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ジョバンニを連れてILTに飛び込んだ私は、思わず足を止めた。
畑山と、上半身裸の野崎が向かい合っている。
「え、と。済みません、お邪魔しました」
――これは、出直した方がよさそうだ。
まさかILTが、二人の逢瀬の現場になっているとは思いもしなかった。
そそくさと退散しようとした瞬間、野崎が声を張り上げる。
「榊原君。今、何か不穏な想像をしていないか」
「……べ、別に。……あ、誰にも言いませんから、安心してください」
「君はまた、何を勘違いしているんだ。ここには検査に来ただけだ.。最初の検査では、細かい測定をしなければならないらしいからな!」
「そうよ。野崎CEOの検査衣を着るお手伝いをしていただけ。変な想像をさせちゃったみたいね」
畑山はそう言いながら、ほんのりと頬が赤く染まっている。
薄い検査衣の二人をもう一度よく見て、「あ、そうか」と、一人納得する。
野崎が、検査台の端に腰を下ろしながら私を見る。
「何かあってここへ来たんだろう。何だ、榊原君」
「あ、そうでした。凄いことがあったんです。コロが小さくなって、ジョバンニが大きくなって――」
野崎はふうっと長く息を吐き、眉間にしわを寄せた。
「確かに、ジョバンニは大きくなったな。だが、榊原君。それは成長した証だ。コロは……まあ、そういうこともあるだろう。アルケディアでは普通だからな」
「違うんです。実際に見てくれれば分かります。ジョバンニ、さっきの、もう一回見せて」
「良いよ!」
ジョバンニは、「わん」と一声吠えてみるみる大きくなっていき、数秒もしないうちに研究室の出入口をふさぐほどになった。
薄茶色の毛並みが天井近くまで伸び上がり、蛍光灯の光を受けてきらりと光る。
体高は、三メートルほどもある。
野崎と畑山は、ぽかんと口をあけたまま、その巨体を見上げていた。
「一体どういうことだ」
「コロと張り合って、力が開花した、そんな状況でしたね」
私は、やっと分かってもらえたことに満足して、ジョバンニを見上げる。
「君に、科学的な意見は無いのか?」
「……だから、ここで検査してもらおうとしたんです。そしたら、逢い引き現場に居合わせて――」
「だから!違うと言っただろうが!」
野崎の怒声が研究室に響き渡る。
野崎は相変わらず瞬間湯沸かし器のようだ。
私はただ、その時見た状況を説明しただけなのに。
その声に驚いたのか、検査室の扉が開き、佐藤さんと小宮山君が顔を出す。
「ジョバンニ?」
「随分成長したな。いつの間に……」
ジョバンニは、いたずらっぽく尻尾を揺らし、「ワン」とひと声吠えると、元の姿に戻った。
畑山と野崎の検査は後回しになった。
「まずはジョバンニの能力を検証する」
野崎がそう判断したからだ。
といっても、機器を体につないで測定するような検査ではない。
佐藤さんが質問し、ジョバンニが答える。その受け答えや体の変化を、小宮山君がじっと観察する――そんな聞き取り調査に近いものだった。
小宮山君の"鑑定もどき"の力は日に日に精度を増している。
この頃では、その能力をからかって、みんなから「探知機小宮山」と呼ばれるようになっていた。
「数値に変化はありませんね」
「もしかしたら、アルケディアの物質の特徴ですかね」
今度は、ジョバンニの体組織を少しだけ採取した。
その組織を機器にセットして測定してみると、アルケディアの物質と変質波形が一致したのだ。
「ジョバンニが成犬になって、アルケディアの性質が現れ始めた……そういう結論ですか」
「そのようだな」
野崎は、どこか落胆したような表情を浮かべた。
どうやら、ロンゴン由来の新たな力が見つかることを期待していたらしい。
アルケディアの物質研究は、現在、別の部署が担当している。
彼らの主な目的は異次元ドアの性能向上だったが、研究は思うように進んでいなかった。
物質の大きさを二倍にしたり、逆に半分に縮めたりすることには成功しているものの、それ以上の成果は得られていないという。
だからこそ野崎は、生きたアルケディア由来の存在――エロスやプロメテウスを地球へ招き、別の角度から突破口を探ろうとしていたのだ。
「これ以上の分析はできないな。設備が足りん」
だが、小宮山君が一つの仮説を口にした。
「例えばですよ。例えば、アルケディアの物質を使った鞄に、野崎CEOの力を使えばどうなるでしょう?」
「……っ!」
野崎は息をのみ、小宮山君を見つめた。
私の思考もめまぐるしく動き出した。
――そうよ。神々の物質に、魔法の力を付与する。
ジョバンニの水の操作、弁慶の時間操作、井ノ瀬博士の木の操作、さらには闇の加護による怪力。
「そうすれば、互いの性質が干渉し合い、相乗効果が生まれるかもしれないわ。あるいは、未知の複合作用とも呼ぶべき現象が起きる可能性もある」
気づけば私は、自分の考えをそのまま声に出していた。
それを合図に、ILTのメンバーが、いっせいに慌ただしく動き出す。
アルケディアの物質を、あちこちからかき集め始めたのだ。
作業台の上には、さまざまな試作品が並べられていく。
どれも、これまで作ってはみたものの、効果が見えなかった失敗作だった。
「モナミ、この手袋に思念を掛けてみてくれ」
佐藤さんに言われ、私は、細い金属の糸で編まれた無骨な手袋を手に取った。
イメージは、シャボン玉だ。
自分の力を小さなシャボン玉に変え、体からそっと切り離して宙へ浮かべる。
そして、そのシャボン玉で手袋をゆっくりと包み込んでいく。
集中が途切れないよう意識を保つだけでも一苦労だ。
気づけば、額には脂汗がにじんでいた。
「付与が終わりました。ふーっ、疲れたぁ」
「榊原君、今何と言った?」
「付与です。力を付与するの付与です」
「……それは分かっている。だがその言い方では、まるで――」
「ラノベの世界ですね!」
小宮山君が、面白そうに茶化す。
でも、この方法は、正しく「付与」という言葉に当てはまるのではないか。
井ノ瀬博士が手袋をはめて、ぐっと力を込めてみる。
そのまま、ステンレスの作業台をぽこんと叩いた。
作業台が、あっさりべこりとへこんでしまう。
「あ……ご、ごめんなさい。力を入れたつもりはなかったんだけど」
***
その後は、それぞれが持つ力を失敗作に付与し始めた。
しかし、いくらやっても、力は宿らない。
何度試してもうまくいかず、野崎は苛立ったように私をにらむ。
「一体、君はどうやったんだ。まったく付与できないぞ」
「シャボン玉のイメージですよ。野崎さんも一度、経験しましたよね。ジョバンニの闇の力に入って、一時的に無双状態だったでしょう?」
「ああ、あれか……よし、試してみよう」
龍の加護は、たぶん体を覆っているのだろうと、私は考えている。
普段は見ることはできないけれど、水の中に入ったとき、偶然、その姿を目にしたのだ。
他の加護も、きっと同じなのではないか。
チームのメンバーに加え、畑山も「うん、うん」とうなりながら、付与を試し始めた。
その日、数時間かけてチームの全員が付与に成功した。
だが、野崎の顔は暗いままだった。
「これでは量産化はできないな。あまりにも集中力を要するし、疲れすぎる」
佐藤は、野崎に向かって「それでいいのでは」と言う。
「このような力は高価であるべきです。万人に行き渡らせるべきではないと、私は考えます」
小宮山君も馬淵君も、こくりと頷いた。
「ラノベでも、そういう設定ですよね。高価で数が少なくて、限られた人だけが使える、みたいな感じです」
弁慶は、自分が持つ時計をかざして、
「こんなのを世の中にばらまくのは危険よ」
と言い、私に渡す。
何気なく、ガラスのはまっていない時計の針を、ちょいといじると――
**「こんなのを世の中にばらまくのは危険よ」**
**そして私にまた時計を渡した**
私は、一気に青ざめた。
今起きたことを野崎に告げると、彼も深刻な顔つきになる。
「分かった。だが弁慶を守るためにも、この時計は私が預かる。もし彼の能力が知られることになったら、これで目くらましをしようと思う」
「目くらまし? ですか?」
「ああ、特別な能力ではないと思わせるように誘導すればいい。幸い、この時計は二秒ほど時間を巻き戻す程度だ。これがあれば、弁慶の能力を過小評価してくれるかもしれない」
――そういうものだろうか。
弁慶を見ると、彼は体をこわばらせ、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
その日は弁慶が私の家に着いてきた。
ディメンションリンク事業部には従業員の宿舎があって、ほとんどの従業員は利用している。何しろ無料なのだ。
家族持ちは、異次元ドアで自宅へ帰っているが、独身者は島に住んでいた。
弁慶もそうだったが、今日は私に、相談があるというので連れてきたのだ。
家に入ると、いつものように愛菜が出迎えてくれた。
「お帰り先輩。弁慶さん。いらっしゃい」
愛菜はすっかり家族のようになっている。愛菜の場合、コロがアルケディアから来てしまったため施設の部屋には戻れなくなっていた。
弁慶の青ざめた顔を見て彼女はそっと台所へ消えた。
いつもながら空気を読むのが得意な愛菜だ。
部屋の隅のソファーに座り、弁慶は「会社を辞めたい」と、こぼした。
「なんで? 加護のことが気に掛かっているのなら、野崎さんが何とかしてくれるでしょう」
「もなっち。そんな簡単にはいかないと思うのよ。力を欲する人って、過激なこともする。そうなれば、会社にも迷惑が掛かるだろうし……第一、あたい、自分が怖いの」
「弁慶……」
いつの間にかプロメテウスが私の隣に座っていた。エロスもゆっくりとこちらに近づいてくる。
《何かあったようだな。われに聞かせてくれぬか》
弁慶は目に涙を浮かべながら、プロメテウスに経緯を話していった。
じっと聞き入っていたプロメテウスが、
《人の子とは、そんなに力を欲しがるのか? 他人のものでも奪うというのか?》
「ふふ。人は元々そういう生き物よ。神のように純真ではないの……」
弁慶が諦めのため息を吐き、話し終えた。
ロンゴンの龍から授かった加護は、返す事が出来ない。
一度授かってしまった加護は死ぬまでそのままなのだ。
《其方には二つの道がある。ここを去り、アルケディアで神々と暮らすか。それとも、この地で加護と共に生きるか。もし力を奪おうとする者が現れたなら、そのときは力をもって退ければよい》
弁慶は俯いたままじっと考え込んでいた。
結局、その日は答えを出さずに帰っていった。




