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弁慶たち一行は今、ダンジョンの入り口で、柄の悪い男たち十人に囲まれていた。
「ᛟᚱᚨᛞᚾᚱ! ᚱᚾᛟᚨᚱᛞ」
「何言っているか、分かるか?」
アーサーがボソッと小宮山に聞く。
小宮山や弁慶は、神経を集中して聞き取ろうと努力していた。
愛菜も影に隠れて成り行きを見守っている。
――コロがここにいなくて良かったかも。
コロには異次元ドアを背負わせて、先にダンジョンの外へ行ってもらっていた。
どういうわけか、あれほど目立つコロなのに誰にも引き留められず、さっさと近くの物陰に隠れていたのだった。
愛菜はチラチラとコロのいる方を見るが、誰もコロには気付かない。
するとコロが、尻尾を振って小さく「グオン」と吠えた。
その姿がぱっと消え、そしてまた現れた。
「コロったら……そういえば神様も姿を消すことができたんだもの。コロができないわけなかったわね」
そうしているうちに、男たちの一人がだんだん激高してきた。
「ᛟᚱᚨᛞᚾᚱ! っていってᚱᚾᛟᚨᚱᛞんだ! このᚲᚨᚱᛟᚾᛞ……」
「っ! 何となく分かるようになってきた」
「あたいも。もうちょっと違う言葉を話してくれれば……」
弁慶と小宮山は、首を伸ばして相手の話を聞き取ろうと懸命だった。
顔を真っ赤にして怒っている男は、脅しても怒鳴っても、平然とこちらを見ている。
勢いが削がれた彼には、奇妙な服装の男たちが、だんだん気味悪く思えてきた。
言葉が続かなくなって息を吸うと、奇妙な男が話し出した。
「初めまして、弁慶です。べ、ん、け、い。わかる?」
「べぇん、きぃえい……?」
「通じた。そうそう、弁慶。名前、ね!」
「おおーっ!」
護衛たちも周りで拍手し始めた。
そこで、小宮山君も負けじと話しかけた。
「私は、こ、み、や、ま、ですっ! 貴方は?」
「こみゅ、やぁま……ひょっとして名前のことか? おいらはビジューだ」
「わっ! 分かる。凄い、分かるぞ! 初めまして、ビジューさん!」
小宮山は喜び勇んで相手の手をぎゅっと握って、今理解したばかりの言葉で話し出した。
「ここはダンジョンですよね。貴方たちは冒険者ですか?」
「うっ……」
突然スラスラ話し始めた奇妙な男を見て、ビジューは腰が引けたが、取り敢えず仕事をしなければならない。
「おめぇら、どこのもんだ? この迷宮は入っちゃなんねぇだ。許可証、持ってるのか?」
「ああ、そういうことでしたか。済みません、持っていません。この国の許可証はどこでもらえますか?」
「……分かった。じゃあ、おいらに着いてこい。五千バールかかるぞ。金、持ってるんだろうな」
「……お金か……」
***
結局、弁慶たち六人は牢獄に入れられてしまった。
「どうすんですか、弁慶さん」
「仕方がないでしょ。お金がないんだから」
弁慶たちは盗掘者と疑われて、こうして拘束されてしまったのだ。
何かお金に換わるものと言えば装備しかないが、それもすべて取り上げられてしまった。
「返して貰えないと、困りますね」
「まあ、一番困るのは手榴弾ね。間違ってピンでも抜かれたら――」
ドゴオーン!!
「……遅かったっすね。怪我人が出ちゃったな、これは」
「まずいな。ますます怪しまれないか、俺たち」
護衛たちの心配はもっともだと愛菜は思ったが、弁慶と小宮山がシュンとなっているので、何も言えないでいた。
そこへビジューが駆け込んできた。
「お、おめぇたちは、一体何者だ! 魔具を持っているだなんて……ま、まさか……魔導師か……」
そして彼は土下座のような格好をして平謝りに謝っている。
「ど、どうか魔導師様。おいらの無礼をお許しくだせぇ。そいで、マーリュの奴を助けてやってくれ。魔具の暴発で……」
「弁慶さん!」
「……分かったやってみるわ……怖いけど」
今まで弁慶は、時間の巻き戻しで人の怪我を治した経験がなかった。
通されたのは事故の現場だった。
警備の詰め所なのだろう。弁慶たちから没収した装備が、そこら中に散乱している。
――よく他の弾薬に誘爆しなかったわね。
ほっと胸をなで下ろし、そこに横たわる小柄な青年に目をやると、片腕が千切れ飛んでいた。顔の半分もぐちゃぐちゃだった。それでも辛うじて息がある。
その青年の側に膝をつき、意識を集中させる。
そして青年の体に手を添え、心の中で念じた。
――時間よ。三十分……で良いかしら……戻れ……。
弁慶の手を伝っての力が抜けていく。体から何かがどんどんと抜けていく感覚は以前も経験していた。
建物の修復の時も、この間のダンジョンの時も同じだったが、今回はその抜ける量が半端ない。
「紫龍が言っていたとおり、生き物の時間巻き戻しは、大変……」
意識がとぎれそうになりながらそれでも何とか堪えた。
重傷を負った青年の体は光を発しながら、どんどんと再生する。いや、飛び散ったパーツが寄り集まって、形を元に戻そうとしているように見えた。
千切れて部屋の隅に転がっていた腕が、ずずずっとすり寄ってきて、元の場所に収まっていく。
床にこびりついていた血が、ゆっくりと体の中へ吸い戻されていく。肉片が顔に吸い込まれ、ボコボコと元あった場所に入り込んでいく。
心配して戸口に立っていたビジューたち警備兵は、その不気味な光景を見てガタガタ震えだしていた。
ようやく光が収まった。
弁慶はその場にへたり込み、「済みませんが、水を一杯下さい」と頼んだ。
「は、はいぃ……魔導師さま。ただいまお持ちいたします、です!」
水を飲み、十分ほど休んでなんとか立ち上がれるようになった弁慶は、その後、警備兵に案内されて別室へ向かった。牢にいたチームのメンバーも一緒だった。
重厚な扉の前まで案内されると、そこにはカイゼル髭を生やした太った男がいて、弁慶たちを中へ招き入れた。
「魔導師様、ようこそこのような僻地へおいで下さいました。警備兵の至らぬ扱いを、どうぞお許しください」
「あ、いえ……魔導師では――」
弁慶が口を開こうとしたので、すかさず小宮山は口を挟んだ。
「あの、ここは何という街ですか?」
「ここはオラドン国のレイドラという街です。まだ出来て十年ほどですな。ここに迷宮ができて、そこから発展した街です」
カイゼル髭の男は、ニコニコとしながら話し続ける。
「魔導師様方は、どちらの国のお抱えでしょう。オラドンの魔導師様は去年お亡くなりになって、今不在となっておりますから……まさか、新任の魔導師様ですか!」
話がややこしくなりそうだと素早く察した弁慶は、正直に答えようと目で皆に訴える。
しかし、メンバーは揃って首を振った。
愛菜がこっそりと囁く。
「何て言っているか分かんないけど、小宮山君に任せましょう。私たち、お金もないし」
弁慶は仕方がないので、小宮山が話している内容を、メンバーたちに小声で同時通訳してやる。
「われわれは、ここから遥か北の果てより参った者です。ここにダンジョン……迷宮があると聞き、見てみたいと思ったのです。ところが、旅の途中で野盗に襲われ、路銀をすべて奪われてしまいました」
――よくまあ、そんな口から出任せを。
弁慶は呆れてしまった。
「それは何とも不憫な。どうかこの街の宿へお泊まりください。いや、いや、お金など結構です。ここに魔導師様をお迎えするなど、大変名誉なことです」
紹介された宿は、大きくて立派な建物だった。
新しくできた街というだけあって、どの建物も綺麗で、道も真っ直ぐに整備されていた。
人口は千四百人ほどだが、人の出入りが激しく、正確な人数は把握できていないという。
迷宮に入って魔物を倒し、素材を売って生計を立てる、冒険者のような職業があるようだった。
街は彼らに許可証を出し、迷宮への出入りを管理している。
更には魔物の素材を買い付け、加工して売る商人からも税金を取り、それによって街は潤っているようだ。
宿は四階建てで、弁慶たちは最上階すべてを宛がわれていた。
四階は四つの豪華な区画に分かれていて、それぞれメイドや執事のような人たちが絶えず出入りする。
このような環境に弁慶たちは慣れていない。
何となく落ち着かなかった。
小さな一室にメンバー全員が固まって、こそこそと話し合いをする。
「どうすんのよ。異次元ドアを取り付けたくても、これじゃ無理よ」
愛菜が不満たらたらで、小宮山に愚痴を言う。
異次元ドアさえ取り付けてしまえば、いつでも拠点に戻れるのに、なかなかそうはならないのだから。
「仕方がないだろう。金がなくても立派な部屋に泊まれたんだ。文句を言うな」
「まあ、酷いことにはならなかったし、取り敢えず二、三日様子を見て抜け出せば良いわ。言葉が分かったんだから。任務は半分終えたんだし」
護衛たちも早く拠点へ戻り、そこから改めてダンジョンへ入りたがっているようだった。
そこでアーサーが提案した。
護衛たちと愛菜が街を散策する振りをしてコロと接触する。そして、人目につかない場所に異次元ドアを取り付けてくる。
だが、愛菜には異次元ドアの知識がない。
「小宮山君にも行ってもらえば良いわ。弁慶はここでは重要人物だから、自由が利かなそうだし」
「え、良いけど。このままで行くと弁慶さん、ここから出られなくなっちゃうかも」
「うそ! どうしましょう」
弁慶は自覚がなかったようだ。
途端にオロオロし始めた。
「とにかく弁慶のことはちゃんと野崎さんに話すから。大船に乗った気分で待っていてね」
――あたいを人質代わりに、ここに置いていくつもりなの?
弁慶はいきり立った。
「だめ。あたいも一緒に戻る!」
弁慶は思わず立ち上がり、拳をぎゅっと握りしめた。
だけど、メンバーから一斉にダメだと言われ、落ち込んでしまった弁慶だった。




