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「たぶん、この魔石が答えを持っている」
私は、自分が手に入れた紫色の水晶を見つめた。
「0・01の誤差は、この魔石が関係している」
私たちは銃器を使い、めくらめっぽうに撃ちまくって魔物を倒していた。
その銃弾のどれかが、偶然、体内にある魔石を撃ち抜いていたのではないだろうか。
――魔物が消えたのは、魔石を破壊したからだとしたら。
私たちの戦い方では、何も残らなかったのも当然なのかもしれない。
では、この魔石はどうして残った?
一つだけ、思い当たることがある。
私は初めて撃ったとき、なかなか狙ったところに当たらなくて、いらいらしていた。
射撃の腕が下手くそで、的を外し、その弾が結果的に魔石だけをえぐり出したのではないか。
そのせいで魔石が落ちて、魔物は存在を維持できなくなったのかもしれない。
「あのときは、頭がぼうっとして何も考えられなかった」
異世界の人たちは、長い経験からそれを知っているのではないだろうか。
どこを狙えば魔石を傷つけずに魔物を倒せるのか。
魔物によって魔石のある場所が違う可能性もある。
だからこそ、魔石も、肉も、皮も、素材として残し利用できる。
もし、この魔石が魔物の存在そのものを支えているのだとしたら――。
魔石を破壊された瞬間、魔物が黒い靄となって消えてしまったことにも説明がつく。
そして魔石を壊した段階で、何かが体に吸収された。
では、異世界の人たちが魔石や素材を持ち帰るのだとしたら、彼らの力は、それほど大きくはないと考えても良いのではないか。
彼らはそもそも、計測はできるのだろうか。
小宮山君のような「鑑定もどき」は持っていないかも知れない。
「だからって、素手で倒せないし、剣なんて使えないし、魔物の知識もないし……どうしようもないんだけどね」
とりとめのない思考が口をついて出てくる。ぶつぶつ独り言を言っていると、いつの間にか井ノ瀬博士が目の前に立っていた。
私を見て、くすりと笑う。
「相変わらず、頭の中で何か考えているようね、榊原さん」
「……つい、癖で」
井ノ瀬博士は少し笑ったあと、ふと思い出したように言った。
「私、明日、日本へ戻ることにしたの。しばらくは会えないみたいね」
「そうなんですね。井ノ瀬博士、いつも森へ行っているから、最近あまり話す機会もなくて……。それで、ダフネとは話せたんですか?」
「ダフネですって?」
井ノ瀬博士が、不思議そうに私を見る。
「だって、話せる木といったら、ダフネが姿を変えた月桂樹かなって思っていました」
「……そうなの?」
井ノ瀬博士は、何かに気づいたように目を見開いた。
「明日、あの月桂樹のところへ、もう一度行ってみるわ。名前を呼べば、答えてくれるかもしれない」
え、井ノ瀬博士……明日日本へ帰るんじゃなかったの?
だが井ノ瀬は、うきうきした様子で自室へ入っていってしまった。
「まあ、研究に夢中になる気持ちはすごく分かる。明日になれば、また気分が変わっているかもしれないし」
***
次の日、ダンジョンチームは検証のためこの拠点に残り、弁慶たちだけを先に送り出した。
弁慶たちは、異世界側に異次元ドアを設置する予定だ。
その一方で、私たちはダンジョン側にもう一つ異次元ドアを設置しなければならなくなった。
ディメンション製の異次元ドアは、座標さえ設定すれば、いくつでも設置できるのが強みだ。
ただし予備は二つしか持ってきていない。それが、野崎の悩みの種だった。
「このままダンジョンの階層ゲートに順番に設置していった方が、手間がないだろう。だが、予備が足りない。一度ディメンションリンク事業部へ戻るか……。しばらくダンジョン行きは中止しようと思うんだが。ん? どうした、馬淵」
「野崎さん。ラノベの常識では、ダンジョンは異物を取り込んでしまうことが多いんですが、ここのダンジョンは、なぜ異次元ドアを取り込まないんでしょう。その原因を、先に知りたいです」
佐藤さんと私が同時に答えて、声が重なった。
「予想はできますね」
二人で顔を見合わせて譲り合い、先に佐藤さんに答えてもらう。たぶん、私の予想と同じはずだ。
「今使っている異次元ドアは、アルケディアの素材で作っていますね。おそらく、ここの物質はダンジョンにとって異物ではないと認識されているのでは? あくまで、結果からの予想ですが」
「私も同じ意見です。ただ、検証のために、野崎さんには以前作った地球素材の異次元ドアも持ってきてほしいですね」
野崎は「よし、そうしよう」と快諾し、ディメンションリンク事業部へ出かけていった。
私は昨日考えていた、魔物素材や異世界の人間たちについての仮説を、佐藤さんと話し合う。
「ダンジョンの素材の取り方……モナミは魔石が魔物を形成していると考えているんだね」
「そこまで確証はないけど、この魔石が残ったのはそういうことだったのでは?」
「それを確かめたいが、今は動けないな。悔しいが」
馬淵君は、自分だけがまだダンジョンへ行けていないと不満をこぼす。
「何もしないで何日も待つのはつまらない」
「それなら、弁慶たちが設置した、異世界側の異次元ドアをくぐってみない?」
「モナミ。だめだ。野崎さんがいない今、勝手な行動は慎むんだ」
「……はい」
「それよりモナミ。私は君の魔物を倒した状況が気になる。初心者の君が、銃器を正確に魔石周辺に当てた……というのが腑に落ちない。もしかして、闇の新たな力だったのではないか?」
――そうなのかしら。
「なぜ? 狙ったのに一つも当たらなかったのは、下手くそだったからでしょう?」
「そうでは無いと思うよ。無意識のうちに、闇の何らかの力が作用して、魔石を囲んだ。弁慶のシールドみたいにね。そうは考えられないか? そしてそれ以前にモナミは重要な魔物のパーツを嗅ぎ分けていたとしたら、どうだろう」
弁慶が使ったというフィジカルフィールド。
もしくはバリアとか、シールドは、私がいつも身にまとっている防御結界と同じだろう。
彼はそれを意識的に広げて、みんなを包むように守った。
私にもできそうだ。
ただ、私が経験した「的に当たらない」というのも、闇の力と言えるのだろうか。
ただ単に、下手くそだったからではないのだろうか。
佐藤さんは、自分の中の闇の力を防御結界として解き放ち、意図的に広げられるか試している。
私は私で、「魔物の重要なパーツを感知する力」が本当に備わっているのか、ひとり黙々と検証していた。
ジョバンニを相手に、彼のウイークポイントを探し当てる作業だ。
はたから見れば、ただ犬とじゃれ合っている様にしか見えないだろうけど。
「ジョバンニ、動かないで。もう少しで見えそうな気がするんだから」
「……分かったワン」
見えてきた。ジョバンニには心臓がある。当たり前だけど。
それとは別に、淡い光の粒が、お腹のあたりに浮かんでいた。
あれは、ジョバンニが一度死んだとき、肉体からこぼれ落ちずに残った光の欠片だ。
エロスはそれを、モナミへの思いだけが形を変えて残った「愛の光」だと言っていた。
「これは弱点と言うより存在を保つ根源的な物……かしら」
ジョバンニから視線を外し、佐藤さんを見てみる。
佐藤さんにも二つあった。ひとつは心臓のあたり、もうひとつは頭。その二か所が、ぼんやりとした淡い青色のわっかに取り囲まれていた。そして、その二つが、心臓の鼓動に合わせるように点滅している。
馬淵君も、見え方は同じだった。
「人間の場合は、場所は固定なのかな?」
今度は、プロメテウスだ。
神は、やはり規格外だった。
その巨大な身体の、さらに遥か外側を取り巻くようにして、大きな光の輪が浮かんでいる。
肉体そのものも、内側から染み出すみたいに光り輝いていた。
今まで、どうしてこんなにまぶしい存在を見落としていられたのか、不思議なくらいだ。
今度は、無機物に意識を向けてみる。
十メートルほど離れた場所にある、何の変哲もない岩。
その中にも、何かが見えた。
ふと思い付き、闇のシールドを小さな膜にまで縮めてから自分の体から切り離し、その岩めがけて飛ばす。
三センチほどの黒い何かを、膜が包み込んだ。次の瞬間、一気に引き戻す。
――その刹那、岩は粉々に砕け散った。
「え……ええーっ!」
「ぷ、プロメテウスーっ!」
《どうした》
「こ、これって、どういうこと?」
私の掌には、黒く鈍い光を放つ、物質とも言い切れない何かが乗っている。
プロメテウスは私の手からそれを取り上げて、粉々になった石くずの中に戻した。
すると、ゆっくりと元の形に戻ろうと、石くずが集まりだしたのだ。
《あれは、あの岩の核だ。この世界のすべてには、形を成すための核がある。
モナミが我に与えてくれた“名前”のようなもの、と言えば分かるだろうか》
分かるような、分からないような……。
でも――要するに、魔物に対してこの力は有効だ、ということだけははっきりした。
佐藤さんにも、このことを教えた。
彼はしばらく難しい顔をしていたが、やがてこう言った。
「これが、本当の『闇の力』ということだろうな」
「どういうことですか?」
「以前、白龍と黒龍が言っていた『力の封印』について、思うことがあった。
龍は、魔族の力を封じたんじゃない。引き剥がしたんじゃないか。そして、引き剥がされた魔族は……」
私は愕然とした。
もし佐藤さんの予測が本当なら、魔族は死んだのだろうか。
それとも、佐藤さんたちに見えた、頭上の輪っかがもし「力」だとしたら――
魔族の本体は、植物人間みたいに、意識だけをどこかに置き去りにされたままなのだろうか。
龍は、与えた加護は取り消せないと言った。
それは言い換えれば、無理に引き剥がそうとすれば、私たちの身体にも多大な影響が出る――
そう告げていたのではないだろうか。




