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異次元ドアから出ると、そこにはチームのメンバーが待っていた。
疲れ切った私と愛菜は、質問に答えるのも億劫だった。
今日の出来事についてはアーサーに説明を頼み、私たちは女性用のプレハブへ入っていった。
中には簡易シャワー室があり、外には大きな貯水タンクがある。
ジョバンニにタンクへ水を入れてもらい、冷たい水で汗を流すことにした。
私たちが着ていたボディーアーマーは、カーキ色の分厚いベスト型のプレートキャリアで、その下にはコンバットシャツを着ていた。
先に愛菜がすべての装備を脱ぎ捨て、シャワー室へ入ろうとした。
そのとき、私は彼女の肩に酷い痣ができていることに気づいた。
「愛菜! 肩、痣になってる!」
「ああ、これ? アサルトライフルを撃つとき、反動がガンガン当たってたから……今になって痛くなってきちゃった」
アーサーには、肩のストックに固定して構えていれば、それほど強い衝撃は受けないと教わった。
けれど、初心者にはそれがなかなか難しい。
女性の場合は筋力も足りないのもあるかもしれないが。
私の場合は、闇の加護のおかげなのか、銃の重さもほとんど感じなかったし、多少の反動があっても気にならなかった。
でも、愛菜には加護がない。
コロがそばにいるから大丈夫だと、どこかで安心していた。
愛菜自身のことまで、ちゃんと考えていなかったのだ。
――私の落ち度だ。
以前、手袋に闇の力を付与したとき、その効果はかなり強力だった。今その手袋は井ノ瀬博士が愛用していた。
私は急いで、愛菜のプレートキャリアにも闇の力を付与した。手袋の場合はあり得ないほどの力が出せるようになれた。装備全部なら、もっと力が出るようになるかもしれない。
明日、検証してみないことには、効果は分からないけど。
それでも、何もしないよりはずっといいはずだ。
愛菜がシャワー室に消えたあと、私は佐藤さんに連絡を入れた。
「どうした。何かあったか?」
「実は、愛菜が今日の戦闘で肩に痣ができていたの。私と佐藤さん、それに弁慶は闇の加護があるから問題ないけど、野崎さんや若い二人には身体を守る加護がないでしょう? だから、みんなの装備にも闇の付与をしておいたほうがいいと思って」
しばらく間があった。
「……そうだったな。まったく気がつかなかったよ」
佐藤さんも、私と同じだったのかもしれない。
闇の加護を授かってから、自分たちが普通の人より頑丈になっていることに慣れすぎていたのだ。
「分かった。他のメンバーの装備への付与は、こっちでやっておく」
「お願い。どれくらい効果があるか分からないから、一度ちゃんと調べたほうがいいかもしれない」
「そうだな。野崎CEO……いや、野崎さんだったな。彼にも話しておこう」
野崎さんからは、「もうCEOではないのだから、ただの野崎と呼んでほしい」と言われていた。
私はもともと「野崎さん」と呼んでいたけれど、他の人たちにとっては、すっかり「野崎CEO」が呼び名として定着してしまっている。
長いあいだそう呼んできただけに、今さら「CEO」を外すのは、なかなか難しいようだった。
次の日のダンジョン入りは、一時中止になった。
だが、護衛の三人は不満そうだった。
「だったら、俺たちだけで一度行ってみたいんだが」
野崎さんは、ちょっと意外そうな顔でアーサーに尋ねた。
「なぜだ。君たちの任務外だぞ。危険にわざわざ首を突っ込む必要はないじゃないか」
「実は……この頃、体の切れが変わった気がするんだ。俺たちにも、何かの力が染み込んでいるような気がする」
その言葉に、チームのメンバーは色めき立った。
特に小宮山君は食いつきが良かった。
「ということは、魔物を倒したとき、経験値のようなものが周囲にも分配されている。その可能性が出てきましたね」
その一言で、ILT総出による護衛たちの検査が始まった。
初めての検査には、とにかく時間がかかる。
肌着一枚になってもらい、身長や体重の測定から血液検査、筋力や身体能力の測定まで、多岐にわたって調べるのだ。
護衛たちは困ったような、諦めたような顔をしながらも、私たちの検査に付き合ってくれている。
「チェンさん、ごめんなさいね。せっかくの機会を棒に振らせてしまって」
「……構わないです。でも、これでおいらの力の総合値が分かるんですか?」
「まあね。あくまでも、私たちとの比較でしかないんだけど」
「で、どれくらい数値が上がったか、今分かりますか?」
「それは無理。今日測ったのは、今の時点での体力の総合値だから……今後、魔物を倒して、その前後でどれくらい違いが出るかを見るの」
「そうなんですかぁ」
チェンさんは、少しがっかりしているようだ。
でも、自分で分かるほど体の感覚に違いが出ているというのなら、詳しく聞いておくべきかもしれない。
「チェンさんは、いつ体の切れが変わったって感じたの?」
「昨日かな……」
ここアルケディアは、地球よりも重力が軽い。
そして、ダンジョンに入れば、また重力が変わる。
そのため、多少体の感覚に違いがあっても、重力のせいだろうと思っていたそうだ。
ところが昨日、明らかに体の切れが変わっていることに気付いたらしい。
「昨日は、魔物を結構倒しましたからね。今まで、一度ダンジョンに入って三体以上倒したことなかったですし」
確かに、昨日は十体ほどの魔物を倒した。
コロやジョバンニまで活躍していた。
護衛の三人は、これまでに合計三度ダンジョンへ入っている。
それでも、昨日一日で倒した魔物の数は、それまでの討伐数を合わせたものより多かった。
小宮山君は、私と愛菜の数値も出していた。
「野崎さんの数値は、以前より+0・02でした。野崎さんが倒した魔物は二体です。それ以前のダンジョン入りでは計測していませんから、まだ断定はできませんけど……榊原さんたちの今回の計測で、ある程度は分かりそうですね」
小宮山君は、手元のデータを見ながら続ける。
「仮に、魔物一体につき+0・01だとします。昨日倒したのは十一体ですから、単純に考えれば+0・11です。ただ、経験値みたいに参加人数で分配されるのか、それとも、その場にいた全員が同じだけ吸収するのか……。それに、コロやジョバンニにも同じように入るのか。考えられるパターンは結構ありますね」
そして――。
私と愛菜の総合値は、二人とも+0・1伸びていた。
「……ほぼ一致しています。理論上は+0・11ですから、差は0・01。誤差の範囲でしょうか……」
小宮山君が、目を輝かせる。
「ということは、人数で分配されていない可能性が高いです。一体倒すごとに、その場にいる全員へ同じように入っている……?」
「でも、まだ分からないでしょう。十一体倒したのなら、どうして+0・11じゃなくて+0・1なの?」
「そうですね。たった0・01ですけど、この差に何か意味がある可能性もあります」
どうやら、調べなければならないことが一気に増えてしまったようだ。
なぜ、0・01足りないのだろう。
単なる測定誤差なのか。それとも、そもそもの考え方が違っているのかもしれない。
ILTが護衛たちを計測している側で、計測を終えた愛菜と私は話し込んでいた。
「先輩、護衛さんたちみたいに、体の感覚が変わりました?」
「私は、まったく感じない。愛菜は?」
「私も全然。彼らは普段から体の感覚に対してシビアなのかもです……体が資本みたいなものですから」
愛菜に言われて、そうなのかも、と思う。
たった0・1伸びただけでは、私には変化が感じられなかった。
でも、これから魔物を倒し続けていけば――例えば百体、一千体と倒していけば凄いことになるのでは?
魔物よりも魔物っぽくなりそうだ。
その後計測を終えた護衛たちは「今からひとっ走りいってきます」と異次元ドアをくぐり抜け、ダンジョンへ出かけていった。
既に夕闇が押し寄せているのに、彼らは気にならないようだ。
野崎さんが彼らの後ろ姿を見ながら、感心している。
「さすがだな。過去の戦闘経験というものは」
「戦闘経験ですか?」
「ああ。彼らは特殊部隊にいた精鋭だ。かなり苛酷な経験を積んできたそうだ。満足に眠ることもできない状況で、何日も任務を続けたこともあるらしい」
***
その後、ダンジョンへ向かうチーム分けを改めることになった。
新しいチームでは、弁慶と小宮山君が組むことになり、そこにコロも加わる。
弁慶の総合値は、チーム内ではトップだった。
それに比べ、小宮山君は男性メンバーの中で最も数値が低い。
能力値に大きな差がある二人を同じ条件で戦わせれば、伸び方に違いが出るのか比較できる。
検証するには、うってつけの組み合わせらしい。
そして、コロだ。
コロも一応計測してみたのだけれど、どの数値もあまりに大きすぎて、人間とは比較にならなかった。
やはり幻獣というのは、規格外の存在なのだろう。
一方、ジョバンニは昨日の戦闘後にもう一度計測したものの、数値にはまったく変化がなかった。
馬淵君が頭を抱えながら、小宮山君と話している。
「早速、予測が外れたな。あれだけ一緒に戦ったのに、ジョバンニには何の変化もない」
「まだ分からないだろう。もともとの数値が高すぎるからかもしれないし、人外は対象外という可能性もある」
確かに、ジョバンニはほとんどの能力が、すでに人間の平均を遥かに超えている。
私は、ふと思いついたことを小宮山君に聞いてみた。
「小宮山君。ゲームと一緒にしてはいけないことは分かっているんだけど、一つ考えたことがあるの」
「ええ。榊原さんの予想を聞かせてください」
「例えばだけど……人間の体には、成長できる限界があるんじゃないかしら」
「限界?」
「だって、ジョバンニやコロは、人間とは体の造りそのものが違うでしょう。体力も筋力も並外れている。でも、その力をそのまま私たち人間が持てるとは思えないの。体の構造上、どこかに限界があると思わない?」
「……っ!」
小宮山君が、何かに気づいたように目を見開いた。
「そうか……。ジョバンニに数値の変化がなかったのは、人外だからじゃなくて――」
「すでに、その限界を超えているからかもしれない」
もちろん、まだ何の根拠もない。
明日は、なるべくコロに魔物を倒して貰うことになっている。
護衛たちも着いては行くが、あくまでも弁慶と小宮山君の補助という形にしてある。
もしコロがすべての魔物を倒しても、パーティーの数値が伸びれば、一つだけは確証が得られるということになる。
「魔物を倒した本人でなくても、その場にいたパーティーメンバーに成長が入る」ことだけは確かだ。




