り返るが、そこにも冒険者たちがいる。すぐに出ていきたくても無理のようだ。
「仕方がないな。冒険者たちの戦い方でも見学して、隙を見て出た方が良いだろう」
アーサーの意見に同意して壁に沿って歩いていると、床からゲジゲジが湧き出してきた。
三十センチほどの虫だ。
護衛たちは、まず足で踏んづけてみたがビクともしない。
ゲジゲジは一瞬丸まり、その後、足を伝ってチェンの体をよじ登ってくる。
「くそっ!」
手で剥がそうにも、なかなかしぶとい奴だ。
それぞれが手を貸そうと慌て始めていると、冒険者の一人が薬のような物を持って助けに来てくれた。
彼がゲジゲジに霧吹きで薬を掛けると、近くにいた沢村の目にも入ったのか、「イッテーッ!」と叫ぶ。
「おい、辛子だぞ! 目をつぶっていろ!」
冒険者の男は、体から転げ落ちたゲジゲジを足で押さえ、剣で頭を素早く切り落とした。
そしてゲジゲジを持ち上げ、『これ、どうする?』というふうにこちらを見た。
「ありがとう。助かった」
「ん? 何言ってるか分かんねぇな。どこの言葉だ?」
小宮山君が間に入ってお礼をする。
「どうぞ。貴方が始末した獲物ですから」
そして、彼が使っている薬について聞いてみた。
「ああ、これな。辛子スプレーだ。倒せはしねぇが、こんな時は役に立つんだ。おめぇたち、そんなことも知らねぇで迷宮へ入ったのか。ここは油断しては危険だ。奥へは絶対行くなよ。あそこはナメクジが出る。あれはやべぇんだ」
彼はボースという名前で、『虫狩り』だという。
「冒険者ではないんですか?」
「ああ、冒険者ね。格好いい名前だが、俺たちはこの第一階層の虫を獲って売っている。冒険者はその先に行ける奴が名乗る名前だな」
「第一階層専門ですか。お金になるんですか、この虫?」
「はは、そこそこな。薬の材料になるんだとよ。あと、ここの虫は際限なく湧く。だから、いつも始末しねぇと外に出てくることがあるんだ」
ボースは、半日ここで魔物を狩り、袋が一杯になれば仕事はおしまいだという。
「半日で七千バールは稼げるんだ。生活には不自由はねぇぜ」
では、許可証の五千バールはそれほど高い金額ではないということだろうか。
それとも、迷宮で稼ぐ者にとっては払える金額でも、普通の町人たちには高いのか。
よく分からない小宮山だった。
チームのメンバーは、好待遇は受けていたが未だに現金が手元にはない。街へ出ても買い物すらできないのだから。
ボースのパーティにそのまま合流して、見学させてもらうことになった。
彼らの戦い方は、徹底した連係プレーだった。
護衛たちは興味津々で見守っている。
愛菜は加護もなく、コロもいない現状では一番危険だ。
そのため、護衛たちに守られている。小宮山も似たようなものだ。
チェンや沢村はサバイバルナイフを手に持ち、辺りを警戒しながら虫狩りたちの様子も見ている。
「ここでは銃器は使えないな」
いくら体中に武器を携帯していても、ここでは何の役にも立たない。
虫が壁から湧き出してきた。
今度はダンゴムシだ。七十センチはありそうだ。
二人がかりでスプレーを吹き掛けると、壁からぼとりとダンゴムシが落ち、その場で丸まった。
一人が先の三つ又になった槍で虫をひっくり返す。
もう一人が、それを木の棒で押さえつける。
その間に他のメンバーが腹の一点に刃物を差し入れ、小さな魔石をくり抜いた。
そして素早く持ち上げ、収納袋に入れる。
という流れ作業だ。
「床から早く上げねぇと、迷宮に持っていかれっちまうからよ」
第一階層は幅十メートルほどで、かまぼこ形の天井になっている。天井までの高さは五メートルほどだろうか。
奥行きは一キロ以上あると教えられた。
小宮山たちは、この道を通って異世界を見つけた。だがそんなことはおくびにも出さず、ボースの話に頷く。
「この奥には階層門がある。だが俺たちは行かねぇ。魔具があれば通り抜けられるそうだが、んなもん高くて手に入れることは無理さ。それこそ冒険者様でなけりゃな」
少し先の方で、別の虫狩りパーティーが虫を取り囲んでいた。
一メートルはある大きな芋虫だ。
この虫狩りたちは皆若いメンバーらしい。動きがぎこちなく、総出で斬りかかっている。
「ありゃぁ、なりたての虫狩りだな。若い奴らはああやって経験を積んで冒険者を目指す。俺たちも昔はそうだったな……」
だけど、現実は厳しいとバースはしんみりとこぼした。
若い虫取りが槍を突き刺すと、芋虫は黒い霧となって消えてしまった。
「かはは。くたびれもうけだったな。何にも残らねぇ」
「下手くそだ。魔石を壊してしまったんだな。まあ、みんな一度は通る道だな」
護衛たちはそれを見て、自分達が以前倒したナメクジを思い浮かべていた。
そろそろ仕事を切り上げると言うので一緒にダンジョンを出ることにした。
荷物を持つのを手伝うと申し出ると、喜んでくれた。
「なに? 分け前もいらねぇのか。おめえらお大臣様か? 何にしても助かる。今日は結構な稼ぎだぜ」
ダンジョンの出口は閑散としていた。
まだ中に虫狩りたちがいるためか、ここの見張り兵は二人だけだった。
見張り兵は小宮山たちにチラリと目をやったが、引き留めることはなかった。
ダンジョンから少し離れた場所でボースたちと別れ、小宮山たちはそれとなく、木々がまばらに生える方へ歩いていく。
愛菜は素早くコロを呼んだ。
「コロ、いる?」
すると、目の前にコロが現れた。
「おっと、びっくりした。さあ、もっと奥へ行って、異次元ドアの設置場所を探しましょう」
***
林を進んで行くと、岩の密集した場所に出くわした。
大小様々な岩は隠れ蓑にはちょうど良いだろう。
岩の間に、異次元ドアを設置し、愛菜と護衛たちはプロメテウスの拠点へ戻り、小宮山は弁慶のもとへ戻ることにした。
「今ごろ弁慶、寂しがってるだろうな」
小宮山が宿に戻ると、カイゼル髭の男と、黒いローブをまとった背の高い男が来ていた。
「おや、他のお連れの方々は?」
カイゼル髭の男が、眉をひそめてたずねる。
「ああ、ダンジョン……かな」
「ははは、それはそれは。実は弁慶魔導師どのに折り入ってお話がありましてな。そのために、魔の神官をお連れしたのです」
『魔の神官』と呼ばれたのは、黒いローブの男だった。
「初めまして。北の奥地からお越しの賢人さまがた。わたくしは魔の神殿に仕える神官にございます。この国においでの魔導師様を、我が神殿へお迎えに上がりました」
「お迎え……って。弁慶さん」
弁慶は、いつの間にか黒いローブをまとって立っていた。
「小宮山君は、ここで野崎さんを待っていて。あたいはこの人たちと行くから」
「べ、弁慶さん! だめだよ」
しかし弁慶は、一度も振り返らずに、彼らと共に行ってしまった。




