44
《金龍と銀龍は、わらわと黒龍の「ひな形」と言える存在じゃ。ただし、あの二柱は、それぞれ一柱だけでは完全ではない。互いの力を重ねて、ようやく一つの力となる。そのとき、はじめて黒龍にも匹敵するぞよ》
白龍の説明を聞いて、きちんと理解したのは野崎だけのようだった。
「では、その二柱の龍から加護をもらう必要があるな。それは可能だろうか」
《其方、二つの加護をもろうて、何とする?》
「二柱で一つの力を成すというなら、陰陽の思想と同じです。片方だけを取り込めば均衡が崩れる。その加護は、恩恵ではなく災厄へと転じるかもしれない」
まるで禅問答のようなやりとりだった。陰陽とは、本来東洋の思想である。野崎は、そんなことにまで興味があったのだろうか。
野崎は科学者ではない。それなのに、知識の幅は驚くほど広い。
野崎の受け答えを聞いた白龍は、じっとその瞳をのぞき込み、小さく頷いた。
《其方がそこまで理解に及んでいるのなら、加護を授けてもよいかものう》
白龍は誰に語るでもなく、ぽつりと呟いた。
《力とは、使う者しだいじゃ。其方たちによって、わらわは開眼した。力とは、求める者すべてに授けるものではなかった。己の力を正しく使いこなせる者にこそ、託すべきであった……》
私はぼんやりと想像した。
金龍と銀龍。それぞれの力が重なり合い、別の力へと変わる。
A剤とB剤を混ぜると化学反応が起きる。そんな感じなのかしら……。
あるいは、核弾頭と起爆装置のように、一度組み合わされば、とてつもない力を解き放つのかもしれない。
野崎は私に、「この力が欲しいか」と尋ねた。
私は首を横に振る。
「闇の力も、まだ使いこなせていません。それに、要りません。扱い方を間違えたら、とても危険な気がします」
「大げさだな。君は一体、何を連想したんだ?」
野崎は苦笑して続けた。
「私は、この力は『創造』ではないかと考えている。厳密には創造とは少し違うのかもしれないが、要するに、無から有を生み出すような力だ」
「それでも、危険です!それが……例えば、人類を滅ぼそうとしている人の手に渡れば――」
「榊原君。君は私をどんな人間だと思っているんだ。心外だ!」
「ええーっ!野崎さんは、この力が欲しいんですか!」
「ああ、欲しい。色々ためしてみたいことがある。無から生み出せるとしたら……作りたいものが山ほどある」
私は恐ろしくなって、野崎の目を見ることが出来ない。斜め上を見ながら、おそるおそる聞いてみた。
「た、例えばどんなものを?」
野崎は、なぜか視線をそらし、耳を赤くしながらボソッと答える。
「マジックボックス……」
「……はあ?」
思わず素っ頓狂な声が出た。物騒な想像をしていた私の頭の中へ、突然、子どもの夢みたいな単語が転がり込んできた。頭がまったくついていかない。
「そんなことできるはずがありません! 質量保存の法則があります!」
「何を言うか。アルケディアの物質を地球へ運び込んでいる時点で、そんな法則はとっくに破綻している。第一、アルケディアそのものが無限に物質を生み出しているじゃないか。それをどう説明する?」
それを言われてしまえば、ぐうの音も出ない。
質量保存の理論が崩れているだなんて、それでは物理学そのものが崩壊してしまいそうだ。
私は口をへの字に曲げながら、頭の中でいくつもの物理法則や方程式を反芻していた。
そんな私を見て、弁慶が吹き出す。
「もなっち。いいじゃない。野崎CEOが夢を見るのは勝手だわ。そうでしょう?」
「それもそうね……。ちょっとムキになっちゃった」
***
私たちが今度連れてこられた場所は、海辺だった。
長く続く海岸線。遠浅の砂浜。
その先で、突き出た岬に灯台のような物が、ぽつんと建っている。
たまにキラリと光っているので、おそらく灯台だろう。でも何となく不自然な建物だ。
《これより先には、わらわは行けぬ。紫龍も》
岬へ駆け寄る。
そこで私は息を呑んだ。
灯台がだんだんはっきり見えてきて、おかしなことに気がつく。
「何か、巻きついている」
「……金色と銀色が絡み合っているな。龍か!」
目をこらすと、確かに龍だ。まるでカドゥケウスのようだ。
灯台だと思っていたものは建物ではない。
金色と銀色の二柱の龍が、互いの身体を絡ませたまま天へ向かって伸びていたのだ。
見上げるほど巨大な龍たちは、目だけをこちらへ向け、苦しそうに懇願する。
《解放してくれ……頼む!》
《頼む》
私たちは辺りを見回したが、魔法陣も祠も見当たらない。
《この真下じゃ》
岬の切り立った崖の下をのぞき込む。
見えるのは、岩へ砕ける波ばかりだ。
「もなっち、海の中じゃない?」
「どうするんだ? 海の中ではどうしようもない……」
野崎はそう言って愕然としているけど、私とジョバンニには問題ないはず。
以前にも川の中へ入って封印陣を解除したことがあるのだから。
「水の中でも息ができるみたいなんです、ジョバンニと私は」
「なに? それはどういう原理だ」
「体の周りに空気の層ができるんです。まるでシャボン玉の中にいるみたいに」
野崎は腕を組んだまま黙り込む。
何かを考えている。
――なんだか嫌な予感がする。
案の定、野崎はにたりと笑った。
「だったら、その空気の層に私も入り込めるんじゃないか?」
「む、無理です。そんなことやったことないし……。もし水の中で息ができなかったらどうするんですか、野崎さんは!」
「泳ぎには自信がある。もし駄目でも、すぐ浮上すればいい」
「私はできません」
「では――ジョバンニに頼むとするか」
野崎はそう言うが早いか、ジョバンニを抱き上げてしまった。
ジョバンニは困ったように、助けを求めて私を見つめる。
「ふーっ。何かあっても責任は持てませんよ」
「ああ、責任など取らせないさ。さあ、やってくれ……って、飛び込めばいいのか?」
そういえば、あの時はどうしたんだっけ。
勝手に体が水の中へ引き込まれていったんだった。
私がうんうん唸っていると、いつの間にか体が前へ引っ張られ始める。
「こ、これです! きっと闇の力が自動的に形成した……のかな?」
「君は科学者だろう。何だ、その歯切れの悪い説明は――うわああーーっ!」
次の瞬間、私たちは崖から転げ落ちるように、海の中へ引き込まれていった。
水しぶきも上がらない。ただひたすら、水底へと引っ張られていく感覚だ。
今回は、私にも周りを見まわす余裕があった。
結構大きなシャボン玉の中らしい。
足元にも一メートルほどの余裕があるし、頭上にも同じくらいの空間がある。
私の身長が百五十七センチだから、少なくとも直径三・五メートル以上はある、大きな球体なのだろう。
たまに小魚が球体の壁へぶつかり、きょとんとした顔で首を傾げる。そしてもう一度ぶつかる。
その様子がおかしくて、思わずくすりと笑った。
ふと右を見ると、ジョバンニをしっかり抱きかかえた野崎が、口をぽかんと開けたまま辺りを見回している。
その姿がまた可笑しくて、今度は堪えきれず大声で笑ってしまった。
すると野崎が振り向いて、
「何がおかしい!」
と怒鳴る。
――え? 声が聞こえるの?
「声が聞こえる不思議は、あとで検証すればいい。
それより、見えてきたぞ。祠が。魔法陣に、このまま入れるのか……?」
「たぶん大丈夫だと思います。この球体自体が闇の力だとすれば、野崎さんも入れるはずです。闇の加護がなければ、魔法陣には入れないのではないかと、私は考えています」
魔法陣の中心から、少し外れた場所へ降り立つ。
すると、球体がみるみる縮み始めた。
「っ! 野崎さん、魔法陣に乗らないでください! 魔法陣に入ると、球体が縮むみたいです!」
「もう遅い……」
野崎とジョバンニは、真空パックに入れられた食品みたいに、ぴたりと密着してしまっている。
「……大丈夫そうだ。動きづらいが、息はできている」
ジョバンニは、今回活躍できそうにない。野崎の胸にへばりついたまま、地面に降りることができないのだ。
そして私と言えば、鑿と金槌をリュックから取り出すことができない。一体どうなっているのか。
水の中では、闇の力の働きが変わるのだろう。
「どうしましょう。宝玉も取り出せないし、祠も壊せない……」
「榊原君の闇の加護は、馬鹿力なんだろう。素手で何とかならないか?」
何という無茶ぶり。
それができたら苦労は――でも、やってみる価値はあるかも……。
私は拳をぎゅっと握りしめて、「えいやあ!」と振り下ろした。
すると、「ごきっ」とした手応えがある。
「できそうです」
「私にも試させてくれ。たぶん、うまくいく気がする」
野崎は、体にまとわりついている闇の力が、自分にも影響を及ぼしているのではないかと考えたようだった。
今度は野崎が祠を足で蹴り始める。
――あ、足で蹴る方法があった。
二人で何度も祠を蹴り続けると、
ミシッ。
鈍い音を立て、祠は真ん中からぱきりと割れた。
中には二つの宝玉が、仲良く寄り添うように鎮座している。
私が宝玉を持ち上げようとした途端、海面から大きな龍たちが、すごい勢いで近づいてきた。
今回は、祠を壊すことで封印が解けたようだった。
《われの宝玉じゃ》
《有り難い》
宝玉から目が離せない金銀の龍たちの前に、野崎が立ちはだかった。
何という恐れ知らずだ。
「約束が先だ。私に加護を与えてほしい。白龍から念話で話はついているはずだ」
《無論だ。だが、宝玉がないと加護は授けることができぬ》
野崎は、渋々と脇にどいたのだった。
その様子を見て、私はつくづく感心する。
「私には真似のできない、押しの強さだわ」
その後、無事に加護を授かった野崎は、満面の笑顔で私に指示をする。
「白龍を呼んでくれ。早速戻って、この力を試したい」




