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開発部のメンバーが、ディメンションリンク事業部に新たに設けられた研究施設で話し合っていた。
「まずは三人が持つ『知』の加護を解明するところから始めてはどうだろう。それぞれを比較すれば、共通点や相違点が見えてくるはずだ」
正式にチームリーダーとなった佐藤さんが、私たちを見渡しながら提案した。
その方針はもっともだった。
同じ『知』の加護でも、授かった相手も能力も異なる。互いに比較・検証を重ねていけば、『加護』という不可解な現象の本質に、一歩ずつ近づけるかもしれない。
そんな話をしていると、馬淵君が手を挙げた。
「この研究チームの名前を、ちゃんと決めませんか」
「そうね。開発部はもう別の人たちが受け継いだもの。私たちにも新しい名前が必要だわ」
井ノ瀬博士も乗り気だった。
私はチーム名なんて気にしたこともなかった。でも、言われてみれば、もう私たちは『開発部』ではない。
皆が思い思いの名前を挙げ始める。
「あたいは『賢者プロジェクト』がいいと思う。賢者の集まりみたいなものでしょう?」
「うーん……対外的には、少し言いづらくないか?」
「この前、小宮山と話していたんですが、『ディメンション・ブレイン・ラボ』なんてどうでしょう」
「いいわね。でも、もう少しひねってみない? 『オラクル・ブレイン』とか」
私は思わず顔をしかめた。
――オラクル・ブレイン? 神託脳っていうこと?
なんだか中二病みたいで、少し気恥ずかしい。
「もなっちは? 何か思いつかない?」
不意に話を振られ、考えるより先に口が動いていた。
「中二病みたいな名前は、ちょっと嫌かな」
「……」
一瞬、部屋の空気が止まる。
苦笑いした馬淵君が頭をかきながら言った。
「じゃあ、『インサイト・リンク・チーム』なんてどうでしょう」
「インサイトは『洞察』って意味です。物事の本質を見抜く力。俺たちが研究する『知の加護』にも、少し似合う気がして」
馬淵君の提案に一同賛成の意思を示す。
「良いんじゃないかしら。頭文字を取って『ILT』ってどう?」
「では、それで決定だな」
私たちILTは今、個人の能力を数値化する研究に取り組んでいた。
きっかけは、小宮山君の何気ない一言だった。
「このあいだ、佐藤さんをぼんやり見ていたら、頭の上に数字が浮かんだんです。『+〇・五』って」
研究室が一瞬静まり返る。
「……何だって?」
「ということは、人間の能力を視認できたということか!」
「いえ、そこまでは分からないんです」
小宮山君は首を横に振った。
「運動能力なのか、知能なのか。それとも体力や加護の力なのか……何を表している数字なのかまでは分かりません」
「あるいは、総合的な能力かもしれんな」
佐藤さんが、はっとしたように小宮山君を見る。
「もし『+〇・五』が相対値だとすれば、基準は小宮山自身という可能性もある」
「ええーっ! 私は、チーフよりも五割劣ると見せられたということですかぁ……」
皆は腹を抱えて笑った。
私もつられて、思わず吹き出してしまう。
だが、能力の数値化は、あくまで研究の入口にすぎない。
『知』の加護には、まだ多くの可能性が秘められている。
例えば、物質の強度や純度を、測定機器を使わず瞬時に見抜けるようになるかもしれない。
あるいは、弁慶が授かった『時間の加護』や、私の『闇の加護』の性質を数値として可視化し、その限界や変化を解析できる日が来るかもしれない。
もし、そこまで可能になれば、野崎が以前から口にしていた『能力の製品化』も、夢物語ではなくなるかもしれない。
『知』の加護は、単なる鑑定能力では終わらない。
私たちの研究そのものを変え、やがては異世界の力を人類の技術へと昇華させる――。
そんな可能性を秘めた力なのかもしれなかった。
***
「で、これが『ILT』のメンバーの能力値だというのか?」
「あくまでも体力と知力の一部を数値化したもの、という注釈付きですが……」
野崎は渡された資料に目を通した。
そこには、各メンバーの能力値が細かく記されている。
総合値で最も高かったのは弁慶、最も低かったのは榊原だった。
野崎は表を眺めながら、小さく頷く。
「体力の比重が大きいな。現時点では、身体能力が総合値を押し上げているらしい」
「ええ。比較対象が、一般成人男性ですからね。モナミが低いのは仕方がないですね。でも、本当に見ていただきたいのは、こちらです」
佐藤が指差した欄には、能力名ではなく『★』の記号だけが記されていた。
その横には、
『1 → 3 → 8』
とだけ書かれている。
「これは……まさか」
野崎の目が細くなる。
「そのとおりです。加護の出力値です」
「出力値?」
「加護を発動するとき、思念の込め方を変えると、同じ加護でも出力値が変化しました」
佐藤の見解では、思念そのものの強さには個人差があるらしい。
さらに、授かった加護の容量にも個人差が存在する可能性がある。
その二つが重なっているため、現段階では加護そのものの能力を正確に数値化することはできないという。
野崎は資料から顔を上げた。
「素晴らしい成果だ。思念の出力……面白い考え方だ」
「今のところ、出力が最高なのはジョバンニでした」
「ん? 犬も計測できたのか?」
「はい。彼は話せますので。いい被検者ですよ」
ジョバンニの加護には、興味深い特徴が見られた。
水を操る加護では、思念の込め方を変えても出力値はほとんど変化せず、毎回ほぼ同じ数値を示した。
この結果から佐藤は、
「榊原君が以前言っていたように、これは能力が限定された加護の特徴ではないかと考えています」
と説明する。
一方で、黒龍から授かった闇の加護は違った。
思念の込め方によって出力値が大きく変化し、その振れ幅は他の加護を大きく上回っていた。
「ですから、制限のない加護は、私たちが考えていた以上に規格外の力なのではないかと予想しています。もちろん、使う者によって出力は変わりますが」
「そういえば白龍は、今後は強い加護を与えないと言っていたな。私が授かった加護にも制限がある。つまり、そういうことか」
「おそらく、その可能性は高いでしょう。後から私が授かった闇の加護もそうではないかと考えています。榊原やジョバンニとは違いがあるのではと」
佐藤はそう確信したように頷く。
「私や弁慶の闇の加護も、一定以上の出力になると急激に低下します。まるで安全装置でも働いているかのように」
「現段階では計測できるのは出力だけですが、闇の加護に新たな能力が現れれば、制限の仕組みまで解析できるかもしれません」
現在確認されている榊原や佐藤、ジョバンニと弁慶の授かった闇の加護は、怪力を発揮することと、肉体の耐久性が向上することの二つだけだ。
「まるでヘラクレスだな……」
野崎が感心したようにつぶやく。
「そこまでではありませんが、少なくとも身体能力だけなら、人間の域は超えています」
「では、私の加護も計測したいというんだな」
「はい、それとミルバ街にいる畑山さんにも協力して欲しいところですね」
「紅龍の火の加護か」
「ええ。闇や水とは属性が異なります。思念の込め方によって火力が変化するのか、それとも一定なのか。比較できれば、加護の制限について、もう少し詳しく分かるかもしれません」
畑山の火の加護には、かなり強い制限がかかっていると聞く。
その出力が思念によって変化するのか。それとも、制限された加護は一定の出力しか持たないのか。
その違いを明らかにできれば、加護というものの設計思想――いや、本質に迫れるはずです。
佐藤はそう結論づけ、この日の研究報告を締めくくった。
野崎は、資料の最後に添えられた比較表に目を落とした。
| 能力 | 小宮山 | 成人男性平均 | 榊原 | 弁慶 | ジョバンニ |
| --- | --: | -----: | --- | --- | ----- |
| 体力 | 4.2 | 5.0 | 3・0 | 6・9 | 18・5 |
| 筋力 | 3.8 | 5.0 | 3・3 | 8・1 | 21・0 |
| 敏捷 | 5.1 | 5.0 | 4・0 | 4・2 | 26・4 |
| 感覚 | 5.3 | 5.0 | 5・5 | 5・0 | 30以上 |
| 知 | 5.5 | 5.0 | 7・1 | 6・6 | ※計測不能 |
しばらく表を見つめていた野崎が、首をひねる。
「……あの犬は、一体、何なのだ?」
「ちょっと待ってください! なんで比較対象が僕なんですか!」
離れたところから、小宮山君の抗議する声が飛んできた。
***
「ねえ、コロ。手加減してよね」
「……ぐうぉん」
今私の家の前庭では、ジョバンニとコロが押し合いをしている。
ここに戻って三ヶ月が過ぎ、ジョバンニは成犬になりつつあった。
そこで彼はコロに相撲をしようと持ちかけたのだ。何という無茶な提案だろう。
三メートルを大きく超える三つ頭のケルベロスに力比べを仕掛けるとは。
一メートルほどに育ったジョバンニは必死に押しているけど、コロはビクともしなかった。
自分より小さな犬を首をかしげて見ているだけだ。
「幾ら加護があっても、ケルベロスの方が強いみたいね」
愛菜は愛おしそうにコロを眺めていた。
「当たり前よ。幻獣は神々が生み出した存在だもの。ジョバンニがいくら特別でも、真正面から力比べをして勝てる相手じゃないわ」
「でも、以前、先輩が『ジョバンニは精霊みたいな存在』だって言っていましたよ」
「ええ。でも、精霊と幻獣では根本的に格が違うでしょう」
私の話が聞こえたのだろう。
ジョバンニは耳を伏せ、尻尾もだらりと下げてしまった。
「あ、違うのよ、ジョバンニ。君は強いし……何より可愛いわ」
すると今度は、コロの三つの首がそろってがくりと垂れた。
しょんぼりとした表情で、愛菜を見つめている。
愛菜は思わず噴き出し、コロのもとへ駆け寄ると、三つの首をわしゃわしゃと撫で回した。
「コロは、私にとって一番可愛いのよ。……ああ、もう大きすぎて届かないわ」
コロは「ぐうぉん」と大きく一声鳴く。
次の瞬間、その巨体はみるみる縮み、ジョバンニと同じくらいの大きさになってしまった。
「えっ! コロも大きさを変えられるの?」
私が驚いていると、愛菜は目を丸くしたまま言う。
「変ね……今までこんなことできなかったわ。でも、これなら邪魔にならずに家へ入れそうね」
コロは得意げにジョバンニを見た。
すると今度は、ジョバンニも負けじと「ワン!」と吠える。
そして――
「ジョバンニが……大きくなっちゃった……」




