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修復を終えた建物には、日本から持ち込まれた設備や備品の搬入が始まった。


まず必要なのは、電力の確保と通信設備の設置である。

本社や関連会社から大勢の作業員が派遣され、町のあちこちで慌ただしく作業を進めていた。


弁慶は相変わらず建物の復元に追われていたが、専門の作業員たちが来たことで、ほかのメンバーには手伝えることがほとんどなくなってしまった。


そこで私たちは、町の周辺を調べるため、外へ探索に出ることにした。


「この近くにトカゲ人たちがいるって、本当なの? それらしい建物は見当たらないわね」


井ノ瀬博士の言うとおり、周囲には背の高い草がぼうぼうと茂るばかりで、人影はどこにもなかった。

ときおり、遠くを獣らしきものが駆け抜けていく。

足元では、草の隙間から大きな虫が這い回る姿も見えた。


「地球の虫とよく似ているな」


佐藤さんの言うとおり、触角が異様に多いことを除けば、その姿は地球の昆虫とほとんど変わらなかった。


「でも、大きくないですか? 五十センチもあるバッタなんて……」


小宮山君は、大きなバッタをつかみ上げ、足の本数を数えている。


「四本しかありません!」


彼は目を丸くして叫んだ。

馬淵君にまとわりついていた紫龍が、不思議そうに首をかしげる。


《其方らの世界とは、生態系が似ておるということかの?》

「たぶん、大きな違いはないでしょうね」


馬淵君は少し考えてから、別のことを尋ねた。

「ところで、猿はいますか?」

《猿とな? そういう生き物はおらぬな》


井ノ瀬博士は、少し考え込んでから口を開いた。

「古代の地球にも、哺乳類が繁栄する以前は爬虫類の時代があったわ。この世界では、哺乳類ではなく、爬虫類か鳥類の系統が知的生命へと進化した可能性があるわね」


小宮山君が思い出したように言った。


「翠龍の森には、ウサギに似た哺乳類がいました。虫もいましたけど……こことは大きさが違いすぎますね」


《それはそうじゃ。それぞれの龍が治める土地には、それぞれ異なる特徴がある。ここは虫の天下じゃからな》


紫龍はそう言うと、足元を歩く巨大な甲虫を楽しそうに眺めた。


この辺りにいる巨大な虫たちは、その体の大きさとは裏腹に、どれもゆっくりと歩いている。

攻撃的な様子もなく、人を恐れるでも襲うでもなかった。


「食物連鎖は、どうなっているんだろう」


《うむ。虫のほとんどは草を食べておる。じゃが、ときおり現れる獣が、それらを捕食しておるぞ》


地球では、虫は数え切れないほど生息している。

それに比べると、この世界の虫は一匹一匹が驚くほど大きい反面、その数は意外なほど少ないように思えた。


ここに暮らしていたトカゲ人たちにとって、この巨大な虫は大切な食料でもあったという。

紫龍の話では、彼らは虫を育てる牧場を造り、それを加工して他の龍の土地へ輸出していたそうだ。

町が滅んだ今、その人たちは別の龍の土地へ移り住んだのかもしれない。

それとも――すでに絶滅してしまったのだろうか。


《人の寿命は悲しいほど短い。そして、知識は直ぐに途絶えてしまう。其方らの文字は、知識の保存には向いておるな》


「トカゲ人の平均寿命は、どれくらいなんでしょう」


私が尋ねると、紫龍は、


《三十年から、長くても五十年ほどじゃ》


と答えた。


それでは、知識の継承が途絶えるのも、あっという間だっただろう。

紫龍は、そのたびに人の子へ知を授け続けてきた。

けれど、人がこの町へ寄りつかなくなれば、その知も受け継がれなくなる。

やがて文明は衰え、人々は昔ながらの暮らしへ戻ってしまうのかもしれない。


ふと視線を上げると、遠くにこんもりとした森が見えた。


「紫龍。あの森に、生き残った人たちがいるかもしれません」


《おお。では、転移で連れて行ってやろう》


紫龍の転移でたどり着いた森は、思っていた場所とは違っていた。

そこは、静かな墓所だった。

文字のないこの世界に、墓碑銘などあるはずもない。

数百もの丸い石が整然と並び、その一つひとつが、この町に暮らしていた人々の眠る場所なのだろう。


「紫龍。このお墓は……」


《わらわにもよう分からぬ。封印された後に造られたものなのじゃろう》


紫龍の話では、この丸い墓石には「再生」への願いが込められているという。


トカゲ人は卵から生まれる。

だから亡くなった者は土へ還り、再び命を授かることを願って、卵をかたどった石を墓標として置くのだそうだ。


私たちは静かに手を合わせ、誰一人言葉を発することなく、その場を後にした。


***


「暫くは日本から従業員を連れてくるしかなさそうだな」

本来なら、地元の人間を採用して、この土地に利益を還元するつもりだった野崎は、この街を日本人街として、紫龍に借り受けたいと申し出た。

《構わぬ。人の子が増えるのは大歓迎じゃ》

紫龍はここが再び賑やかになることが嬉しいようだ。


「どちらにしても、言葉の問題があったしな。ここへ来る客が、わざわざ現地の言葉を覚えようとはしないだろう」


ここへ休養に来る日本人は、仕事に疲れた人たちばかりになるはずだ。

確かに、休暇先でまで言葉の勉強をしたいとは思わないだろう。


私たちは白龍からこの世界の言葉を授けてもらった。

けれど、現地の人たちを町へ呼び寄せたとしても、言葉も文化も違う者同士が馴染むには、相応の時間がかかる。


当面は、日本人だけで町を運営する方が現実的なのかもしれない。


今、小宮山君と馬淵君は、紫龍から授けられた知識を書き留め、整理している。

二人が授かったのは、この世界の成り立ちと歴史に関する知識だったそうだ。


「残念ながら、魔法に関する知識はありませんでしたけどね。白龍から教えるなと止められているそうです」


「残念だわ。闇の力をもっと知りたかったのに……」

私がそう言うと、紫龍は申し訳なさそうに髭を揺らす。

《教えてやれぬのは、わらわも心苦しい。じゃが、闇の力は最大の秘事なのじゃ。黒龍から授かった加護なら、使ううちに少しずつ体へ馴染んでくるはずじゃぞ》


そこで紫龍は、少し元気を取り戻したように髭を揺らした。


《それより、虫の料理法などはどうじゃ? それなら、いくらでも教えてやれるぞ》


それには、誰一人として「はい」と答えなかった。

いくら食料になるとは聞いていても、あの巨大な虫を口に入れるには、少々勇気が要る。


***


町は弁慶の修復が進み、往時の姿を取り戻した。

二百棟もある大小の家々は、異国情緒に溢れ、地球では味わえない不思議な空間に仕上がった。

私たちは今、拠点となった元町長の屋敷に居た。

そこに野崎とその護衛も一緒に来ている。

彼は日本とこちらを行き来する忙しい毎日を送っている。

彼がこちらへ来たときは異次元ドアのリンクを切っているため、ここでゆっくりするためのようだ。

「そろそろ、君たちも日本へ戻ってもらおうと思っている。ここの調査も目途がついたようだしな」

「やっと戻れるんですね。二か月ぶりか……」


佐藤さんはそう言うけれど、異次元ドアのリンクを切っていた時間が度々あった。それを考えれば、日本では長くても十日ほどしか経っていないはずだ。


そのとき、頭の中で考えていたことが、ふと口からこぼれた。


「ここで十年暮らしても、日本では一か月しか経っていないとしたら……私、いったい何歳になるのかしら」

馬淵君が実年齢と、日本の戸籍上の年齢を頭に思い浮かべたのだろう。

「ちょっと困ることになりますね。老け顔の青年ってことになりそうです……」


野崎は、ここで働く従業員にとって、時間差が深刻な問題になることを、今になって初めて認識したようだ。


客は、一週間ほどの休暇を過ごして日本へ戻る。

日本では、わずか数時間しか経っていない。

それは、忙しい人間にとって願ってもない話だろう。


けれど、従業員は違う。


ここへ常駐すれば、日本では数日しか経っていない間に、こちらでは何か月、何年という時間を過ごすことになる。

家族や友人はほとんど年を取らないのに、自分だけが先に老いていくのだ。


そんな条件で、ここへ働きに来たがる人がいるのだろうか。


「やはり、現地の人たちの助けが必要だな。榊原君、白龍の地にいるトーガの者たちへ頼んでもらえないか? 君なら念話が使えるだろう」

私は少し考えてから答えた。


「その土地に暮らす人たちは、そこを治める龍に愛着を持っているはずです。それに、紫龍の話では、龍の土地ごとに気候も生態系も違うそうです」


食べ物も、暮らし方も、信仰する龍も違う。


「トーガの人たちをこちらへ連れてきても、すぐに馴染めるとは思えません。かえって負担をかけることになるかもしれません」


野崎は腕を組み、珍しく深刻そうな表情を浮かべた。


「もう計画は動き始めてしまった。佐藤、何か良い方法はないか」


佐藤さんもすぐには答えず、しばらく考え込む。


「そうですね……。もう少しだけ時間をください。この地に、生き残った人たちがいるかもしれません。もう一度、徹底的に探してみましょう」


結局私たちは、「ロンゴン」にしばらく滞在せざるをえなくなった。

「野崎さん。今後はなるべくリンクは切りたくないです」

「……分かった。暫くは、私はこちらに来ないようにしよう」

野崎は少し残念そうに答えたのだった。

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