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私の家の修理が終わり、生活は以前の島暮らしへと戻った。
開発部へも、一週間に一度だけ出社し、それ以外は各自が自宅で研究する形態に戻っるはずだった。
けれど、私の場合はまったく同じというわけにはいかなかった。
なぜか、今日も開発部のメンバーがここに来ている。野崎までいる。
どうしてこうなったのだろう。
まるで、ここが開発部の本拠地扱いだ。
一階のワンフロアでは、ペットたちと開発部の面々が、それぞれお気に入りのペットと戯れながら、あれこれと話し合っている。
愛菜は勝手知ったるなんとやらで、台所で皆の食事を作っているし、野崎はコーヒーを飲みながらぼんやり窓の外を見ている。
そして彼の傍らにコタロウが気持ちよさそうに寝そべっているのだ。
まあ、百歩譲ってこの状況は我慢できたとしよう。
問題は別にあった。
島の反対側で、今まさに大規模な工事が行われていることだった。
野崎に拝み倒され、島の半分をディメンションリンク事業部へ売却してしまったのだ。
決して大金に目がくらんだわけではない。
断じてない。
……ほんの少しだけ、心が揺れたかもしれないけれど。
それ以上に、後ろめたさがあった。
『私が勝手に異世界へリンクしたせいで、野崎CEOには迷惑かけちゃってるし……』
私はいつものソファにジョバンニと一緒に座っているけれど、いつものジャージ姿というわけにはいかない。
かといって、リクルートスーツを自宅で着るのもおかしい。
たった一枚だけ持っていたパンツとサマーニットを、今は身につけている。
これは、お出かけ用に取っておいたサマーニットだった。
弁慶たちは、いまだに別の異世界を探しているようだ。
神がいるかもしれない今の異世界より、もっと問題の少ない場所を求めているのだ。
「もなっちのおかげで、時間のズレの問題は解消されたからね。探索条件の幅は広がったわ。きっと、もうすぐヒットするはずよ」
「生物が問題だ。大型生物は排除しているからな……まだ難しいだろう」
佐藤さんは、弁慶の楽観をこっそり否定するように、私の肩をぽんぽんと叩いた。
そして野崎は、わざわざ私の神経を逆なでするような話を持ち出した。
「ああ、榊原君。昨日、建築部署から連絡があってね。工事中に温泉が湧き出したそうだ。ここにも引いてもらうよう手配してもいいが、どうする?」
楽しみにしていた私の温泉が、島の反対側で見つかったそうだ。
野崎の言い分では、ここへ引くには少しお金がかかるという。
「結構です。でも、温泉施設ができたら入ってもいいですか?」
「もちろんだ。社員の福利厚生の一つとして、立派な施設にするつもりだからな。いつでもどうぞ」
何となく負けた気がする。
私の島なのに、売ってしまった場所からいちばん欲しかったものが湧き出す。
――お金持ちって、どこまでも運がいいみたいね。
意味のない敗北感が押し寄せてくる。
考えてみれば、ここは私の家だ。私が遠慮していてどうする。
愛菜が作った食事を終え、私はジャージに着替えた。
そして犬たちを引き連れて「散歩してきます」と言って家を飛び出した。
「逃げ出したわけじゃないわ。いつもの散歩だし」
自分に言い訳して外に出て、ふうっと息を吐き出す。
いくら心から信頼している仲間だと言っても、四六時中一緒なのは、私にはハードルが高すぎた。
外へ出ると、工事の音が遠くから響いてくる。
かなり大がかりな建物を作っているようだ。
――こっそり覗いてみようかしら。
島の反対側へ行くには、ぐるりと海岸線に沿って歩かなければならない。
途中には小さな砂浜がある。これだけは、私のものだ。
その砂浜をしばらく歩いていると、野崎が追いついてきた。
私はしかめっ面のまま振り返った。
「そんなに嫌そうな顔をするな。相談があって、機会をうかがっていたんだ。しばらく私の話を聞いてくれ」
「相談ですか?」
意外だった。なんでも自分でどんどん進める印象の野崎が、悩み事を抱えているようだ。
恋愛相談なら、私など相談相手にはなれないだろう。少し身構えて野崎を見る。
「座って話そう」
そう言って、彼は高そうなスーツが砂まみれになるのも構わず、じかに砂浜へ腰を下ろした。
仕方なく、私も少し離れた場所に腰掛けた。
「異世界のことだが……あそこには巨大な生物がいたと話したな」
「ええ、すごいと思った。きっとキュクロプス神よ。古代のギリシア神話そのものだと感じた」
「私も、そう感じた。この分では、ほかの神もいそうだとな。例えば……」
「ゼウスやポセイドン、メドゥーサやミノタウロス、ケルベロスも……」
「そうだ。だが、我々には今のところ、この異世界が唯一のリンク先だ。政府の見解も、まだ決まっていない」
野崎は、会社が独自に異世界へ行って調査をしなければならなくなったと話した。
そして島に作った施設は、実は危険を排除するためのものだそうだ。
「万が一、異次元ドアから異世界の神が日本に侵入したら大変なことになる。君には申し訳なかったが、ここを人身御供にしてしまった」
「……そういうことだったんですね。構いません。そうよね、ここなら本土からかなり距離があるし、危険は最小限に抑えられますもの」
「そうか。それで、調査隊を組むことになるんだが、榊原君は参加したいか?」
「っ! 絶対参加します。行かせてください……あ」
私の心は一気に浮上し、そのあと風船がしぼむように、また一気に落ち込む。
「ペットたちのことが心配なら、愛菜や弁慶がここにいてくれるだろう。たぶん、佐藤には調査隊に加わってもらうことになる」
「みんなには、まだ話していないんですか?」
「ああ、これから話そうと思う。だが、命の危険があるんだ。本当に君は行きたいのか?」
「行きたいです。ジョバンニたちを置いていくのはちょっと心配だけど、愛菜だったらちゃんと世話をしてくれそうだし、私に万が一のことがあっても、最後まで面倒を見てくれます。きっと」
そのあとは、野崎に連れられて建設途中の施設の全容を見せてもらった。
思っていたよりも大がかりだった。島の半分を覆いつくすように地面が掘られ、周りは高い塀で囲む予定だという。塀が完成したあとで、重機が設置されるらしい。
人間の力では太刀打ちできないような生物でも、重機なら押しとどめられると考えているようだ。
「そうなれば自衛隊が出動するだろうが、今は秘密裏に事を進めているのでね。今はこれが精一杯だ」
「野崎さんはギリシャ神話の神々の力を勉強したんですね」
「ああ、昔の本を引っ張り出して読んでみた。強大な力は有るだろうが、意外に人間味もある。もし本当に同じような神なら……神のような存在なら、話合いはできそうだと思っている。だめなら異次元ドアを外せば良いだけだ。いくら神でも次元を超えられるとは思えないからね」
「超えてこられないと良いですね……もしそうなれば」
「もしそうなれば、神に祈るだけだ」




