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私たちの拠点では、現在、この世界の地図を作っている。
この前、私たちが散々苦労した、地理の不案内を解消するためだ。
世界すべては無理でも、拠点を中心とした半径百キロ圏内なら、何とかなりそうだった。
私の探索のために野崎が持ち込んだドローンが、大いに役立っている。
「この前、私たちがいた森はここだわ。ずいぶん北寄りだったのね」
北の部族、カラン族の土地は、さらに北上した位置にあるのだろう。
彼らがどうなったのか気にかかってはいるけれど、場所さえも定かでないのだ。
今は自分たちのできることをする。それしか打つ手がないのが現状だった。
「ところで、野崎さんは?」
「一旦、ディメンションリンクへ戻った。あちらでは数時間しか経っていなかったそうだ」
今は再び日本とのリンクをつなぎ直している。
食糧やその他の物資を仕入れなくてはならないためだ。
野崎は、
「ここは面白い。しばらく調査を続けてほしい」
と言っている。
野崎に付き添ってきた屈強な男たち三人組も、今は日本へ戻っていた。
どうやら彼らは、野崎のボディーガードだったようだ。
まだ異次元ドアエンタープライズ社は揺れているという。
トップが交代したことで不満を抱く者や、水面下で工作する者もいるらしい。
「面倒だね。地位が高くなるって」
「ふふ。野崎さんはやり方が強引だからな。恨みも買うさ」
そんなある日、白龍から私へ思念が届いた。
地下の泉へ戻ってきたという知らせだった。
急いで隧道を抜け、泉へ降りていく。
そこには白龍と紫龍がいた。
「白龍! カラン族はどうなりましたか」
《来て早々、それか? ……まあよい。心配には及ばん。初めは渋っておったが、最終的には始祖龍の宝玉を取り戻すことができた。もっとも、あやつらは、もはや〈魔族〉とは呼べぬがな》
「授けられた力を消すことができるんですか?」
《あれは加護ではない。始祖龍の宝玉から、勝手に力を引き出しておっただけじゃ。ゆえに、その力を封じることができた》
北の土地は厳しいと聞いている。
力を失った彼らは、この先どうなるのだろう。
私の心の声が聞こえたのか、白龍は穏やかな声で教えてくれた。
《灰龍には、今後百年間、眠ることを禁じた。あやつも今度こそ、人の子らを見守ると誓った。ゆえに心配はいらぬ》
それを聞いて、少しだけ胸をなで下ろす。
ここは白龍の住処だ。
その白龍が、どことなく申し訳なさそうに私へ告げた。
《これからは、トーガの者たちがここへ参拝に訪れるであろう。其方らには、この地を明け渡してもらいたい》
そう言われてしまえば、私たちは立ち去るしかない。
せっかく拠点として使えるようになったのに……。
私がしょんぼりしていると、紫龍が勢い込んで話し出した。
《わ、わらわの治める地には、空き家がたくさんあるぞ。人っ子一人おらぬ。其方ら、わらわのところへ来てもよいのじゃぞ》
佐藤さんは、このことを報告するため、一旦ディメンションリンク事業部へ戻った。
残された私たちは、拠点の片付けに追われる。
紫龍は転移で連れて行ってくれるという。移動に掛かる時間は一瞬だろう。
それでも、紫龍の土地がここからどれほど離れているのかは知っておきたい。
地図にも、新たに書き加えなければならない。
私たちが作った地図を紫龍へ見せると、興味深そうにのぞき込んだ。
《ほほう。これは南の地図じゃ。わらわの土地は東、金と銀の土地は西にある》
黒龍の土地は、そのちょうど真ん中にあるという。
翠龍や紅龍、蒼龍は、それぞれの間を治めているそうだ。
北は、もちろん灰龍である。
こうして地図の上で眺めてみると、私たちが想像以上に広い範囲を旅してきたことに、改めて驚かされた。
***
野崎から、ゴーサインが出た。
私たちは紫龍の町、廃墟……遺跡に来ている。
町の造りは、昔は立派だったろうことは窺えるが、ほとんどの建物は崩れ落ち、住むことはできそうになかった。
町の真ん中には本通りが抜けて、他はぐるぐるとした迷路のような造りだった。
中央の紫龍の塔がある場所はやや小高い丘の上にある。
「紫龍。ここの住民はなぜいなくなったの?」
《ここは元々学園都市じゃった。北の魔族が攻めてきて、人々らを脅しつけた。「龍を敬うのを辞めろ」とな。そうなれば、皆ここから居なくなるのは道理じゃ。ここは廃墟と化した……》
紫龍には戦う力がないという。
でも、もし立ち向かうための力が有ったとしても,気弱で優しい紫龍は人の子に危害を与えることはできなかったのではないだろうか。
そんな紫龍が、可愛くて愛おしいと思うのは、私だけだろうか。
体長十メートルほどのひょろりとした紫龍だけど、とぐろを巻くとこじんまりと小さくなる。
私と普通に目を合わせて話す事が出来る。
威圧感が全くない龍なのだ。
巨大で堂々とした黒龍に比べると,どこにでもいそうな蛇と変わらない。
ニカッと笑うと鋭い牙がずらりと並ぶけど……。
いつも大切そうに宝玉を抱える左前足。
龍らしい大きな鉤爪。
そして、虹のような美しいグラデーションを帯びた紫色の鱗。
龍の象徴でもある長い髭は感情がそのまま表れるようで、嬉しいときはふわりと揺れ、困ると落ち着きなく動く。
紫龍は博識で、尋ねればたいていのことは教えてくれる。
ただ、この世界には文字の文化がないという。
学園都市と聞いたときは、図書館のような場所があるのだろうと期待した。
けれど実際は違った。
知識の宝庫である紫龍自身が、その役目を担っていたのだろう。
《これが文字か》
紫龍は、日本語に強い興味を示した。
それ以来、紫龍はすっかり馬淵君の生徒である。
馬淵君とはよほど気が合うのか、いつも彼の後をついて回っていた。
私たちは、そんな紫龍をこっそり「きんぎょのふん」と呼んでいる。
「この建物なら、補修すれば何とかなりそうだ」
佐藤さんは、私たちの拠点にできそうな建物を吟味していた。
いま私たちは、井ノ瀬博士が木操作で作ってくれたイグルーで暮らしている。けれど、いつまでもこのままというわけにはいかない。
この町には、崩れかけたものも含めて、二百棟ほどの建物が残っていた。
私たちが立っているのは、その中でも比較的しっかりした造りの屋敷の前だった。
《ここは以前、宿屋だった。裕福な商人などが、よく泊まりに来ておったのう》
紫龍は、昔を懐かしむように屋敷を見上げ、少し寂しそうに言った。
「異次元ドアを設置して、作業員と資材を運び込まなければならないな」
佐藤さんの言うとおり、やることは山ほどある。
崩れかけた危険な建物を撤去しなければならない。
食料をどう確保するかという問題もある。
日本から運び込むことはできるが、野崎からは、いずれこの土地で食料を生産できる者たちも呼び込むよう指示されていた。
「野崎さんは、ここをどうしたいのかしら」
私が尋ねると、井ノ瀬博士があっさり答えた。
「ここをリゾート地として開発するそうよ」
「リゾートって……お客さんを泊めるってこと?」
弁慶が、崩れかけた町並みを眺めながらぽつりと言った。
「ここを壊してしまうのは忍びないわ。この雰囲気まで消えてしまいそう」
確かに、新しい建物に造り替えてしまえば、この町が積み重ねてきた歴史も、紫龍の思い出も失われてしまう。
そのとき、私はふと思いついた。
「ねえ、弁慶。あなたの力を試してみたらどうかしら」
彼が灰龍から授かったのは、時間を操る力だ。
プロメテウスがかつて使っていた力と、どこか似ているのではないだろうか。
「使い方さえ不明なのよ。それに……時間を操作するなんて、なんだか恐ろしいわ」
《案ずることはない。命や気候のような大きな流れを変えるのは極めて難しい。じゃが、建物のような無生物の時を少し巻き戻す程度なら、それほど難しいことではない》
そう言って、紫龍は弁慶に、時間操作の力の使い方を教え始めた。
弁慶が意を決し、目の前の建物へ力を向けた。
次の瞬間、崩れ落ちていた石壁が、まるで時を巻き戻すようにひとりでに積み上がっていく。
割れていた屋根瓦は元の位置へ戻り、風化した木の扉にも少しずつ色艶が戻っていった。
やがて、壊れかけていた小さな石造りの小屋は、往時の姿を取り戻した。
「できちゃった……」
弁慶は、自分の両手を見つめたまま呆然と呟く。
《まあまあじゃな。其方の力はそれほど大きくはない。少しずつ復元していけばよい》
佐藤さんも井ノ瀬博士も、口をそろえて、
「弁慶の魔法って、とんでもなく役に立つわね」
と感心しきりだった。
それからというもの、弁慶は毎日一棟ずつ建物を復元することになった。
一方、私たちの拠点にする建物は、別の候補が見つかった。
以前、この町の町長が暮らしていた屋敷だという。
宿屋ほどの大きさはないものの、復元された屋敷はこぢんまりとして清潔感があり、とても住み心地がよさそうだった。
そこに、異次元ドアを設置し、日本の時間にリンクする。
すると早速野崎が異次元ドアを抜けて入ってきた。
「ここ数時間リンクを切っていたな。リンクを切るときは前もって知らせなさい……」
「すみません、こちらでやることがありすぎて十日ほど忘れていました」
佐藤さんが頭をかいて言い訳しているのを余所に、
野崎は、自分が立派な建物の中にいることに目を丸くして見ている。
「一体どうした。大工が見つかった……訳でもなさそうだな」
「弁慶の時間操作ですよ。外を見ればもっと驚かれます」
野崎は、窓の外を見てさらに驚き、階段を駆け下りていった。
まだ十棟ほどしか復元できていなかったが、それでも、その異質な佇まいを目にすれば、ここが確かに異世界の町なのだと実感できた。
建物はどれも二階建てか三階建てで、規則正しく並ぶ石造りの家々の壁には、色鮮やかな幾何学模様が描かれている。
四角い箱のような家の外壁には太い支柱が設けられ、そこには龍が巻きつく姿をかたどったレリーフが、精巧に彫り込まれていた。
道の真ん中で復元された建物を見回した野崎は、大きく頷いた。
「よし。これなら行ける。ここはディメンションリンク事業部の新しい事業になる」
「野崎さん。ディメンションリンク事業部は、旅行会社になるんですか?」
「違う。旅行業も始めるんだ」
野崎は、にやりと笑う。
「金持ちや、分刻みで働く経営者向けの長期休暇だ。日本では半日留守にしただけで、こちらでは一か月近く過ごせる。こんな商品、いくら積まれても欲しがる人間はいくらでもいる」




