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真垣は、野崎に頼まれて異世界ロンゴンの状況を視察しに来ていた。
ここでは今、畑山と四人の社員が拠点の管理をしている。
立ち上げたばかりの観光事業の下準備のため、彼らはこの先半年間をここで過ごす予定だ。
ここの住民は、トカゲの姿をした人間だと聞いている。
そのせいか、真垣の胸には尽きない興味が渦巻いていた。
「異世界に来たのは初めてだ。何とも不思議な家々だな……」
異次元ドアを抜け、拠点の屋敷の窓辺に肘を預けて、ミルバの町を見下ろしていた真垣を、
道の向こうから歩いてきた畑山が、めざとく見つけた。
「真垣GM! いらしてたんですね」
そう言うなり、彼女は軽快な足取りで拠点の屋敷へ駆け込んでくる。
真垣は、畑山の様子が以前とどこか違うなと感じていた。
以前の彼女は、眉間にしわを寄せて真垣に食ってかかってきた。
負けず嫌いで、自分の非をなかなか認めようとしないタイプの女性だった。
もっとも、癖のある人間と接するのは真垣には慣れたことだ。
かつて開発課で課長をしていたころの部下たちも、かなり癖の強いメンバーばかりだった。
だが、実際に一緒に働いてみれば、それほどとっつきにくいわけでもなく、
職場はむしろ和気あいあいとした雰囲気だったのだ。
「畑山さん、ここでの仕事はどうですか?」
「ええ、順調に進んでいます。ホテルはすでに準備ができていますし。
驚いたことに、現地で雇った人たちは日本語をすぐにマスターしたんですよ。凄くないですか」
朗らかに語る畑山は、肩の力が抜けた笑い方をしていて、あの頃の刺々しさは影を潜めている。
「ここには、知を司る龍がいるそうじゃないか。その加護のおかげだろうか」
「多分そうですね。ミルバ族は飲み込みが良くて、何でもすぐに覚えてしまいます。
それに、おとなしくて素直なんです」
「私も、紫龍に会えるかね?」
「ええ、いつもこのあたりを歩いていますから。しょっちゅう住民を見回っているんですよ」
言ったそばから、大きな蛇がゆるりと道を進んでくるのが見えた。
紫色の、ほっそりした蛇のようにも見える龍。
神話に登場する龍といえば、威厳に満ちた姿を思い浮かべる。だが、その龍は商店の主人に声を掛け、子どもたちに笑顔で頷き、ときには立ち止まって年寄りの話に耳を傾けている。
何とも庶民的な龍だった。
紫龍との挨拶は後に回すことにして、先に要件を片づけなければならない。
畑山から報告を受けていた、「赤い龍から加護を授かった」という話の真相を聞くことだ。
畑山まで龍の加護を授かったと知り、野崎CEOは首をかしげた。
目立った功績を残したわけでもない彼女が、なぜ龍に力を授けられたのか。
その理由を確かめてきてほしい――それが、真垣に託された役目だった。
畑山は笑顔で言った。
「まずはホテルで食事にしませんか? ここのシェフはトカゲ人ですが、とても美味しい料理を作ってくれるんですよ」
「ああ、ぜひ食べてみたいな。確か虫料理だと聞いていたがね。味の評価も、観光事業には重要な資料になる」
「そうなんです。私も最初はちょっと腰が引けたんですけど、食べてびっくりしました」
ホテルは古式ゆかしい造りだったが、館内にはすでに電気が通っていた。
以前は壁にランプが取り付けられていたそうだが、今ではすべて人感センサー付きのLED照明に交換されている。
天井には大きなシャンデリアまで吊り下げられ、館内は煌びやかな雰囲気に包まれていた。
広い食堂へ案内されると、客は真垣と畑山の二人しかいないにもかかわらず、一人ずつ給仕が付いてくれる。
「なんだか贅沢な気分だ」
「ふふ。彼らの実地訓練なんです。少し付き合ってください」
従業員が身に着けている制服や、このホテルに並ぶテーブルや椅子などの調度品は、すべて日本から持ち込まれたものだ。
建物以外は、ほぼすべて日本製だという。
「あ、シャンデリアだけはベネチア製ですね。ミルバ族は最近この町へ移り住んだばかりなので、産業はまだこれからなんです。でも、そのうちロンゴン産の織物や木工品が日本へ輸出されるかもしれません。彼らは器用ですし、物覚えも良いですから」
この世界には、上質な絹にも似た糸を吐く虫がいるらしい。畑山は、それだけでも日本では高値で取引されるだろうと話した。
次々と運ばれてくる料理は、驚くほど美味だった。
「これが、本当に虫料理なのか?」
「ええ。高タンパクで低脂肪。栄養価も抜群ですよ」
今は日本とのリンクを維持しているため、時間の流れに差はない。
だが、観光客を受け入れる段階になれば、リンクはいったん切られることになる。
「怪我をしたスポーツ選手には、最高のリハビリ施設になると思うんです」
畑山はそう語った。
確かに、オリンピックを目前にして負傷した選手にとって、十分な回復期間を確保できるこの世界は、まさに夢のような場所なのだろう。
「ところで、加護の件だが……」
「……はい、分かっています。私が授かった加護は、本来なら榊原さんが受け取るはずのものだったんですよね。紫龍から聞きました。でも、私が横取りしたわけではないんです」
畑山の話によれば、道を歩いていたところへ突然紅龍が現れ、有無を言わせず加護を授け、そのまま立ち去ってしまったのだという。
「確かに、私は加護が欲しかったんです。だから、ここへ来たいと自分から希望を出しました。でも、他人が授かるはずだったものを横から奪うほど、図々しくはありません。あれは不可抗力だったんです」
「ははは。榊原君は、『良かった』と言っていたよ。彼女は紅龍の加護は欲しくなかったそうだ。むしろ、帰ってからは君のことを心配していた。『変な加護をもらっていないといいけど』と言ってね」
「確かに……変な加護でした」
そう言って畑山は右手を差し出した。
次の瞬間、指先にぽっと小さな炎が灯る。
せいぜい着火ライターほどの火力しかない。
「これですよ。紫龍は怒っていましたよ。『紅龍はケチだ』って」
真垣は思わず笑みを浮かべた。
「だが、大きすぎる加護は、災いの元だと弁慶君も言っていた。それで良かったのではないかね」
「今は、私もそう思っています」
その後食事も終わり、ラウンジでゆっくりと紅茶を飲みながら話し込む。
「私、以前元の社長に言われてディメンションリンク事業部の開発部を分解させるように言われたスパイでした」
「……ああ、野崎CEOから聞いているよ」
「今考えると、私は焦っていたんです。年齢も三十過ぎましたしね。何とか、ここで巻き返そうと思っていました。あわよくば野崎CEOに取り入って、結婚しちゃおうかなって。でも馬鹿な思い込みだった」
「そうかね? 女性なら皆夢見るようなことだろう?」
「元の社長は馬鹿です。開発部を解体しようとしただなんて。あそこは会社にとって金の卵です。それを無くすなんて。野崎CEOに嫉妬していたんですね、あの方は」
「ははは、そこまで言っては見も蓋もないな。彼は今苦労しているそうだよ。子会社を任されても、業績が上がらずにね」
「会長の息子というだけの社長でしたもの……実力が伴っていなかったんでしょうね」
穏やかになったとはいえ、やはり辛辣な物言いをする畑山に、真垣は目を細めて、反論はせずに聞き役に徹した。
そのままとりとめのない会話が続き、真垣は予定していた紫龍との会見を済ませ、ディメンションリンク事業部へ戻ることにした。
畑山は十分な仕事ぶりを見せてくれた。
もう、開発部にも蟠りはないようだった。野崎CEOの懸念も、これで払拭することだろう。
「では、野崎CEOによろしくいってください。私、ここで半年間頑張りますって」
「ああ、素晴らしい仕事をしてくれているよ、君は。元々優秀だと聞いている。任せたよ」
「はい!」
***
野崎にミルバの町の進捗を報告し、畑山が授かった加護の真相についても説明を終えた真垣は、静かに野崎の判断を待っていた。
野崎CEOは椅子に深く腰掛け直し、両手を組んで顎を支えながら考え込んでいる。
やがて結論が出たのか、ゆっくりと顔を上げ、真垣をまっすぐ見据えた。
「畑山君は見目麗しい女性だ。まさか君まで絆されたわけではあるまいな?」
「はは、確かに美しい女性ですね。でも、私にとっては娘のようなものですよ」
真垣は穏やかに微笑み、野崎の視線を受け止めた。
野崎が何を疑っているのかは、よく分かっている。
畑山がここまで変わったことを、まだ信じ切れないのだろう。
――少しだけプッシュしてみるか……。
真垣は身を乗り出して、話し出す。
「あの地は、不思議と人を穏やかにする空気があります。紫龍という神の影響なのでしょう。畑山さんだけではありません。現地で働くミルバ族も、皆落ち着いていて、互いに助け合っていましたし、土地の力とは考えられませんか?」
「……そうかもしれん。分かった、真垣GM。君がそこまで言うのなら、もう彼女を疑うのはやめよう」




